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再び秋田県で、5ヶ月のワンコ(女の子です)ラムちゃんの里親さんを探しています。皆さんのご協力をお願いします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 男女雇用機会均等法1986(昭和61)年4月1日つい最近と思っていましたが、もう22年も経ったのですね。22年前のこの日、男女雇用機会均等法が施工されました。職場の花、お茶汲みと揶揄された職場での女性の立場も、この均等法の施行で強化され、総合職の女性も次第に増えますが、一方では女性の残業制限の廃止など、本来は母体保護のために導入された規定の廃止なども含んでいたため、当初はプラス面を強調するよりも、マイナス面を指摘する論調が目立ちました。しかしながら、少子化による労働力不足から、次第に女性労働を戦力化する構想に、企業側の関心が高まり、今では1度退職した女性の再就職に門戸を開く企業も増え、労働形態の多様化の承認、管理職への進出の増加など、およそ10年を1単位とするペースで、女性の社会進出は広く、深く進行するようになってきました。それでもなお、今日においても、女性が働き続けながら、子を産み、育てることには多くのハンディが残っています。こうした点がなお、少子化問題が少しも解消の方向に踏み出せない、原因となっているように思われます。
2008.03.31
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サブプライム問題考(25) モノラインの危機…3悪い予感は現実のものになりました。米国の自治体にも、日本の自治体と同様、財政状況の悪い、借入金が多く財務基盤が脆弱な自治体が数多くあります。こうした自治体は、モノラインの保証を受けることで、だから安全と高格付けを得ていたのです。そのモノライン各社の格付けが下がれば、モノラインの保証でリスクを回避していた債券のリスクは、大きく跳ね上がります。それゆえ高い格付けを得る事は、もはや望めません。財政状態の悪い自治体は実質的に債券の発行が出来なくなりました。出せたとしても、それは15%~20%に近い、異常に高い高利を約束してのことでした。事情は大学債ではさらに深刻でした。州立大学の多くは、学生への奨学金の貸与資金を、大学債を発行することで手当てしていました。ですから、大学債、とりわけ奨学金基金に関わる大学債は、大学当局にとっても学生にとっても大事なものでした。その奨学基金債の発行が難しくなってしまったのです。事情は自治体債と全く同じです。税という毎年の固定収入を見込めず、元奨学生の返済と卒業生や篤志家の方の寄付のみに、頼るしかない奨学基金債は、より厳しい状況に追いこまれ、そのほとんどが発行を断念せざるを得なかったのです。結果として、篤志家の寄付があまり期待できない、いくつかの大学は、新入生対象の奨学金の貸与や贈与を、見送らざるをえない状況に追い込まれたのです。これは、学生たちにとっても、大きな誤算でした。調子に乗り過ぎて、実態いの極めて悪い、将来は高い確率で返済不能に陥るであろう貸出しを強行に、モノライン各社を手玉にとって高格付けを取得し、いかにも安全そうな証券化商品に見せかけて、流動化した債券を市場で販売していた金融機関の利益至上主義の倫理なき行動は、我が身を傷つけるだけでなく、全く責任のない、奨学資金を便りに大学での勉学の道を選んだ、若者たちの生活設計まで台無しにしたのです。驚いた政府は、モノライン各社の格付けの引き下げを回避する方法を、あれこれと考えることになりました。 続く
2008.03.31
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クロニクル よど号事件1970(昭和45)年3月31日この日、羽田発福岡行の日航機「よど」号が、富士山附近を航行中、田宮高麿をリーダーとする9人の赤軍派に乗っ取られました。有名なよど号事件です。乗客・乗員138名でしたから、129名が人質となりました。赤軍派は、機長に日本刀をつきつけて、北朝鮮行きを要求しました。機長は燃料不足を理由に、いったん福岡空港に着陸することを求めました。空港で給油後、老人や子どもなど23名の乗客が解放されました。5時間後、よど号は北へ向って飛び立ち、いったん北朝鮮領域に入りましたが、そこから南下、韓国空軍機の誘導で、ソウルの金浦(キンポ)空港に着陸しました。韓国政府は、金浦空港を平壌(ピョンヤン)空港であるかのように偽装して、犯人逮捕を目指したのですが、気付かれて失敗、赤軍派は3日に渡り機内にこもりました。交渉役となった山村新治郎運輸政務次官が、「自分が身代わりになるから…」と赤軍派を説得、乗客の解放と引き換えに自ら捕虜となりました。こうして4月3日、北朝鮮も受け入れを表明、田宮ら9人の赤軍派は、北朝鮮への亡命という、目的を達したのでした。何故北朝鮮だったのか。当時日本の左翼勢力、とりわけ新左翼各派や共産党の間では、なお北朝鮮神話が根強く、韓国に比べて理想的な国造りが進んでいると考えられていたからでした。それが社会主義を理想化しすぎた、とんでもない幻想に過ぎなかったことが露呈し、自覚化されるには、なお10年以上の歳月が必要だったのです。
2008.03.31
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クロニクル 第三次水俣病訴訟に判決1987(昭和62)年3月30日21年前のこの日、熊本地裁で第三次水俣病訴訟の判決が出ました。第一次、第二次の訴訟においても、チッソ工場の垂れ流した水銀との因果関係を認め、チッソの企業責任は認められていました。そうした判決の流れの中で、この第三次訴訟判決で特に注目されることは、国及び熊本県の問題企業に関する監督責任を認めた事でした。ここに、企業の環境汚染に対する行政の監督・指導責任を問い、行政の不作為を問題視する流れが、まだ弱いながらも日本の司法界にも及ぶことになりました。しかしながら、水俣病患者の認定を出来るだけ少なくしたい被告企業や行政の思惑から、患者認定を巡るトラブルは、この後も長く続いたことも、ここで指摘しておきたいと思います。
2008.03.30
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サブプライム問題考(24) モノラインの危機…2モノラインの危機が表面化した結果、格付け会社はモノライン各社に与えていた高い格付けを見直すことになります。高格付けの保証商品(債券を流動化した証券化商品のうち、リスクが低いと判断された商品です)の大幅値下がりで、保険の支払いが急増したのですからたまりません。大手モノライン会社でも多額の損失が出たのです。モノライン各社は証券を保証し、その保証手数料で利益をあげているのですから、大手になればなるほど多額の証券、数多くの証券を保証しています。そうした大手モノライン各社のうち、数社の格付けが引き下げられたらどうなるか。モノラインの保証能力を加味して高格付けを得ていた債権や証券化商品は、途端に高リスク商品と見なされることになります。昨年8月のサブプライム危機の発生以来、世界の証券市場でリスク許容度が大きく低下している時です。これはたまったものではありません。ここに資産流動化商品の市場価格は、さらに大きく下落し、それを所有する個人は勿論ですが、多くの金融機関の損失は、世界中でさらに大きくなったのです。そして、米国が慌てたのは、それだけではありませんでした。モノラインの保証によって、高格付けを得ていた、州などの地方公共団体や州立大学などが発行していた債券の価格が急落(利子率の急上昇)が起きたのです。 続く
2008.03.29
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クロニクル 新王子製紙・本州製紙合併クロニクル 1996(平成8)年3月29日この日、新王子製紙と本州製紙が合併に調印、10月1日に合併し、新会社「王子製紙」に移行することを、正式に発表しました。ここに、新王子製紙は、日本製紙グループに奪われていた業界首位の座を、再び取り返すことに成功しました。王子の執念が実った合併劇でした。
