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私は別に面倒見がいいわけではないが,この人は!と思う人をつい誘ってしまう癖がある。(癖かな?)まあ誘う相手が自分の話に乗るか乗らないかの見極めが重要になってくるが、結構、GETする確率は高い。縁あって篠笛教室に誘った彼女は、今年度から特学の講師となっていろいろ悩んでいた。ことばの教室の教材を是非見たいということで、我が家までやってきた。彼女はまだ教員採用試験にトライ中で20代前半と若い。特別支援教室担任と言うのは、養護学校と違って、相談する人も得にくく、共通のカリキュラムではないところもあるので、経験の少ない教師にとっては、悩める場所と言ってよい。彼女の立場はまた微妙だった。昨年度まで担任していた教師が長期研修に出て、そのクラスの子どもを研究対象児にしているのだ。子どもとほとんどの時間を過ごしているのは彼女なのにも関らず、一週間に何日かやってくる前担任が教材や指導方針の権利を握っている。複数担任制でもよくあることだが、複数の教師が共通の価値観で共通の考え方で指導を進めていけるというのはむしろまれである。同じくらいの経験があり、お互いを認め合える立場であれば、話し合いも成立するが、どちらかが優位と感じていたり、自分の考えの方が正しいと感じている場合、接点を持つことはなかなか難しい。どこかで妥協しなければ進まないことも多い。彼女の場合、完全に前担任が優位であり、主導権を握っている。子どもと多くの時間を過ごしている彼女は、前担任の研究に沿った接し方を実践しなければならない立場におかれている。これはどういうことかというと、自分の存在価値を見失うことになってしまう。彼女は指導方法や接し方に多くの疑問を持っていた。話の中で一番同意できなかったのは、学習のやりとりの方法。自閉症の指導プログラムにTEACHという方法がある。TEACHは近年日本でも研究が進んでいるし、知名度も上がってきている。しかし、写真カードや絵カードを使ってスケジュールを見せるとか、目的別に部屋を区切るとか、これって、TEACHが浸透してきたから改めてやるものではなく、本来、障害児のみならず、子どもの指導をする上で自然に意識してやってきたことではないかと思う。ただ、TEACHという研究を通して、それがより理論付けられて、その効果が分かりやすくなったのだと思う。彼女のクラスの子は自閉症ではない。だからTEACHは必要ない。…という結論から学習するものの提示やはじめ終わりの提示を故意にファジーにしているのだそうだ。学習するものを見せると気が散るからと言って全部隠していたり、終わりも先生の判断でその場に応じて決めていたり…。学習への意欲や期待を狙ったものかよく分からないが、自閉だろうが、知的だろうが、障害あるなしに関らず、人間「見通し」というものは大事じゃないだろうか。ここまでがんばればいいと分かるから、がんばれるんじゃないのかなあ。彼女自身もよく分からない。というのだから、分かって当然なのに、自分は経験がなくて分からないのでは…と自分を納得させているところがあるのではないかと思った。彼女が分からないもの、子どもも分からないんだから、疑問に思うことが大事。経験がないからこそ何でも聞ける。だから、疑問に思ったことはどんどん聞くのがいいといってみた。そうそう、遠慮なく聞けるというのは特権である。教材も大切だけど、根本的な子どもとの付き合いを大切にしたいよね。その部分だけは見失わないで欲しいなと思った。まだまだ話し足りないようだったけど。まあ、我が家も夕飯の準備があったので、今度ゆっくりね…と、本日はお開きとなった。
2005.05.28
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ぼちぼちやっておりましたが、ついに10000アクセス行ったわ~。(感動)ご閲覧いただいた皆様ありがとうございます。
2005.05.27
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午前中に保健センターから携帯に電話が入った。保育所の先生が私と話をしたがっているって~!昨日、前回の心理相談で会ったお子様のことで母から了承を得て、担任の先生と話したばかりだった。用件はそのお子様についてだった。しかも、担任の先生からではなく主任保育士さんからだった。何か言ったっけかなあ~なんて不安に思いながら、たまたま午後から健診で保健センターに行く予定だったので、話はそのときまで待ってもらった。まだ担任になって間もないその先生は、気がかりなそのお子様について、母に打ち明けていた。母にとっては寝耳に水状態。びっくりして保健センターに駆け込み、その後心理相談で心の内をぶちまけて行った。要するにまだよく知りもしないのに、自分の子どもをちょっと違うとか、心配と言われたのが、非常に心外だったわけだ。その後の母と先生の関係は表面上は気にしていないという素振りは見せているらしいが、実際のところはあまりいい状態とはいえない。