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今日は1日バタバタしていて、気が付いたら今になってしまいまった。(^_^;)イタリア時間の金曜日23時50分、日本時間の6時50分です。ちなみにハワイとはきっかり半日(12時間)の差。本土については・・・。難し過ぎて、分かりましぇ~~~ん!!(^^ゞ昨日の予告(笑)通り、今日は船の話。ユキティさんお待ちかね、ゴンドラッ!\(^o^)/じゃなくて・・・。ガレー船の話(^^ゞ。(あ~ん、ユキティさんごめんなさい。ゴンドラ、まだ準備中ですぅ。)ガレー船というのは、帆と人々がエッチラコッチラと櫂(かい)を漕いで走らせる軍艦および商船のことです。多分、中学か高校の世界史の教科書なんかで見かけてる(はず・・・?)。まぁ、櫂を漕ぐ人々にとっては、とんでもなく迷惑な造りの船ですわ。(-_-;)昨日の日記にもチラリンと書いたように、ヴェネチアは10世紀後半からイスラム諸国と(ガレー船を使って)商業交易を広げ、11世紀にその当時イケイケだったビザンチン帝国と手を結び、ビザンチン内での貿易特権を得る。←つまりお金がザックザクと入ってくるようになる。13世紀になると十字軍(懐かしい響きだねぇ。十字軍だってよ。^_^;)と手を組み、ビザンチン帝国の首都コンスタンチノープルを攻略(裏切り者ぉぉぉ!(ーー;))。そして東地中海最強の海軍国家と成り上がっていくわけです。このあたりで『東方見聞録』で有名なマルコ・ポーロ氏も、登場!(^^)vとにかくそんなこんなで、ヴェネチアはえらい羽振りが良かったわけですわ。そんな最強海軍国家・ヴェネチアの一番偉い人(小学低学年並みの表現力・・・(^^ゞ)を『総督』と呼びます。イタリア語でDoge(ドージェ)。このDogeという言葉はペスト・ジェノヴェーゼで有名なジェノヴァとヴェネチアでのみ使われていた肩書き(のはず・・・。)です。とにかくドージェは巨万の富とパワーを誇っていたんですよ。そのドージェがお出かけする時に使っていたガレー船がこれ↓なんですぅ。いんやぁ、びっくりだぁ・・・。(@_@;) おいおい、こんなに金ピカだったら重くて船が沈むだろ・・・。(-_-;)そんなドージェでも、ヴェネチアに富をもたらしてくれるのは、やはり『海』、つまり『艦隊』と『ガレー船を使った貿易』である事を重々承知していたらしい。それを自ら感謝し、ヴェネチア市民にもその事実を理解してもらう手段として、面白い風習を生み出した。それは・・・。写真の様な金ピカな船に乗って海に乗り出し(そりゃあ楽しいでしょうよ!)、『キミと僕は切っても切れない関係なんだよ。結婚しよう。これは僕の気持ちだよ、キラリ☆彡』と言ったかどうか知らないが、こんな物を海に投げ込んでいたのである。 なんと、直径25センチ(私の目安)ほどの指輪!!!!!!!さすがドージェ、太っ腹だねぇ。でもこんなもの投げ込まれて、海としてはたいそう迷惑だった事だろう。(ーー;)この指輪を後からこっそり回収したのか否か、私、存じ上げません・・・。(そうです。肝心なところの情報収集能力に欠けている私でございます。(-_-;))ひょえ~!もうすぐ1時だぁ・・・。昨日の日記にコメントを下さった皆様、誠に有難うございました。m(__)mお返事は、明日になってしまいますが、何卒ご容赦あれ・・・。おやすみなさい。(^.^)/~~~
2005年04月29日

今日もベネチア話・・・。ちょっと笑える話でもあったらなぁ。と思っていたんだが、今日は小1の次女のクラスに付き添ってアルセナーレという場所に行って来た。どうも最近、3歩以上歩くと物事を忘れるニワトリ並(ニワトリさん、すまん。)に記憶力が悪いので、忘れる前に日記・日記。アルセナーレ(Arsenale)というのは(と、ここでにわか知識をひけらかす私。(^^ゞ)、軍艦造船所のことである。だけど今は『船の博物館』みたくなってる。遥か昔のこと、ヴェネチアは(ヴェネチア人曰く)ヨーロッパでの無敵艦隊を誇っていた。(らしい・・・。)ローマ帝国の頃のローマ人は素晴らしかった・・・。そして実は遥か昔のヴェネチア人も偉かったのであーる!という事実を今日は学んできましたぁ。(^o^)丿 小1の子供達と一緒にぃ!(^^)vアルセナールのおばさんが(パトリッツィアという名前だった。←別に憶えなくていいです。このあと出演ないっす。)、いろいろと小1の子供達に向かって説明していたわけです。そう、それがとっても私の小さな脳みそには丁度よかったんでぇぇぇぇぇすっ!(^^♪しかし今日の日記では書ききれないので(ただ早く寝たいだけかぁ?(ーー;))、今日はベネチアの『地盤』についてビックリするような話をしまーす。(みんなが知っている話だったらどうしよ・・・。(-_-;))ヴェネチアの地盤が年々沈んでいる事はご存知でしょうか?そう。すこーしづつ、すこーしづつ、毎年地盤沈下が進んでいるのよ。あーたっ!その影響もあって、冬には泣く子も黙るがsaicuccioはFワーズを使いまくる、アックア・アルタという現象が起こるんです。アックア・アルタというのは、日本のニュースなんかでも流れたと思うんですが、まぁ、街の中に水が溢れるんですわ。\(◎o◎)/!まったくもってマンマ・ミーアな現象なんですわ。(--〆)これに関しては、今年の冬のお楽しみということで。ふっふっふっ・・・^m^(って、このサイト、冬まで続けられるのだろうか???(・・?)とにかくヴェネチアの地盤沈下が進んでいるので、そりゃー、ここは世界遺産に指定されている街ですけん(確か・・・(^_^;))、どうやってこの沈下を止めるべきか、というプロジェクトが世界のコンペに出されたんです。(これも確か・・・。(^_^;))では何故地盤沈下が進んでいるのか???それはですね、皆さん、準備できましたかぁ????覚悟はいいですかぁ???行きますよぉ!!!!!!↓↓↓↓↓↓↓↓ ハイッ!これっ!