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ホロゴン讃歌においでの皆さんご無沙汰しています。久しぶりに自分のブログを開いてみて、ちょっとびっくりしました。ホロゴン讃歌への寄稿は随分前に終了しましたのに、毎日たくさんの方が変わらずおいでになっている!嬉しいような、申し訳ないような。その間にHashiretaxiさんから4通ものコメントも頂きました。Hashiretaxiさんのコメントを拝見して、分かりました。私が態度をはっきりさせなかったのがまずかった!この場合、hashiretaxiさんへのお返事も兼ねて、私の決断した方針を書いておきます。1 ホロゴン讃歌は完全に終了します。2 新ブログ「わが友、ホロゴン」に専念します。3 ホロゴン讃歌の記事はおいおい新ブログに移します。Hashiretaxiさんから、両方のブログを活用する方策を教えていただきました。ほんとにありがたいことなのですが、私は常にSimple is the best.で生きてきた人間なのです。決断するときは、徹底的に決断したいと考えます。新ブログは、写真が無制限で、楽天ブログ同様、ブラックスキン、1コラムのデザインが使えます。横位置の写真がちょっと小さくなったのに最初落胆しましたが、デザイン的にはむしろすっきりしました。アクセスについても、一日一人1回カウントと極めて正確。楽天ブログでは、一日の人数は、アップする記事の回数に比例して増大。これ水増しと一緒だったのですね。今では、両ブログとも、一日わずか60人とコンスタント。これが私のブログのお客様。どこにも宣伝しませんので、純粋にリピーターだけ。日本中で、たった60人!でも、これ、私の写真にまさにふさわしい関心度、思わず笑ってしまいます。誰かの言葉ですが、「これでいいのだ!」この皆さんのために、今後もがんばりますので、よろしくお願いします。折角楽天ブログとしてかわいがっていただき、たくさんの方にお気に入りブログに入れていただいたことに感謝しています。私は、現在、その皆さんのブログをSafariのブックマークに登録して、毎日、丹念に訪問させていただいています。以上の次第です。本ブログはそのまま残しておきます。でも、新ブログにコンスタントに記事を掲載していますので、新ブログ「わが友、ホロゴン」もかわいがってあげてください。新ブログでお会いしましょう![あとがき]今回の写真は新ブログの現シリーズ「勝山廃村」の1枚。写真がほとんどグレーの亡霊と化した本ブログをこの写真が象徴しているのではないでしょうか?
2008/08/19
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本ブログは、終了とさせていただきます。その理由は、前回、描きました。新ブログ「わが友、ホロゴン」(http://ultrawide.exblog.jp/)をオープンしています。下に掲載したような、タイの古都アユタヤの古仏たちが、新ブログのこけら落としシリーズです。おいでをお待ちしています。
2008/08/14
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まず、本ブログにお越しの皆様にメッセージ。突然でありますが、本ブログは、今回を持ちまして、終了とさせていただきます。ご心配なく(誰も心配しないか?)本日、新ブログ「わが友、ホロゴン」(http://ultrawide.exblog.jp/)をオープンしています。「ホロゴン讃歌」は、すでに159日、421件の記事をアップしてきました。約1200枚程度の写真を掲載したことになります。ところが、本ブログの写真容量はたったの250枚。つまり、営々として選択し、ウェブ用に調整した900の画像は、ウェブ空間からはかなく消滅してしまったわけです。記事は制限なしに掲載できます。これもよしあしで、今は本ブログ「ホロゴン讃歌」、写真なしでは意味不明な文章の山の中にグレーゾーン、つまり写真の屍が累々とたい積する、不気味な墓場と化してしまったのです。いったんは「瞬間見捨てブログ」として雄々しく生き抜く決意をした私ですが、やっぱり我慢ができなくなりました。幸い、写真容量制限のない別のブログを創ることが可能となりました。もう一度、心機一転、これがはじめてというつもりで、新ブログ「わが友、ホロゴン」を制作いたします。本ブログの作品群もなんらかの形で新ブログにおいおい移したいものです。折角楽天ブログでご愛顧を頂いてきました皆様には、まことにもうしわけない次第です。おぎゃーっと生まれたばかりの新ブログが、すくすくと育ちますように、祈りを込めて、今回はバンコクの路地裏ですくすくと育つ幼児たちを採り上げました。バンコク、良い町なのです。では、皆さん、お元気で!またお会いしましょう!
