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今日は子猿の誕生日。3歳になりました。自分でも意識しているようで、ちょっと前から「こじゃるちゃん、しゃんしゃい!」とアピールしている。パパとママからのプレゼントはフランス製高級おままごとキッチン。写真の外人の子は子猿ではありません。注文するタイミングが早く(パパが早く欲しかったから)今月の初めに届いた。早速に箱を開けて遊ばせると喜んでいろいろお料理を作ってくれたが、わずか1日で飽きた・・・。ひと月も経たぬ間にキッチンの上はガラクタ置き場になっています。土浦の婆猿からのプレゼントはお人形用のベビーカー。これも子猿が欲しがっていたもので、今までは小さな椅子をベビーカーに見立てて遊んでいたが、ついにホンモノのベビーカーを入手。早速にお人形の「あーちゃん」、ぬいぐるみの「うーたん」「田吾作」などなどの舎弟を乗せて遊んでいる。ちなみに「うーたん」は二代目。初代はウサギ(ネズミ?)だったが行方不明になり、色が同じピンクだということで、クマが二代目に抜擢された。「田吾作」は子猿が生まれる前に母猿が手作りした水色のクマ。今まで見向きもされなかったのだが、最近になって脚光を浴び始め、雌伏2年を経て、やっと子猿の舎弟になれたのだ。そう言えば夏休みで奈良へ帰った時に買ったビニール鹿の「ピノキオ」は、夏が終ってビニールプールの空気を抜く時に一緒に空気を抜かれてしまっていたが、先週奈良の爺猿、婆猿が遊びに来た時に復活し、今は山登り中とのことでキッチンのいちばん上に乗せられている。爺猿、婆猿はキッチンセットを見て「あれ! 同じようなの買ってやろうと思っていたのに!」と言っていたが、その代りに何を買ってくれるのかということは言明せずに奈良へ帰った。もうひとつ、子猿には欲しいものがあるらしい。それは三輪車に乗る時のヘルメット。今は母猿のウマ用のメットを被らせている(子猿はタラちゃん並に頭が大きいのでサイズはピッタリ)のだが、お友達が持っているようなプラ製の三輪車&自転車用のが欲しいらしい。でも、ウマ用のを被らせて外で三輪車に乗せていると、通りすがりの人からも「あら! 乗馬の帽子! かわいい!」という声が聞こえるので、パパとしてはありふれたプラ製のなんか気に入らない。ということで子猿の希望は却下。このメットは木馬の「ビジネスリーダー」(こちらはドイツ産の高級外馬です)に乗る時に被らせていたものだが、実際、これを被って三輪車で力走(ホントに速い!)している様子は可愛らしい!子猿の三輪車は去年の誕生日に奈良の爺猿、婆猿にねだって買って貰った高級ドイツ車。「三輪車のポルシェ」とも呼ばれている。これにボタンを押すと「すみませ~ん!」という声が出る警笛を自転車屋で買って来て取り付けた。パフパフのラッパも取り付けたが、子猿の手荒な扱いに耐えられず、ポッキリ折れてしまった。新しいのを取り付けねば・・・。最近の子供は自転車に乗るのが早いらしく、子猿も実はちょっと欲しかったりするみたいだけれど、まだ早いな・・・。もう少し、ポルシェ並の高級三輪車で可愛く力走する様子を楽しませて頂きます。ということで、これも却下。無事3歳を迎えたのは嬉しいけれど、大きくなっていくのは寂しいことでもあるのです・・・。
2005年11月29日
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昨日の朝の乗馬学校はボケ気味。マジメにフラットワークしたら、しただけのことはあるウマに乗ると、マジメにやってしまうので、前半のフラットワークでヘトヘト。乗馬したというよりスポーツしたって感じ・・・。そのせいかどうか分らんけど、後半の障碍はなんかボケっぱなしで集中力なし。もったいないことした。ところで乗馬学校のウマなんですけど、なんで私はマールー以外は当たらないんでしょうか? 決してイヤなワケではないし、文句を言ってるワケではありませんが・・・。ここ3ヶ月くらい乗馬学校ではマールーしか乗ってない。所長に「今度こんなウマ来たからどうよ?」って囁かれるけど、マールーしか乗ってないから「どうよ?」って聞かれてもねぇ・・・。あ~そう言えばちょっと前に珍しく乗馬学校以外のレッスンに出た時にドクMに乗せて貰ったな・・・。ドクMにはちょっと乗ってみたいな・・・。タイプ的には全然好きなタイプじゃないけど、なんで経路回るとあんなにメチャメチャなのか探究心をくすぐられる。でも、わざわざ専用馬とって進んで乗ろうとは思わんな・・・。思い起こしてみれば、同じウマに連続して乗るのは今までもチョクチョクあったな・・・。思い出深いところではこんな感じ。パラディッソ 壊れていた頃に必ず当った。跳ばんウマを必死で跳ばそうとしているのを横で見ていたケースケが「パラはもうダメです~」と呟きやがって、力が抜けた思い出あり。ボナペティ退厩直前に必ず当った。乗ってても全く楽しくなかった。「当らんようになったな・・・」と思ったら居なくなっていた。ハナプリあんまり当るので今日も出馬表に「ハナプリ」と書いてあるのを見て、すねてクラブハウスの真ん前に止めた車の中でフテ寝した思い出あり。その後、脚を傷めて二度と障碍を跳べない体になったはずだけど、今でも居るんだっけ?マールーに連続して乗っていることについて後で思い起こすことと言えば「どんどん筋肉が落ちて、パワーが無くなってきている」ということだろうな・・・。話を元に戻します。乗馬学校はボケボケだったけど、午前中に1人で乗ったシャイニーは良かった! やはり最初に何も気にせず、軽めに駈歩まで一通りやって動かしてから、本格的に求めていくようにすると、突っ張りが取れて乗りやすい。輪線上での速歩の歩度の伸縮を中心にやったけど、右は楽しくできた! 隣の馬場でレッスンやってる谷野に見せつけるように、少し派手目にやってみたりなんかして・・・。左の突っ張りは普段よりも全然マシだけれど、巻込み気味になるのが気になる。その状態だともちろん、歩度は伸ばせないし、もう少し起こした状態で姿勢を保ちながら伸縮が出来ればいいんだけれど、これは難しかった・・・。そんなに長い時間乗ってないけど、終ったらメットを脱いだ頭から湯気が出てました。
2005年11月27日