私との面接のときにお子様も一緒に連れてきて、きっと先生が言わんとしている行動を目にする場面があった。日々の保育の中できっとここが関りにくいのだろうな・・・と推測できた。突然言われたお母さんのショックも察することができるし、まだ担任して間もない子どものことを母に話すくらいだから、担任の先生もきっとよっぽど気になることがあったのだろう・・・。と思い、先生とお話しする時間をいただいた。印象は悪い方ではない。まっすぐ・・・という感じ。きっと見る目もある方なのだと思う。日ごろの保育の様子を聞いて、捉え方と接し方について、一生懸命ことばを選んでお話させていただいたつもりだった。とにかく今は母の信頼関係の修復と、子どもに安心される先生になってもらうことが肝心だ。広い目で見れば高機能かアスペルがーがあるかも(かもです)しれない。でも特別視することなく保育の中でいろいろ経験して行くことで伸びると思える。先生はもう一人補助の先生がつかないとお手上げだ~という勢いだったので、今は何らかの偏りのあるお子さんは10人に1人くらいいるといわれているくらいだから、このお子さんくらいの子はクラスに2,3人はいると思いますよ。普段の保育を心がければ今のままで十分…くらいの気持ちで言ったんだけどな。でも,この先生には10人に1人もいる…これは一大事だ!にとられてしまったみたい。パニックらしい状態の後抱っこをせがむこの子に一人保育士が取られるのも困るらしく、できるだけ離したいようだった。とにかく今は先生が子どもにとって安心できる場所にして、多少嫌なことがあっても、先生がいることで回避できるようになれば抱っこも減ってきますよ。と言ったのが、どうやらことばが足りなくて、お母さんに「抱っこは減らします。」と言ったのだとか。おいおい、過程が抜けているよ。主任保育士さんは、この担任の先生の主観が入った、私との話の内容を聞いてしまったので、一体何を話したのか、心配になってかけてきたのだそうだ。いや~、人に伝わるように伝えるって本当に難しい。改めて思い知らされました。とにかく母には気になることに関して、触れないようにお願いしてしまった。
2005.05.26
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ADHDと診断された男の子。今日は1ヵ月半ぶりの教室。昨年からで結構いい調子になってきた。はじめはいすに座っていることすらできなかった。今日は久しぶりということもあってか、ひとつひとつのやりとりの間に立ち歩こうとする。私も手加減しながら、彼の気持ちを引こうと対面でやり取りしていた。6つある課題のうち3つ目の課題でちょっとエスカレートしてきた。ちょっと立て直し。私は彼の正面から横に移動し、後ろに逃れられないように、ブロックさせていただいた。ちょっと抵抗はあったが、その後はやらなければいけない課題を全部こなし、大いに褒められ、照れくさそうな笑みで終了した。ADHD傾向の子どもたちは、いろいろなことに気をとられやすい。ひとつの課題をしているときも、ほかの話題を持ち出してくる。やってほしい順番とは逆の順番でやろうとする。いろいろなかかわりのにくさがある。でも、がんばることを覚えていくとどんどん変わっていく。お母さんが始めのころの思いを語ってくれた。先生と半ば格闘しながらの学習の様子に、なぜここまでやるのか、やる必要があるのか分からなかったと。好きなことをやらせればいつまでもやっているのだから、無理に嫌いなことをやらせる必要はないのでは…。嫌いなことをやらせることにめんどくささを感じていたこと。だから、ことばの教室でいくつかの苦手な課題を取り組む姿に抵抗があったこと。・・・・・そんな思いで来ていたことに私も驚きを感じた。いつもお母さんはそんな素振りを見せていなかったのだから。実は彼は3歳児健診のときすでに保健センターから声がかかっていた。でも、遊び教室への参加を拒否していた。幼稚園に入ってから幼稚園とのトラブルが発端でことばの教室に通い始めた。両親は彼の特異性を認めるまでに時間がかかっているのである。でも、今は自分の捉え方がかわったと。課題でちょっとがんばらせる様子を見ていても、気持ちに余裕を持って見ることができるようになったと。こう思えるようになったのも、やっぱり彼が変わってきたからだと思う。苦手なこともがんばること。がんばるために必要なことを考えること。これらに意味を感じることができるようになった今が,実はスタートなのかもしれない。小学校までの1年。どこまで伸ばせるか。一緒にがんばろう…という気持ちにさせられた。
2005.05.25
