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3月も終わりだ。明日から4月だ。学校では新年度のスタートだ。4月といえば春本番、何かしら新鮮さを感じてワクワクさせる季節だ。僕はこの時期が一番好きだ。 東京では、桜が満開だと聞くが,関西では和歌山の串本等南部を除いては、開花宣言が出されたにもかかわらず、この2~3日の寒の戻りで足踏み状態が続いている。 僕の幼少の頃(?)は、桜は新学期あるいは入学式の頃と決まっていた。ところが昨今では、地球温暖化のためか3月の25日頃咲き出した。 困ったものだ。桜は4月の子供達が親に手を引かれやってくる入学式や新学期の頃が好い。 入学式と桜はよく似合う。 桜を見ながらよく思うことは、「来年はどこでどんな気持ちで桜を見ているだろうか?」って・・・。 そういう意味では、荒井静香は今年は最高の気分で桜が見られて良かったと思う。 来年も好い顔で桜を見て欲しい。さて、僕の3月の計だが,走行距離は136km、年間377km、酒を飲まなかった日、21日 ・飲酒デー、10日。 酒は飲まない日が2倍で数段上回った。 このペースで行けばラッキーだが・・・・,気を緩めるとあっさりと逆転しちゃうから気をつけよう。3月を振りかえると,一番大きな出来事は、やはり篠山ABCマラソン完走だ。これは僕には人生で一つの「大きな事件」です。 長い間捜し求めていた“充実感”との夢の出会いです。 大切にしないと・・。また、4月も素敵な“夢さがし”をしよう。
March 31, 2006
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「この週末に20kmをもう一度走ろう!」という気力が蘇ってきた。 先週末は膝の痛みで気力がやや低下していたが,また戻ってきた。マラソンに対する熱意・集中力・闘志が頭の中に戻ってきた。 僕の頭の中の多くはマラソンのことに占有されつつある。 今まではその思いがポッカリとどこかへ飛んで行ってしまっていたかのようだ。 企業経営などで人事管理などでよくモーチベーションとかヤル気とかいうことがよく叫ばれていたが,こういった類の本を読んでも頷くことはあっても右から左ですぐに消えてしまうことであった。いざ自分がマラソンをやろうと思うと、気力ややる気をいかに持続できるかが、実に大切なことかがわかる。 イヤイヤやっている段階ではそういったことはどうでもいいくだらないことに感じるだろうが、好きなことにかけては、積極的になるものだ。こういった日々の気持ちの変化を楽しめるのも有り難いものだ。
March 30, 2006
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「僕が意志が弱い人間で何をやっても長続きしない人間である」ことは、僕ならず自分の周知の人達も認めるところであろう。自分の人生を振り返ってみても何をやっても長続きしないし、「熱し易く冷め易い」を絵に描いたような人間だ。家内からもよくそう言われ、半ば軽蔑の眼差しで見られており、自分自身も認めるところで反駁できないところがあった。 しかし、「そうばかりではないのでは?」という面も見られた。8月末より12月に「三田国際マスターズマラソン(ハーフ)に出場しよう!」と思い立ってから、練習を開始した。練習をしている僕を評して僕が風呂に入っていていないと思ってか、娘にひそひそと「お父さんは、どうせ続いても1ヶ月だけだろうけどな。」と過去の経験上そう断言していたのを耳にした。 途中でへばらないようにまずハーフ(21km)が走れる体力作りをしようと、21kmをタイムを気にせずゆっくりと走り込んだ。 3時間前後かかった。練習と言えば単純なものでそれの繰り返しだけだった。 しんどい時には7km、10kmに距離を縮めたりして12月まで完走できることを願って走りつづけた。 結果2時間3分で完走できた。 スタート地点に並んでいた時に、隣の年配の人同士で「福知山マラソンは出たんだけど、篠山ABCマラソンは、出場するか迷っている」と話し声がした。 それを聞いて「こんな年配の人がマラソンが走れるんだ。よし、じゃあ僕も出てみよう!」・・・・これが、篠山ABCマラソンに出た理由だ。次の土曜日早速国道沿いに42kmゆっくり走った。 6時間ほどかかったが、走れた。 あとは体力をつけてタイムを上げてゆくだけ。 これをずっと3月まで続けてマラソンに臨んだ。 「熱し易く冷め易いこの僕が・・・何をやっても長続きしないこの僕がなぜ?」と今になって考えてみると、「大会に出場する」という目標があったこと。「走ることが好きだった」ことなどがあげられる。勿論意志の強さもあると思うが,長続きするためにはテンションを高めておく材料も必要だし、それをするのが好きかどうか、やる意義を自分自身で認識しているかどうか?などが大きな要因でもあることが分かった。ただこれから夏に向かってモーチベイション・テンションをいかに維持することが出来るかが課題だ。 そのためには、どこかの大会をリサーチして出場しもっと高い目標を持つ琴だと思う。 頑張れ,頑張れ!