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ウマから帰って来て3人で昼メシ食った後、風邪気味で体調が悪かった母猿が急激に弱り始めてダウン。最近の子猿は母猿に対するライバル心むき出し! 「子猿ちゃんのパパ!」と言って、母猿を敵意ある目で睨みながら、パパにしがみついて来る。母猿だけが家の中でも靴下を履いていると言って、あざ笑ったりする。母猿が病気なら子猿も負けずに病気になる。「ビョウキなの!」と言いながら、母猿と同じ扱いを求めてくるので、病人を2人抱えている状態になり、いろいろ大変だった。晩メシの用意。風邪といえばお粥だろうと、残っていた冷ごはんを茶碗4杯分くらい洗って、水は6杯分くらい入れたかな? 作ったことないお粥が、まあ上手に出来た。もうちょい水が多くても良かったかも・・・。お粥にかける中華餡を造る。適当に中華スープの素に冷凍してあった鶏肉のキレッ端を入れ、オイスターソース、塩、醤油で味を調える。最後に水溶き片栗粉でとろみをつけて、これを白いお粥にかけると即座に中華風になるというアイデア。不味くはないけど、改良の余地ありという感じだった。いずれにしても母猿は食欲減退の極みで食えず。
2005年11月26日
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東日本に出た時に決勝の最終障碍で落馬失権したんだけど、落ちながら思ったことは「もう、ええわ・・・」ってこと。退場してからもなぜかサバサバした気分で、応援に来てくれた結婚前の母猿を愛馬に乗せて曳きながら、陽気に厩舎へ引き上げてきた。それまで落下無しの1反だけだったから、ゴールきってりゃ全日本出場の快挙(怪挙?)を達成できたと思うんだけど、あんまり残念には思わなかった。負け惜しみでなく、よくも3日目の決勝まで残れたという満足感(東の出場権は自力で得てないけど、出場して1日目と2日目の予選は自力で通った。通ったと言っても失権しなけりゃOKだったけど・・・)と、まあ俺の実力はそんな程度ですわという納得みたいなものだったかなぁ・・・。今にして思えば、しがみついてでも残ってればなぁという気持ちがないではないけれど、後悔ともちょっと違う。笑いながら話せるような感じ。自分なりに全力発揮した後は、結果がどうあれ、そんな気持ちなのかも・・・。昨日のスノーシャイニーの月例も、スケールは違うけれど私にとってはそんな感じ。5番まではいろいろ悪いところはありながらも、自分なりに頑張ったと思う。6番で3反となったわけですが、悔しいと思う気持ちはあまりない。障碍5つ跳んだだけでヘトヘトになり、息もなかなか収まらなかったから、それなりに頑張って跳ばせていたし、跳ばそうとしていたんでしょう。結果は残念だけれど、まあそういう結果が私の実力相応なんだろうし、一言で言えば納得できるという感じ。もちろん、いろいろ反省点(道中あるいは反抗されてからの対応など)はありますが、今の私が競技中にやれることは皆やったし、反省すべき点を突きつけられたことについては良い勉強をさせて貰ったと素直に思えるので、ヘタな乗りでゴールきった時なんかよりもはるかに良い気持ちです。でも、こんな程度で満足してるからあかんのやと言われそうだけど・・・。不思議なのはウマだった。先週の土曜日乗った時はすごく乗りにくかったのに、この日は全然いつものような突っ張りもなく、もちろんカッとなったらすっ飛んで行くんだろうけど、落ち着いてる限りは乗りやすく重いくらいだった。素人向けにそういう風に調整してくれてたんだろうか・・・?コーヘイのフラットワークを初めて見たんだけれど、いわゆる「拳の静定」という面ではあんまり出来てないように見える(もちろん太鼓叩いたりすることはなく、軽速歩の時に上体と一緒に拳が上下するような感じ)のだけれど、一方でウマは素直に頭を下げて活発に動いている。要はバランスということか・・・?
2005年11月24日
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今朝は7時から乗馬学校の合同練習だったが、昼過ぎから月例があるので出席が許されるわけがなく、おやすみ・・・。(土曜日の乗馬学校終わった後の「悲しい出来事」から実は立ち直っておらず欠席と書こうと思ったが、あまりにも・・・なのでやめときました。)今日はシャイニーで月例に参戦する日なのだ。ウマは前回の月例に出ているが、私はこれで経路回るのは初めて。どうなるのやら全く想像出来ないのが恐ろしいところだ。昼前にクラブに着いたら、ちょうどコーヘイがフラットワークしているところで、O平さんはじめ何人かが見守っていた。「どんな具合でっか?」と聞くと「元気!」という返事だった。乗ってるコーヘイに「おっちゃんらあかんかったらキミの下乗りが悪かったいうことにするから!」と励ます。ウマは1回引き上げて、時間までいろいろお喋りしながらノンビリしてるうちに下見が始まった。クロスからメーターまで同じで、あんまり美しくないコース。1番跳んだ後の直線が長くて、回転した後すぐに2番があって、また長い直線で回転してすぐ3番。最後のダブルへのラインがすごく合わせ辛そう。まぁ、ここまで来れるかどうか分らんが・・・。80センチはO平さん、私の順で、コーヘイがメーター。月例には珍しく準備馬場で谷野が下乗りしてくれた。彼が跳んでるのを見ている分には全然普通のウマと変わらんという感じだ。とは言いつつも、普段の月例だったら勝手にウマ引き出してきて、ちょろっと行って来ます!という気軽な感じだけれど、今日の月例はすごく緊張感があってワクワクする! なんか外の試合に行ったみたいな感じで楽しい!トップバッターのO平さんの出番だ。「生きて帰りたい!」という言葉を残して正装で果敢に突撃したが・・・。しかしですね、この人は2頭乗りで、もう1頭のほうでこの種目勝ってるというのが、すごいというか、わけが分らんところだ。「親猿さん、他には出ないんですか?」「俺はシャイニーだけで一杯一杯や!」「ボクもそうしときゃ良かった・・・」なんて情けなく言ってたクセに、このあんちゃんは三味線弾きやがる!次が私。上ランを借りて落ちて汚すとイヤだし、落ちても痛くないように、非礼と知りながら白シャツにタイを締めた上に厚手のトレーナーで出させて頂きました。「なんで金払って怖い目に遭わんといかんねん!」と思いながらも、途中までは跳んでたんやけどなぁ・・・。最後がメーターのコーヘイ。コーヘイも2頭乗りで、1頭目が終って私がシャイニーを連れて行くと、彼は1頭目の時には着ていなかったボディプロテクターを上ランの上にガッチリ着用して現われた。「鎧は着たけど、兜はいらんのか?」という声が飛んだ。「コーヘイ! 拍車付けとるけど、ええんか?」「あ! いけね!」「コーヘイ! 手綱それでええんか?」「あ! いけね!」「O平さん、ちょっと前持ったって!」「この手綱どこへ、どないして付けんねん?」「大丈夫ですかねぇ!」「こんなん跳んだことないから知らん!」「死ぬ時は死ぬから心配するな!」大勢の大人たちに取り囲まれて大わらわ! 白馬の若武者コーヘイの出来上がり! 不甲斐ないおっちゃん達を尻目に孤軍奮闘し、立派にスノーシャイニーチームの名誉を挙げてくれました!ああ楽しい1日だった!