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遊び教室にとってもよく動くもうすぐ2歳の男の子。お母さんが出産後間もないので、おばあちゃんとおばさん(といっても20そこそこの若いお姉さん)と一緒に参加している。きっかけは1歳半検診のとき。あんまりよく動いて、大人がついていけないほどだったので誘ってみた。以来、ほぼ休まず一生懸命参加している。手をつなぐのも、輪になるのも、スキンシップの手遊びもニコニコしながらすり抜ける。すっごい多動なのかなあ。なにか持って生まれたものがあるのか・・・。などと勘ぐってみてしまうが、ちょっと引き戻したり、抱っこして遊びに誘うと、それほど抵抗せずできる。何より泣かない。要するに、おばあちゃんもお姉ちゃんもどれほどの加減で引き戻したら良いのかがわからないだけのようである。「どのくらいやらせたらいいのかわからないんです。」率直な疑問をぶつけていただいた。「ちょっとだけ腕に力を入れてやらせるぞという気持ちで、でも顔は楽しそうに遊びに誘ってください。」何やらわかりにくい表現ではあるが、顔は笑って心で許さず・・・ってやつでしょうか。これ言うより実行するほうが難しい。だからこんな遊び教室がある。できるだけワンポイントアドバイスを入れながら、進行しているが、お母さん方がコツをつかむまでには、ちょっと時間がかかる。長い目でがんばれがんばれ!である。子どもとのコミュニケーションはこの微妙なやり取りの積み重ねなんだよね。
2005.05.24
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今日は私の誕生日。…といってもあんまり嬉しくないけど。でも、偶然か。わんぱくキッズ自然塾があって、もう5年の付き合いになり、今年中学校の特学に入った男の子のお母さんから、素敵なお財布をプレゼントしていただいた。うっ別に何しているというわけではないのに、嬉しいよ~。プレゼントも嬉しいけど、息子のために1時間毎月足を運んでくれるお母さんと、その心遣いに感動してしまった。************家族でお誕生会をして、ケーキのろうそくを吹き消したら、おもむろに長男がおもちゃではあるが、篠笛を「ほいっ」と渡してくれた。母のプレゼントに篠笛を選ぶなんて泣かせてくれるじゃないの・・・。とちょっといいお誕生日だった。
2005.05.22
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結局、今年度の教員試験は見送ることにした。合併後の動向をもう少し見届けたいのと,一番の理由は,もうちょっと子どもが大きくなってからにしようと思ったから。再来年になれば、下の子も部活が本格的になり,帰りも遅くなる。昨年度立ち上げたばかりのことばの教室は,合併に伴いどうやら姿を消すらしい。これを聞いて本当に虚しくなってきてしまう。立ち上げに向けて、あんなに準備をがんばったのに…。まだ就学まで時間がある子どもたちは、合併先の市に移行する…なんて簡単にはすまない。近くだからが来やすさもあったし、大げさに考えずに相談に来ることができた。ことばの教室に通うのに、診断書だの手続きだの必要になってきたら、一体どれだけの親子が継続するのか・・・?本当に行政の身勝手さを感じてしまう。来年度他町からことばの教室の立ち上げの話が持ち上がった。また同じ道を歩むのかなあ・・・。遊び教室を一緒にやっている心理相談の先生と会社でも建てようかと盛り上がってしまった。その先生も職種はほぼ私と同じ。職名も職場も具体的に答えられない私たちには共通の悩みや不安がある。いっそのこと組織化して、保健センターへの派遣会社を作ったらどうだろうかなんて思ってしまった。ちなみに私は平社員。そうすればスケジュール調整や急な休みに都合をつけられるし、自分たちなりに研修もできるんじゃないかなあ。心理相談や講師を常勤で雇えない市町村にとっては悪い話じゃないよねえ。ちょっと名案だと思うんだけどなあ。
2005.05.18
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私はできるだけ「大丈夫。」という言葉を使わないように努めている。「大丈夫。」という言葉は、発達に心配を持つお母さんにとって、大きな意味を持つと思うから。心配でたまらないお母さんに「大丈夫。」と声をかけて安心させることは簡単だ。でも、「大丈夫。」と声をかけて欲しい反面、どうしたらいいのかを求めている。助けを求めている人への「大丈夫。」は何の助けにもならない。・・・そう思う。また、「大丈夫。」といって欲しいお母さんに、「大丈夫。」という言葉は、=心配要らない。障害児ではない。になってしまうことがある。私のしている仕事は「大丈夫。」と安易に言ってはいけない仕事だと思っている。友達同士で相談して、「大丈夫よ~。」と笑い飛ばすのと、重みが違ってしまう。お医者さんも同じである。お医者さんに「大丈夫。」と言われた、と嬉しそうに話す方もいる。お医者さんはなぜ「大丈夫。」と言ったのだろう。病気が「大丈夫。」と意味合いが違う。たった一言だが、これが大きな誤解を生む。学校の先生でも同じだと思う。勇気を出して子どもの障害のことを話したとき、「大丈夫。」「心配要らない。」は、却って肩透かしにあったような言葉ではないかと思う。
2005.05.17