2008/08/07
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私は、どこに行っても、小さな商店のデコレーションに強くひかれます。たいていは手作り、その国、その街、その主の個性が色濃く出ます。これが現代都市になると、もういけません。デコレーションは専門家の手に移ってしまい、ファッショナブルで挑発的ですが、ただそれだけ。心の中にぐっと食い込んでくるような人間味など、どこにも感じられません。人間の世界からロボットの世界へと移行しつつある、それが現代なのです。バンコクの路地裏のデコレーションは、それこそ手作りの極致と言いたくなります。お粗末そのもの、だけど、味があります。そんなものに惹かれるのが私なのかも?こんなものたちはどんどんと消えてゆきます。ということは、私も早晩消え去る運命なのかも?
2008/08/07
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ホロゴンは60センチ以内に迫るのが鉄則!いつもそう書いてきました。ホロゴンの被写界深度は60センチから無限大。ということは、合焦する最短距離よりも前に出て、あえてそこで撮れ、というわけです。バンコクの町中のお寺に愉快な布袋像を見つけました。折から太陽が布袋様の背後から射し込み、強烈な逆光条件での撮影です。いつもどおり、ポイントの布袋様に露出を合わせました。あとは全部捨てる、それがホロゴンのポリシー。2m、1m、最後に50センチあたりでしょうか?皆さんの好みはどれでしょうか?私の好みは言うまでもありませんね。布袋様はもとより、大蝋燭など、はっきりと被写界深度外、本来なら、はっきりぼけていいのに、お線香、花かざり、みんなピントがあっているように見えます。そして、この立体感がホロゴンの魅力。ホロゴン16ミリは現代レンズですから、もっと切れ込みのよい鮮鋭そのものの写りになるはず。ホロゴンは古代レンズなので、エッジが立たず、まったりとした味わいの丸み、ホロゴン15ミリの方が肉眼の雰囲気を再現してくれる、私は、そう信じているのですが…
2008/08/07
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第二次世界大戦後、もっとも躍進が著しいのは、なんと言っても、女性でしょう。ヨーロッパ的なヒューマニズムが世界文化と歴史に与えた影響は、甚大かつ極めて有益でした。近頃の歴史が明らかにしたことは、ヒューマニズムの根付いていない世界は、自身にとっても他にとっても破壊的であること。テロリズムやアフリカで続いているホロコーストは、心の中に歯止めになるものがないために、行き着くところまで行き着いてしまう最悪の状況。これから世界がどこに向かうか?まったく予断を許さない状態ですね。そんな中、女性の精神的な目覚めや能力の自覚は、これからの最大の救いにとなる可能性が高いように思われます。男性のように主義主張に我を忘れたり、覇権争いに心を奪われたりすることが、比較的少ないからです。バンコクでも、きびきびとして、自立心旺盛な女性を大勢見ました。でも、やっぱりタイでもっともすてきな女性は、シリキット王妃様でしょうね。
2008/08/06
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タイというのは不思議な国で、中国系の影響力が強いせいでしょうか?中国文化圏に入れてもおかしくない部分と、タイ独自の文化と言いたくなるような部分とが微妙に交錯し、曰く言い難い雰囲気を醸し出しています。路地の玄関先にもそんな文化的交錯が色濃く出ています。タイ人の心の余裕がそこかしこににじみ出ているように思える写真を、3枚アップしてみました。いかがでしょうか?