2005年11月23日
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朝の練習が終わって、テラスで1人でタバコふかしながら和んでいたら、悲しい出来事あり・・・。せっかくの寛ぎの時間を台無しにされて、すっかりしぼんでしまいましたわ・・・シクシク・・・。やっとの思いでつらい悲しみから立ち直り、乗馬学校のミーティングが終って谷野が「月例、シャイニー以外にエントリーしとられませんけど、どうされます?」と聞かれた。「シャイニーで心身ともに消耗し尽くすと思うので、やめとく」と答えた。谷野は今日も忙しいので、彼がレッスンしている馬場の横で1人で気弱に乗りました。「今週あんまり乗れなかったんで、乗りにくいと思います」と言われていたけれど、確かに乗りにくいです。右はなんとかなったけど、人馬ともに苦手な左はホントに往生した。私が左が苦手なのでうまく乗ってやれず、速歩は巻き込んでくるし、駈歩は強烈に内へもたれ込んでくるし、「こらあかん!」と思って、もう一度常歩からやり直した。なんとかなりそうだったので速歩に移行して、輪乗り上の小さな巻乗り、輪乗りの開閉あたりまでは左右ともにマシになったけど、小さめの8字乗りを繰り返したら、また段々と左が突っ張り始めた。ふぅ・・・苦労するなぁ・・・。だんだん疲れてきて(人間が・・・)メットのツバからポタポタ汗が滴り落ちる。ここからムキになって続けて良い結果が得られた験しはないので、常歩で口直しして、ちょうどレッスンを終えた谷野に報告して今日はオシマイ。23日はこいつで月例に出て跳ばんといかん。どうなるのか全く想像できないのですが・・・。朝の乗馬学校の内容についてですが、感動の瞬間あり!マールーは右をつらがって跳ぶ前にバタバタしたり、跳んだ後に左へ逃げたりするのだけれど、その時にバタン!でもなく、ツンツン!でもなく、実に滑らかに踏変できた。感動したぁ! 谷野のアドバイスのおかげなんだけど、同じことをもう1回やれと言われても自信がないのが寂しいところ・・・。
2005年11月19日
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ムカつく~! ムカムカする~!昨夜は飲んだ日には珍しく、余裕を持ってその日のうちに電車で帰り、風呂にも入らずとっとと寝たのに、今朝はドップリ二日酔いだ・・・。最近の傾向として二日酔いがひどいのだ・・・。元々そんなに強い方ではないのだけれど、いくら飲んでも当日はピンピン、飲んだ報いは翌日てきめんに顕れるという傾向にあった。その傾向は今でも変わらないのだけれど、二日酔いにならないための限界がものすごく下がってきて、それも決まっているわけではなく、その日によって全然違うというのが困ったところ。「こんだけ飲んだら明日つらいなぁ・・・」と思っていても全然平気だったとか「さ、今日は早めに切り上げて・・・」と思っていても、実は限界を超えていたということもあり、予測がつかない。私の二日酔い対策は寝るということ。身動きできなくなるので寝るしかないのだけれど薬も何も利かない。午前中一杯ひたすら寝る。「酒で仕事休んだらあかん」というようなことはよく聞くけれど、あっさり無視です。ひたすら寝かして頂きます。で、目覚めたらスッキリ。5時半に目覚ましに起こされて「あかん・・・こら、まずい」と思ったけれど、先週は雨で休んだし、今日はなんとしても行きたい。それにクラブにたどり着いて、馬に乗ってしまえば後はなんとかなることは分っている。どういう訳か知りませんが、二日酔いのために歩行や作業が困難でも、馬に乗ると全然平気ということは学生時代の数多い経験で実証済みだ。乗馬は二日酔いに全く干渉しないのかしら・・・? それとも、それなりに集中してるからかも・・・。とにかく布団から起き出して、こみ上げてくる前夜のすき焼きにムカつきながら、なんとか車は運転できる状態だろうと判断し、クラブへ向かった。私の二日酔いは頭が痛くなったりということはなく、ひたすらウゲゲ状態。運転しながらも何度かウゲゲ状態になり「二日酔いでは死なんというが、二日酔い+ドライブ+乗馬は死ぬんじゃないか?」と不安になったが、窓全開で持ち応えクラブへたどり着いた。クラブで会う人みんなに「大丈夫ですか?」「ひどそうんですね?」と聞かれたが、大丈夫じゃない。口を開いたらすき焼きがこみ上げてきそうだ。極めつけは厩舎二階の鞍置き場だった。一晩締め切った厩舎の中で、馬のオシッコのすさまじい刺激臭が二階に充満している。あれは臭いだけじゃなく有毒ガスに決まってる。普段の朝はこの臭気の中でも「くさいなぁ!」と思いながら自分の足回りを固めて、道具一式を担いで降りるのだけれど、この臭気の中で身を屈めて、こみ上げるすき焼きに耐えながら脚拵えすると、そのまま倒れこんじゃいそうだったので、まず靴とチャップスを引っ張り出して、外へ出てから支度した上で、道具一式を取りにもう一度二階へ取って返すという二段構えになった。しかし階段2往復は相当堪えたようで、馬装しながら何度か「ウゲゲ~!」ってなった。谷野に「吐きそうや・・・」と言うと「レッスン中だけはカンベンしてください」と言われた。馬はいつものマールーだ。すごく冷たいけれど気持ちのいい朝の空気の中で運動を始め、うっすら汗をかき始めた頃には、さっきまでのウゲゲな気分は吹っ飛んでた! メチャメチャ気持ちいい! もう練習の出来不出来なんかどうでもいいです。酒を抜くのに冷たい冬の朝の乗馬くらい最適なものはない!90分の練習を終えて、馬は軽く手入れして、馬着を着せて馬房にお帰り頂いた後、まだ人の少ないクラブのテラスでメチャメチャ気持ちよく和んだ! 酒が抜けた気だるさと気持ち良さ、運動を終えた後の気だるさと気持ち良さ、汗を書いた体にきれいな冷たい空気がしみわたるようで、このひとときを味わうために、今朝は苦労しながらも馬に乗りに来た甲斐がありましたわ!