March 29, 2006
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今月でマラソン3ヶ月が経とうとしている。 今日も時間があったので7km走った。右膝が心持痛いが快調に走れた。 10kmまで行こうかと思ったが、大事を取って辞めておいた。 1月139km、2月102km、3月136km 計377kmとなる。以前と比べると格段の進歩だ。 前は土日に1回7Kmとか10~12kmが最長距離だ。 あの当時は、月に何km走るとかいう概念は無かった。1回或いは週末2回で20km程度だった。 その日の気分で走ったり、休んだりしていた。 一月に何キロ走るという概念ができたことは僕にとって大きな進歩だと思う。ブログのマラソン大好き人間達の記録を見ると月200kmを走るヤツ(?)等がいるが度肝を抜かされる。今月はマラソンを走ったので42kmが加算されるので200kmに到達するかと思ったら、先週の週末の走りで敢無く断念した。でも考えてみると、200km走れる人は、それだけ体力も出来ている証しだ。今の僕なら120~130km程度走れたら万万歳だろう!
March 28, 2006
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手帳より1月からジョギングをした日を拾って見ると、そうたいしたことはない。どうしても週末土日と良くて水曜日くらいに一度走れたら良いほうだ。 週末でも用事や意欲を欠いて走っていない時もあった。 最低でも週末は欠かさず走る癖をつけようと思う。 続けることが大切。実践が何よりだ。体重の話だが、今だいたい70~71キロ台だ。 昨年を見てみると、72~75キロあった。 そう思うと少し痩せた。 家内もそう言った。「年がいってから痩せると貧相に見える」という。 ところが、昨年は「太っているとみっともないからもっと痩せたら?」と言っていた。 随分勝手なものだ。外では春を感じさせるものがいろいろと目に付く。 沈丁花の香り、菜の花の黄色い花が咲き始めているのが電車の車窓から見えます。 まだ桜は見えません。
March 27, 2006
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主夫2日目、今朝は9時半頃起きた。 久しぶりによく寝た。 朝味噌汁を用意し息子と食べる。 それから片付けをし、洗濯をし夜洗ったものをしまった。馴れていないと結構キツイ。 少しビデオを見ると直ぐに昼だ。 昼はうどんを食べる。 またビデオの残りとテレビを見てから恐る恐るジョギングをする。少し痛みも残っているので不安を持ちながらの走りだ。 きわめてゆっくりとしたペースだ。 結局7km走った。 何がなんでも走れたことは嬉しい。だが、タイムをみたら今まで積み上げてきたものが、壊されて一からやり直しといった感じだ。 なかなか思うようにゆかないものだ。 まあ思うようにゆくのがおかしいのだ。 計算外のことはこれからいくらでも起こるだろう。まあ、気長にやることだ。 でも可笑しいね、自分のペースでやってゆけばいいのに焦ったりするのは・・・。 知らず知らず競争意識があるのかな?
March 26, 2006
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週末は、家内が娘と「実家へ帰って来る」と言うので、家は息子と僕だけ。息子も一日出かけているので、一人で留守番。 午前中はテレビを見たり、ブラブラして過ごす。 「ニフティマネ―ジャー」というソフトを3月末で廃止にするというので、今までのメールを保存しておこうと思って操作方法を見るが、なかなか難しい。なかなか集中して長時間もやっていられない。 昼からはテレビを見たり、ビデオを見たりで時間を過ごす。 時折睡魔が襲う。 2時半頃から買い物に出かけた。家内が夕食も食べれるようにはしてくれていたが,残り物ばかりだしもう少しメインディッシュが欲しい。 「仕方が無いから自分の小使いでなんか買ってこよう」スーパーやら市場をのぞいてかつおの刺身半身と沢庵の漬物を一本買ってきた。漬物は大好きだ。 最近漬物といって「浅漬け」が流行っているが、漬物にはちょっとうるさい僕に言わせれば、「あれは漬物ではない」 漬物は発酵していないと漬物ではないと思っている。 少し匂いもしてね。 やはり臭味というのはなんでも美味なのだ。浅漬けは単に塩もみして少ししなりとしたものを食べるだけだ。きゅうり、茄子、白菜など浅漬けは確かに美味しいが,これを漬物の代表と思ってもらったら困る。夕食を食べて食器を洗い、風呂に入り風呂を洗い、洗濯して干す。 やっと終わった。 ふだんやりつけないことは面倒くさい。今日も買い物に自転車に乗って行ったが,足は少し痛い程度だった。 明日は少し軽く走ろうか。夕方から喉がガラガラしてきた。目も昼頃からかゆい。 花粉症ももう過ぎたと思っているけど、ヒノキの花粉のせいだろうか? 家内も昨夜喉が痛いと言っていた。
March 25, 2006