あぁぁ、ここで席を立たないで下さーーーーーいっ!(T_T)この写真はですね、すごい説明をしてるんですよぉ。ちょっと斜めに撮れちゃって、メッチャ見辛いんですけど(ごめんちゃい。m(__)m)、左上に見茶色の物体、それはアルセナーレの建物のモデルです。そして右下に矢印で示されている部分があるでしょ?木で出来た釘の様なものが沢山刺さっている様に見えるでしょ?そのたくさん木が刺さっている上に、何重かになった木が平らに並べられていますね?そしてその上に白いブロックみたいのが並んでいます。これはですね、ベネチアの地盤の模型なんです!ベネチアの地盤なんですぅーーーーーーー(エコー効かせてね。(^^)v)この地盤は水の下なのですぅーーーーー!この木で出来た柱の上にブロックを乗せて、その上にPalazzo(パラッツォ)、いわゆる建物が建てられているんです。私も噂には聞いていたんですけど、まるっきり信じていなかったんですわ。だってイタリア人の言うことだし・・・。(ーー;)でもね、こうやってモデルで見せられて、ビックリこいてしもたわけ。こんな地盤じゃ、何百年も経てば沈下もするがな・・・。(-_-;)ね、ね、びっくりした????? あ、だめ???さて、明日は船関係のお話でも・・・。(豪華客船じゃないんですけど・・・。)
2005年04月29日

私の記念すべき最初の日記は、『お寿司が食べたい』という切実な、涙無くては語れない(なんちゃって(^^ゞ)物語だった。そう。ベネチアでは新鮮な魚が手に入る。何処に行けば?それは、かの有名な(これもなんちゃって(^^ゞ)『魚市場』である。上の写真をご覧頂けば本当になんちゃってな大きさの魚市場なのだが、私にとってみればイスラム教徒にとってのメッカと同じ位の聖地なのである。この魚市場はリアルト橋近くの野菜市場と併設して火曜日から土曜日の午後1時位まで開かれ、本当に新鮮が魚介類が買える。そしてこの市場の周りには肉屋、(きちんと店を構えた)八百屋や魚屋も集まっているので、金曜日や土曜日は渋谷駅前のスクランブル交差点並みの混雑となる。(昔に比べると最近はそうでもないが、カトリックの人々は金曜日には魚を食べるという風習があるんですね。)イタリア人て、食べる魚の種類がとても日本人と似ているんだなぁ・・・と変に感心してしまったりする。もちろん普通の姿をした魚(表現力、まるで小学生並み(^_^;))の他、シャコやうなぎ、あんこう、ほっけ貝なんかもある。そして日本でも有名なシチリアのマグロ。シチリアでは昔から続いている『マグロの一本釣り』(特別な呼び名があるのだが、もちろん忘れた。←今日も全く中途半端な私である。(>_
2005年04月27日

いかにもヴェネチア的なもの?それは『水上・・・』という、水上系(←あまり深い意味はない(^^ゞ)の乗り物である。何度も申し上げたが(しつこいって・・・。)ヴェネチアの本島には車が一台も、い・ち・だ・いも通っていませんっ!!!(saicuccioの主張!)で、他の場所では車で行われることが全て『人間の脚』か『水上系』の乗り物で賄われる訳ですわ。はいっ。最初はこれ!↓水上タクシー。由美どんさんがマフィアの気分を味わったという、水上タクシー。メッチャお高いので、良い子のみなさん、あまり気軽に右手を上げるのはやめましょう。(^_^;)ちなみに一台のタクシーに10人位まで乗れます。金額は一人ではなく一台勘定(のはず・・・。←いつもながら浅いんだよねぇ、調査が。m(__)m)ほんで次はこれじゃっ!↓水上バス。ちなみに向かって左方向に進んでいます。広い運河に限って運行されていて、ヴェネチアの住民でないと一回5ユーロ取られます。(-_-;) おいおい、約700円だぁ???あ゛~、ふざけんなっ!(--〆)ですね、これは完全に。車掌さん(?)がすごく嫌な感じでも驚かないで下さい。親切にされたら驚くように・・・。(^_^;)それからぁ、えっとぉ、これぇ。(渋谷の高校生風に。)↓これはパトカー、もとい、パト船です。ポイントはですね、乗っている警察のにいちゃんが一人、カメラ目線というあたりです。(^_^;) さすがイタリアの伊達男としてはカメラを向けられると・・・。ついつい・・・。次は、てやんでぇ!おいら江戸っ子でぃ!(意味も無く江戸っ子風)↓えっと、消防船です。何やらノンビリして見えるのは、火を消しに行く途中ではないからですね。((^_^)この船の中にホースがあるのかどうか、私も詳しくは知りません。ごめんちゃい。m(__)m運河では普通の道路を走る車以上に、船の制限速度に厳しいです。急いでいる時はイライラするので、自分の脚で走りましょう。これ、鉄則。こんなに速度に厳しいのには、(イタリアには珍しく)それなりの理由があるからです。船があまり速く進むと運河に波が立ちます。もちろんね。海の様に広くない運河では、その波が少しづつ、少しづつ、運河沿いの家や防波堤を侵食してしまうわけ。それを少しでも防ぐ為に、タクシー・バス・その他いろいろな水上系は、とてもゆっくりと船を走らせているのです。う~ん、水の都を守るために、こんな事まで考えながら生活しているのですよ・・・。ただしさすがに緊急時・・・、へ?(あぁっ!大事なのがまだ写真に撮れてないっ!(>_
2005年04月26日