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発達障害をもつ子どもの親として、よい相談者に出会えると言うことも、ものすごく重要だと思う。健診で保健師さんから心無い助言をされたとか。医者から事務的に言われたとか。学校に言ってもわかってもらえなかったとか。そんな話を山ほど聞く。もしや私もその中に入っているかもしれない。私が言ってしまった一言で傷つけてしまい関係が崩れてしまったに違いない、という苦い体験もけっこうしてきた。**************ことばの教室は子どもたちの学習の場でもあるけど、お母さんたちのストレス発散の場でもある。だから個別を強く望むのだろう。ここでしか話さないと思われることをたくさん吐き出して言ってくれる。私は助言もするけど、努めて聞くように心がけている。**************今日の新聞に特殊教育免許の改正の記事が載っていた。養護学校の教師になるには、小・中の基礎免許に加えて養護学校の免許が必要だ。でも、実際にその免許を持たずに養護学校で働いている教師がたくさんいる。養護学校でも41.8%が持っていないという数字が出ていた。それは現役の時もものすごく感じていた。基礎知識がないまま教鞭をとっている先生があまりに多い。毎年特殊教育新任者研修に養護学校を訪れる先生方も、年齢が中堅以上の方がけっこういる。養護学校や特別支援教室を担当する先生が特殊教育のプロとは言いがたい現状が本当にある。先生同士でも理解を得られず、ジレンマを感じることがどんなに多かったことか!発達障害を持つお母さんが小学校の先生に理解を求める時、子どもの特徴や関わりについて説明した時、「問題ないです。」「そんなことないです。」と心配をかけないように言っているかもしれないけれど、いまひとつ伝わっていないと感じることも多い。今、特殊教育免許が見直されるのは当然のことだと思う。何を今さら!と言う感じ。こんなに世間やメディアがADHDや広汎性発達障害を取り上げる中、現場の体制は追いついていないと本当に思う。学級崩壊は追いついていない現場が生む産物でもあるのだろうと思う。だが、今の子どもたちと、以前の子どもたちの体質にどれだけ変りがあるのかはわからない。ADHDやLDは15年くらい前はほとんどきかれることはなかった。今や特徴や関り方が研究されるようになったがので目立って増えたように思えるが、その前にだって同じような子どもたちはいくらでもいたのではないのだろうか。これじゃ話が振り出しだなあ。とにかくこれだけ研究が進んできたんだから、やっぱり専門家と呼ばれるにふさわしい人材を配置してくれなきゃ、どこにも安心して入れないことには間違いない。
2005.05.15
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ちょっと極論を書いてしまったような…。勢いだったのだがたまにそんなことを考えてしまう。きっと、心の準備も子どものありのままの姿を捉えきれていないときに、「もっとがんばりなさい」という類のことを言ってしまったり、ことばの教室に行かなくちゃ行けない、忘れていかないわけじゃないけど、連絡もできず欠席するしかないとか。好きで放り投げているわけではなく、実は一番苦しい思いをしているのは、お母さんたちなんだろうな…とわかっているつもりでも、一緒にがんばっていると思っていたのに、裏切られたかな…と感じたときとか。逆に私たちのちょっとした一言に、傷ついた・・・なんて声を耳にしたときとか、ましてや私たちの関わりから、逃げるようにして去った後、いろいろ問題になっていることを耳にしてしまうときとか、やっぱり、とても落ち込むことがある。お母さんたちも人間だし、私たちも人間。上手くいかない話を聞くと、どうして続けてくれなかったの・・・?とか、あの時どうしてきてくれなかったの・・・?とか。これまでにいろんなお母さんと接してきて、2歳ごろに出会って、やっぱり就学前に気になって再会する方、初めだけ関わってそのままになってしまった方、徐々にがんばれるようになった方。学級崩壊は勿論親だけの責任ではない。教師の力量。学校の体制。周りの理解。様々な要因であることは分かっている。学習の理解がしにくいとか、理解が難しいとか、それもあると思う。でも、根本的にADHDだろうが広汎性の発達障害があろうが、LDであろうが自閉症であろうが、子どもが発達する力には変りがないと思っている。だから何もできなかった。とかしつけが難しかった。とか席に座れなかった。とか言い訳に使って欲しくないと思う。その子に合わせた方法や提示の仕方が分かりさえすれば、ずっと短い時間で、ずっと労力を使わずにできるようになるのだから。それを分かってもらえないのが、分かろうとしてもらえないのが、やっぱり、悔しいし、限界を感じるところである。子どもを育てるって楽しいけどめんどくさいものだ。自分で学んでくれたらどんなに楽かと思う。ましてや発達に障害があったら、なおさらだと思う。でも、できるはずのことをやらせることができていないと感じることがこの頃少し増えてきたように感じてしまった。
2005.05.15