2008.03.29
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サブプライム問題考(23) モノラインの危機…1年が明け、お屠蘇気分も抜けきらない松の内から、突然「モノライン」という聞き慣れない単語が新聞やテレビに踊るようになりました。昨年8月からお馴染みになったサブプライムローンに続く新語の登場でした。モノラインとは、一般的には、企業が単一の商品なり製品なりに特化していることを指す、業界用語です。この用語が、突然マスコミを賑わしたのは、債券の保証に特化した損害保険会社(米国では、損保と生保の区分はありませんので、正しくは保険会社とのみ記すべきなのですが、日本では損保とした方が理解がし易いと思います)、AMBAC社やMBI社の業績が急速に悪化し、それがマスコミを通じて、広く知れ渡ったからでした。アムバック社のような信用保証会社は、自らの格付けを最高の格付けであるトリプルA格に維持し、州政府などの地方公共団体が発行する公共債の返済を保証するなどして、保証料を受け取ることをビジネスにしていたのです。日本でいう信用保証協会の仕事を担当していた会社と、考えて良いようです。このモノライン各社が、収益の拡大を狙って、サブプライムローンを担保としているような証券化商品を、保証の対象にしていたために、債務返済の遅れや不履行の多発によって、保証リスクが急拡大してしまったために生じた危機でした。モノライン各社にしてみれば、きちんとリスクを分析して、格付けの高いダブルA格以上の流動化商品に限定して保証していたそうなのです。それが、サブプライムの危機が深まるにつれて、高格付けの流動化商品が急速かつ大幅に値下がりしてしまったのです。ブッシュ政権の例の悪手の結果でした。この煽りを受けて、保証しなければならなくなった契約が急増した結果、モノライン各社に巨額の損失が発生し、既に1社が救済の対象とされるまでになり、他にも綱渡りを続けている社も、複数存在するに至ってしまったのです。
2008.03.28
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クロニクル 神仏分離令出る 1868(慶應4)年3月28日1868年は明治元年にもあたりますが、一世一元制を定め、それに伴い明治と改元したのは、9月8日でしたから、3月の28日は、まだ慶應の内でした。西郷と勝が、江戸の無血開城で合意したのが3月14日、官軍の江戸城受け取りは4月11日ですが、ここではもう明治政府を新政府と呼んで良い事にします。この日、新政府は神仏分離令を出し、仏像を神体とすることを禁止し、神社からの仏像・仏具の追放を命じました。これによって平安朝以来の日本の伝統であった神仏習合の伝統が破壊され、神社内の神宮寺、寺社内の鎮守神の分離独立、八幡大菩薩や熊野大権現などの習合神からの菩薩や権現号の剥奪が行われました。比叡山の延暦寺にある、日吉天王社では、武装した神官が神殿内にある貴重な仏像・仏具・経典などを焼き捨てました。奈良の興福寺では、僧侶が一山還俗し、春日社が独立、五重塔だけが残る異常事態となりました。こうした神仏分離の強引な推進により、仏教は大打撃を受け、神道もまた新しい神々を戴く事になりました。数年後、行き過ぎを察知した政府は、軌道修正を図りましたが、国家神道の編成は、一層大々的に行われてゆきました。
2008.03.28
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サブプライム問題考(22) 悪手 の影響ローン金利の引き上げ延期。その結果はどうなったか。サブプライムローン関連のみでなく、ローン債権を証券化した商品全般に対する市場の信頼を、一瞬にして失わせることに繋がりました。優良顧客を相手にした信頼度の高いはずの、中・高所得者向けの住宅ローンを証券化した商品、カードローンを証券化した商品、さらには、米国債以外の債権(州債を含む)までが、売り込まれる結果に繋がりました。危機は一層の広がりを見せ、ローン債権のように貸し手には債権でもあっても、利益を生むのは借り手の返済であるようなローン債権を流動化(証券化)した商品のみではなく、資産を流動化した商品までが売り込まれるようになったのです。経済全体の減速に対する懸念が広がったからでした。中・高所得者向け債権の証券化商品の値下がりは、住宅市場の不振が低所得者向け住宅のみではなく、一般の住宅市場にまで広がってきたことを示しています。そうなると、住宅資産は目減りします。資産を担保に借り入れていた消費者ローンを、増やすどころか、1部返済を迫られる層が続出する。こうした懸念が、債権市場全般の下落に繋がったのです。1月に入って、突然新聞の紙面を賑わすようになった「モノライン」の危機は、こうして起きたのです。 続く
2008.03.27
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クロニクル 総量規制発動1990(平成3)年3月27日「バブルを考える」のシリーズで取り上げたことですが、当時の大蔵省は、この日総量規制を発動しました。治まらない地価高騰への対策として、金融機関に対し、不動産融資総枠の対前年比伸び率をゼロとするよう求めた通達を出したのです。実施は4月1日でした。この規制は、総枠の伸び率を抑えるものでしたから、預金量が増え、融資総枠が増えるならば、前年と同じ比率ですから、その枠内で融資を増やすことは可能でしたし、大蔵省の管轄下にない農協に融資を紹介する形で、子会社の住専への過剰な融資を継続することは可能でした。結局それが、傷口を広げてしまったのですが……
2008.03.27
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クロニクル バングラデシュ独立宣言1971(昭和46)年3月26日37年前のこの日、東パキスタンが独立宣言を発し、西パキスタン(現在のパキスタン)からの分離独立を発表しました。正式国名をバングラデシュ人民共和国と定めたのは、同年4月17日のことでした。イギリス領インドが、ムスリム中心のパキスタンと、ヒンドゥ中心のインドに分離独立することになったのは、1947年の8月15日のことでした。この時パキスタンは、インド亜大陸の西と東の付け根の部分に、2ヶ所の国土を持つことになりました。政治・行政の中心は西パキスタンに置かれ、ベンガル地方の1部を国土とする東パキスタンの人々は、西の支配に次第に不満を募らせ、インドの支持の下に、この日の独立宣言となったのでした。しかし、古くはイギリスによるアヘンの栽培地域であった、この一帯は産業に恵まれず、現在もアフリカ中央部の国々と並んで、1人あたり国民所得の水準で見る、世界最貧国の1つのままでいます。
2008.03.26
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道路特定財源を考える(5) 道路族このところ、国土交通相は公明党から大臣が出ていますが、冬柴という大臣、自民党道路族以上の、ゴリゴリのウルトラ道路族のような答弁が目立ちますね。公明党自身も、道路所管大臣のポストがすっかりお気に召しているようです。支持者の陳情のあったところで、優先的に工事を進めてもらう。その見返りに大臣は、官僚の欲するような答弁を繰り返し、役所の代弁者の役割を演じる。こうした約束が出来ているのではないかと勘繰りたいくらいです。自民党議員に、各地の土建業界と癒着し、利益誘導型の旧態依然とした議員が多いことも確かですが、地方政界がまた、自民党に輪をかけた道路族の巣窟である事も、明らかになりました。ともかく、道路を作れ作れ、作る道路は多ければ多いほど良いの大合唱です。あきれ果てたテイタラクです。私が1番呆れているのは、「重篤の救急患者を、地方中核都市にある大病院に運ぶために…」という未完成の高速道路の建設要求です。こんな屁理屈が通ると思っているのですから、呆れ果ててしまいます。これは大人が大真面目で口に出来るセリフではありません。そんなことなら救急用のヘリを用意する方が、はるかにスピーディで安上がりです。