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やっと週末になった、仕事から解放される。 今日も8時過ぎまで会社にいた。同じ姿勢で長時間机に向かっているので頭や首筋が痛くなってきた。 頭もパーになってきて思考力も注意力も散漫になってきた。もうこれ以上やるとミステイクも増えてくる、やめて帰ろう・・・。そうして気分転換と称して週末のいつものパターン。 飲み屋へと行く。 ビールとおでんだ。 いつものパターンだ。 1本飲み終えた頃妻からメールだ。「いつ帰るん?」というメッセージ。 ちょっと遅くなると帰りを促すようにメールが来る。鬱陶しさも感じながら返信もせず、勘定を済ませ家へ向かう。 この間40分くらいのハッピーな時間だった。 いっそ酒を辞めようと思うが,これだけは辞められない。 若い頃は、梯子酒三昧だったが、今はビール1本で済むようになった。 しかも今月は、数日しか飲んでいない。 でも禁酒は出来ない。「歳をとってくると時間が止まる」というが、本当だと思う。 いつも同じパターンの繰り返しで、目新しいことが無くなるからだ。 若い頃は、一年の違いもすべて認識していたが,今は1年前の自分も10年前の自分もそう変わり映えがしない。 今日会社の東京支店の26歳の女子社員が退社した。 なんでもカナダへ行って1年間英語の勉強をしたいのだそうだ。 その後のことはまだ決めていないそうだが,偉いと思う。 僕などその頃そんなことも考えすらしなかったし、ひたすら酒を飲んでいた。酒を飲むことこそが至福の喜びだと思っていた。 別段良い服を着たいとも思わなかったし、女の子に持てたいとか、アタックしてゆくことも無かった。仕事が終わったら真っ直ぐ飲み屋へ直行していた。明日はどうしようかな? 足もだいぶんましになってはきたが,走るには不安がある。 不安が無ければ「明日はまた24km走るぞッ!」と気合も入るのだが,この状態では気持ちも宙ぶらりん・・・・、明日は明日の風が吹く
March 24, 2006
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右膝の痛みはやや回復してきたものの、まだ立って歩き出すと痛みがしてくる。友達からメールで「あまり無理をしないように、歩いたらどう?」とのこと。すべてこの週末の我が身体の状態次第というところだ。 無理をすると、徒に回復を延ばすだけだ。 ジョギングをしていると、怪我はずっと付きまとうもの。怪我と上手に付き合う術を持っておかなけりゃあね。 長く続けることがだいじだと思っている。 またブログ仲間から励ましやら助言を頂きスゴク嬉しい。ラジオの深夜放送で「走れ!歌謡曲」という番組があったが,これは日野自動車がスポンサーで、深夜トラックで走っている人がよく聞いている番組だった。その日野のコマーシャルに「一人じゃないんだ、日野ファミリー」というフレーズがあった。 孤独なトラック野郎を「応援しているよ」っていう意味で言っているのだが,このブログも同じようにもじると「一人じゃないんだ、マラソン仲間」っていうことになるか?でも楽しいね。 ブログがこんなに大勢の人と友達になれるとは思ってもみてなかった。 個人同士のメールもそれなりに好いが、制限もある。
March 23, 2006
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昨日明日香村を4~5km歩いたせいか、今日は右膝が痛む。 僕のブログが初めての人は、「たかがこれしきで・・」と思うかもしれない。この土日に24kmを2回走ったからだ。 平地を歩くくらいで痛むのかと自分でも思うが,走らなくても一旦膝が痛むと体重を支えて歩くことも大きな負担なのだろう。山登りをしていて1日20km歩いていた頃も疲れて山を降りるときも膝が痛むのを思い出した。20数年前にも昨日訪れた法隆寺のことを考えた。 その当時奈良市内に一年住んでいたことがあるが,一度法隆寺に行ったことがある。 記憶では、野原の真中にポツンと法隆寺の五重塔が建っていたような記憶だったが,全く違っていた。 広い境内の中に五重塔があった。 また昨日こんなことを思い出した。 そういえば昔の写真で、母が若い頃町内会の旅行で近所の人と一緒に法隆寺の自分が居た丁度その場所で映っているたのをぼやっと思い出してきた。さあ膝は、週末には治るのやら・・・???
March 22, 2006
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今日は、祝日で家族で明日香村に行こうということになり朝からクルマで出かけた。 大阪府を過ぎ、奈良県に入ると霧が帯状に広い奈良盆地を大きく包んでいた。 大都会の大阪から1時間も経たないのに田園風景が広がっていた。 最初石舞台古墳に行った。 石舞台の印象は何の変哲も無い岩が積んであるだけだったが、これが機械も無かった古代に先人達が知恵を凝らして積み上げたと思うと、素晴らしいものに見えた。高松塚古墳・天武天皇陵などの場所へ行ったが、何も見えるものではなかった。明日香村の田園風景の中を4~5キロ歩いた。 実に好い所だった。 古代史跡のの好きな人が、ここを気に入って民家を借りて移り住んでる人があるという。本当に住みたくなるほどの好い所だった。 明日香村は、昔ながらのたたずまいが残されている。 農家が多くどこの家も立派な昔風の作りの家ばかりだった。「余程この辺りの農家は金持ちが多いのだろう」と思った。後で茶店のおじさんに聞くと、明日香村は史跡の多いところで、家屋の建築もかなり規制を受けているのだそうだ。歩いていて右膝が痛くなったが、昨日よりはやや和らいだ感じだ。 篠山もそうだったが、こういった田園風景の中をジョギングしたら気持ちが良いだろうなあと思った。場所を移して今度は、法隆寺へ行った。 法隆寺は斑鳩町という町にある。明日香、飛鳥地方、そして斑鳩・・・奈良にはなんときれいな地名の町があるんだろう。 法隆寺は、門の後ろに五重塔が見える。 法隆寺に入ると寺全体が醸し出す雰囲気がなんともたまらなく心地よい。 木造建築それを囲む木立、空間・・・それぞれが織り成す雰囲気・調和・・・日本の傑作ではないかと思う。 以前に伊勢神宮を訪れた時もそう思った。 広々とした中にある建築物から醸し出す「ゆったり感」とでも言おうか、その偉大さの中に人間がゆったりと包まれている安心感・落着きを感じる。現代の建築物には残念ながらそういうものは感じない。 せせこましさ・生き苦しさを感じるだけのような気がする。「明日香村へ来て良かった」と家族で確認しながら帰途についた。