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ことばの教室には、毎回熱心に来る親子、いくら誘っても来ない親子、はじめは来るが自然に消滅してしまう親子、いろいろいる。強制するものではないので、それは個々の考え方だし、意識の違いだから仕方ない。これは自然に来なくなってしまった親子。…といっても連れて来ていたのももっぱらおばあちゃんだったので、母の顔は片手で数えるくらいしかない。年長を機に「問題は感じられない」・・・という親の判断で、教室を辞退してしまった。その子は今2年生。1年生の時から座って授業が受けられず、学級崩壊を招いてしまったそうだ。この町の話ではないが、同じようなケースが結構起きている。やっぱり2年生。1年生の時、実際見せてもらった教室で、その子は不意に立ち上がり、教室をとび出した。それにともないクラス全体が落ち着かなくなる。その子も就学前気になっていたが、何も対策を取られていなかった。やっぱり、2年生。ひらがなも十分に読めていないし、足し算もできない。先生は一斉授業をやることに悩んでいた。6年生。明らかに知的に遅れがあるその子は全く勉強についてこれない。というか1年生の頃からで、立ち歩きが目立ったそうだ。そのクラスはそのまま落ち着きがないクラスとなり、今ではわんさと補習が必要な子がいる。このことに親は無関心。ことばの教室を親の判断で切り上げてしまったケースや、通級を進めたが親が取り合わなかったケースの中には、就学後たくさんこんな話を聞く。でも、教室に足を運ぶだけでも、熱心と捉え、それさえもないケースもいっぱいある。別に通級させたいわけでも、特学に入れたいわけでもない。子どもが苦しまない場所を選んで欲しいだけである。それでも希望するなら、苦しまないように今のうちに手を打って欲しいだけである。ADHDや自閉症と診断された子どもたちの中でも、就学前に親子でがんばって普通学級でうまくやっているケースもいっぱいある。2歳から見ていた子も、小さい頃は、まさにADHDの典型であったし、知的にも十分とはいえなかったが、とにかく親子でがんばって、現在学校の先生からいい評価をいただいている。意識を持って取り組んでいた親子は、ちょっと背伸びをしたかも・・・と言う場所でだって、子どもは楽しく過ごすことができている。そう、私が言いたいのは、子どもが勉強についていけない現実も見ず、親の都合や体裁だけで、子どもを苦しめた結果、同じ学級の子どもたちまで巻き込まれていくことが、やっぱり変だと思う。障害児は一緒に勉強しちゃいけないのか。とかうちの子を障害児扱いするな。とか主張はしているが、子どもと基本的なやらなければいけないコミュニケーションを放棄していると思えることが多い。そう考えると、学級崩壊は子ども自身が悪いのでもなく、担任が悪いのでもなく、原因を作っているのは子どもを分からない場所に放り込んで何の対策も意識も持たない「親」ではないか・・・と思えてきた。
2005.05.13
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すっかりご無沙汰日記になっちゃった。この間、実に色々あったが、昔から、忙しさに煮詰まってくると、無性に模様替えをしたくなる習性があるようだ。家具の配置を考え出したら、他の事なんか吹っ飛んでしまう。…というわけで、はじめは計画的に2週間ぐらいかけてやろうと思ったんだけど、結局、3日でやってしまった。我が家は狭い上、昔の作りの平屋なので、子ども部屋というものがない。せめても、確保された空間を作ってやろうと工夫はしているつもりだが、どうも毎回しっくりいかない。今回は思い切って私が使っていた机を長男にあげることにした。この机立派!と言うわけではないんだが、私の祖父が使って、次に父、そして私…と代々引き継いでいる。意識しているわけでもなく、単に捨てられないだけなんだが、机が広くて、ガッチリしている。多少引き出しが開きにくくなったりしてる。仕切り用に、私が日曜大工で作った棚を設置し、何となく個別空間に仕上がった。本人大満足らしく、ほとんどの時間をそこで過ごしている。子ども部屋にあこがれる時期だと思うが、どう間取りを考えても、「部屋」は無理だと分かっているのだろう。狭いながら自分のスペースを手に入れて、嬉しそうにしている息子を見ると、がんばった甲斐があったというものだ。
2005.05.12