2005年11月19日
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最近はやたらと上の人間とメシを食いながら語り合いましょうという企画が多い。課長以上は社長と昼メシ、下々は担当役員と昼メシといった感じ。船会社なんてどんな会社でも社員の数なんて大したことなく、うちの会社も全部で900人くらい。そのうち船乗りが300人で、外地駐在や支店を除くと本社にいる数なんて4~500人だろう。名前を聞いてことなく、顔も見たことないというような人はほとんどいない。その程度の会社なんだから、ぺエペエと役員が仕事について話し合うなんてことは全然珍しくないし、その程度の会社の役員さんなんだから、別にエライともなんとも思ってないので、わざわざ食事しながら忌憚のないお話をしましょうと言われても全然嬉しくもない。先週はうちの部のぺエペエ達と担当常務との昼食会。メニューはmaisenのサンドウィッチ。俯いてボソボソ弁当食ってなんとなく終わるという展開を予想していたので「サンドウィッチということは、おっさんホンマに語り合うつもりやな!」と思っていたら「サンドウィッチつまみながら語り合おう!」と来やがった!「自分の仕事についてどう思うか?」みたいな質問で、1人ずつ思うところを開陳する。私は「特にどうも思いませんけど、給料分の仕事はなかなかしてまへんなぁ・・・」みたいな回答をしたら、特に役員のコメントなしで終わりました。どう思ったんだろね・・・?今日は担当部長との会食だった。普段から一緒に酒は飲んでるし、社員食堂でいつも一緒に昼メシ食ってるおっさんだけど、わざわざ呼び出されて「課長抜きで会食セットしてくれる?」と言われた。恐らく「担当部長は課長抜きで下々とメシを食って語り合え」というお達しでもあったのだろう。ジャマくさいので私の下にいるあんちゃんに下請けに出し、店も彼に任せたらパレスホテルの和田倉になった。担当部長と私、あんちゃん、おばちゃんの4人でパレスホテルへ。注文は部長がしたが、前菜も刺身もなしに、いきなりすき焼きが出てきたので一番安いヤツだ! 部長はいい人だしすき焼きは嬉しいが、ケチられたのが腹が立ち、おっさんがトイレに立っている間に申し合わせて、肉の追加しまくり、酒呑みまくりで行こうと決議した。特に仕事に対する情熱を語り合うということもなく、関東vs関西料理談義などで盛り上がる。おっさんは神戸出身、私は奈良出身、あんちゃんは東北、おばちゃんは東京。東2人に対して西も2人。お好み焼き定食についてあんちゃんが「それってパンをおかずにごはんを食べるのと一緒ですよね!」と発言して部長の不興を買う。私も一喝! 料理については私はことごとく部長の肩を持ち油断なく点数を稼いだ。くだらん話で盛り上がり「肉追加しまくり 酒呑みまくり」作戦も成功したが、おかげで後半は腹は膨れるわ酔っ払うわで気持ち悪くなってきた。明日は乗馬学校なのでええ加減にしとかんとまずい。部長が「ところで仕事について言いたいことある?」と聞いたきたが「ないですわ! それよりボク明日朝7時からウマ乗らんといかんから、そろそろ行きましょ!」と無理矢理しめてお開きと相成りました。
2005年11月18日
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microっちの仰ることは正論で至極真っ当だと思います。それゆえ開き直らず、逃げず、隠れずお返事するのは難しいですね。たぶん乗り物好きは誰もが福知山線の事故にはすごくショックを受けてると思う。なぜなら安全最優先というのは言うまでもなく確保されているものだと信じていたから。その上で関西の鉄道システムというのは素晴らしいものだという考え方があったわけです。速くて快適で乗り継ぎも便利。これは多分、戦前からの激しい競争の賜物だと思うんだけど、国鉄何するものぞという勢いの私鉄が必ず並行して走っていて、その競争により切磋琢磨されて、優秀な鉄道システムが作り上げられていると信じていたのです。それが安全をないがしろにしてまでの競争になっていたというのは非常に大きなショックだ。ここからが真っ当ではなくなるかも知れないけれど、私はこの事故によって「速い」という特色が失われるということが、ものすごく寂しい。「絶対ムリや! 今まで走ってたスピードでは実はどう頑張っても安全に運行できません!」というのであれば、もちろん諦めざるを得ないのだけれど、一時的な速度の見直しは仕方ないにしても、今まで出してたスピードを維持したままで、更に安全性を高める、二度と同じ事故を起こさない態勢を作るということこそ、技術の進歩やないかと思う。でもまあ確かにこんなことばっかりやってれば必ずいつか同じことは繰り返されるかも知れないけどね・・・。(これは私が乗り物好きであること=速い乗り物が好きということと、海運業という技術に立脚していながら、技術が進歩してるのやら後退してるのやら分らんという業界に身を置くフラストレーションの現われかも・・・)「はくたか」について言えば、これは恐らく北陸・東京間の旅客を巡って東海道新幹線と競争しているんだろうけれど、もう100%趣味の世界なのでなんとも言いようがありませんが、こういう競争によって日本一速い特急が誕生し、近くに寄ると吹き飛ばされる恐れがあるくらい速いというのはロマンチックというより仕方がないという男の子的考え方です。TXから連想したことで今日にでも書こうかと思ってたんだけど、160年くらい前のイギリスには既に平均時速100キロ近い急行が走っていた。ターナーが絵に描いている列車。原始的蒸気機関車が引っ張るんだけど、運転室なんてものはなく、乗務員はカンタンな手すりの付いた吹きさらしの台の上に乗って運転する。客車にもたぶんバネなんてないだろうからお客はハコの中で振り回されるんだろうな。それから、ちょっとこれから趣味として調べてみようと思うんだけど、たぶんこの列車には満足なブレーキが無かったんじゃないかと思うんだよな・・・。空気ブレーキも電気ブレーキもない時代だからね・・・。乗務員にとっては労働条件最悪で、乗客にとっても危険極まりないシロモノだと思うんだけど、もちろん21世紀の現在の鉄道と同列には語れないし、多少危険でもいいんだなんて言うつもりは全くないのですが、このシロモノは私のように趣味の立場から見る者にとっては、ロマンチックこの上ないものなのです。そこまでして鉄道を速く走らせたかったのかということに芸術に近いものを感じる。繰り返すが、だからと言って本当にコケてもいいとは全く思いません。TXについては仰る通りですが、これも100%趣味の世界から言わせて貰えば何か特色を出せということ。速くなくてもいいから守谷でふたつに分かれて、分かれた片方は実はディーゼルエンジンを積んでいて、常総線もスイスイとかね・・・。まあ確かにカネはかかるだろうけど、趣味の世界には財布はあんまり関係ないからなぁ・・・。オズオズと・・・いかがでしょうか・・・?