救急車はヘリポートまでの搬送に役立てれば良いのです。さらにいえば、道路よりも地方都市の医療水準を確保することの方が、私には重要に思えます。人の健康を維持するための、医療水準を問題にすることなく、救急搬送のための道路作りを得々と語る知事や市長や議員達。残念ながら、これが日本の政治の現実です。本音の部分は、おそらく地方の土建業界の現状維持という事なのでしょう。先に連載したバブルを考えるのシリーズに書きましたが、日本の建築・土建・道路関係の各社は、過剰な状態にあります。退場すべき会社が合併等で生き残り、官庁からの天下りの受け入れ先となることで、公共事業を数多く受注しているのです。土建業界・建築業界は確かに裾野の広い業界です。これといった産業のない地域にとって、公共事業が干天の慈雨の役割を果たしていることも事実でしょう。しかしこれはやめるべきでしょう。夕張市の財政破綻は、箱物を作りすぎたツケでした。今、夕張市の二の舞になりそうな市は結構あります。私の居住する川崎市にも、農業整備事業の一環として作られた、舗装された農道が、実際は適度な駐車場替わりに使われている実態があります。かつて通った中国縦貫道は、10月の日曜日でしたが、すれ違う対向車は1時間に10数台に過ぎませんでした。山陽道にプラスして、果たして必要な道路だったのでしょうか。混雑は旧盆と正月の数日だけなのでしょう。おそらくこうしたケースは無数にあるように思います。こうした土建屋的発想の政治と、それに群がる地方有力者という構図の金のかかる政治の仕組みとは、縁を切るところに来ています。安倍内閣時代の2006年の12月には、道路特定財源の一般財源化に関する閣議決定も行われています。そこでは、税収の全額を道路整備にあてる現行の仕組みは、08年の通常国会で法改正すると、明記されていました。福田内閣に替わって、道路族が息を吹き返し、現在の問題が生じてきたのです。この際、人と自動車と道路の関係を、どのようにしていくべきかを、きちんと議論し、社会レヴェルで一定の共通認識を持つべきところに来ている。道路問題に限らず、色々な問題についてもいえることですが、私はこのように考えています。 完
2008.03.26
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サブプライム問題考(21) 悪手5日振りに、サブプライム問題に戻ります。第18回でカントリー・ワイド社の破綻と、バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)による救済合併のことを記しました。その後12月初旬のことです。米政府は、ローン金利の上昇が住宅ローンの返済困難家庭を頻出させているのだからと、変動ローンの利用者に対する金利上昇を凍結する案を発表したのです。ローン金利を据え置けというのです。これは住宅ローンの利用者には朗報かもしれません。担保流れの住宅が減れば、住宅価格の値崩れも止まると考えたのかもしれません。確かに、この案の発表後米国市場は、一時的には歓迎ムード一色になったと伝えられました。しかし、これは一時的現象に過ぎませんでした。これは実はとんでもない悪手だったのです。変動金利は、当初の数年間、本来支払うべき金利の1部を後払いにしてもらうシステムです。その当初のおまけしてある金利しか取れないとすると、金融機関はどうするでしょう。今後もそうした変動性金利で組むローンを取り扱うでしょうか。ありえませんよね。元々ローンで住宅を買おうという人が減っている時ですから、新築住宅市場をも、この措置は縮小させてしまったのです。そして、より大きな問題は、こうした個人向け住宅ローンを担保とした証券化商品を持つ人々、特に米国外の所有者(ヨーロッパに多かったのですが)はどうするでしょう。米国内の自分とは関係のない債務者を助けるために、米国外に居住する自分の利益が犠牲にされているのです。期待した利回りが、米国政府の身勝手で得られなくなるのです。彼等は、米国の証券化商品に見切りをつけ、身勝手な米国への投資にソッポを向きました。こうした動きがさらに米国の証券化商品、さらには米国の債券への投資をストップさせ、危機を深化させてしまったのです。 続く
2008.03.25
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クロニクル 新日鉄釜石高炉の火を落とす1989(平成元)年3月25日19年前のこの日、新日鉄釜石製鉄所は、高炉の日を落とし、130年の歴史に幕を下ろしました。韓国や中国の製鉄業の成長などかた、日本の鉄鋼業界が、生産を調整、高炉の集約化を進めていた時期でした。やがて、川崎製鉄と日本鋼管が合併するなど、鉄鋼業界の集約化が進み、2000年代に入って、アジア各国の経済成長が追い風になって、再び鉄鋼業界に好況の波が押し寄せて来ることになりました。釜石製鉄所閉鎖の同じ日に、新日鉄がブラジルに大工場を建設するニュースが伝わってきた(今朝の日経新聞1面)のも、面白い一致でした。
2008.03.25
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皆さんへの御礼皆さん、今晩は。しばらくの間、このブログにもリンクを貼らせていただいていた、秋田県のウメちゃんという母犬と、生まれたばかりだった4頭の子犬。おかげさまで本日、母子すべての引き取り手が決まったそうです。ご協力、激励有難うございました。今月末で閉店となるコンビニに居ついてしまったメス犬が、3月始めに子を産み、その母子を可愛がっていた少女が、必死になって里親を探して…といういきさつを知らされ、私もブログにリンクを貼って、ささやかな精神的な協力をさせていただいたのですが、子犬の内の1頭の引き受けてが決まり、そのお宅が母犬を引きうけてくれる事になり、そして、目が開いて、子犬が可愛く見えるようになるにつれ、最後は連日で、1頭、また1頭と里親さんが決まり、遂に本日、4頭目の子犬も引きうけてくださる方が、決まったようです。子犬は25日から、しばらくの間(おそらく1ヶ月くらいか)母犬のうめちゃんと子犬1頭を引きうけてくれたお宅で生活し、母犬と放しても大丈夫な段階で、夫々の里親さんにお渡しすることになる模様です。コンビニの店長さんと、一所懸命に子犬と母犬の面倒を見ていた少女が最も喜び、かつホッとしていると思います。皆さんの声援とお心遣いに感謝致します。有難うございました。
2008.03.25
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。さらに20日に、メスの子犬1頭の飼い主が決まったそうです。そして22日に、さらにメスの子犬1頭の里親さんが決まりました。最後に残ったオスの子犬も本日、里親さんが見つかったようです。たった今、犬猫ネットのサイトに飛んでみて確認しました。皆様もどうぞ、ご確認下さい。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット道路特定財源を考える(4) 車社会の盲点?道路問題を考えるには、21世紀社会が自動車をどう位置付けるかを,考えるべきだと記しました。そこで、今日指摘されている論点の中で、比較的軽視されている点に、少し光を与えたいと思います。その第1は、公共交通機関や公共空間を利用する時の子ども達や若者のマナーの悪さ、機転の利かなさです。電車やバスで乗降口を平気で塞いで、降りる人が、スムーズに降りられないケースは、日常的に見受けられます。お年寄りや身体が不自由な人に席を譲るに際しても、別の方がそうするのを見て、始めて自分も…とおずおず立ちあがるケースも、良く見かけます。もちろん、もっと態度の悪いケースもままありますが… こうして長じた女の子の場合、社内で平気で化粧道具を取り出すという愚行を演じることになり、男の場合は、やや長くなった脚を人の迷惑を考えずにだらしなく投げ出すようになるようです。こうしたマナーを教え込むのは、本来家庭教育のレヴェルに属することですが、それが出来ていない家庭が、年々増えていっているように感じられます。この原因を,私は車での移動が中心になって、家族で公共交通機関を利用する機会が著しく減っているため、乗り物内や駅構内でのマナーを,教える機会がなくなっているせいではないかと考えています。