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ちょっと落ち着いたので書き留めておくことにした。月に何度もない「ことばの教室」にはたくさんの親子が集まってきた。それなりに評判は悪くないようで、他町からの問合せがあったと聞く。自動的に2ヶ月~3ヶ月に一回の教室となる。正直このスタンスでは母親のモチベーションが続かないと感じている。地域にあるよさは、経過観察というより、あくまでも療育であると思う。私が行く他の町では、小グループという方法を取り入れて、それなりの実績を上げている。子どもによっては個別課題にはそれほど問題なく乗れ、後は友だちと一緒に一斉授業を受けた場合どうなるかが心配な子どもたちも複数いる。ことば遊びの学習も複数でやった方がお互い刺激しあって、いい影響がある場合も多い。小グループで行っている町では、子ども通し遊ぶことを楽しみに来ている子も多い。お母さんたちも横のつながりを持ち始めている。そんな面を考えて、初めて小グループを試みることにした。でも、お互い顔をあわせるので、2ヶ月前から説明して、それぞれの親に了承を得ているつもりだった。ただ誰と一緒かは伏せておいた。かなり気を遣って慎重に運んだつもりだった。病院の言語治療教室で小グループを取り入れている。前日、小グループに入るお母さんに誰と一緒か聞かれた。明日からスタートということもありメンバーを伝えた。これが大きな波紋を呼ぶきっかけになってしまった。メンバーの中にADHDと診断された子がいる。何度かの個別の中で、母も変わり、本人も落ち着いて課題に取り組めるようになっていた。彼にとって小グループは次のステップになる。その子のことを知っていたお母さんには衝撃的だった。他にも、承諾したもののここに通っていることを他のお母さんに知られることに抵抗を示した方もいた。…よかれと思って準備を進めてきたが、そんな簡単なことに気付かなかった自分に腹が立った。結局小グループ案は取りやめることにした。町の一事業で月に何度もない教室。丁寧に見ること自体不可能なことなのかもしれない。個別重視でやはり2~3ヶ月に1度の面接を続けるしかないというあきらめも生まれた。せめて1ヶ月に1度。欲を言えば2週に1回で、可能性が見える子がたくさんいる。2~3ヶ月に一回だと、親が家庭でどう関わっているかのテストみたいになるが、もう少し頻繁なら、一緒にがんばっている実感も出てくる。もちろんそれで劇的に響いて変わる子もいる。でも、そちらの方がむしろまれである。なんとなく自分のやっていることが、この町の事業が充実しているという自己満足に付き合っているだけで、どれほどのものなのか、無力感に襲われてしまった。まあ、お母さんの心お掃除には付き合えるかなあ。割り切ることも大切なのかもしれない。
2005.05.07
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今思い出してしまった。そういや、昨日はこどもの日、いつからかかぶとの人形は出さなくなったが、毎年菖蒲湯と柏餅はかかさなかったのに…。いきなり入った柔道行事ですっかりぶっ飛んでしまった。こどもの日には菖蒲湯。冬至にはゆず湯。かかさなかったに・・・。あ~あ忘れちゃった。
2005.05.06
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この間からどうも納得いかないことがある。来年度は市町村合併がある。保健センターでの事業はことごとく存続が危うい。事業がなくなると言うことは、私は自動的にくびである。私も不安だが、教室にきているお母さんももっと不安だ。存続しなければ、行き場所はなくなる。新しい市町村ですんなり受け入れてくれるかもわからない。先日、ことばの教室であるお母さんから、「来年度はこの教室あるんですか。」と聞かれた。実のところ私も分からないのだから、「どうでしょうねえ」と濁してしまった。その後、町の職員に同じ質問をしたそうだ。町の職員の方も実は分からない。でも、もうひとつの遊び教室はほぼ消滅が決定している。このことばの教室も合併の協議報告の中にどこにも載っていない。そのまた後、職員の方から事業の存続について明言を避けるよう、忠告された。その時は口が滑らないように注意しなくちゃ・・・。自分の言動を振り返ったりしていたが、少し時間が経つと、なんか納得いかない気持ちになってきた。私は確かに事業に関わる人間として、秘密は厳守しなければならない立場にある。下手に発言すると、それが大きな混乱を招きかねない。それは分かる。でも、何かこのまま納得していい問題なのか分からない。だって、住民はどうなるかまるで分からない状態で、合併を迎え、合併して初めて真実を知らされるのだ。もし事前に知っていたなら、合併に合わせた準備ができるかもしれない。遊び教室なら自主運営を模索するとか、新しい市になっても存続を呼びかけ、合併の条件にするとか。こういうのって、事業があるうちにその当事者じゃなければ訴えられないんじゃないの~。このままでは、救いの手を差し伸べたように見せかけて、結局見殺しにするようなものだ。せめて次への引継ぎをしっかりしてもらうしかないな…。
2005.05.06