2005年11月17日
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TXが頑張って走っているのはよく分った。でも必死さが足りないと思う。わざわざ新しい線路を建設して、頑張って走ってどうして最高130キロなのかということがよく分からない。関西の新快速は昔からある線路の上をず~っと前から130キロで飛ばしまくってるし、JR西日本と北越急行の「はくたか」という特急は160キロで走ってるぞ! 私は新幹線以外の速い列車が大好きだ。新幹線が速いのは当たり前だし、制約のある在来線でいかに速く走らせるかという工夫こそ人類の進歩につながると思う。だから秋田新幹線とか山形新幹線とか、速く走らせるために安易に新幹線でつなげちゃえという考え方には賛意を示さない。「はくたか」は一度乗ってみたいと思っている特急だ。元々はJR西日本と東日本、北越急行がそれぞれ車両を持ち寄って走らせていたが、JR東日本は160キロ運転について行けず撤退した。新幹線にばかり頼っているからこういう情けないことになるのだ。「はくたか」の走っている北越急行線にはもちろん各駅停車も走っているが、各駅停車は常に「はくたか」に追いかけられているので、逃げまくる必要があり、ここではローカルの各停ですら最高110キロで走る。北越急行線の各停しか停まらない駅のお客さんは大変だ。通過する「はくたか」に吹き飛ばされないように、電車から降りたらすぐにホームから立ち去らなければならないらしい。ホームのベンチでのんびり次の列車を待つということも許されないらしい。「はくたか」の通過前にホームでウロウロしていると避難命令が出るらしい。そこまでして新潟県の田舎を160キロで走る必要があるのかという気もするが、人類の進歩のための偉大な犠牲という気もする。褒め称えた特急「はくたか」だけれど、この列車が走る北越急行線は新しい路線で線路の見かけは新幹線と変わらない。建造物は新幹線と同様の高規格だし、速く走るために出来るだけ直線に造ってあるのでトンネルばっかし。おかげでトンネルの中に納まってしまった駅もある。では何がエライのかというと線路の幅だ。新幹線の線路の幅は標準軌1,435ミリ、それに対して北越急行の線路の幅は狭軌1,067ミリ。標準軌の車両は線路の幅が広いので大きく造れるし、安定性、安全性も増すので容易に高速走行を行える。それに対して狭軌は標準軌に比べて車両も小さいし、どちらかと言えば高速走行には不向きだが、一方で場所を取らないし構造物(トンネルや鉄橋)も小さく済むので安価に建設できる。主に植民地あるいは新興国が手軽に鉄道を建設するために採用されてきた狭軌鉄道にして古来、列車の性能のひとつの目標とされてきた時速100マイル(160キロ)を達成したというところが、北越急行線あるいは特急「はくたか」のエライところだ。同じ狭軌1,067ミリであり、かつ同じく全く新しい路線でありながら、TXが130キロでしか走っていないということは、やはり頑張りが足りないと思わざるを得ない。さらに言えば、TXがなぜ狭軌で造られたのかということも大いに疑問とするところだ。北越急行は列車を在来線と直通させる為に狭軌で造らざるを得なかった。しかし、その制約を跳ね除けて160キロの最高速度を達成している。それに対して、TXはどの在来線とも直通していない独立路線だ。高速を売り物にすべきTXをなぜケチくさく狭軌で造ったのか? 計画段階からして頑張りが足りないと言わざるを得ない。
2005年11月16日
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土曜日は午前中降っていた雨が昼前に上がり、馬を休んで正解だったという満足感(もし7時前に雨が上がっていたら馬に行ってりゃ良かったという後悔があったものと思われる)と、これから気持ちよく出かけられるという満足感で非常に気分が良かった。マンションの契約のちょっとしたことで不動産屋の現地事務所に出向く必要があり、家族3人でTXでつくばへ。TXの快速に初めて乗った。社内は筑波山へ行くであろう行楽客で賑やか。快速はさすがにスピード感があり、守谷の手前で並んで走る常磐道を飛ばす車がゆっくりに見える。つくばへ着いた。前に座っていた人達が「つくばへ来たよ~!」と言いながら降りて行った。電車が通ったとはいえ、つくばというのは感慨深げに「来たよ~!」と言われる土地なのですね・・・。不動産屋の用事はすぐに終って、西武でお弁当を調達。さくら交通公園へ向かう。子猿はぶらんこマニアだ。どんなにきれいな広々とした公園でも、ぶらんこがないと全く意味がない。母猿が下調べして交通公園にもぶらんこがあることを確認済みだが、道々のちょっとした公園にあるぶらんこで妥協しようとする子猿を引きずるようにして交通公園についた。この公園は子供が交通ルールを学べるようになっていて、自転車や脚こぎ車(カート?)が走る道にはちゃんと作動する信号機があったりして面白そう。それに私がここへ来たかった大きな理由はD51と古い古いディーゼルカーが展示してあるからだ。この古いディーゼルカーは昭和9年に造られてから鉄道省→国鉄→遠州鉄道→北陸鉄道→関東鉄道と渡り歩き、筑波鉄道廃止とともにこの公園に展示された。これが見たかったのだ。これよりたった2年だけ新しいのが鹿島鉄道では今でも主力として活躍しているのだけれど、これは大改造を受けているので、原型を留めた戦前生まれのディーゼルカーというのはとても貴重なのです。交通公園の趣旨を全く理解せず、狂ったようにぶらんこに興ずる子猿を尻目に公園内を見渡すが、お目当てのディーゼルカーはおらん・・・。D51の隣に線路がもう1本敷いてあり、そこにおったらしいのだが、今はおらん。保存してある鉄道車両が勝手に走り出すわけないし、どうしたんだろうと思って、帰宅してから調べてみると、実は埼玉に新しい大きな鉄道博物館が出来るそうで、そこへ貰われていくためにJRの郡山工場で整備を受けているんだそうな・・・。見られなかったのは残念だけど、立派な博物館に安住できることになったのは良かったです。ぶらんこ狂いの子猿はやがて脚こぎ車にも興味を示し、1時間100円で借りてやる。1時間100円といっても誰も時間を控えているわけではないので、実際には乗り放題なのだろう。脚こぎ車に乗った子猿だが、自分で動かそうという意欲はあまり見せず、後ろからエッチラオッチラ押していると腰が痛くなってきたが、赤や金色に色づいた木々であふれる秋の公園はとても爽やかだった。