先日新法王に選ばれたRatzinger元枢機卿が、イタリア時間の今日(24日)、サン・ピエトロ寺院で行われた午前10時からのミサにより、『ベネデット16世』の名で正式に法王の座に着いた。サン・ピエトロ寺院というのはいわゆるバチカンのことである。皆さんは知ってますか?バチカンは世界最小の独立国家であることを?公用語はラテン語ですが、通常はイタリア語を話します。(ホッ!)通貨はユーロですが、バチカンにはバチカン・ヴァージョンのコイン(私も見たことあるぅ!(^^)v)があるんですよ。(すごいわ・・・。(^_^;))そしてもちろん元首はローマ教皇。サン・ピエトロ寺院は聖ペトロ(ピエトロ)にちなんで建てられた。寺院の祭壇の下には聖ペトロの亡骸が納められ(ているらしい)、彼のお墓になっている。ペトロというのは、いわゆるキリストの一番弟子だった。しがない漁師だったのをなぜかキリストに見初められ、『お前は人を釣るようになる』といわれ、イエスと共に伝道した。(嘘の様な本当の話・・・らしい。(^^ゞ)しかしこのペトロ、イエスがユダヤ人に捕らえられた時、『私はその人を知らない(ーー;)』と3度否定したことは有名な話。(イエスはこの事実も予言しちゃっていたんですねー。)すっかり話がペトロになってしまったが、このペテロが初代ローマ法王とされている。そしてベネデット16世が265代法王になる。そして今朝のミサで、『Anello del Pescatore=漁師の指輪』が法王の右手の薬指にはめられ、めでたく『ハイッ!あんたが大将!!!』になったのである。『漁師の指輪』とは、法王が在位期間外す事がない指輪のことで、法王の印となっている。法王が変わるたびに、法王名が彫られた金で新しく作られる。イエスの一番弟子=初代法王のペトロが漁師だったことに由来し、こういう名がついた。昔はこの指輪がローマ教会の印章を兼ねていた為、全てのパワーの象徴だったわけです。なので法王が亡くなると、悪用を避ける為に、この指輪は必ず代表枢機卿数名の目前で『銀のかなづち』を使って壊されていた。それは現在も変わらずに続けられ、ジョヴァンニ・パオロ2世の指輪も破壊されている。てなわけで本日の大サービス!(^^♪ベネデットちゃんの『漁師の指輪』はこれっ☆彡↓ あ・・・。法王の写真よりでかくなってしもた・・・。(^_^;)
2005年04月25日

はい、皆様、これが↑かの有名なベネチア名物<サン・マルコ広場>でございますぅ♪ イタリア語ではPiazza San Marcoになります。イタリアでは『広場』のことを『Piazza=ピアッツァ』と呼ぶのだが、ベネチアに限っては『Campo=カンポ』になる。うーん、理由は訊かんといて・・・。(^^ゞただここでもサン・マルコ広場だけは例外。CampoではなくPiazza。このサン・マルコ寺院、名前の通り『聖マルコ』が納められている。でもね、このサン・マルコ寺院、さすがイタリアなのである。(-_-;)イケイケだったべネチア人、やる事がデカイのかセコイのかちょっと疑問に残る所なのだが、さすがイタリアなのである。(-_-;)(だから何がなんだよっ???)昔、べネチアの守護聖人は聖テオドール(Theodore)だった。でもこの聖人、失礼だが余り名が通っていない。(ごめん、テオドールさんよ・・・。m(__)m)そこで、『おい、もーちょっと箔が付いた守護聖人が欲しいべなぁ・・・。』 『んだ、そうさなぁ。』と昔のべネチア人達が言ったか否かそんなことは知らないが、もっと強力な聖人を街にお招きし、街を守って頂こうと決めたのである。他力本願は全世界共通・・・。そこで白羽の矢を当てられたのが『マルコ』さんだったのである(^_^;)。この時、聖マルコはエジプトのアレキサンドリアに(みなさん、世界史の復習で~す。(>__
2005年04月23日

突然ですが、はい、どうぞ。 この子達、いま巷では(うちの娘達の友達だけ。(^^ゞ)引っ張りだこの、大スターなのである。そう、日本にもあるけれど、100円入れてハンドルをがちゃがちゃ回すと出て来る、通称『がちゃがちゃ』のプー・フィギュア。イタリアだと小さい方が1ユーロ=約140円←高いっ!(-_-;)写真には全員ご登場願っていないのだけど、カバ・バッファロー(ユキティさん欲しい?)・トラ・ペンギン等々の他、クリスマス・ヴァージョンもある。子供の前では言えないんだけど、結構可愛かったりするのよ。^m^しかし何かにつけて「プー買って」攻撃を受けている私、ちょっとゲンナリ気味になっていて「プ」と聞こうものなら、パブロフの犬のように条件反射でこめかみに#マークを浮かび上がらせ、「きっ!(--〆)」となってしまう。1ユーロとはいえ、お金はお金。欲しい物が簡単に手に入るとは、とんでもはっぷん。「買ってぇ~。」とお願いする度に「何でママが買わなきゃいけないの?ダメッ!」←(よく考えてみると、全然理由になってない。(^^ゞ)と言われ続けた長女、違う手に出た。「ねぇママ、今度のイタリア語のVerificaでOttimoを取ったら、プーいい?」ときた。Verifica(ヴェリフィカ)と言うのは、いわゆる記述試験の様なもの。Ottimo(オッティモ)と言うのは、うーん、優・良・可の“優”かな。小3の彼女は、既にいろいろな方法で学力を試されている。子供達がイタリアの小学校に入って、親として感心したのは、子供が授業内容をどのくらい理解しているかを確かめるのに、担任&担当教師がいろいろな手段を使うこと。教育システムについても含め、この件に関しては少々長くなってしまうし、私なりに考える所もあるので、違う機会にするとして・・・。とにかく小テストにあたるInterogazione(インテロガツィオーネ)と筆記テストにあたるVerificaがあって、Verificaは通知表に反映される。(とってもシビアざんす~(+_+))子供なりに結構ドキドキするし、真面目な長女は「良い点を取らなくてはっ!」と思うらしい。それでこの長女、一体誰に似たのか、真面目に勉強φ(..)して“優”を取ってくる。それで「プー攻撃」だっ。私も親で鬼ではない。(主人と娘達は「反対意見あーりっ!!!」って手を上げるだろうが・・・(^_^;)彼女の努力は認める。が、どうしてもプーが欲しい為に勉強してるとしか思えないのよねぇ。(ーー;)勉強って、物を得る為の手段じゃないんですけど・・・。まだ小学校の頃は、勉強をするきっかけはどうでも良いものなのでしょうか(・・?うーーーーーーーむ・・・。彼女のお友達は、ほれ、なんたってスポイルされたイタリアの子供達なので、普通に沢山持っているのね。その中で、彼女なりに努力をしてプーを手に入れようとする長女、きみは偉いよ、まったく。でもそれとこれとは別なのである。1ユーロだから買う、100ユーロだから買わない、と言う問題じゃないと思うんです。どうなんでしょう?私は厳しすぎるんでしょうか??? (星一徹と呼んで下さい。←楽天の皆様、お若くて知らない方が多いでしょうな・・・。(-_-;))