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3日大会。4日練習…そして今日は休みのはずだった。実は昨日旦那が唯一休みでお出かけしたので、サボってしまったが。昨晩、いきなり中学生の練習に小6も招集がかかった。しかも、突然バーベキュー計画まで。中学生は以前から合同練習が計画されていたので、結構な人数が集まった。まあ、この道場では今に始まったことではなく、監督の一声で一週間後にだって合宿ができてしまう。みんな監督の人徳についてきている人ばかりなので、もう、がんばらせてもらうしかない。というわけで朝から、軽くバーベキューの準備がはじまった。軽く…というのは、もし計画的なバーベキューだったらこんな準備では済まされなかったからだ。道場にバーベキューセットに炭等々が常備されているところなんて他にはないに違いない。材料費も監督のポケットマネーがポンととび出す。きっとこの気前のよさも、人を集める力なんだと思う。*****************本日は天気もよく、いいアウトドアをさせてもらった。お母さんたちとはワイワイ言いながら、最後に焼き立てを食べたので、一番いい思いをさせてもらったかも…。長男は予定外の練習に、昨夜は涙を流していた。でも、中学生と当たらせてもらい、しかも勝つことができたので、彼にはいい収穫だったんじゃないかなあ。家族とのんびりもいいけど、仲間との休日もいいものだ。・・・と思ったかどうかはわからないけど。
2005.05.05
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イ・ビョンホン…好きなんです。彼の代表作になる…というのだから、見逃すわけには行かない!というわけで、旦那と観に行きました。正直バイオレンス物なので、ひとりで観る勇気がなかった。う~ん。ソヌを演じるイ・ビョンホンの体を張った演技は確かに凄まじかった。ちょっとした心の交流もどこかにあるのかも・・・なんて、所々期待したところもあったが、全編シビアだったような。銃をもったところから、バトルロワイヤルのような殺し合い。ひとりで敵に立ち向かう様は、ちょっと「ダイ・ハード」を思わせたり…。ちなみに「ダイ・ハード」のブルース・ウィリスも大好きだ。ソヌがボスに真の理由を尋ねた時、私も知りたかった真の理由。誰も救われることなく、裏社会のトップがみんなやられて、果たしていい目を見たのは誰なのか。そんなことを考えてしまいました。心の微妙な動きや表情もさすがと思うが、回し蹴りのアクションが何よりカッコよかった。
2005.05.04
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今日も1日柔道大会。一ヶ月に1,2度は、日曜日に大会がある。今年度は役員になっているので、とにかく忙しい。選手登録から、集合のお知らせ、当日は受付、先生方の弁当の心配…。とはいえ、実際の試合はやっぱり長くても2分。勝ち残ればそれなりだが、1回戦負けなら、その後はひたすら、同じ道場の仲間の応援・・・。結局、朝早くから行って、解散は夕暮れ時だ。それでも子どもの勇姿を期待して応援する。だが、これも試合に出られればこそ。柔道人口も結構多いので、大抵の大会が各道場学年2名の選出選出だったりする。弟の方は競争相手がいないから自動的に選手になれてしまうが、兄ちゃんのほうはかなり厳しい。しかも長男際立って体が小さい。超軽量級。柔道でこれほど不利なものはない。6年生ともなると、大きい子はもう立派な体格。我が子と組むと大人と子どもの戦いのようになってしまう。柔道は技のスポーツとはいえ、これでは母も気の毒でならない。今回も弟だけ選手。本人はさして口にはしないが、悔しいんだろうな。次男は惜しくも1回戦負けだったので、やっぱりひたすら仲間の応援して帰ってきました。この時間のゆとりが母同士の絆を深めるのかもしれないしね。まあ、とにかく1コ終わった。これから7月にかけて、何と4つの大会が控え、しかも一つは我が道場初の主催大会。今年は母ちゃんは覚悟してがんばらなくちゃいけない年になりそうだ。
2005.05.03
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気分を変えて…。我が家のGWの定番行事は畑仕事。今年も天気に恵まれて、狭い畑に夏野菜を植えた。野菜も毎年お決まりの種類。なす・ピーマン・トマト・きゅうり今年は更ににがうりにも再び挑戦。苗は農業を営む友だちから購入している。友だちの作った苗はホームセンターで買うものよりもなぜか育ちがいい。今年はじゃがいもをあきらめたので、少し広いスペースをとることができた。肥料は精米でできたぬかを使い、耕す耕す・・・。苗を運んだり置いたりするのは子どもたちの仕事。畑仕事って性格が出るように思う。旦那はじっくりのんびり派ではあるが、苗を植えさせると、その丁寧な仕事振りに感心させられる。隣のばあちゃんが出てきて、植えられた苗を見て、「誰が植えたんだ?」「旦那!」「やっぱりなあ・・・」私が植えたものとは違うらしい。…私も認める。とうもろこしも畑一辺まっすぐに種をまいた。とうもろこしだけはどんなに下手な私でも、採れたてが一番甘くて、スーパーのものとはくらべものにならないと思う。昨年は1回分の収穫量しかなかったので、今年はその3倍くらいまいてみた。夏になったら食べきれないほど野菜がとれるはず。今年は天気はどうだろうか。植えるのは旦那だが、育てるのは私。畑で収穫できるのって、実はすごく贅沢なことじゃないかなあ。今年はいいものができますように。