2005年11月14日
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23日の月例にシャイニーで出ることになってしまい、今日は障碍練習。見ていた人達に「どうだった?」とか「面白かった?」と聞かれたけど、感想は「困った」の一言。練習を見てくれていた谷野が「親猿さんの困った顔、初めて見ました!」と喜んでいたけれど、その通り、困りました。乗り終わってから見ていた子猿に「パパ、だいじょうぶ?」と尋ねられた。後で母猿に聞いてみると、乗っている最中も「パパ、へたっぷだね~!」と感想を述べていたらしい。
2005年11月13日
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学生の時は厩舎に住んでいたので馬に乗りに行く必要がない。起きたら馬がおる。毎晩寝る間に着替えて(もちろんキュロットに)最後の一分まで眠り、飛び起きて靴を履けばいつでも馬に乗れる。酒を飲む時は飲む前に着替えるのが常識。外で飲む時はもちろんキュロットに着替えてから出かけて、酔っ払って帰って来たらそのまま倒れ込んで翌朝は最後の一分まで・・・。2回生になってから自分の下宿を確保できた。そこから厩舎までは学校の塀を乗り越えて走って5分くらいだったけれど、翌朝起きられない恐れがあったので、毎晩寝る前に下宿から厩舎へ通い、厩舎で寝る。ちなみに下宿代はタダだったので全然もったいなくない。前にも書いたかも知れないけれど、その下宿というのは私のバイト先の雀荘のおばちゃんの持ち家で、使っていないからと私が住まわせて貰えることになったのだ。昼間厩舎でゴロゴロしているといろいろ作業をさせられるので、その下宿は専ら昼寝場所として活用していた。あるいは「授業行って来ます!」と言って早めに練習を抜け出し、もちろん授業なんて行くわけなく、その下宿へ直行してゴロゴロとか・・・。思えば学生の時は本当に勉強しなかったなぁ・・・。なんせ自力でとったノートは3ページだから・・・。そう言えば「ほとんど授業に姿を現さない馬術部のアイツは雀荘のおばちゃんと同棲しているらしい」という自分についてのヘンな噂を聞いたこともあったっけ・・・おばちゃん、還暦過ぎてるんですけど・・・。前フリが長くなったけど、学生の時は「馬に乗りに行く」ことについては、そういう大変恵まれた環境にあったわけですが、今はそういうわけにはいかない。「7時から乗り出しやから6時半に余裕で着くためには5時45分に出たら間に合うな・・・ということは5時半起きか・・・」というような逆算をやって目覚ましをセット。学生の時はほとんど即時待機だったのに、今は1時間半ですよ・・・。いろいろブツブツ言ったけど、実は新しい乗馬学校は結構楽しみだったりして、早く土曜の朝よ来い!という気分だったのです。それに屈辱をバネにして頑張らんといかんし・・・。この日は5時半に目を覚ましてみると外は雨の雰囲気。ゴソゴソ起き出して、玄関先へ出てみると結構な降りで、おまけに寒い!「俺は雨降ったら行かへんっちゅうことを谷野は知ってたっけ?」とちょっと気になったけど「こんな雨の日に馬乗るなんてバカげてる」と判断して、すぐに家の中へ戻り、ぬくもりのフトンに直行。屈辱はすっかり忘れてゆっくり寝かせて頂きました。
2005年11月12日
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私は船が好きだ。船の模型を作るのも好き。独身時代はよくいろいろな船の模型を作ったものだ。作るのは主に昔の軍艦。「軍艦美」という言葉があり、軍艦に特有の機能美のことを言うのだが、この軍艦美を手許で再現したくてコツコツと作っていた。今でもうちの納戸には作っていないキットが山積みになっていて、引越しまでには何とかしてくれと母猿に言われているが、どうすれば良いのでしょう・・・。フネ好きにはいろいろあって、この時代のこの国のフネを専門にやってますというような人も多い。私の場合はミサイル発射機と電子装備だけがちょろちょろっと載っているような現代のフネはダメだけれど、それ以外はあまり拘りがない。どっちか言うとちょっとマイナーな船が好きで、日清戦争の時の清の主力艦で戦後日本が分捕って日露戦争には日本戦艦として参加した「鎮遠」とか、1936年から造り始めて、1955年にフランスの威信をかけて完成させ、たった6年で現役を退いたフランスの「ジャン・バール」なんていうのがお好み。ただひとつ、どうしても作る気にならないフネがある。恐らく日本でいちばん有名なフネである戦艦「大和」だ。同型の「武蔵」とともに、間違いなく史上最強の戦艦。史上最も不沈に近かった戦艦。その並外れた大きさは衆知のことだが、その装備と機能を考えれば、実は驚くほどに小さいのだ。すなわち常識では実現不可能とされていたものを可能にしたのが「大和」級戦艦だ。「大和」の最後はよく知られている。3,000名近い乗員を乗せた「水上特攻隊」の旗艦として「一億特攻の魁」となるべく、沖縄に向けて出撃途上の昭和20年4月7日、敵艦載機大編隊の執拗な空襲により、その強靭さを発揮しながらも、遂に力尽きて沈没した。「大和」を造り上げたこと、多くの命とともに沈めてしまったこと。このフネについて思うたびに、誇り、怒り、悲しみ、やるせなさ、理解しようとする気持ち、理解できないと感じる気持ち、様々な思いがドッと押し寄せて処理しきれず、私は思考停止を余儀なくされる・・・。
2005年11月08日