2005年04月22日
先日、楽天の大先輩、らいおんさんの日記に「抹茶かすてらをつくってみました。」と出ていて、急に食べたくなってしまった私。食べたいとなったら、食べたい性格の私・・・。(^_^;)よしっ!これから作ろう!と思い立った。「うっ、抹茶がない。(+_+) うーん・・・。おぉ、緑茶の葉っぱをゴリゴリすればいいのね。」と納得してみたものの、上手く粉末にならず「ちっ!(--〆)」「仕方ない、抹茶味は諦めて今日は基本形で行ってみよう。」と自分で納得。しゃかしゃかと準備を始めた。バター、小麦粉、お砂糖、はちみつ、卵・・・。ん???たまご???冷蔵庫をみると卵が2つしかない・・・。がーーーーーーーーーんっ!!!\(◎o◎)/!しかも今は夜の7時半。お店はもう閉まっている。うーん、15分歩けば8時までやってるお店があるけど、子供達にご飯食べさせて寝せなきゃならないし・・・。イタリアにはコンビニなんて便利なものは、も・ち・ろ・ん存在しませんっ。そんな便利なものを作ったら、イタリア人の名がすたりますっ!なので、イタリアで夜の7時45分過ぎになって、必要な物が無い事に気付いたら、そーとー焦ります。(@_@;)とにかく東京にいたら、子供達を寝かせてから意地でも卵を買いに行って、このカステラ様を夜中になっても作ったのに!!!あ・・・。ウソだわ・・・。買ってましたわ、私・・・。(^^ゞとにかく、カステラ様を泣く泣く諦めた一昨日。前置きが長いって・・・。(^^ゞそして今日、念願のカステラを作りました。\(^o^)/らいおんさん、ありがとうございましたぁ!m(__)m抹茶味ではなかったものの、懐かしい日本の味・・・。うぅぅぅ・・・(T_T)でもですね、らいおんさんの美しい写真とはかけ離れたお姿の私のカステラ・・・。(-_-;) なぜ?高さなんて、4センチにもなりませんでした・・・。こんなにシンプルなレシピを頂いたのに、なぜ上手に出来ない、Saicuccio?ほんとに料理センスのない奴・・・。(ーー;)というわけで、同じレシピの同じカステラ様とは到底思えない私のカステラ様、写真がございません。がっ!本当に美味しかったです。(*^_^*)
2005年04月21日
昨日の日記の補足をチョット・・・。コメントの中で由美どんさんが(選挙のあとに出す白と黒の煙について)『いつから続いている伝統なんですか?』などと、“ツボをついた”と言うか“オイオイそれはないぜ”的な質問をされていました。私としても掘り下げて書きたかったんだけど、実は解らなかったので「突っ込まれませんように・・・」なぁんて思いながら書いていた訳です。いましたよ、キリスト様は。観てらっしゃるんですね、読んでらっしゃるんですね、私のような者の日記まで。(-_-;) でも私、シントイスタなんですけど、キリスト様???(-.-)とにかく、イタリアのサイトを含め調べてみたんですけど見つからない。ほんで友達に訊いてみたら、友:「アー、それね、昨日テレビで言ってたよ!」私:「あ、そうっ!?それでいつからなの?」友:「うーんと、えーとね、チョット待って・・・思い出せない・・・。」思わず善良な市民がしてはいけない事をしそうになってしまいましたよ、私。(--〆)気を取り直して違う友人に訊いてみたら、「何年からかは解らないけど、バチカンのシスティーナ礼拝堂が建てられて、コンクラーヴェ(根競べではなく、法王選出選挙のことですよ、マジで。)がそこで開かれるようになってから煙が焚かれるようになったのよ。」とのお答え。なので1500年前後の頃と思われます。中途半端なお答えで申し訳ない。ご容赦くだせぇ。またキリスト教にちょっとご興味のある方はこちらをご覧下さい。このサイト、とても使えるんですよ。さて前置きが長くなりました。これからが本題です。(あ、このあとも読んでぇ!行かないでぇ!\(◎o◎)/!)今日は午後まで雨が降っていて、しかも次女が熱を出したので1日マッタリと過ごした。まだ6才とちょっとなので、自分で本をスラスラと読むことも出来ず、かといって私が優しく読んであげるなんて事はしない。(断言!)次女は母親の私が言うのも何なんだが、結構お勉強が好きである。単に、ねーちゃんに負けたくないと言う“負けず嫌い”の性格のせいという噂もあるが・・・。(^_^;)ただ39℃以上も熱があるので、そういう気分でもなかったらしい。(当たり前じゃ!)こういう時はやはり『DVD様頼り』になってしまう。いやぁ、観ましたよ。4本も。1本目は: 彼女の大のお気に入り『トム&ジェリー』(渋い?)2本目は: 最近ハマっている『Dancing on The Dangerous Ground』(私も大好き)3本目は: 何百回観たことか『Mary Poppins』4本目は: 日本が誇る宮崎駿『千と千尋の神隠し』『メリー・ポピンズ』、いやぁ、名作です。(^^♪40年前に作られたとは思えない特殊撮影が盛り沢山だし、あのWalt Disneyが何年もかけて自ら映画化を説得したと言うP.L.Traversのお話もすごく楽しい。音楽も良いダンスも見ごたえバッチリ。安心して子供に薦められる作品だと思うし、大人の私が観ていても楽しめ、且つ学ぶ所が多い。(とーちゃん、仕事人間で子供に冷たいし。)そして難しいのが『千と千尋の・・・』!!!難しい映画ですよねー。(>_
2005年04月20日