2008/08/06
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日本でも外国でも、美女に会える確率は大変に低いものです。出会ったとき、写真に撮れる確率はさらに低い。だから、ポスターで代用。とはいえ、ポスターをそのまま撮ったのじゃ、単なる盗用。周囲に融合させて、美女イメージを写真に取り込みたいものです。「掃き溜めに鶴」という言葉があります。鶴よりも掃き溜めになる可能性が高い私たちにとって、あまり愉快な言葉ではありませんが、バックグラウンドが美女と無関係であればあるほど、美女が引き立つものです。ほとんど貧民街のような路地を歩いていて、美容室にぶつかりました。2枚目にご覧いただけるとおり、ただの倉庫。それが美容室だと分かったのは、扉の裏に貼られたポスターのおかげでした。こんなスタイルに仕上げてもらえるとはとても思えませんが…
2008/08/06
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アジア諸国のあまり裕福でない家庭の子どもたち、ほとんどみんなに言えること、それは、動作がきびきびして、目が輝いていること。元気溌剌なのです。日本の子どもたちも、昔はそうだった!映画「24の瞳」をご覧になったことがありますか?あの子どもたち、現代日本の子供たちとは雰囲気が違います。むしろアジアン・チャイルド!現代日本の子どもたち、動作がけだるく、目の表情がどこか醒めている。ちっとも可愛くない!でも、これは都会の子どもたち。田舎の子どもたち、都会でもしっかりとした両親に養育されている子どもたちは、昔ながらの輝く目をしているものです。「末は博士か大臣か」の子供たちと、「親を見れば、どうせ未来は知れたもの」の子供たち、この違いでしょうか?バンコクの子どもたち、元気溌剌でした。私のお好みは2枚目の坊や。まだ3つばかりでした。このあどけない瞳、やっぱり輝いているではありませんか!ほんのちょっとおびえて見えるって?その通りです、あたりまえです。なにしろ奇妙なおじさんが、キテレツなレンズを目の前に突きつけるんだもん!
2008/08/05
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バンコクを歩いて分かったこと、それは、信仰が街全体に生きているということ。東大寺が創建された頃、奈良の都もきっとこんなだっただろう。そんな風に思わせる熱気がどのお寺も熱くしていました。確かに、どこに言ってもうんざりする位に金ぴかの黄金佛だらけ。でも、奈良の都のお寺だって、黄金佛だらけでした。祈る人たちの熱気もハンパじゃなかったでしょう。そんな風に考えると、バンコクのお寺に居ることで、奈良朝時代の日本を体験できるような感じがしてきます。残念ながら、堂内の撮影は不謹慎なので、堂外やお社でのお祈り風景を中心に、4枚ご覧頂くことにしましょう。3枚目のお供え、一体誰が食べたのでしょうね?仏様かな?
2008/08/05
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本日(もう昨日ですね)夜は、合奏練習日。8月9日に予定している二胡合奏音楽会のリハーサルでした。曲がりなりにも音楽会に3度立て続けに出る!まあ、盗人たけだけしい、いや、素人たけだけしい!これもすべて師匠に責任があるのですが、本日の練習が終わっての帰り道、先生、なんと言ったと思いますか?「プロとアマの違いは、プロは、いきなり弾いてもちゃんと弾ける。アマは、2,3回練習しないと、ちゃんと弾けない」私、ほとんど先生の首を絞める寸前をこらえて、「先生、そのアマって、僕のことですか?」「そう、「8月桂花遍地開」は2度目、「賽馬」は3度目にようやくちゃんと弾けた」「先生!」わなわなわな…「ぼくは、まだ揚琴はじめて1年ちょっとなんですよ! アマとも言えない! それを無理に出させるからじゃないですか!」先生、「ふふふふ…」このあたりの事情、写真にも通じるところがあって、全部が全部先生の責任とは言い難いところ。結局は、私が出たいから出ているだけ。泥縄も良いところなのですが、コンサートの曲を弾くために、その技術を習得する、これって、なかなか有効な方法のようです。「かわいい子には旅をさせよ」ですね。とにかく、先生、ありがとう!というわけで、バンコクに戻りましょう。お寺が、日本とはちょっと変わっています。本堂の裏あたりを歩きますと、境内が霊廟のような雰囲気。至る所に故人の写真が飾ってあるのです。しかし、私のお好みはなんと言っても1枚目。お寺の門前にいるのは、狛犬なのか、狛虎なのか?怖いというより、ちょっとユーモラスな番犬がガラスケース入り。その前のベンチのおじさまと渋い横顔がそっくりではありませんか?