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いつの間にか自分の頭絡の存在を忘れてしまい、クラブのを使ってきたけれど、最近ふとしたことで「どっかにあったはず!」と思い出し、あちこちゴソゴソ探したら出てきた出てきた!相当グダグダになっているのをきれいに拭いて、保革油を塗って、なんとか使えそうな状態に復旧。革の劣化はあまり目立たず大丈夫。自分のだとすぐ分るようにお茶犬の小さなマスコットをぶら下げて出来上がり!手綱とマルタン、コンビのバンドが行方知れずになっているので、これらはニュージーランドに注文。初めてインド革に挑戦! 電話をかけて(もちろん会社から)「最近のインド革はどうでっしゃろ?」と聞くと「ようなってまっせぇ!」とのことだったので・・・。ニュージードルを換算して送料込みで全部で1万円足らず。安さはさすがのインド革だけど、やっぱりクッサ~! 油を塗って玄関の下駄箱の上にぶら下げておいたら、帰宅してドアを開けるや否やインド革独特の臭いがプ~ンと脳天直撃! クサさ満点って感じ・・・。見た目は確かに良くなってるような気がするけれど、この臭いはたまりまへん・・・。機能的には・・・まあクサいってことは仕上げが悪いってことだろうから、あまり長い命じゃないでしょう。
2005年11月07日
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昔からよく知ってる仲間の内で1人だけ失権したり、試験に落ちたりした時って周りの人たちは気まずい。それが分った時、思わず一瞬その人の顔を見ちゃったり、あるいは見てはいけない・・・と思って反応に苦労するし、言葉もかけ難い。私は人が悪いから、そういう時には「むふふ!」って感じでちょっと面白く思ったりするんだけど、そのコケた1人が自分の時は全然面白くない!今日の乗馬学校の試験、コケてしまった・・・。今までの乗馬学校の時間割はA班は土曜の朝、B班は土曜の夜、C班は日曜の朝で、私はもちろんB班。土曜の朝はとても行く気にならず、未来永劫B班でいこうと思っていた。その他B班のメンバーも一部やる気のある何人かを除いて大体こんな感じ。結果として上昇志向のない人達の吹き溜まり(じゃなかったっけ?)という独特の居心地のいい感じが漂っていたのだ。それが今月から時間割が変わった。B班とC班が合同で土曜の朝。A班が日曜の朝。ちょっと前にクラブに居た時に所長が私の姿を見つけて駈けて来られて「乗馬学校時間変えるから! A班来てね!」と言われて知った。げっげ~! 土曜の朝と日曜の朝なら、日曜の朝しかないじゃん! 事なかれ主義に染まっていた私もさすがにこのままB班残留ではいかんと思い、他に同様に時間割変更に発奮して受験する人達に混じってA班の試験を受けたのだ。みんなで発表を聞いた時は「クソ!」って感じ。受験の動機は時間割だけど、それだけの問題じゃなく、どんな試験だって落ちると悔しい。次に一緒に発表を聞いていた周りの仲間達のなんか気まずい雰囲気に「気ぃ遣わせてごめん・・・」。それから土曜の朝に来なきゃならない気の重さ。「ボクの技量はB班相当ですから・・・」なんていう殊勝な気持ちは全く無く「なんで俺やねん!」って感じだったかも・・・。それから最近ブログに偉そうなこといろいろ書いたから「ちと、まずいな・・・」とも思った。母猿も頑張ってくれと言ってたから「コケました・・・」と報告の電話をすると怒られた。フロントの前で所長とすれ違いざま「親猿~! ボクは悲しいよ~!」と衆人の前で抱き締められたのには困った・・・。なんやかんや思いながらも、前所長が口癖のように仰ってた「屈辱こそ次へのバネや!」という言葉を思い出してすぐに気を取り直し、いそいそと準備してスノーシャイニーに乗り出した。谷野は忙しかったので1人で乗ったのだけれど、早速屈辱をバネにしたおかげかどうか知らんが、我ながらなかなかグッドでした・・・。あ~あ! しっかし土曜の朝は辛いな・・・。今回からB・C班の指導員は谷野に代わったので、それはそれで楽しみだけど、土曜の朝となれば、前夜はせっかくの金曜なのにキャバクラにも行けないじゃない!(なんか自虐ネタみたいですけど、こういうことは時間をおいて書くと余計に情けなくなるので、最近には珍しく当日書きました・・・)
2005年11月06日
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今日は母猿と子猿、その他母猿一族がお買物に行く日なので、私はひとりでお留守番。何を隠そう私は買い物を憎んでいるのだ! モノを買うのがイヤな訳ではない。人出の中へ買い物に行くということがイヤなのだ! ちなみに通販は大好きよ。私が買い物に行ってもいいなと思うお店は、馬具屋、本屋、CD屋、模型屋、釣道具屋の5つ。この世でこれら5品目だけはわざわざ買い物に行ってあげてもよろしい。ということで、朝から母猿たちがお出かけした後はひとりでのんびり。9時半から11時まで「風のハルカ」の1週間総まとめを見て、次に始まったのは16代目歌のお姉さんの神崎ゆう子と18代目歌のお姉さんのつのだりょうこのコンサート。ゲストは芹洋子。この世の良いところを全部集めたようなこの人達の歌は大好きなのだ!ソファでくつろぎながら見ていると芹洋子が歌い始めたのは「思い出のアルバム」。♪い~つの~こと~だか おもいだしてご~らん♪って一緒に歌おうとしたら、ドバドバ~っと涙が出てきた・・・。子猿と一緒に過ごせる時間の貴重さ、その一瞬一瞬がもう二度とやって来ない、この上なく貴重なもの。子猿がもう少し大きくなって、小さい頃を振り返った時に彼女はどういう思い出を持っているんだろうか? 私はどういう感情で振り返るんだろうか?そういうこと思いがこみ上げてきて・・・。腹が減ったので気を取り直してインスタントラーメンを作る。塩ラーメンだったけど、このままストレートも面白くないので、冷蔵庫を漁って焼肉のタレを少々、ゴマミソドレッシングをドバドバ、昨夜の残りのトンカツとキャベツをトッピング。