March 21, 2006
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週末土日は24kmを2回走ったので昨日午後から右膝が痛くなった。 座っている時は痛みはないが,立って歩き出すと痛くなってくる。これは「走り過ぎで無理をしないように」との自分の身体からのメッセージだ。このメッセージは心して聞こう。走りことを専門としている人達はその点気の毒だ。 期間内に最大限に効率よく記録を上げるため無理を強いられて身体を痛めたりする人がいる。僕は好きでやっているからそんなことはしない。 気分良くやってゆくことだ。タイムなども気にしすぎることは良くない。 じっくりと腰を据えて走ること・・それだけ。 あまり技術的なことにこだわらない。 本を買って読まない方がいいと思っている。 本を読むと技術的なものにこだわったり、いたずらにタイムアップに目をとらわれたり、他人の練習や他人の動向がいちいち気になるのだ。そうしたい人は、それでいいのだが,僕は自分で「充実感を感じる」方法でやりたい。 何事にも振回されたくない。 『オレ流』を堅持したい。
March 20, 2006
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今日も昨日と同じ24kmを走る。 朝から強い風が吹いていた。 時折突風が吹き背を押すものだから、俄かに走りが速くなったりする。 最初の8km辺りまで2日連続なので疲れもありペースが落ちていると思っていたが,10キロ付近から昨日を上回るペースになった。走ってみないとわからないものだ。「コンディションは、身体のみぞ知っている」といったところだ。結果昨日よりも2分ほど速いタイムだった。 ただあまりタイムに左右されないようにしよう。 その日のタイムは、天候・身体のコンディションによるところが多い。 タイムのことを気にすると走ることが憂鬱になってしまう。僕がやっているのは、楽しく走ることなのだ。 今は長距離をじっくりと走ることが大切だと思っている。 まだ身体も体力がないから、20kmも走ると、すぐ膝や腰が痛くなったり、身体が疲労してしまって午後は何も出来ない状況だ。もっと底力を養ってゆきたい。午後は、ワールド・ベースボール・クラシックを見た。
March 19, 2006
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最初歌をテーマにしてブログを立ち上げある歌手の歌の思い出などを記していたの だったが,しだいに僕の毎日の生活の中では「マラソン」が大きな存在になってき た。 そしてブログの中にマラソンのことに触れることとなった。 やがてマラソン或いは ジョギングをテーマにしたブログを立ち上げている人の存在を知りますますその虜に なってしまった。 さて、テーマをどうしたらいいものだろう?
March 18, 2006
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今日は午後から雨が降るというので朝から出発。 本日は24kmの予定。篠山ABCマラソンを走ってから調子が良い。 キロ7分ペースで楽に走れる。一般道の歩道を走っているし、赤信号待ちがあるのでもう少し速いペースだと思う。24kmというと小旅行のような気分だ。 しんどいけど走っていて本当に気分が良い、充実感さえ感じる。 好きなことをするって本当に気持ちの好いものだ。仕事について考えてみると、今まで二つの職業についたが,内心あまり好きではないらしい。 こんな充実感を感じたことは一度も無い。 「好きなことを職業に選べば、もっと楽しい人生だったかもしれない」とよく思うことがある。でも自分のしたいことが特に無かったので目の前にある職業を選択したのだ。しばしば思うことは、「自分の好きな職業を見つけられなかったことが自分にとって『最大の罪』だった」ことだ。 誰でも好きなことがそう見つかっていないとは思うが,好きなことに遭遇しなかったことが残念でならない。こういった休日に誰からも頼まれもしないことをわざわざしんどいめをして走っている自分・・・「好きだから成せる技だ」 やっと見つけかけた≪充実感≫ これを大切にしたいと思っている。ブログの中の「走る仲間たち」とコミュニケーションをして良い関係を築いてゆきたい。
March 18, 2006