2008/08/05
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タイは小乗仏教の地、修行というものが重視されているようです。ある日、仕事を捨て (あるいは休職して)、頭を丸めて、乞食僧として修行を積む、なんてことが、普通に行われるそうです。街で僧侶を見かけると、よく考えました、あの人、本職はなんだったのだろうな。でも、どの人も腰を据えてがんばっています。目つき、歩き方も堂々として、前から見ても後ろから見ても、立派なお坊さん。1枚目の女性、僧職に転じた恋人を写真の中に見つけようとしているのかな?私が一番好きな写真、実は2枚目。お坊さんが寺の隅に腰を下ろして、なにか食べ始めました。犬がやってきて、そっとねだりました。お坊さん、素知らぬ顔で、犬の口になに落としてあげます。受ける犬も、なかなかの役者、あっち向いたまま、素知らぬ顔でもぐもぐ。ご両所とも、お釈迦様でも気づくまいという風情。でも、お釈迦様ならぬ、ホロゴン様がちゃんと見ていました。私の位置は、お坊さんから7,80センチでしょうか、パチリ、1枚!撮った私本人も、お坊さんと同じ方を向いて、眼の隅の悍状体で動きを捉えてのスナップ。でも、お坊さんも犬も、私が撮っていることはちゃんと気づいていたかも?でも、どちらも立場上、気づいたとは言えぬ苦しさ。ある寺の片隅で、ある日起こった虚々実々の駆け引き。そんな私たち3人をお釈迦様が見下ろして、やさしくお笑いになっていたかも知れませんね。3枚目のすれ違う2人、俗世界では、実は恋人同士だったかも?そして、4枚目、実は1枚目の女性が探すご本人なのかも?こんな風にかってに推測しますと、写真て、飽きませんね。
2008/08/04
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北欧神話には、世界樹ユグドラシルが出てきます。インドにも、宇宙樹の信仰があるようです。仏陀はブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開かれたと言います。大樹信仰は世界中至る所にあるようです。巨木の前に立つと、幹の中から生命エネルギーが放射するようで、言いしれぬ感動を覚えるものです。数千年の寿命を持つ木もあるのですから、その生命力たるや、他の生物を遙かに凌駕しているわけで、信仰の対象となるのも納得できます。バンコクでも、大樹そのものや、その前に置かれた仏像などに、女性たちが盛んに祈りを捧げていました。祈る人の大半は若い女性。どうもタイでは女性の方が積極的らしいですね。
2008/08/04
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タイでは、神様もつらいのです。日本なら、お賽銭をまず賽銭箱に放り込んでから、願い事をお祈りします。かなわなかったとしても、しーらない!でも、タイでは、お賽銭、お供えなしにまず願掛けの祈りをします。もしかなえられたら、お礼を持参するのです。ということは、プレゼントの山ができているお社は願掛けがよく当たる!「あそこに行ったら、なんとかしてくれるよ」というわけです。逆に言いますと、お礼が一つも置かれていないお社って、あっという間に、誰も来なくなるのでは?このあたりの呼吸、どこかの国のお役人みたいなものです。今回アップした中で、1枚目と2枚目は、お社ではなさそう。むしろお供えなのかも知れません。とくに2枚目なんて、ゴミの山が側に。でも、3枚目のお社にはちゃんとお礼が置かれていますね。ここの神様、なんとか生活できてるみたい。でも、とってもささやかなお礼ですね。願い事もささやかだったのでしょうか?