<アベムス パパル> (We have Pope)(ラテン語:直訳するとパーパ=法王がいます。)新法王が決定すると、一番最初に発表されるのがこの言葉。(バチカンの公式な言語はラテン語なのです。)イタリア時間の今日(19日)午後6時、新法王が決定しました。ヨセフ・ラッツィンガー、ドイツ人。優れた神学者。二代続けての非イタリア人法王。前法王の追悼ミサを行った枢機卿です。法王を選出するのは枢機卿が秘密の部屋(有名なセスティーナ礼拝堂)に篭って投票して決める。全体の三分の二の票を集められた枢機卿が法王になる。決まらなかった回の投票用紙は外部に出ることなく燃やされ、その時の結果は永遠の謎になる仕組み。万が一内部の事情を外部に漏らした場合、その枢機卿は厳重な罰を与えられるらしい。とにかく、投票の結果が×であれば黒い煙が、法王が決定した場合は白い煙がバチカンの煙突から出てくる仕組みになっている。(これは投票用紙が燃やされる。)そしてバチカンの鐘が鳴り響き始める。これはずーっと変わることなく続いている、人々に結果を知らせる手段。今日も昼間二回黒い煙がたかれ、「今日中には決まらないか・・・。」と人々が諦め始めていたらいきなり白い煙が。バチカン広場は大歓声。ラテン語で洗礼名が読まれ、次に法王名(これは新法王自らが選ぶ)が読まれる。Benedetto XVI:イタリア読みで ベネデット16世78歳の神学者法王。人々に深く愛されていたジョバンニ・パオロ二世の後を継いで、これからどんなバチカンを創っていくのだろう。
2005年04月19日

↑我が家のふびんな娘達 ↑イタリアのたかぴーな女(娘)と付き人(父)我が娘達が通う学校では、(日本の小学校とは違い)毎日の授業に合わせて教材を持ち歩かない。普段は宿題がある教材と、給食時に使うお皿セット、そしてオヤツのみである。ただし週末は別。ゆえに金曜日の下校時と、月曜日の登校時の荷物はとても重い。日本の教育を受けた母を持つ、不幸な我が娘達。もちろん自分たちの荷物は自分達で責任を持って担ぐ。どうぜんですっ!子供の為なら何でもやってしまうイタリア人の親を持つ、イタリアの子供達。もちろん付き人をも兼ねてしまう父や母が、荷物を担ぐ。はぁ???それだけではないんですよ・・・。(-_-;)毎朝、子供達がクラスに行く前に『秘密の儀式』が繰り広げられるんです・・・。母親が子供に向かって、「アンドレア(子供の名前)、算数の本は持った?イタリア語も?あぁ、音楽の時に使う笛もママがバックに入れておいたわ。そうそう、今日のオヤツには××を入れておいたわ。好きでしょ?そういえば、今日は体育があったわね?汗をかいた後風邪をひくといけないから、上着を着るのを忘れないようにね。うんねん かんねん うんねん かんねん」ひたすら終わることなく続く、恐怖の儀式・・・。それを横で聞かなくてはならない私・・・。とってもヘビーなのである・・・。(--〆)最後に思いっきり子供の頬にチューーーとやり、「いってらっしゃ~いっ!」だと・・・。思いっきりヘビーなのである・・・。(--〆)「イタリアの学校の先生達はとても大変だろうなぁ・・・。(^_^;)」と、つくづく気の毒におもってしまう私なのである。
2005年04月18日

今日はヴェネチアから車で一時間弱で行けるアーゾロという街に行って来た。ヴェネチアはとても美しい街なのだが欠点があるっ!(いっぱいあるっ!)それは・・・緑溢れる公園が殆んど無い!ウキウキさせてくれる花壇も無い!桜なんて、とんでもない!(^^ゞなので純日本人の私としてはですね、春は桜が見たいのよ。どーしても!でも更に問題が・・・。イタリアの桜の木は殆んど『さくらんぼ』をつけるもので、豪華な花をつける桜の木はとても少ない。(日本と逆ですね。さすが食いしん坊のイタリアだぁ。)しかしここASOLOには、(ちょっと貧弱だが)花を咲かせる桜の木がある。トスカーナとは言わないが、ASOLOも低い丘が連なっていて、緑溢れる中に桜の木が点々と白く浮かんでいる。なぜか懐かしいというか、ホッとさせてくれる場所で、昔から私と夫のお気に入りの場所なのですね。と言う訳で、子供達と一緒に桜を見に行ったわけです。ASOLO のメイン・ストリート(とても短い。)この街はとても小さい。にもかかわらずヨーロッパの、特にイギリス人に人気があり、昔からとてもインターナショナルな村なのである。(言い過ぎかもぉ?(^^ゞ)何故かと言うと、イギリスの貴族作家バイロン卿がここを大層気に入り、ここに別荘を抱え、しかもエレノラという(由美どんの天敵と同じ名前の)愛人も抱え、ASOLOについての本を書いたらしい。(自分は読んでませーん。すみましぇん。)これだけ知られている街なのに、「へ?これだけで終わり?」というくらい小さい街なのだ。はっきり言って、ショボイ・・・。(^_^;)皆さん、ここがとてもヨーロッパ的なんですがぁ、あの有名なホテル『チプリアーニ』があるんですっ!(@_@) ビックリです。しかもメインストリートにはちょっとスノッブなお店が並んでたりするわけなんですよ。 丘の頂上にある城跡。 ↑ (ココ)左下に見えるのは個人の家の豪勢な門構え丘の上に見えるのはお城の跡。1400年代後半に大層裕福でいて、しかも政治的にとても重要な場所にあったキプロス。この国をヴェネチア共和国が攻め込んだらしい。キプロスの妃を連れ去り、ヴェネチアの一貴族と強制的に結婚させ、『ほら、キプロスのような小さい国に城を抱えるよりも、ヴェネチア共和国の一員としてこ~んな素敵なお城までもれなく貰えちゃって、あんたラッキーじゃ~ん。』なんてとんでもない押し売りまでされたのである。その頃のアーゾロはただの・・・山。僻地。なーんもない。(-_-;)全くアン・ラッキーな妃であった・・・。(T_T)もしイタリアのヴェネト地方に来て時間が有り余ってしまったら、車をレンタルしてチプリアーニ、じゃない、アーゾロという小さい街を訪れてみては?※写真を一枚以上貼り付けるのに苦労しまくりの私。(T_T)写真の横に書き込みって出来ないんでしょうか?どなたか教えて下さーいっ.m(__)m一枚目の写真はレイアウト選択をして写真の横に文章が入りました。しかしHTMLをコピーすると写真の横には文章を書き込めないのでしょうか?
