2004年11月03日
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10月14日(ハルピン)
 中国の人たちは、「満州」のことを「偽満州国」と偽りの国と呼んでいます。
 キタイスカヤ通り北の突き当たりが松花江。松花江の堤防沿いにあるスターリン公園では朝早くからマラソンをしたり、体操をしたり、グループ毎に演舞の練習をしたりで、賑わっていました。
 この日は、731部隊施設を見学しました。
 途中ハルピン駅を車窓から眺めてゆきました。
 1909年10月、この駅のホームで初代朝鮮統監である伊藤博文が韓国青年(安重根)によって射殺された歴史的な場所です。ソウルの高台にある「安重根義士記念館」を思い出していました。
 韓国では、安重根が国民的英雄としてたたえられ、小学生の時からこの安重根義士記念館を訪ねて学習しています。
ハルピン駅
ハルピン駅

 「悪魔の飽食」で知られる731部隊は、細菌兵器を研究、製造する部隊として、石井四郎によって本格的に行われました。1933年(731部隊がこの地に移設されてのは、1938年、敷地面積6キロメートル四方の広大な施設が建設された)から1945年8月ソ連軍の「満州」進撃に直面する時まで、3,000人がその犠牲になり、ここに収容された人は一人として生きて出られませんでした。

この施設の入り口には、
 「『満州第731部隊』は当時の日本の最高支配者の命令により。中国で設立された一つの特殊部隊である。同部隊は1935年にハルピンの平房地域で生物兵器の開発と実験基地の建設を進め、当時の日本軍が東南アジアの戦場で行っていた細菌戦の指揮中心地になっていた。
 この『人間を食う魔窟』と呼ばれていた基地において、『731部隊』は残虐な手段で人体実験を行い、細菌兵器の研究、開発に取り組んでいた。歴史の資料と考証によると、1935年から1945年までのわずかな期間に少なくても3,000余名に達する国内外の抗日半満州の人士と罪のない人々が人体実験に使用され、殺害された。
 1945年8月、日本は敗戦で降伏した。そして『731部隊』が敗走する時、その凶暴な犯罪を隠蔽するために、この地域の施設を激しく破壊した。現在発見されている遺跡は合わせて23箇所に上る。」と記してありました。

 石井四郎をはじめ幹部たちは、ロシア軍参戦を受けてここを逃げ出したとき、松花江へ惨殺した「マルタ」や細菌をぶちまけ、施設のほとんどを爆破し、証拠隠滅を図って逃げ出したのです。研究データのすべてをアメリカ軍に渡すことで戦犯として裁かれることがありませんでした。
731部隊ボイラー室ボイラー室凍傷実験室凍傷実験室






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最終更新日  2004年11月03日 06時09分14秒
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