2008/08/04
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アジア諸国、どこに行っても、兄さん、姉さんが弟妹をしっかりと守って遊んでいます。子だくさんの社会では、親は一番下の子供にかかりきりで、とても面倒みきれないからです。この習慣、実は日本にだってあったようです。ちょっと考えただけでも、このシステムにはかなりのメリット。まず、下の子は、早くから乳離れできて、自立心がつきます。兄姉は、母とは違うので、甘えることができません。兄姉は、自分の仲間と遊ぶ間に、弟妹に社会性を身につけさせ、しっかりと教育としつけをすることができます。1枚目の妹のしっかりとした表情をみてください、甘ったれた顔のへなちょこの子供なんて、見つかりっこありません。日本の30年後に未来はないのでは?そう思わせる大きな理由がここにあります。甘ったれの一人っ子ばかりが国を背負うことになったとき、一体なにが起こるのでしょうか?いや、もうすでに起こっているのではないの?
2008/08/04
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ローマ帝国の初代皇帝となったオクタビアヌスという人、私にはまったく魅力のない人物の筆頭なのですが、どうも打算だけで生き抜いたように見えて、ぜんぜんあたたかい心が感じられないせい。そんな彼にいかにもふさわしい逸話があります。ある地方都市に行った皇帝、住民が犬を抱いて歩いているのを見て、冷笑したそうです、「この町では、人間よりも犬を大切にするらしい」人も動物も心から愛したことのない人にふさわしい言葉ですね。バンコクにはさいわいこんな冷たい人はいないようで、どこに行っても、犬も猫も大事にされていました。
2008/08/03
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私は、どちらかと言うと、色彩感覚に欠けています。色数の多い写真は苦手。だから、おおむね赤一色にとどめています。仏像、神社仏閣だって、同様。京都の絢爛豪華な寺社よりも、奈良の色あせ、金箔もはがれた寺社と仏像により惹かれます。この傾向は、私に限らず、日本人に相当共通するようです。でも、世界的に見る限り、こうした傾向はむしろ少数派。バンコクのみならず、アジア諸国どこに行っても、トラックの化粧は実にきらびやかで多彩です。日本人もその影響を受けたらしく、だんだん運送トラックを化粧するようになっていますが、たいていの場合、ステンレスでしょうか、銀色一色を主体とするデコレーション。ところが、アジアではもっと強烈なる装飾を楽しんでいるようです。本日のはまだおとなしい方ですね。
2008/08/03
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マクロスイターの特技、それは美女の撮影!女性専科のカメラマンにとって、マクロスイターは絶対に見逃すことのできない最上の武器。もちろん現代のように毛穴まで写し込んでしまう、精密描写を要求するのであれば、マクロスイターに出番はありません。あくまでも美女や花たちを匂うように美しく、アートとして撮りたい、そういう願いをお持ちの方には、マクロスイターが最適。私も、かつて娘とその親友を撮って、写真集に作ってプレゼントしたことがあります。その画像のやさしさ、露をおいたような新鮮さは、他の名レンズたちとは異次元の世界でした。私にとっては、もうこのようなポートレートは無縁の世界。ひたすらロボーグラフィ専科で突き進む、それが私の前にまっすぐ開いている道なのです。でも、ときにはホロゴンで美女を撮りたいことだってあります。すると、どうなるのか?今回の3枚がその回答です。これ位のスタンスがよろしいようで。 [撮影メモ] でも、この3枚ホロゴン写真ですから、 実はご想像よりもぐっと接近戦なのです。 1枚目は、30センチから40センチのすれ違い。 3枚目は60センチの通りすがり。 2枚目でも、彼女が私を追い越した直後の1メートル以内。 実は危険な距離なのかも?