2005年04月17日
このサイトを開いてから明日で一週間です。未熟者の私のサイトに来て頂いている皆様、奇特な方々です。チーーーン・・・。(意味不明。(^^ゞ)それでですね、暇な友達が身近にいない私は(くらぁ~)、ウッシッシ状態で昼間PCにかぶりつき状態なんですね。凝りだすと止まらないB型(ごめんなさぁい)&動物占い(古過ぎ?(^^ゞ)ペガサス、少しでも個性的なサイトにしたいと勉強しちゃってるわけなんですわ。実家の両親が見たら「昔これくらい勉強してくれていれば・・・」なんて、涙流して口惜しがるんじゃないかしらん・・・。で、その効果は→→→ゼロッ! 全く無ーーーーし!進歩無ーーーーし!で、やたら背中は痛いし肩は凝るし、目はショボショボ(*_*)こんなことはさておいて・・・。今日は朝からちょっとドキッとしてしまったんです。我が夫は純粋のイタリア人なんですが、オーストリアに近いトレント市(トモりんさん、ご存知?)出身、しかも9年間の日本仕込で、まるで仕事人間なんですわ。(^_^;)平均して一週間の半分は出張でいなくて、昨夜もおフランスはパリ~♪にお泊り。まぁね、それは全然かまわないんです。大きい声じゃ言えませんがね、いないほうが家も汚れないんですわ・・・(^^ゞ。(夫よ、ごめんちゃい。日本語読めなくてよかったわぁ。)でね、今朝起きていつものようにPCをつけてみると、ヤッフージャパンのニュースで『パリで火災、死傷者多数』となっ!「うぅぅ?」ってなった私、詳細を読んでみようとポチッ。『昨夜パリのホテルで火災があり、死傷者多数出たもよう。死者は13人か?ホテルの名前はホテル・オペラ・・・』とあるではありまぁせんか!「ぬぬぬ?」確か昨夜の電話で夫は「ヴァンドーム広場の近くのホテルにいる。」って言っていたよな・・・。ヴァンドームって確かオペラの近くだし。それで良妻の私は、「ちっ!保険金上げときゃ良かったよっ!(-_-;)」なんて事は微塵も考えず(^^ゞ、あわてて夫の携帯に電話。「おかけになった電話番号はございません。」なんて、ブジュブジュとフランス語でのたまってる。何度掛けても同じメッセージがブジュブジュブジュブジュ・・・。ひゃーーーっ、ありゃりゃー、どーーーする、サイクッチョ!? 大ピンチ!!!\(◎o◎)/!とはいうものの、子供達を学校に連れて行かなきゃならない。平静を装いつつ、子供達に朝ごはんを食べさせ、学校へ。「うーん、未亡人になったらやはり子供達を連れて日本に帰るべきかな・・・?(T_T)」などと、こんな事に限って先のことまで計画し始めちゃったりしていたのである。ママ友達とバールでイタリアちっくにカプチーノとブリオッシュで立ち朝ごはんをしていたら(オイオイ、心配じゃないんかいっ?(-.-))、9時ちょっと前に私の携帯がなった。「プロントォ!サイクッチョ?電話したぁ?」夫の声だった。「え?あんた、生きてたの?火事は?」と思わず訊いてしまった私・・・。あ~~~、ごめんなさい。m(__)m
2005年04月15日
そう。イタリアと言えばこれですよね、これ。じゃじゃーーーんっ! バジリコさんです。\(^o^)/寒い時期はすっかりお店から姿を消していたのが、最近やっと『生』のお姿を見られるようになって来ました。^m^もちろん冬の間でも見つけようと思えばパック入りの物があったりします。でも『生』の(プラントになっている)お姿は、やはり暖かくならないとお目にかかれないんですよ。イタリアでは、日本に比べると『季節の物』『旬の物』をまだまだ大切にしている感があります。(あれ?イタリア人のこと褒めちゃってる、私・・・。(^_^;))とにかく、イタリアの人々は自分の庭とか、(我が家の様に庭が無い場合)台所の窓際とか、日当たりの良いベランダに必ずこのバジリコちゃんをキープしておくんです。お料理しながら「ちょっとー、バジリコ採って来てちょーだい。」なんてマンマに言われ、子供達がブチブチ容赦なくちぎったりするわけですよ。摘みたての薫り高いバジリコを使ってイタリアンな料理。うまいっす。私はこの香りを嗅ぐと、今の夫と付き合いだした頃を思い出す。(ひゃあ~、もう15年も前だぁ。愕然・・・(-_-;))こんな話はさておいて・・・。今日は皆さんもご存知のバジリコを使ったレシピを1つご紹介。バジリコといえば、ペスト・ジェノヴェーゼですよねぇ。まぁ、それぞれの家庭にそれぞれの作り方があるといっても過言ではないと思うんですが、私のレシピは・・・。そう、ズボラなあなたにピッタリ!なレシピなんです。1.適当な枚数のバジリコ(3-4人分で写真にある位の枚数、あくまでもお好み)2.大人のこぶし半分位の大きさのパルミジャン・チーズの塊(卸してあってもいいです。ただ香りが落ちる→自分の下手さ加減がバレる)3.ニンニクひとかけら4.オリーブ・オイル(出来ればエクストラ・ヴァージン)これら全てをフード・プロセッサーに入れてペースト状にする。オイルは日本人のデリケートな胃袋に合わせて、最初は少なめに入れて様子を見ながら足していくとよいです。スパゲッティを塩を加えた熱湯で茹で、途中から(お好みで)小さく切ったジャガイモも一緒にぶち込み、茹で上がったら熱いうちにペーストと一緒にマゼマゼ。はい、出来上がりやしたっ!アツアツを食べて下さいっ。ペーストの中に、私は塩を入れません。チーズだけで十分。松の実なんかシャレた物も入れません。お好きな方はどうぞ。分量はあまり気にせずに、自分の勘に頼りましょー。(^^ゞ※イタリア料理に造詣の深い方、これはあくまでも「ズボラ・バージョン」ですので、お叱りにならないで・・・。m(__)m