過度な車依存のマイナス面でしょうか。第2に、より大きな問題なのですが、学力とも大きく関係する体力と運動能力の問題です。学力低下については、毎年のように時折新聞紙面を賑わすのですが、実はそれ以上に深刻で大きな問題である日本の若者の運動能力と体力の低下については、ほとんど光が当てられていません。適度な運動は代謝を促し、血行を良くしますから、常に身体中を新鮮な血液が循環します。当然そうなれば脳の活動も活発になりますから、授業の集中度も高まり、理解力も上がり、集中力も増します。当然物覚えも良くなりますし、持久力も増すことになります。教育の効果は、明らかに高まります。ところが、運動が不足すれば、この逆になります。そして、日本の青少年の体力と運動能力は、調査の度に大きく減じているのです。例えば50m走の党外年齢当たりの平均タイムは、既に1990年に比べても、かなり遅くなってきています。運動会での徒競走の開始から終了までの時間も、生徒数が減っていても、以前よりも時間がかかるようになっています。肺活量、片足立ち、腕立て伏せ、懸垂などなど、あらゆる項目で悪化しているのが現状です。ゆとりの教育が学力低下の原因だ。いや詰め込み教育こそが子どもたちの学びの意欲を奪ったのだと、議論は喧しいのですが、私に言わせると、教育論というのは、論者の数だけ意見があり、誰もが自説こそが正しいと信じて、議論を戦わせていますから、未来永劫先ず1本にまとまることのない性格を持っています。それに、どの説も1面の真実を突いています。ただ、今の議論に欠けていると思えるのは、基礎体力と運動能力を高めることの有効性につての指摘なのです。では、子どもの平均的な運動能力は何故落ちたのか。車移動が多くなって、歩いたり、走ったりする時間が減っていること、自宅周辺の遊び場を奪われ、身体を自由に動かす楽しさを味わう事が出来なくなっていること、これが大きいように思えるのです。勿論テレビゲームの普及で室内遊びが増えたことも影響があります。砂場や、浅い池や.畑といった素足で水や土に触れる機会の減少も大きく影響しています。土に親しみ、太陽光を浴びて、身体いっぱい遣って遊ぶ時間を確保することで、体力・運動能力が上がると、物覚えも各段に向上します。このことは筑波大学の体育学科や早稲田大学の人間科学部の研究によって、明かにされつつあります。過度なマイカーへの依存を慎むことで、子どもたちの能力を、ある程度高めることも可能なようです。我家から、徒歩すぐのところに、公立の小・中学校が並んでいるのですが、毎朝、子どもをマイカーで送ってくる親御さんは、1人、2人どころではない現実を目撃しています。これで子どものためになると思っているらしいのですが、何とも悲しむべき現実です。21世紀における自動車との付き合い方を考えるには、こうした問題も念頭に置くべきであろうと、私は考えます。
2008.03.24
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。さらに本日(21日)、メスの子犬1頭の飼い主が決まったそうです。そして本日23日に、さらにメスの子犬1頭の里親さんが決まりました。最後のオスの子犬の飼い主さんを、引き続き募集しています。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 上海で列車事故1988(昭和63)年3月24日この日、中国上海方面を修学旅行中だった高知学芸高校の引率教員と1年生生徒を乗せた修学旅行列車が、貨物列車と衝突、1年生生徒と引率教員を合わせ、27人が死亡する惨事となりました。この事故の結果、当時流行していた西日本を中心とした高等学校の中国への修学旅行は、1時期下火となったのでした。
2008.03.24
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。さらに本日(21日)、メスの子犬1頭の飼い主が決まったそうです。そして本日23日に、さらにメスの子犬1頭の里親さんが決まりました。最後のオスの子犬の飼い主さんを、引き続き募集しています。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット道路特定財源を考える(3) 特定財源は必要なのかしかし欧州社会は、米国式の考え方を取りませんでした。欧州社会は都市の中心部からは自動車を閉めだし、路面電車を活用した落ちついた共用空間を実現させたのです。自動車は場所を選んで通行せよ。自動車乗り入れ制限の思考は、ここにつきます。自動車先進国であるが故に、辿りついた結論だったのかもしれません。残念ながら自動車後進国のアジアでは、この考え方を採用している国はありません。問題はここに留まらないのです。欧州各国は福祉国家を支える税源として、高額のガソリン税を課していることに、注意する必要があります。日本のガソリン税は、今回問題になっている上乗せ課税分を合わせて1リットル約60円程度ですが、イギリスでは125円、ドイツでは119円と、軒並み日本の倍近い数字が並ぶのです。これでいながら全額一般課税です。これだけ高いガソリン税に国民から苦情はありません。日本のように、ある時期に法律に明記されたからといって、○○の一つ覚えのように、「自分達が払った税金なのだから、自分達で使うのが当然だ!」と、エゴ丸出しの論法が幅を利かし、それを諌める見解がマスコミなどには、ほとんど見られない国というのは、他にありません。欧州のような課税のあり方は、労働によって生み出される財(グッズ)に対する課税を控え、社会に負荷(バッズ)を加えるものに加算税を課す考え方、グッズ減税・バッズ課税という「税のグリーン」化に立脚した考え方です。欧州では、長い議論の末にこの考え方を導き出しており、税額があがってもガソリン消費は落ち込まないことも、既に明かになっています。それゆえ、時折日本で考え方の聞かれる環境税の考え方はとられていません。かつて、自動車は有害な排気ガスと騒音・振動の元凶とされましたが、当時に比べ、グンと保有台数の増えた現在では、排気ガスはかなりの程度無害化され、最先端技術の塊のような存在に替わってきています。それにも関わらず、バッズ課税は強化されたきているのです。理念の転換が社会一般に浸透し、理解が行き届いていることが伺えます。これに比べて、日本における国会論戦の貧しさは、目を覆います。880兆円というGDP(国内総生産)の1,6倍を超えるという、借金大国米国を大きく超える大赤字財政を抱えながら、上乗せ課税を廃止してガソリン減税を実現して、点数を稼ごうとする野党の大衆迎合主義も呆れたものです。そして同時に、特定財源は全て道路に遣うんだという既得権擁護しか頭にない、与党と官僚、地方政界の与党ボケともいうべき、政権構想の貧弱さにも愛想が尽きます。それを支えているのが、ガソリンが安くなればいいなと、目先の利にだけ目が行き、それで将来どうなるかは丸で考えない、我々日本国民であることも、忘れるわけには行きません。政治家は国民に似るものです。官僚たちに良いように言い包められ、人形のように操られるだけの政治家は、我々国民の姿そのものであることを、忘れるわけにはいかないように思います。さて、どうするべきなのでしょうね。 続く
2008.03.23
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。さらに本日(21日)、メスの子犬1頭の飼い主が決まったそうです。オス,メス1頭づつの飼い主さん、引き続き募集しています。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 浅沼社会党委員長誕生1960(昭和35)年3月23日この日、日本社会党は臨時党大会を開き、浅沼稲次郎を新委員長に選出しました。日米新安保条約の国会承認を巡って、同党右派の1部が、1月の党を離脱、西尾末広を委員長に民主社会党を結成するという状況にあって、これ以上の党の分裂を避ける事を使命にした、船出でした。浅沼は安保反対闘争を指揮し、戦後最大の反政府運動を組織するなど、適度なカリスマ性を持った大衆受けする指導者でしたが、残念な事に同年10月12日、日比谷公会堂で、右翼の少年によって暗殺されたのでした。