メチャうま! これはヒットだぁ! ホームランでしたわ!夕方からウマだったけど、このまま家にいるのも寂しいので昼メシ食って、すぐクラブへ行く。珍しくロケット博士がいたのでおしゃべり。彼女が学生時代を過ごした四国の話題で盛り上がる。讃岐から伊予へ国境を越えた途端、なぜあんなにうどんが不味くなるのか、などなど。その他、伊予を舞台にした映画や小説のお話。ウマはドクM。あんまし好きなタイプじゃないけど、見ていたmicroっちは「合ってるよ!」と誉めてくれたので少々いい気になってしまいました。夜はカワイコちゃんとデート! ウマに行く前に「夜空いてるか?」と探りを入れると、空いてるっぽいけど少々ビミョ~な雰囲気。「ひとりじゃなくてもいい?」と聞いてきたので「OKよ」と返事すると、カワイコちゃんはお婆ちゃまと一緒に現われました。特別にお婆ちゃまの運転手にも同席を許す。お婆ちゃまに子猿の写真など見て頂きながら楽しくお食事し、最後に果物の皮を剥いて差し上げると「まあ! なんてぜんとるまんなんでしょ!」と言われちったよ・・・。
2005年11月05日
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そう言えば先週末袋田へ行く途中で大洗の水族館へ行ったんだけど、そこにオタリアがいた。南米にいるアシカみたいなヤツ。オタリアといえば思い起こすテレビで見た光景・・・。チリあたりの波打ち際で平和に遊ぶオタリアの家族。沖合いに目を移すと波の上に不気味に頭を出すシャチの家族。大きな波が来た! 波に乗って全速力で波打ち際に突進するシャチ! 慌てふためいて砂浜に逃げ惑うオタリア! 逃げ切れるかと固唾を呑んで見守っていると、なんとシャチが波に乗って上陸! 不幸なオタリアをバックリくわえ込んで、今度は巨体をもがかせながら海へと戻って行く・・・。オタリアをくわえたまま家族の元へと戻ったシャチは、今度はオタリアを空中高く放り上げて、家族みんなで楽しくオタリアバレーボール!恐ろしい光景だった・・・。で、私が不思議に思うのは、こんなに獰猛なシャチだけど、人食いシャチって聞いたことないよねぇ! その日の夜の「世界ふしぎ発見!」でも言っていたが、シャチが人を襲うことはないらしい。なんで? 賢いから人を襲うと害獣として退治されるとでも思っているのか? しかし、いくら賢くてもそこまで考えが回らないと思うが・・・。
2005年11月03日
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前の所長の頃のジュニアのレッスンでは、よく所長がウマに横木投げつけて(さすがにそんなに飛ばないけど・・・)、「ウマ殺す気で乗れ~! 跳ばないウマなんてただの肉だ~!」って喚いておられた。「なんてひどいことを!」って思われそうだけど、この言葉の意味は深いのではと思う。幸か不幸か乗馬になってしまったウマを「ただの肉」にしない為に、乗り手は精一杯乗ってあげなきゃ申し訳ないということかなとおぼろげに理解しているんだけど・・・。実際に前所長がそのようなつもりで仰っていたのかどうかは分りませんが・・・。今の所長も時々「アタマどつけ!」って仰ってたけど、これだってすぐに反応して「虐待だぁ!」って言うのは浅薄かも知れない。ヘタが乗って騎座変しながらゴリゴリやって、結局何も出来ずに終っちゃいましたぁってことになると人もウマも成長しないし、かえってウマにとって苦痛なんじゃないかと思う。それよりも癖の悪いウマなら一発アタマどついてしっかり怒って、あとすんなりってほうが、よっぽど優しいだろうし、人馬ともに成長するんじゃないかという気がする。1932年のLAオリンピック総合に出場した城戸少佐が乗馬「久軍」をいたわって入賞を目前にしながら棄権した有名なエピソード。仮に城戸少佐がそのまま競技を続けて入賞し、しかし残念ながら久軍は競技終了後に亡くなりましたということになっていたとしても、城戸少佐を責める人は誰もいないだろうと思うし、その敢闘精神は誉められるべきではないかと思うんだけれど、そういう状況において敢えて棄権を選んだ城戸少佐の勇気はすごいと思う。一方でわれわれ素人がヘタに城戸少佐の真似をして、指導者の判断も仰がずに競技半ばで自分の判断で棄権するようなことがあったとしたら、それは多分、単にウマにサボることを教えてしまったということになるのが関の山。あるいは敢闘精神欠如の合理化か・・・。練習馬が酷使されて可哀想という話もよく聞くし、これはなるほどと思うことも多いけれど、ひょっとしたら彼らは彼らなりに力の出し方を心得ていて、可哀想だからといってヘタに負荷を軽くすると、かえっておかしくなっちゃうんじゃないかと思うこともある。というようなことを考えると、我々ウマに乗るものにとって「愛馬精神」(キャ! 書くのも恥ずかしい!)というのは口にするのは簡単だけれど、本当の意味でその精神とあり方を理解するのは至難なのかなという気がする。私の場合は気恥ずかしくて口にもできないけど・・・。
2005年11月02日
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別に馬歴が長い短いとか、クラブ在籍の長い短いとかエライとも思ってないし、そんなもんセンスのある人の前では一蹴されると思っているので、偉そうなこと言えんけど、なんだかなぁ・・・。昨日行ったクレイン東京で元チャンピオンに「もう泣きながら乗る時代じゃないんだってさ・・・。竜ヶ崎でもみんな楽しそうにやってるでしょ! あんた達は寒いテラスの隅っこで小さくなってなさい!」と言われた。楽しそうに乗るのは大賛成だし、もう既に小さくなってるけど、こんなん乗馬とちゃうやん!あ! でも馬は乗るけど馬乗りじゃない人達なんだから乗馬じゃなくて当然か・・・。
2005年11月01日
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