2008/08/03
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昨日、伏見稲荷の天辺近く、峠の茶屋で休憩しました。水分の出きった身体に、宇治金時をおごってあげながら、心には、レンズ談義という栄養を補給。友人曰く、「もうホロゴンだけで十分でしょ?マクロなんて撮る気、もうないでしょ?」ひょっとすると、アルパを捨て値で手に入れようという魂胆か?私も、ここは慎重に、こう答えるべきでしょう、「いや、そういうわけでもないので、時々は、マクロとか、背景をぼかした写真なんかもいいんじゃないかって…」ところが、常に直進の一枚岩で、ぼかし、いなし、うっちゃりなしという私、「そう、もうそんな気はぜんぜんないね」パンフォーカスは、私にとっては、生涯追い求めてきた理想。全部が明晰に見えている、そんな風に物事を見たい、そんな気持ちがいつも私を支配しているので、写真だって、そうでありたいのです。昨夜帰宅して、カメラの除湿庫を探してみて、アルパ用レンズのライカMアダプターが見つかりました。数万の大枚をはたいて購入しながら、使ったのは1度でしょうか?でも、これがあれば、マクロスイターをライカに付けて使えます。友人に早速電話しますと、友人、含み笑いをしながら、「なんだか困ったことになってきましたね、ライカだけで生きていこうと思っていたのにね…」さて、私の大好きなパンフォーカス写真をアップしましょう。3枚目。こんな奥行きのある写真が好きなのです。2枚目はもちろんホロゴンではありません。フレクトゴン35/2.4の開放。でも、ここにはある種の作為が感じられる。稀代の名レンズなのに、手放してしまったのも、そんな理由から。おっと、このレンズも先ほどの友人に回したんだった。
2008/08/03
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男だって、がんばっています。これが人生なのです。でも、みんなつらくても、負けていませんね。笑顔で生きるのも、苦い顔で生きるのも、その人の選択次第なのかも知れません。私は、この果物売りの男が好きですね。額に汗、つらい仕事でしょうに、にこにこと、終始笑顔を絶やさないのです。今でもがんばってるんだろうなあ...
2008/08/03
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伏見稲荷に行ってきました。おいでになった方はお分かりと思いますが、伏見稲荷の本殿から山に参道を上っていきますと、赤い鳥居が何百何千と参道の天井となって連なっています。本殿からまともに上りますと、汗をかきます。私は、お稲荷さんにこれまで7、8回は行きましたが、実はこの正式のお参りを一度もしたことがありません。伏見稲荷に隣接する名刹、東福寺の裏から一気に上る山道、この近道を常に使っています。そうすると、登りは急ですが、本殿からの道より遙かに早く、簡単に上ることができます。つまり、ほとんど汗をかいたことがありません。この山の上に、幾か所の霊場があり、お狐様と赤い鳥居がさまざまなヴァリエーションで並んでいて、とにかくフォトジェニックなのです。私はもちろんホロゴンで、友人は、マクロスイター50/1.8付きのアルパ9dと、エルマリート28/2.8付きライカM3とで、一日中猛烈に撮影をたのしみました。私はすべてホロゴンによるパンフォーカス撮影、友人は、エルマリートによるパンフォーカス撮影と、マクロスイターによるマクロ撮影。彼は3本半、私は、なんと12本、まったくべらぼうですね。帰宅して、いつもこんな風に本数を報告します。妻は、判で押したように、必ず烈火のごとく怒ります、「写真は本数じゃないの! いつまでそんなこと言ってるの!」その度に、私はにやにやします、「でも、ぼくの場合、本数なんだよ」妻の言葉に一理あることはもちろん認めます。傑作というものは、下手の鉄砲数撃ちゃあたる式には撮れないものです。でも、私の写真は、すでにご承知のように、傑作なんて皆無!文字通り、全作品がこの「下手の鉄砲」なのです。だから、本数がまさに大切なのです。考えてみれば、本数が大切なものは沢山あります。バンコクの市場のお店のほとんどが、そんなお店。一ヶ月に数点売れれば食っていける、なんてうそぶける、日本の骨董品店や画商のようなお店は一軒もありません。毎日、薄利多売で、とにかく売って売って売りまくらなければなりません。でも、女主人たちのどっしりとした落ち着きはどうでしょうか?なんだかバンコクの人たちの人生観、価値観、日本人の私たちとはちょっと違うようですね。