2008.03.23
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道路特定財源を考える(2) 道路は誰のものか21世紀の社会と文明は、いや21世紀に限らず、日本の社会と文明は自動車をどう位置付けるのか。この議論を日本社会はしないままで、今日まで来てしまっているように思います。別の言い方をすると、今日までの日本社会は、自動車という乗り物に対する根源的な懐疑を1度もぶつけることなく、自動車に市民権を与え、歩行者や他の乗り物に優越する地位を与えてしまった数少ない経済先進社会の1つのように思えます。これで良いのでしょうか。昨日取り上げた田中角栄の『日本列島改造論』の2年後の1974年、日本でノーベル経済学賞に最も近い経済学者と言われている宇沢弘文氏の『自動車の社会的費用』という新書が出版されています。著者はこの著書の中で、自動車が我が物顔で公道を占拠し、子どもたちやお年寄りなどの社会的弱者を、危険な目に会わせている状況を心底怒り、個人の自由な行動という基本的な権利を、自動車が侵害することの無神経さ、不当さを力説しています。考えてみますと、日本の大都市は、諸外国のそれに比べ、公園等の公共用地が少なく、かつて道路は子どもたちの貴重な遊び場でした。その道路で遊ぶ子どもたちの姿を見かけなくなって、どのくらい経つでしょうか。確かに子ども達から遊び場を取り上げる権利が、自動車に会ったのでしょうか。そこ退けそこのけ「お車さま」のお通りだ!とばかり、猛スピードで時には大音量のクラクションまで鳴らして、通り過ぎる権利を、自動車はどこから手にしたのでしょうか。宇沢氏はまた、道路建設自体の狂暴さ、高速道路が景観を無惨に切り裂く無神経さと、その事に対する罪悪感の欠如についても、厳しく指摘しています。少しだけ歴史を振りかえってみましょう。自動車は19世紀の後半にドイツで誕生し、フランスで上流階級からの注文生産という形で普及して行きます。ですから、今から100年前にあたる20世紀初頭では、公道を自動車が走ってはならないとする国は、かなり多かったのです。走って良いとする国にあっても、車の前を召使等の雇われ人が走り、車が通ることを頭を下げながら、告げて歩かなければならない決まりになっていたのです。この規定を最初に撤廃したのは、アメリカでした。自動車を誰もが買える大型の耐久消費財に替えるという、革命的な大転換がそこで起きました。1908年、ちょうど100年前に試作車が発表されたT型フォードの出現です.第一次世界大戦という主としてヨーロッパの戦争で受けに入ったアメリカで、このT型フォードは、1920年代に売れに売れたのです。アメリカ社会は、T型フォードの普及につれ、車の通行を四方に報せる義務を免除しました。しかしなお、路上における歩行者優先の思想は残していました。昭和20年代の米軍(正確にはGHQ)による占領期、私の疎開先の群馬県桐生市周辺でも、米軍のジープは決してクラクションをならさず、歩行者が気付いて道を譲るまで、黙って徐行していたのは、本国における習慣を忠実に守っていたのですね。 続く
2008.03.22
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。さらに本日、メスの子犬1頭の飼い主が決まったそうです。オス,メス1頭づつの飼い主さん、引き続き募集しています。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル エイズ患者第1号認定1985(60)年3月22日この日、厚生省が国内におけるエイズ患者第1号を認定しました。前年からエイズは世界的に流行するようになり、日本国内でも数多くの報道がなされるようになってきました。そうした中でこの日、国内の日本人エイズ患者第1号を認定したという、厚生省の発表がありました。なおエイズ患者の累計数は米国が最も多く、この年8月30日現在の累計で12,932人と発表されました。薬害エイズが世間の耳目を集めたのは、この2年後の話です。
2008.03.22
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。他の3頭の子犬も預かり先は見つかり、ユックリ里親さんを探せることになったそうとの連絡をいただき、私もホットしております。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット道路特定財源を考える(1) 誕生日銀総裁の任命問題と並んで、道路特定財源、特にその暫定税率の存廃問題が喧しくなってきました。私は暫定税率を維持または、引き上げて一般財源化するのが適当だろうと考えていますが、数回にわたってこの問題を考えてみたいと思います。道路特定財源は3種類あります。揮発油(ガソリン)税が最も巨額で約3兆円、自動車重量税約6千億円、石油ガス税約150億円と総額で3兆6千億円近くになります。この道路特定財源は、若き日の田中角栄元首相の発案によって誕生しました。彼の著書『日本列島改造論』は、今日批判的に語られることが多いのですが、今後の日本のあるべき姿を、政治家の立場から真正面に見据えて、堂々と持論を展開したという点では、安倍前首相の『美しい国 日本』など足元にも及ばない名著だったと私は考えています。田中元首相は、60年代の高度成長が生み出したひずみを、正直に認めた上で、過密と過疎を同時に解消する方策を考えます。そこで出た結論が、工場の再配置を行いやすくするための、新幹線や高速道路の建設でした。彼は語ります。「福祉が成長を生み、成長が福祉を約束する」と。現在の中国の指導者に、今なお田中評価が高いのは、この辺りの彼の主張にあるかもしれません。こうして、彼の壮大な構想が展開するのですが、実はこの書物の中で、彼は1952(昭和27)年に、揮発油税を道路整備のための目的税とする臨時措置法を、議員提案した際の状況を記しています。そこでは、学界から「政府固有の予算編成権を拘束する目的税法は、憲法に違反する」という批判が出されたことも、記されています。そして、衆院は何とか通過するのですが、参院では百日を超える長期の論戦が戦わされ(今とは、随分違いますね)、提案者の田中角栄が、官僚の助けを借りることなく(議員提案ですから、当然でもあるのですが)1人で答弁して、この法案を成立させたと、しています。特定財源を廃止するとするなら、この田中角栄の壮大な構想に対置する、21世紀の文明が、自動車をどのように位置付けるかのビジョンの提示が欲しいところです。現在の議論には、この重要なポイントがすっぽり抜け落ちているため、議論が間の抜けたものになってしまっているのが、残念です。 続く
2008.03.21
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬1頭と母犬ウメの引き受け先が決まりました。他の3頭の子犬も預かり先は見つかり、ユックリ里親さんを探せることになったそうとの連絡をいただき、私もホットしております。3/18撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 義務教育6年に1907(明治40)年3月21日この日、改正小学校令が公布され、義務教育である尋常小学校の修学年数が4年から6年に延長される事になりました。実施は翌年1908(明治41)年の4月新年度からとされましたから、丁度100年前に、小学校は6年制に切り替わったことになります。当時、5年制の中学校、3年制の高等学校(事実上の大学予科)、3年制の帝国大学は存在していましたし、中学校入学は、4年制の尋常小学校を卒業後に、高等小学校で2年以上学習したものにだけ、門戸を開いていましたから、卒業後にさらに修学を希望するものは、高等小学校へ通っていたのですが、明治末の時点で、義務教育の修学年数を引き上げることになったのです。義務教育年限の引き上げは、この年度1906(明治39)年度の就学率が97%に達していたことが大きく、1872(明治5)年8月の学制公布後、1877(明治10)年頃までの就学率が30%前後に留まっていたことからすると、僅か30年余の期間における修学熱の高まりは、脅威的なことと言って良く、早期の教育の普及は、世界でも希有な例となっていました。