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「継続は、力なり!」・・・昔、大学受験の頃、旺文社のラジオ講座の数学の先生が、そう言っていた。 あの頃の僕にとってその言葉は空しく聞こえた。 この前の篠山ABCマラソンで、有森さんが「続けることが大事云々」と言っていた。とても印象的だ。完走後、会社に行って誰彼に「完走」の報告をした。 すると、「フルマラソンで完走するなんて凄い!」と言ってくれる。 やや小太りの見るからに運動とは無縁に見えるこの俺が、フルマラソン完走とは七不思議の一つなのかもしれない。今頭の中にあることは、マラソンの日の朝バスの隣に座った人(仮にSさんとしよう)が、「僕の人生は、マラソン人生だったですよ。/土日は毎日20km走っていますよ。/交通の少ない場所で距離を測って走っています。」僕もマラソンに打込もうかなあ? 土日はわからないけど20kmずつ走ってみよう! 一度Sさんが言っていたグランドに行ってキロ5分の走るペースキロ6分の走るペースを体感してみようと思っている。
March 17, 2006
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今日も早く帰った。 雨が降っていたのでジョギングを中止。 これまで五十肩に悩まされていて、痛くて腕が上がらない状態だったが,整形に通ったり家で腕を動かしていたら治った。 まだ多少痛い部分があるが,全然気にならない。それからは、ストレッチや上半身の筋トレも徐々にではあるが、やるようになった。 五十肩の時には、10秒も鉄棒にぶらさがることができなかったが,30秒くらいなら出来るようになった。懸垂が全く出来ない。 鉄棒にぶら下がって一回出来れば良いほうだ。これでも中学生の頃は20回やれた。 今は身体が重くなったことと筋力が無くなったことで、懸垂が出来ない。 家内にぶら下がり健康器具を買おうかと言ったら「部屋が狭くなるからダメだ」と一蹴された。 仕方が無いから公園の鉄棒でも使ってやろう。なんとか今年中に5回でもできるようになりたい。
March 16, 2006
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今日は早く帰ったので、夕食後10km程走った。 食後すぐ走るのは、しんどいがゆっくり休んでいる時間も無い。 だがしんどさの中でも軽快に走れた。最近はマラソンがあったこともあって酒をほとんど飲んでいない。 走っているとすかっとする。 いっそ毎日でも走れるものなら走って、「禁酒状態を作れたらいい」とも思う。 走るとその日のイヤな事も忘れるしスカッとする。 自分の世界を作れるからかもしれない。今月は、マラソンもあって走行距離が74kmに達した。 今年になって315kmだ。 まだ始めて3ヶ月足らずなので月間走行距離目標など無いが、150kmくらいではないかと思う。 これもやってみないとわからないが・・・・。続ける事が大切!
March 15, 2006
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今日は、凄く寒くて朝も雪がありました。 昼間も雪が降っていました。 3月の雪は、日本海側よりも太平洋側が降ることが多い。 「なごり雪」なんていう歌があるが、そういった類の雪だ。 まあ、こんな雪はそうたいした雪ではない。三寒四温の流れの中、毎年一度くらい3月には恒例の事だ。 「想定内」っていうやつかな。先週末田舎へ帰ってきて田舎の畑にふきのとうが顔を出していたのでそれを摘んで持ちかえった。 昨夜家内が天ぷらにして食べた。 少し苦味があったが,本当に美味しかった。 まさしく珍味だった。 早春ならではの味覚だ。昨夜は朝日放送で「篠山ABCマラソン」番組の録画を見た。 大勢時間制限の関門で脱落していた。 ネットで調べたら完走者は約4800人だ。 参加者は8000人以上いた。 フルマラソンは、いかに持久力が必要かがわかる。長距離を目指す頂点のレースだ。スピードよりもそれ相当の持久力が必要だ。若い人は、スポーツをやっていた人なら足が痛くなっても勢いで完走できる。ところが、なにもやったことのない人が、ちょっと練習したぐらいではまずダメだ。 やはり5km、10kmと徐々に挑戦して行くべきだ。長い経験を必要とする。 にわか仕込で走って失格になって悔しがっている人を見ると可笑しくなる。 「そんなにマラソンって甘くないよ!」って言いたくなる。僕でも中学のとき駅伝部にいて、毎日走っていた。 39歳頃から山登りをしたり、42歳頃からハーフマラソンに出たりして今日に至っている。何もしないのにいきなりでは絶対無理! これって「良い人生勉強になる」と思っている。 いろいろ講釈をしてもダメ。やはり普段の実践がものを言う。 月に何キロ走ったか、年間何キロ走ったか、つまり、走った距離が大きくものを言う世界だ。有森裕子の走りは綺麗だった。 無駄の無い軽快な走りだ。 無駄なものが削ぎ落とされたフォームとでも形容したい良いフォームだった。
March 14, 2006
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土曜日に篠山に行きました。篠山はのどかな田園風景がいっぱいです。篠山が好きになりました。 完走できたことが嬉しくて舞いあがっていましたが,冷静に考えると、それ程速くもないのです。 走っていて、前方にのっそりとした走りをしていた人がいてその人を抜かそうと思っても抜かせないのです。 逆に差をつけられたりする場面も・・・・。 結局のっそりと走っている人よりもさらに遅いのです。 復路の人を見てもそれ程速い気がしないのです。 その人達で恐らく200番前後でタイムがキロ4分台といったところでしょう。 ただ、自分が実際走るとなかなか速く走れない、、ましてや人を追い越そうなんてなかなかたいへんだ。 ただこれから精進に精進を重ねてゆかなくてはいけないことは事実だ。ただ、今度篠山に来る時には成長していたいですね。