2008/08/02
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本日は、伏見稲荷に行ってきます。ご存知、お稲荷さんの本場。数知れぬお狐様がほの暗い森の中に並んでいて、異様と言えば、異様、森厳と言えば、森厳、幽明と言えば、幽明。とにかくフォトジェニック。私の友人の一人など、商人ではないのですが、正月の初詣を欠かしません。私は初詣をしませんので、お稲荷さんもちょっと冷たい表情。でも、何度来たか分かりませんが、かつては長焦点で、あるいは標準レンズで、さまざまのお気に入りを撮ってきました。いわば、私にとってはA級フォトエリア。でも、ホロゴンを使うようになってからは遠ざかっていました。なぜか、理由は不明。今回は、友人と一緒に、ご機嫌うかがいに参ります、「お久しぶり、元気?」お稲荷さん、どんな風に応えてくれるでしょうか?さて、バンコクに戻りましょう。バンコクの市場には行商もやってきて、その多彩さは第一級と折り紙付けたいところ。サンプルを3つ見ていただきましょう。私のお気に入りは?このブログに少し慣れた方なら、お分かりでしょうね。
2008/08/02
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明日は土曜日、私にとっては、週1の撮影日。相棒は28ミリ一本付けたライカM3を使います。この世にこんな良い人がいるだろうか?いつもそう思うのですが、意外や意外、実に見事な写真をなにげなくすっと撮ってしまう名人。以前は50ミリの達人でしたが、28ミリを使うようになって、彼の写真はさらに深化しました。私は大手ギャラリーで彼の写真展をするのが夢なのです。彼とは10年以上、撮影に付き合ってきました。私にとって、写真撮影は最上の喜び。仕事のことも、揚琴のことも、ブログのことも、静(私が愛する娘)のことも、妻のことも(おっと、これはない!)、みんな忘れ(ごめん!)、写真に没頭する日です。ところが、忘れられないことが一つあります。食べ物のこと。友人はなんとグルメなのです。それも贅沢なご馳走に食指を動かす、スノッブなグルメではなく、なんでも美味しく食べる上での工夫に喜びを見いだす、正真正銘の食通グルメ。でも、手に負えないのは、彼、撮影しながら、私が頼みもしないのに、美味しい食べ物のことを実に雄弁に語ってくれるのです。おかげで、撮影に注ぐ注意力は本来の3割程度でしょうか?そんな彼がバンコクに来れば、きっとさまざまな食材に目を見張ることでしょう。バンコクは一人旅、グルメに注意を逸らせることなく、順調に撮影しました。いや増しにおしよせる買い物客でごった返す市場入り口で、品物を受け渡しする手際の良さ!バンコクの市場はまさにお昼なのでした。 [ちょっと一言] 友人のことをこんな風にあからさまに書いてよいのか? よいのです。 彼は、毎日の仕事の疲れで、夜はグルメに専念、 おかげで、私のブログを見る時間はまったくなし。 知らぬが仏です。 今後も彼のことは書くことでしょう。 よろしく
2008/08/02