2008.03.21
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬のうち1頭の引き受け先が決まったそうです。3/16撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットサブプライム問題考(20) ベア・スターンズの破綻…2昨日の「ベア・スターンズの破綻」で、同社を救済合併する会社をモルガン・スタンレーと表記しましたが、合併により同社の親会社となっているJPモルガン・チェースが株式交換により吸収合併します。謹んで訂正させていただきました。以下では略称のモルガンと記述します。さて、モルガンの救済合併によって、証券危機が広がることは避けられましたが、ここには大きな問題が潜んでいます。ベア社の破綻の経緯を眺めてみましょう。東京オリンピック後の証券不況時に実施された、山一証券に対する無制限の日銀特融にそっくりだった、連銀の特融が発表されたのが、日本時間で14日の朝、現地時間の13日木曜日の引け後でした。その後も事態は慌しく動き、FRBとモルガンが、モルガンによるベア社の救済合併を発表したのは、16日日曜日の夜、日本時間で17日月曜日の8時過ぎ、東証や大証が間もなく開くという時間でした。明かに日本市場の動きを意識した発表でした。ベア社のトップの説明をまとめると、「週初の14日には、100億ドルを超えていた資金が、13日には底を尽き、資金繰り破綻が避けられなくなった」と言う事に尽きます。昨年8月から、FRBは相次ぐ利下げによって、ドル安やインフレ傾向の拡大に目を瞑って、金融市場に十分過ぎるほどの資金を提供し続けてきました。それは、何よりも日本のバブル崩壊の経験に学んで、金融機関の資金繰り破綻だけは,絶対に避けるという強い決意の現れでした。市場にジャブつく程の資金を提供すれば、金余り現象が広がり、貸し渋り現象の発生を防ぐことが出来る。ブッシュ政府も、FRBもこのように考えたであろうことは、容易に想像できます。しかし、そうはなりませんでした。政府とFRBの対策は危機の本質を見誤っていたというべきでしょう。証券化商品の格付けは、担保債務証券を中心に大きく引き下げられ、政治的配慮で格付けを維持してもらえた商品も、買い手が現れない状況の中で、大きく値崩れしていました。月を追って大きくなる金融機関の損失が、その間の事情を如実に物語っておりました。ベア社に限ったことではありませんが、借入れの担保に差入れた証券化商品が値下がりすれば、追加担保の差入れか、融資の返済を求められます。とりわけ、BIS規制でリスクの高い貸出し先と認定されたリスク度の高い融資は大変でした。ヘッジファンドや担保価値が変動する担保を差入れている企業が、これに当たります。ベア社は、リスク度の高い証券化商品の保有比率が高く、実質的には貸し剥がしの奔流に巻き込まれ、流れに抗し難くなって、遂に自力再建を諦めざるを得なくなったのです。優良とされた証券化商品、州債や大都市の発行する市債といった、安全度の高い商品も、国債を除けば買い手がつかず、売り急ぐ金融機関やファンド勢が跡を絶たないところから、大きく値崩れしているのが現状です。18日に発表されたリーマンブラザーズの12月~2月の四半期決算は6割の減益、9月~11月は増益を確保していたゴールドマン・サックスでも50%の減益と惨憺たる決算が続いているのです。8月以降、FRBと米政府が矢継ぎ早に打ってきた対策が、いかに効果を発揮していないか、いかに的を外していたかは、ここからも読み取ることが出来ます。 続く
2008.03.20
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬のうち1頭の引き受け先が決まったそうです。3/16撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル スモン患者公表1970(昭和45)年3月20日この日厚生省(当時、現厚生労働省)は、国内のスモン病患者を2669人と発表しました。スモンは整腸剤キノホルムを原因とする薬害でしたが、そのキノホルムの販売と使用の中止が通達されたのは、さらに半年近く遅れた9月7日のことでした。薬害エイズ,薬害肝炎以前にも、同じような薬害に対する対応の遅れは、常態として存在していたのです。
2008.03.20
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サブプライム問題考(19) ベア・スターンズの破綻話が前後しますが、JPモルガン(以下モルガン)が1株2ドルで全株を取得し、救済合併すると発表した米国第5位の証券会社、ベア・スターンズの破綻を考えてみたいと思います。日本で第4位の大手証券だった山一と、良く似た立場にあった証券会社でした。ベア・スターンズの株式は、2月末には1株100ドルを越えていたそうです。それが、13日木曜日の引け値は60ドル、信用不安説が強まった14日金曜日の引け値は30ドルと半値に落ち、そして日曜日に1株2ドルという、実質破産となったのです。なぜベア社の経営はこんなに悪化したのでしょうか。マスコミ情報で明かですが、同社の保有する担保証券(私はここでは債権担保証券という言い方をしてきましたが、マスコミは債務担保証券と書いています。これは貸し手にとっては債権、借り手にとっては債務ですから、同一のものをどちら側から見るかで、書き方が変わるのです。実際には、住宅ローンとすれば借り手は住宅購入者で、会社が発行する社債であれば、債務になります)を担保としての、金融機関から借り入れを断られ、資金調達が出来なくなった資金繰り破綻でした。いわば、三洋証券、拓銀、山一と同種の頓死でした。米国のダウ工業株30種平均は、12000ドルをウロチョロしている段階ですから、日本の日経225平均株価とほぼ同水準にあります。ということで、株価1ドルを便宜的に1円と考えるとわかり易いのですが、モルガンの買収価格の2ドルは2円で買い取るのだと考えると、事態が呑み込めると思います。実質ただみたいなものなのです。ベア社は、かなりの資産を持つとされていたのですが、このモルガンの提案を、ベア社の取締役会は、満場一致で歓迎する声明を出し、株主に対しても、提案を受け入れるように促しています。そしてFRBはモルガンがベア社を救済合併し易いように、ベア社に300億ドルを上限とする特融まで付けているのです。ここから分かる事は、ベア社の資産とされるものの劣化が進み、再評価するとゼロないしマイナスになるかもしれないと、FRBもモルガンも、そしてベア社の取締役会も考えているということです。特融はベア社が債務超過だった場合には返済されません(97年の山一倒産の時の日銀特融では、最終的に債務超過分が返済されず、政府が日銀にその分を返済しています)。FRBは最大300億ドルの損失リスクを侵してまで、ベア社の救済合併を急いだということです。市場の混乱を最少にしたかったのでしょう。ところで、ベア社は資金繰りに詰まっての,事実上の倒産でした。昨年8月の混乱の開始以来、FRBは次々に金利を引き下げ,市場に十分過ぎるほどのドルを供給し、資金を借り易くし続けてきました。日本の経験に学んで、資金繰り破綻=頓死を避けるための措置でした。それでもありあまる資金は、債権・債務を担保とした証券化商品の流通には向わず、証券化商品や債権の流通は極端に細り、証券を担保とした借り入れは困難を増していたのです。資金は実物の裏づけがあり、確実に売買が途切れない商品市場に、集中的に流れ、原油・石炭・鉄鉱石などの資源、穀物、金などの価格を急上昇させてきました。商品先物価格の暴騰です。原油の100ドル超え、金の1オンス3000ドル乗せなどがその例です。おかげで、食糧や日常物資の値上げの影響が、我々の生活にも、のしかかってきています。 続く
2008.03.19