2005.05.02
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何をやっていても、悩んでしまう。とりあえず願書の下書きはしてみたけれど、まだ出す勇気がない。頭の中でいろいろなことが天秤にかけられている。臨時職員は毎日拘束されることはない。でも臨時職員ではできないことが多い。臨時職員には年休(有休)がない。常勤より休みが取りにくい。社会的な保障もない。常勤になると拘束時間が長い。パート勤務と違ってほとんど定時には帰れない。下の息子に改めて聞いてみる。「帰ってきて、ママいたほうがいいよね。」「そりゃいいよ」「仕事でおそくなってもいい?」「いいよ。いつものことじゃん。」「でも、毎日だよ。」「別にいいよ。」ホントかな~。3時ごろ帰ってきて、手伝いなんかしてくれている、常勤になったら、平日明るいうちにこんな姿は見られなくなってしまう。そんな日常を見逃すのはやっぱり寂しい気もする。専業主婦でたまにパートして…というならまだしも、自分から就職活動をしたわけでもなく、欲されて、臨時職員とはいえ先生と言う立場で仕事をさせてもらっている。ありがたいのだが、やはりそれなりに責任の重い仕事である。臨時職員としては結構な負担と思える。だからこそやりがいもあるのだが、どこまで首を突っ込んだら良いものか、非常に微妙な立場にある。なのに、切られるときは切られる。人をなんだと思ってるんだ!別に邪険に扱われているわけではなく、むしろどこも手厚く待遇してくれてはいるが、なんとなく行き場のないモヤモヤ感がある。だからといって今さらやめるわけにもいかない。だったら常勤に戻りたい。何か自分の気持ちが左右違う方向から押されているような、ちょっと複雑に交差している。どうするのがいいのか分からない。とりあえず願書出しとけば、あと2ヶ月は悩めるか。…そういう問題ではないような。どうしようかなあ。
2005.05.02
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来年度、学校教員復帰のことをついに実家の母に話した。最近、臨時職員での仕事に行き詰まりを感じていることもあり、益々、復帰の気持ちは強くなっている。4日前に話した時は、反対はしなかった。私がそうしたいのなら…と応援してくれる口ぶりではあった。しかし、昨日の電話は違った。結論から言うと「反対。」その理由は、特に男の子は母がいないことが寂しくて、後々まで覚えているものだ。家にいることで安心感が得られるというのだ。言っていることは分からないでもない。「安心感ってなに?」共働きをしている家庭の子どもはみんな寂しい思いをしているのだろうか。逆に専業主婦の家庭の子どもは寂しくないのだろうか。母は専業主婦だった。多分、私たち姉妹にはそういう思いはさせてこなかったという思いがあるのではないかと思う。家に母がいることがあまりに自然で、寂しいとか寂しくないとか感じなかったのだろうか。寂しいか寂しくないかは子ども本人の心の中にあるものだから、推測だけでは語れない。私には母にどうしても言えないことがある。母が働かなかったのは、それだけではないように思う。父は母が働くことを嫌っていた。定時に夕食の支度ができていないことに我慢できない人だ。そして、妹は障害児だった。今は障害者。学校にもよく行っていたし、妹の用事はたくさんあったように思う。母がいなくて心細いという思い出は確かに数少ないかもしれないが、そのかわり、妹の付き添いで病院に行ったり、ことばの教室に行ったり、療育センターや療育キャンプに行ったり、そんなことは鮮明に覚えている。母が妹の勉強を見ていたのは覚えていても、自分の勉強を見てもらった記憶はない。母は妹のつながりで友人を作っても、自分の友人の親たちと交流していた記憶はない。きっと母も気を遣って、私を一人の子どもとして見ていてくれたに違いないが、母と一緒の時には必ず妹の存在があった。無意識のうちに私は自分でどうにかしなくてはいけない術を身につけてきた。私は母の姿を反面教師としている気がする。仕事をすることが子どもの安心感をなくすものと思うなら、仕事をしてでも安心感を与えられるように工夫すればいい。私はそうしてみせる…反対されるほど決心が固くなってしまう。何より、旦那は私の父とは真逆の性格。仕事復帰も反対はしない。夕飯が遅くなっても文句ひとつ言わない。子どもたちも全く反対なし。常勤していた頃の私も覚えているし、むしろいない間好きなことができると喜んでいる。今日どこに仕事に行ったかわからず、連絡もとれない今より、かえって職場が決まっていて、居場所が明確な方が安心感が得られるのではないかと思ってしまう。最終的には家族の理解があればこそ、そして、夫婦が仲良くて、普段のコミュニケーションの取り方次第で、いくらでも取り戻せると思うのは、間違っているのだろうか。
2005.05.01
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