2005年04月14日
やりましたよ・・・。涙なくしては語れない、私の今日の一日の成果が↑にある写真です。『今日のカナル・グランデ』です。土曜日から降り続いた冷たい雨が止み、今日は朝から快晴でした。はっきり言って、私は若くありません。(-_-;)何処にもPCの使い方を学びに行っていません。ついこの間まで、自分のHPを作ろうなんて事、考えられませんでした。(^^ゞ生まれてからというもの、文系まっしぐらの人生でした。今、私の周りでPCに関して詳しい人を知りません。その私がですよっ!やっと1日かけて貼り付けられたのが上の写真なんですよ・・・。(T_T)楽天、その他HPを作っている方々、どうしてあんなことが出来るんですか???写真どころか、いろんな物が画面で動いていたりするんです。私には未知の世界です。今日はこれだけで疲れてしまいました。(+_+)これから少しずつ勉強して、楽しいと思って頂ける、ヴェネチア情報満載のHPを目指して日々努力いたします・・・。一体いつになることやら・・・。
2005年04月13日
今日は放課後、小1の次女を連れて、ヴェネチアに引越しをしてきてから初めてプールに行ってきた。向かい側のGiudecca島まで水上バスに乗って。話はちょっとそれるが、このジュデッカ島、最近アメリカンVIPに大層人気があるらしく、去年か一昨年にエルトン・ジョン氏が家を買ったそうである。噂によると、家の持ち主だったイタリア人に「あんたにはこの家は売りませんぜ。」と断られたジョン氏、断られる事に慣れていないのか、どうしてもその家を欲しかったのかは謎だが、「いくら欲しいのか、好きな額を言ってくれ。」と言って結局買い取ったらしい。そこまでして家を買いたくなる様な、たいした島じゃないんだけど。(と、これは私の勝手な意見。(^^ゞ)前の家主も、一度は大層かっこよく断ったんだから、最後まで断り通して欲しかったものである。話は変わるのだが、このジュデッカ島にはあるんですよ・・・。野外テニス・コートがっ。(え、えぇぇぇ!)屋内プールがっ。(ほんとですかぁ???)子供用野外バスケット・コートがっ。(ひぇぇぇぇ!?)そう。信じられない事に本島には無いんです、これらの施設。次女が同じクラスのお友達2人と一緒に10回レッスンを受けることになり、今日が第一回目。我が家では「自分の事は自分ですーーーる。自分で出来ない事はやらなーーーい。」のが鉄則になっているので、娘達も彼女達の年にしては自分で何でも出来る方である。イタリア人の子供達に比べると「へ?天才かい?」と錯覚してしまうほどである。(これは比較してはいけない相手なんだけど・・・。)とにかく他のママ達2人が子供達を着替えさせる為にロッカー・ルームに入っていったので、仕方なく私も次女について行った。だって一緒に行かないと、周りにいたマンマ達に「え?虐待?」てな目で見られそうだったんですぅ。次女が勝手に着替えている間、傍でぼぉっと立っていた私。そしたら目に入ってきたんです・・・。しかも一人だけではなく・・・。怖ろしい事に3~4人続けざまに・・・。ひぇぇぇぇぇっ!!!見てしまいましたっ!勝手に視界に入って来ましたっ!イタリアのおばちゃん達のオール・ヌード、スッポンッポンの姿!!!おばちゃん達、やっぱそれはヤバ過ぎるっしょ!海外のいろんなビーチに行きましたよ。もちろんビックリするような巨漢を沢山見てきましたよ。ちょっとやそっとじゃ驚きません、この年になると。でも、スッポンポンは驚愕度が増すことを学んだ午後でありました。どんな風だったかはご想像にお任せいたします。でもとても想像できないくらい凄かったです。はぁぁぁぁ、ビックリした・・・。
2005年04月12日
実家の父は、自動車会社のT社に定年まで勤めていた。母も35年前当時にしては珍しい女性ドライバーだった。兄も現在T社に勤めている。去年まで住んでいた東京で、私はタクシーの運ちゃんになれる位、車で何処にでも行っていた。(ナビよ、ありがとう!)ところが・・・。ヴェネチアには車がないっ!自転車もないっ!確か子供の場合、広場で自転車遊びをしてもOKになっているのだが、それも確か10歳前後まで。(きちんと調べてから書け…。(^^ゞ)大人は自転車に乗ってはいけないのであーる。まぁ、あちこちに運河を渡る橋があるから自転車は役に立たないんだけど。はっきり申し上げます。車のない生活・・・。メッチャクチャ不便ですっ!(T_T)まず買い物に“徒歩で”行く。カラカラと車輪が付いた買い物バッグを引きずって行く。買い物をする時に最初に考える事は『家まで運べるか?“徒歩で”?』です。それで自分の体力が許せる限りの重量の買い物を済ませ、カラカラ、そして数ある橋を渡り家まで帰ってくる。もちろん自分では運べない物もある。(ただ、車のある生活では考えられない様な物まで自分で担いで帰ってきたりする。ビックリである。)