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬のうち1頭の引き受け先が決まったそうです。3/16撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 大津遷都667(天智6)年3月19日大昔の話になります。1341年前の今日のことです。まだ即位前ですから、中大兄皇子なのですが、後の天智天皇がこの日、琵琶湖西岸の大津に、大王(おおきみ)の宮を移しました。大和、飛鳥周辺地域にあった大王の宮は、百済救援のために一時大阪は難波の宮に移っていましたが、白村江の海戦で唐・新羅の連合軍に大敗、同軍の日本襲撃を恐れ、大津への遷都を決行したのです。百済救援の戦いの最中、女帝の斉明天皇が筑紫の朝倉宮で没したのは、661年のことでしたが、以来中大兄皇子は摂政位のまま政治をとり,即位せずにおりました。事実上の大王とでも言うのでしょうか。このいきさつについては諸説ありますので、ここでは触れませんが、天智天皇の即位は遷都の翌年668年の年頭に行うことが、遷都と同時に発表されています。
2008.03.19
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬のうち1頭の引き受け先が決まったそうです。3/16撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット続日銀総裁人事の怪……2大蔵省、財務省出身の総裁が何故問題なのか。もう少し続けます。日本のバブルは、1987年のブラックマンデー後に佳境に入りますが、その時点での日銀の利上げが大きく遅れたことが、バブルを巨大な妖怪に育ててしまったと、指摘されています、地価の高騰に,大蔵省は税収増を期待して、日銀に依る金利の引き上げに反対しました。時の日銀総裁は、大蔵出身の松下氏でした。総裁の影響力とアウンの呼吸で、利上げは遅れたのです。大蔵省(=財務省)出身の総裁では、金利の引き上げに敏速に対応出来ない可能性が高いように見えるのです。第2に、霞ヶ関改革に関する問題があります。小泉・安倍両内閣に比べて、福田内閣は改革姿勢が弱いきらいがあります。公務員改革でも、渡辺行革相の人事庁構想、天下りの禁止措置等に対する,官邸を巻き込んでの抵抗が話題になったばかりです。そこで、財務省OBの日銀への横滑りを留める意味でも、財務官僚出身の日銀への横滑りは,認めるべきではありません。財務省を本丸として、国土交通省、経済産業省、厚生労働省……と、多くの天下り先を抱える官僚機構としての、通称霞ヶ関の改革を進めるには、彼等の抱える天下り先のポストを抑え、その首根っこを捉える必要が欠かせないからです。日本の改革の遅れ、意思決定の遅さの原因としては、有形、無形の官僚群による改革への抵抗が大きな要素を占めています。官僚の無謬神話、この神話の荒唐無稽さを、バラすことで、無謬神話の誤りを正す事が必要です。間違えない、欠点のない人間など、この世にいるわけがありません。無謬性に拘るが故に、白を黒と言いくるめたり、誤った幹、曲がった幹をそのままに、微修正で接木をして行くがために、いつまでたっても誤りは修正されずに、残ってしまい、いつの間にかとり返しがつかなくなってしまう。戦後に限っても、こんなケースがいくつもありました。大きな借財を税金で負担し、国債発行残を大きく膨らませた国鉄処理、薬害が続く厚生行政、宙に浮いた数千万件という年金記録、不良債権を過少評価した挙句の金融危機、国際競争力をそのカケラすら失ってしまった農業政策、危機管理のまるでなってない防衛省と自衛隊。官僚機構の問題点、過去からの誤りのツケは枚挙に暇がないくらいです。ここは政治が官僚をどう抑えるかの,1つの正念場であるとも言えます。財務官僚の日銀総裁、副総裁への登用は、きっぱりと拒否するべきである。その限り、民主党を核とする野党の判断は誤っていません。最後まで,その姿勢を貫くべきだと,私は考えています。
2008.03.18
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続日銀総裁人事の怪 福田首相は、17日(月)1日、参議院で否決された武藤副総裁の総裁昇格に拘り、福井総裁と武藤副総裁の留任案などを民主党に打診して拒否されると、1日間を置いて今度は田波元大蔵省事務次官を総裁に起用する案を提示してきました。どこまでも財政と金融の分離論に風穴を開けたい、財務省の肩を持ち続けたいと考えているから故なのでしょうね。福井総裁の任期は19日で切れます。この緊急事態に元大蔵次官を持ってくるとはどういう神経なのでしょうか。呆れてしまいます。確かに田波氏は、歴代次官とは異なり、大蔵省内の花形ポスト、出世コースを歩いてきた方ではありません。覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、97年11月の拓銀や山一の破綻処理が行われた、金融危機の最盛期に、大蔵省は大手銀行による接待汚職に揺れていました。その責任をとって、次官以下の幹部が退職・降格等の処分を受けたことがありました。武藤氏はこの時の官房長で、降格処分を受けています。田波氏はラインから外れていたが故に、汚職とは無関係だったことで、消去法で次官の椅子を射止めた人物です。それゆえ田波なら,民主党も拒否出来まいと、福田首相が考えたということなのでしょう。しかし、私は、以下の理由で民主党は、田波総裁案を拒否すべきだと考えます。福田首相が旧大蔵省、現財務省人脈に拘り過ぎることに、胡散臭い匂いを嗅ぐからです。1つは、財務省出身の日銀総裁なら、国債管理の重要性を知り尽くしているだけに、880兆円もの発行残を持つ、国債の利払い負担がいかに重いかを良く知っています。利子が1%でも、8,8兆円です。実質30兆円程度の国税収入の(他は地方交付金や借金ですから)20%を越えているのです。これが0,5%上昇するだけで、5兆円近い出費増になります。ところが、現行の日本の金利水準は、1%に満たない水準にあります。資本主義経済において、利子は経済活動に投下したら、得られるであろう利益を推定して、そうした資金を貸し付けてくれたお礼として、支払う対価ですから、常識的には3~7%程度の間を,好不況に応じて上下します。それが、バブル崩壊不況を口実にゼロに近いところまで引き下げられました。本来は預金者(=家計)に入るべき利子が銀行へ流れて,不良債権のヤマに悩まされる銀行の救済に当てられたのですが、もうひとつ国債の利払いを最少にすることで、国債の番人大蔵省(財務省)をも助けていたのです。現在の銀行には低金利は不要なのに、金利は相変わらず低く、比較的金持ちの高齢者も財布の紐を緩めません。金利が上がれば、その分は消費に回ります。そして、本物の不況が来た時に金利を下げて対応する余地も広がります。こうした考えが広がるのを抑えるには、財務省出身者が日銀総裁のポストを抑えておくに、しくはない。財務省がこう考え、何とかOBから総裁をと、首相に陳情し、ポストを得ようとしている図が浮かびます。田波総裁の肯定は、低金利の継続を意味する。これは日本経済のためにならない。私はこう考えるゆえに、田波総裁案に反対の立場をとります。まだありますが、続きは後ほど。 続く
2008.03.18
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2008.03.18