March 13, 2006
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11日(土)は朝からクルマで田舎へ。途中もう一度かの地へ行った。そうです、篠山です。 もう一度マラソンで走った道を見ておきたかったのです。篠山の土地感があまりわからなくて走っていて、どこを走っているのか皆目見当がつかなかったのでもう一度クルマで見てみたいと思った。走る前に地図は頭に入れておいたのだが,土地感に乏しいのに加え、最初からクルクル右へ廻ったり左へ廻ったりで今どこをどう走っているのか全く分からなかった。R176号から篠山口へ入り、とりあえず篠山城址を目指す。 勘も働かせて辿り着いたのが,白壁風のビル・・・公共の建物らしいと思い、クルマを降りた。するとそれは篠山市役所だ。 辺りを見まわすと、向こう側にあの篠山城址と受付の広場があった。 「あっ、ここだ!」 そして市役所と広場の間に濠があった。 選手来た時には、濠があることも知らなかった。 それで広場の方へクルマで行った。 すると、僕が芝生の所で着替えをしたところがあった。 その後ろの白壁の建物は「たんば田園交響ホール」とマラソン大会で貰った冊子に書いてある。走ることしか頭に無かったので後ろの建物が何だとか全然関心が無かった。広場へ行った。トイレも有る。 マラソンの日は人で溢れていたが,今日は閑散としている。 観光客がちらほら目に付く。 今日の篠山城址周辺は、この前の「表情」とは違った表情を見せている。スタート位置にから地図を見ながら、道順を辿ってクルマで追ってみた。次から次へと景色が目に飛び込んでくると、その時の情景やらその時考えていたことが走馬灯のように次々と浮かんでくる。「ああ、ここを走ったなぁ」と思わず声が出てくる。 「ああ、ここは歩道を走っていたなぁ」「ああ、ここを右へ廻ったなぁ」「ここでいっぱい応援をしていてくれたなぁ」「ここで中学生がブラスバンドで応援してくれていたなぁ」 「ここで男の子が『チョコレートをどうぞ』なんていってくれていたなぁ」様々な情景が浮かんできた。折り返しは何処かとさがしてみた。 見当たらない。もう一度地図を見ると、間違った方向へ行っていたらしい。 もう一度戻って見ると左へ廻る道があった。「ああ、そう言えばここを左に曲がった。この道はコーンで封鎖してあったんだ」しばらく走ると、折り返しのペンキで書いた矢印が残っていた。「あっ、ここだ!」と叫んでクルマを降りて来た道をもう一度見た。 あの日は、降り返しに来るまで「まだかまだか」とずっと思っていたが,なかなか辿りつかなかった。 遠くを見ると遥か彼方をまだいっぱい人が走っている。 まだ降り返す様子が無い。 「もう直ぐ降り返しだろう」という淡い期待は何度も裏切られた。またクルマに乗って復路へ。 「ここらがしんどかったなあ」「ここらで給水したなあ」「ここでふくらはぎがつったなあ」「この坂はきつかったなあ」と鮮明に思い出される。 ゴール付近も鮮やかに蘇る。 「ああ来て良かった」思い、また田舎への道へ戻った。
March 12, 2006
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昨夜帰りに一杯飲み屋に行っておでんでビールを飲みました。 酒もこの1週間飲んでいなかったが,「今日も酒を辞めておこうかな」なんて半分思っていたが週末で、とうとう体内の「酒の虫」が騒ぎ始めたのか知れません。 2本も飲んじゃって、この前の篠山ABCマラソン完走の自慢話をしながら1時間ほど居たのかな?おでんを食べながらのビールって最高だね。 この店のおでんは、特に好きだ。中でもすじが大好物。 定番はすじを2本とこんにゃく、厚あげで肴は、十分だ。「ああ、美味しかった」と言って店を出た。
March 11, 2006
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フルマラソンを完走することは、並大抵のことではない。 この前のようにうまくいきかけたかと思うと、30Kmから急にふくらはぎが、つってきたりする。まあ、僕などズブの素人だからどうでもいいようなものだが,実際玄人が,大切な大会でこんなことになったら、悔し泣きしなきゃあならないだろうね。そう考えると、まず事故の無い走りをしたい、つまり安定感のある走りをしたい。次にまず、どんな場合でもキロ6分で走れる体力作りをしたい。その次にキロ5分台そうだな、まず4時間の壁を破ること。 この次の篠山ABCマラソンで達成できたらハッピーだ。究極的には、3時間30分で走れたら至福の喜びだ。
March 10, 2006
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今日は会社から早く帰ったので、マラソン後初めて10kmジョギングをした。まだ腰も股関節も痛い。まあ、焦らずゆっくり走ろう。 キロ7分ペースで走れた。 やはり、もう一度篠山ABCマラソンへ挑戦しよう。もちろん三田ハーフマラソンももう一度参加しよう。 11月の福知山マラソンにも挑戦しよう。 そしてフルマラソンを走れる身体作りをしてゆこう。 春から秋までの期間緊張感を保つために近辺で開かれるハーフマラソン・10km走等にも参加しよう! 走りながらそう誓った。また春になったので大好きな山登りにも行こうと考えている。
March 9, 2006