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どこの国に行っても、面白いのがマネキン。お国柄がしっかりと出ます。ネパールなんて、たいていの場合、ゴム人形でした。日本のマネキンは、近頃は女性をリアルに再現するものだそうで、はっきり言って、気持ちが悪いですね。バンコクのマネキンを見ていますと、タイの人って、こんな風貌がいいのかなと、なんだか分かってくるような。しかし、その方向性が日本とは逆なのが、楽しいですね。日本では、女性たちはどちらかというと、穏やかな風貌なので、よりドラマチックな容貌を求める傾向があります。ところが、タイの女性は、目鼻立ちがくっきりとして、日本女性よりもぐっとドラマチック。なんでも行き過ぎは困りものなのでしょう、マネキンは実物よりもぐっと穏やかなのです。その逆で、派手一方なのはTシャツ。なんともサイケデリックで、私に言わせれば、悪趣味。亜熱帯の気候に、こうしたけばけばしい色彩が似合うようで、沖縄でも同じような色彩感覚が見られました。そんな中にドラエモンが混じっているのですから、ご愛敬。ドラエモンは嫌いではありませんが、こうどこの国に行っても、日本の漫画が普及しているのは、世界中の人たちが漫画文化の影響にさらされてゆくようで、ちょっと怖い感じがします。
2008/08/01
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アジアの諸都市での約2週間の旅を終えて帰宅するたびに、妻がびっくりしました。「なんなの? 真っ黒になって!どちらが前か後ろか、分からないじゃないの!」確かに、タイも赤道近くなのです。強烈な陽光! 強烈なる暑熱!だから、アジアの一人旅の最低条件は、暑さに強いこと!私は、さいわい暑さ寒さに関係なく、元気いっぱい。旅の間、休みなく、撮影をひたすら強行。でも、この旅では、大きな誤算がありました。バンコクには無数のマーケットがあり、大変に面白い被写体がごろごろ転がっています。ところが、アーケードやパラソルで、ちゃんと日よけをしているのです。おかげで、ホロゴン15ミリF8のような暗いレンズは、シャッター速度がぐんと落ちてしまいます。それなのに、精密描写を狙って、ASA感度100のプロビアを持参してしまったのです。おかげで、シャッター速度は、8分の1秒から30分の1秒。帰宅して現像から上がってきたフィルムをルーペでのぞいて、文字通りのけぞりました。大半が手ぶれまたは被写体ぶれだったのです。今回以降しばらく、そんな暗いマーケットを採り上げます。ちょっと暗い気持ちで...もっともっと面白い写真が撮れていたのですが、たいていは3枚目同様に、ぶれていて、とても写真とは言い難い状態。さて、気を取り直して、まずパラソルから見ていただきましょう。
2008/08/01
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閉ざされた扉、窓、壁などを撮るのが大好きです。その向こうに、私がついに知ることのできない、未知の世界を感じさせるからでしょうか?それとも、住む人の心を感じることができるからでしょうか?数知れず、扉を撮ってきました。別に扉研究をしているわけではありません。美しい扉なんか、お呼びじゃありません。私が撮りたいのは、人の手が入り、くたびれて、どこか奇妙な扉。今にも、ばあっと人が飛び出てきそうな扉。でも、実際に飛び出てこられたら、これは困りますね。奈良郊外の僻村を撮っていたときのこと。絵に描いたような、傾いて崩れかけた廃屋がありました。以前にも撮ったことがあります。家の周囲に障壁はなく、荒れ果てた草ぼうぼうの敷地。裏に回ると、家半分の壁はおそらく焼失して、青い作業用ビニール幕がかけられています。てっきり無住だと信じていました。家の裏側に、玄関とおぼしき、木製の滑り戸、開けようとすれば、がたぴしバタンと外れてしまいそう。これは面白いとホロゴンで撮影したその瞬間です、戸がほんとうにがたぴしと開きはじめ、中年の男がもそっと顔を出したではありませんか?私、すかさず、「こんにちは」がたぴしが先に来たので、この一瞬の間合いに、心の準備ができました。でも、がたぴしなしに、まず、顔が現れたりしたら、そりゃ、びっくりしたことでしょうね。
2008/08/01
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