そういう時は、メチャクチャ高い運搬費用を出し、お店の人に丁寧にお願いし、相手の都合に合わせて(これはイタリア全土でそうだと思うけど)運んでもらうのである。これだけで人生疲れてくる。自分のアイデンティティーまで自問自答する。(あ、これはウソです。)もちろん公共の交通機関もある。水上タクシー、水上バス。高いよーーーー。ヴェネチア人の生活は殆んどが観光で成り立っている。何百年も前の人々が汗水流して作った街を売り物にして生活しているのだが、彼等にはその有り難味が解っていない、とつくづく思う。水上タクシー、ヴェネチア空港から本島まで約30分なのに、約80~100ユーロですよっ!我が家から車の置いてある駐車場の近くまで、約5分の道、もとい、水のりなのに30ユーロですよっ!普段はタクシーなんて乗らないのだが、旅行する時、さすがにスーツケースを2・3個持って、30分歩くのはツライので乗ってしまう。水上バスに乗ってもいいのだが、結局家から停留所(?)までの道のりが大変だし、何ヶ月かに一回はこの贅沢を自分に許してしまうのである。それから・・・。水上バスも、ヴェネチア市民じゃないと一回5ユーロですよっ!どうしてもタクシーを利用しなくてはいけない人々なんかもいる訳で、この料金を見るとボッタクリ???なんて憤りを感じてしまうのは私だけ?ミネラル・ウォーターを私は自分で運びます。20キロ位の水。なんで???もちろん運んでくれるお店もあります。でもこれもいつ運んでもらえるか解らないし、短気な私は自分で運ぶ。それでもやはり、晴れた日のヴェネチアは一見の価値ありです。ローマ人もそうだったけど、昔のイタリア人は凄かったんだなぁ・・・。今のイタリア人からはなかなか想像出来ません。(-_-;) あしからず。PS: もっと勉強して、写真も載せられるように頑張ります。
2005年04月11日
今日は子供達をつれてTeatro Goldoni(ゴルドーニ劇場)に行って来た。メリー・ポピンズの話を元に、子供向けにリメイクされた一時間弱の劇だった。内容は? う~ん、ボチボチ。それよりも、こういう場所に来るといつも目につくのが『イタリア人の子供達&保護者達』。皆さんもおそらく聞いたことがあるでしょうが、イタリアの子供達、そーとースポイルされて育っています。もともと日本以上に少子化が進み、母親も仕事をしているケースが多いので、おばあちゃん&おじいちゃんが大活躍な事もその一因になってるのかも知れない。まぁ日本の場合、『周りの目を気にする』ことも多い。海外で生活していると、本当にいろんな人達がいて、結構『はぁ???』って眼が点になる事がしばしばある(-_-;)。私の思いっきり主観的な意見によると、『周りの目を気にする』事は、『人様に迷惑をかけない』事にも遠く繋がると思うんだけど、イタリア人は全然そんな事気にしない(人が多い)から、やりたい放題。母親達は注意をあまりしない。なんたって子供天国。何をやっても許されると思っている子供達がとても多い。それを見ていると、とてもムカついてくるのは私の心が狭いからなのか…?こういう環境で子供を育てるのは結構キツイ。と言うのも、私が厳しくしていると、周りの子供達がメッチャ甘やかされているので、どうしても我が家の娘達、浮いてしまうのである…。幸いな事に、イタリア人の夫も私と同じ方向性の考え方をしているので、一貫した躾が出来るのだが、娘達にとっては大変だろうなぁ…、なんて思ったりするのである。でも、子供の頃の躾が大人になってからとても役立っていることを実感している私(と夫)は、やはりそうするのが子供の為になると思って、子供達に溜息をつかれながらも我が道を行くのであった・・・。
2005年04月10日
ヴェネチアには日本食のレストランが一件ある。日系ブラジル人がやっているらしいのだが、去年9月に引っ越してきてからというものまだ行ったことがない。と言うのも、夜しか開いておらず、しかも20時から開店という、まだ小学校低学年の娘達を連れて行くにはちと遅いから。しかしっ!ここ4ヶ月程お寿司を食べていない私は禁断症状が…。どうしても食べたくなったので、自分で『もどき』を作ることにした。幸いヴェネチアには、火曜日から土曜日の午前中、魚の市が出る。とても新鮮でピチピチしたお魚が所狭しと並ぶ。東京にいた頃はお寿司は寿司屋で食べる物、まぁ、実家で手巻き寿司をやることはあっても、自分でお寿司を準備するなんて夢にも考えなかった。しかし背に腹は変えられない。見たことがあるお魚を選んで買う。『生で食べるんだけど、新鮮よね?大丈夫よね?』と魚屋のあんちゃんにしつこいほど確認して、トロ・イカ・ホタテ・サーモンを買い、家で甘めの卵焼きを作り、大切に取っておいた『すしの素』を使って手巻き寿司ディナー。はぁ~、美味しかったぁ~。贅沢を言えば紫蘇の葉がほしかったのだけど、さすがに売っていないのでルッコラを使ってみた。がっ、やはり違かったわ…。(^_^;)子供達も喜んでいたし、雑食の夫も美味しそうに食べていた。あとは明日の朝までトイレに駆け込まずに無事に過ごせるのを祈るのみ…。(^_^)
2005年04月09日
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