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マラソンの日から3日たったが、まだ余韻が残っている。 帰りのバスで横の席に座ってきた女の子まだ20代だろう。おとなしそうな人でした。 「そんな人がどうして走るんだろう?」 こんなことばかり考えている。でも不思議で仕方が無いのだ。 もっとも僕の廻りの人もみな、僕を見て「この腹の出たオッサンがどうして走るの?どうして?」なんて思われているとは知らずにね。昨夜ネットでマラソンの順位・タイムの結果が検索できた。 見ると、300番台5~6000番台かと思っていたら好結果で意外や意外。朝バスの隣の席の人はと言うと、なんと200番台、キロ4分台で走っていたことになる。 ビックリ仰天だ。ジョギング経験も長いし、ランニングの知識をよく知っていた。 「土日は2日続けて20km走る」と言っていた。 「今までの人生がずっと走ることをしてきた」とのこと。勿論趣味の一環としてだが・・・。往路と復路が出会う区間が何キロかあったが、彼は案の定復路を走っていた。 僕が「お~い!」と声を掛けたら手を振ってくれた。それが彼と顔を合わせた最後だ。でも彼に出会ってから4分台の走りを見せつけられると「僕も5分台の走りを目指してやろう!」と闘志が湧いてきた。
March 8, 2006
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初マラソンのインパクトは僕にとってたいへん大きいものです。完走してから2日目もやはりいろんな事が頭の中をよぎっています。いつも練習は一人ぼっちでやっていて、次にどんな練習をしようか? 今日走るのはしんどいなあ、どうしようか・・。走り終えて、「終わった」 と喜ぶのも一人。 ジョギングをやっている人は僕の廻りに誰一人居ない。 ジョギングをしている時2~3人の見知らぬジョギングをしている人に出会う程度。それが大会に行くとランナー達の多さにド肝を抜かれてしまう。 年齢層も幅広い。老若男女色々・・・。 僕の周囲を見渡してもランナーは誰も居ない。よくこれほど多くのランナー達がいることに改めて驚く。 また大会に行って「やあ!」なんて知り合いがいるなんて僕には信じられないことだ。というわけで、昨夜はこのブログで篠山ABCマラソンに参加した人がいるか探してみた。 すると、3名程見つかり、ブログを読んだ。 すると、タイム的にも同じような人ばかりだ。 ブログに載っていた写真は昨日見たものばかりだ。「みんな近い距離にいて全然知らずに、必死になって走っていたんだ」なんて思うと、親近感も湧き可笑しくなってきた。 嬉しくなって「僕も完走しました!!」なんてコメントを送りました。 今日は太腿辺りの痛みは和らいだが,ふくらはぎが張ってきた感じだ。でも楽しいかった。
March 7, 2006
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昨日は9時半には寝た、今朝5時半頃までたっぷり眠れました。 今日は足は痛かったが,身体は快調だった。 そう言えば、有森さんにハイタッチしてもらったな。 ゴールでメダルをかけてくれた。 猪汁を食べたかったが,途中しんどくて食べる気が無くて水ばかり飲んでいた。スポーツドリンクも水で薄めてあり飲みやすかった。昨日は、終わってバスのところまで行くのに足を引きずって歩いた。バスの中ではみんな眠りこけていた。 終点で降りる時もみんな硬直した足をまた引きずりながら、帰っていった。30km以降苦しくなった時、自分を含め「みんなどうしてこんなしんどいことをするのだろう?」とつくづく思った。でもその答えは「みんなマラソンが好きだから」だ。 行きのバスで隣の席にいた人は、3時間30分を目指しているそうだった。私が「1km6分で走る練習をしてみたいのだが,やっておけばよかった。でも私の練習場は道路沿いに走るだけなので、赤信号があると、止まったりするので正確な時間が測れない。陸上トラックなどがあればよいのだが・・・」と言うと「それなら○○にある。また住宅地図で距離数を測ることが出来る」と教えてくれた。これは今後の練習に有益なヒントとなった。ふくらはぎの引きつったことも長距離にはよくあることだ。完走できたことはラッキーだった。 以前練習した時は、25kmあたりで左足の太腿の外側がピリピリしてきてこの時は走るのをやめようと思った。 どちらにしても筋肉痛と付き合ってゆかなければいけない。
March 6, 2006
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篠山ABCマラソンなんとか完走しました。 30kmくらいまでは、タイムも1Km6分くらいの好記録で推移。 ところが、28km付近より脹脛(ふくらはぎ)が引きつってきて、途中止まって、足の筋を伸ばしたり、エア―サロンパスを借りて吹きつけたり・・・。 でもいまいち効果はない。 走ったり、止まったり歩いたりの繰り返し。 もう少しと頑張ろうとするが,段々踏ん張りがきかなくなる。 今4時間経過、35km・・あと7kmまだ時間がたっぷりあると思っていたけど、歩いていたら5時間を越してしまい、失格になってしまう。 走りつづけなければならない。 1km通過するのが、待ち遠しい。 あと2kmから本当にしんどくなった、死にそうな思いだ。 少し吐きそうな気がした。後ろからどんどん抜かれてくる。 給水所では、何度も水を飲んだ。 ゴールまであと少しになってまた足がつってきて止まって足を伸ばしたりしてなんとかゴールまでたどり着いた。 4時間50分くらいのタイムだった。みんなよく頑張ったし、偉いなあと思った。 沿道のお客さんもチョコレートの差し入れや応援をしてくれて嬉しかった。 係の人も給水やらゴミ集めやたいへんだったと思う。 自分も脹脛の引きつったこともあったが,なんとか完走できたことは初マラソンにしては上出来である。
March 5, 2006
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いよいよ篠山ABCマラソンも明日に迫った。 今日は朝からホワイトデーのチョコレートを買いに百貨店へ行ってきた。 2時半頃から7km程ジョギング。走りながら明日のことを考えた。 1kmを7分で走れば、かろうじて5時間以内に走れる。 1kmを6分で走れば、4時間12分くらいで完走できる。 「もう少し、1kmを6分で走るペースをマスターしておけばよかった」などいろいろと考えがあれこれ浮かんでくる。 明日は、ストップウォッチを持って1kmのラップを測ってゆこう。 走り終えて公園に行くと、桜のつぼみも出てきて、暖かくなるのを待っているかのようです。 一旦暖かくなると,一斉に咲き始めるだろうと思います。明日は5時半起きだ。 準備を済ませ早く寝ることにしよう。
March 4, 2006
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これは、吉幾三が作った彼の故郷の青森の津軽平野という歌だ。 この歌を作詞・作曲した本人の吉幾三が歌っただけでなく、これを千昌夫があまりにも良い歌で、吉幾三に「僕にも歌わしてくれ!」と願ってそれが叶った歌である。吉幾三もそうだが、千昌夫の歌にもなかなか味わい深くジ~ンとさせる歌である。今日はその歌を紹介しよう。 津軽平野 作詞・作曲 吉 幾三 / 編曲 京 建輔 津軽平野に 雪降る頃はヨ 親父(おどう)ひとりで 出稼ぎ支度 春にゃかならず 親父は帰る みやげいっぱい ぶらさげてヨ 淋しくなるけど 馴れた親父 十三みなとは 西風強くて 夢もしばれる 吹雪の夜明け ふるなふるなよ 津軽の雪よ 春が今年も 遅くなるよ ストーブ列車よ 逢いたや親父 山の雪解け 花作頃はよ かあちゃんやけに そわそわするネ いつもじょんがら 大きな声で 親父歌って 汽車から降りる お岩木山よ 見えたか親父 これは演歌の古臭い「昔歌」に違いないけれど、 昔人間にはとてもジ~ンと堪える歌である。 私の故郷は、決して東北の雪深い田舎町ではなかったけれども 同じく雪の多い農家の生まれだ。 冬になると田んぼ一面雪 に覆われ、農家は仕事が無かった。 私が小学生の頃、友達の父親の何人かは出稼ぎに行っていた。 出稼ぎ先は、酒蔵等が多かった。地域によれば、タクシーの ドライバー,建設業etc・・・。 父親の居ない淋しさの中、ようやく春が来て父親が帰ってくる ことを待ちわびる家族とそして家族と逢えることを心待ちにし ていた親父のいじらしいほどの気持ちが、滲み出ている。 こういった歌は今は流行らないかもしれないが,その当時の 時代を生きた人達にとっては、貧しさと戦い抜いた日々だった から懐かしさもひとしおなのかもしれない。 下に千昌夫の「津軽平野」を含んだヒット曲の数々があるから お試しあれ!
March 3, 2006
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3月1日より明石を中心とする瀬戸内沿岸地域では、春を呼ぶ「いかなご漁」が解禁しました。「いかなご漁解禁」と聞くと、小生など「あっ、ようやく春になったんだ」と思いなぜか嬉しくなったしまう。 まさにいかなご漁はこの地域の“早春の風物詩”だ。 「春がいつ来るか,いつ来るか」とこころ待ちにしていた人々の心にいかなご漁が、春を呼んでくれたのです。浜では連日いかなご漁で活気づきます。これから街は賑わってきます。 人の心も活気づいてきます。 こういった躍動感のある春が小生はとても好きです。主婦達は、浜や市場へいかなごの買出しに行き、家で醤油や砂糖で煮つけて「釘煮」を作ります。 各家で味や出来映えは様々。 家で食べるのはもちろんのこと、近所や友達、遠く離れた親戚に送ったりしている。 送って貰うのをあてにされてこの時期は「嬉しいやら、忙しいやら」 たくさん作る人で20Kgも作る人があるという。 家内も「釘煮を作らなけりゃあねぇ」なんて今朝も話していた。 小生も3月5日はマラソン大会。 春はもうすぐそこまで来ています。
March 2, 2006
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いつも朝起きたときに体重と体脂肪率を測る。 いつも体脂肪率は30前後だ。30以上の方が多い。 先程体脂肪率の知識をネットで調べたら30歳以上の男性で ~ 23 標 準 24 ~ 29 やや肥満 30 ~ 肥 満とある。 小生は押しも押されぬ肥満人間だ。(あまり誉められたことではないが・・・) ところが、この4日間ほど殊勝にも禁酒が続いている。マラソンがこの次の日曜日にあることも念頭に置いてだが・・・。そういう事情による変化があって、体重計にのって体脂肪率を見ると 28.5,29.5,29.0・・・と連続して30を割っているのだ。酒も肥満度に貢献していることがよく分かる。 いつまで続くか分からないが,面白いから続けてみよう。
March 1, 2006
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