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップを続けます。おかげさまで、子犬のうち1頭の引き受け先が決まったそうです。3/16撮影の子犬の写真も犬猫ネットにアップされています。どうぞご覧下さい。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットサブプライム問題考(18) カントリーワイドの破綻スイス最大手の金融期間UBSがサブプライムに絡んでの巨額損失を公表し、イギリスの中堅銀行ノーザンロックの経営危機が表面化したのが8月でした。アメリカの住宅ローン専門会社カントリーワイドの経営危機が噂されはじめたのは、それから間もなくでした。何故?というのが、市場の最初の反応でした。それというのもカントリーワイド社は、低所得者向けの住宅融資などは全く手がけていない、中・高所得者向けの住宅ローンに特化した,堅実経営で定評のある住宅ローン専門会社だったからです。同社の危機は、住宅価格の下落が高級住宅にまで及んでいる事、中・高所得者の中に、住宅バブルに絡んで住宅投資を拡大し、一挙に資産を膨らまそうと目論んだ熱病患者が、相当数いたこと、カントリーワイド社がそうしたバブル紳士(15年前の日本にも、この手の俄か成金が大勢いましたね)に、多額の貸付をしていたことなどを、明るみにだしました。サブプライムローンなどの高リスク債権を、あまり含んでいない証券化商品の値崩れは、カントリーワイド社の危機の実態が明らかになるに連れ、急速に進みました。証券化商品は何でも売られることになったのです。その動きは極めて急でした。当然批判は,債権の格付け会社に及びました。最上にトリプルA格(AAAとか、aaaなどと表示)の格付けを賦与していた債権が、半値に値下がりしたのでは、格付け会社の信用に関わります。格付け会社は、猛烈な勢いで弁明と格付けの変更に走らざるを得ませんでした。曰く「組成の仕組みが複雑過ぎて、つい甘くなった…」といた類いの、弁明にならないような弁明が印象的でした。格付けそのものが、米国の金融機関のご都合でなされ、誰の眼にも明かなものを除く(例えば、GMの経営危機は世界に知れ渡っているので、甘い格付けは不可能など)と、米国企業、あるいは米国の金融商品に関する評価は、大甘になり、他国特にライヴァル企業や国には辛くなるのです。今、大甘査定だった証券化商品の格付けは、猛然と下げられ、それがまた証券の投売りを誘いました。こうして、下げのスパイラルが始まったのです。カントリーワイドは、金融機関に吸収され、同社の提供したローンは辛うじてその融資を継続出来ることになったのです。 続く
2008.03.17
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット以下,本論ですクロニクル 沖縄米軍の永代借地構想1954(昭和29)年3月17日この日、沖縄の米民政府は、地代を一括払いすることで、軍用地に永代借地権を設定する構想を発表しました。この構想は、当然現地住民の激しい反発を呼び、第一次土地闘争と呼ばれる基地拡大反対闘争に繋がりました。
2008.03.17
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サブプライム問題考(17) 連鎖反応秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット以下,本論です8月から現在まで続いていることは、次ぎから次ぎへ、よくもまぁとばかりに、損失の雪達磨式拡大がずぅーと続いていることです。証券化し小口化して売却することで、リスクを分散して回避したはずなのに、リスクはブーメランのように我が身に跳ねかえってきたのです。そして証券化商品は、その全ての売買が次々に止まっていったのです。土地バブルがはじけたことがハッキリした日本で、土地の買い手がなくなり、買い手がいない状態で、不動産価格に値が付かなくなったのと同じ現象が起きたのです。実は、90年代中頃からのアメリカ経済の復調は、作成減価が1ドルに満たないドル紙幣を猛烈な勢いで増し刷りして、世界中にバラマきながら、これまた紙切れである米国債をドル保有国に売りつけ、それで、消費をし続けると言う虫の良い、やり方でした。そこに、債権の証券化という目新しく、しかもさも叡智を結集したかのように見えながら、その実は単なる借金のツケ回し、トランプのババヌキゲームを、装いを凝らした厚化粧で、実態をわからなくした高リスク商品まで売り出したということに過ぎないのです。各地の民話に、タヌキやキツネが枯葉を小判に替える話がありますが、まさに、証券化商品という手品を使って、欲の皮の突っ張った連中を高級厚化粧で集団催眠にかけていたのが、先ずはサブプライム関連商品の急落という大地震で、催眠術が解けてしまったというわけなのです。集団催眠が解けてしまったのですから、当然もう誰も同じ手品による催眠術には、ひっかかってくれません。全く新種の新たな仕掛けと、新たな商品を開発しない限り、アメリカ仕様の金融商品が売れ筋に育つことはない。こういう状態に立ち至ったのです。後はリスクが低いとされた証券化商品も、次々に値崩れを起こすと言う,お決まりのコースが進行しただけなのです。証券化商品のメッキが剥げたのですから、これは当たり前のことでした。値崩れし、紙屑化する事態は、当然起こるべき事態が起こったに過ぎません。この事態を想定せずに、損失を拡大した金融機関は、明らかに判断ミスを犯していたのです。土地はもう下げ止まるだろうと、根拠のない淡い期待を持ち続けた日本の企業や銀行と同じ過ちです。今年にかけ、損失を拡大したみずほ銀行などは、10年前の反省が生かせてないのですから、何をか言わんやですね。これでなお社長が引責辞任するという声は聞こえてきませんから、何をか言わんやです。勿論、日本の金融機関よりも欧米の金融機関の損失が遥かに大きいのは、当然でした。3月半ばの現在までに、起こっている事態は、繰り返し繰り返し、ここに記した事態が、次々に傷口を広げながら起きているのです。これから少し,具体化して記述することにしましょう。 続く
2008.03.16
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット以下,本論ですクロニクル イタリア前首相誘拐事件発生1978(昭和53)年3月16日この日、イタリアの左翼過激派「赤い旅団」は、首相在任時に仲間を逮捕・投獄したモロ前首相を誘拐し、仲間の釈放を求めました。結局校章は決裂、モロ前首相は、5月9日射殺死体となって発見されました。今でもマフィアの跋扈する国だけに、やることも派手ですね、
2008.03.16
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サブプライム問題考(16) 顕在化 …2秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット以下本文ですUBSの多額損失の発表に続いて、イギリスやドイツの中堅銀行が破綻します。米国の証券化商品の買い手が、米国内だけでなく、世界に広がっている事実が明らかになったのです。そして、この時点でFRBは、損失はおよそ日本円にして10兆円程度にのぼるであろうとの推計を発表していました。この数字は1998年のLTCMの破綻時の損失と同額でしたから、問題の根深さからいって、単なる腰ダメの数字であるか、あくまで現時点(8月)で監査を行ったとしたらという、中間集計であるように思われました。顧客に売却したはずの、米国の金融機関は無事なのではないのか。欧州の金融機関は、証券化商品を買い持ちしていたから、その価値の毀損の影響を受けたのではなかったのか。この疑問が氷解するのに、時間はかかりませんでした。金融機関は、貸し付け債券は証券化して小口に分け、売却します。ここで債券とは縁が切れ、債務者からの利払いや元利の払いを受けるのは証券の購入者になります。この購入者の多くは、何種類もの証券化されたローンを買い取り、それを細分化して上で、色々な証券化ローンを混ぜ合わせて、全く別種のリスク度は高いけれども、その分リターンの大きい証券化商品に仕立てて、投資家に販売していました。実際のローンの回収は売り手が手数料を貰って代行しますので、こうした商品を販売する会社の利益は大きかったのです。利払いの焦げつきが増えるまでは…このため、複雑な証券化商品を組成,販売、利払い取立の代行を行うのは、欧米の金融コングリマリットの子会社が多かったのです。そしてこうした会社や親会社は、バブル崩壊後に明かになった日本の大手銀行の相互持たれあいと同じで、互いに相手の金融機関子会社が組成した証券化商品を購入し合い,持ち合っていたのです。自社の貸し出したローンは、証券化して売却して回収する。しかし、その分得るべき利益は吐き出してもいます。それを他者の売却分を購入することで、補っておく。こういうつもりだったのでしょう。金融の好景気に浮かれ、リスクに対する節度を失っていたとしか思えない行動でした。ようするに、6月に売りぬけてしまったゴールドマン・サックス(GS)以外は、多額の証券化商品を抱えていたのです。そして当初の住宅価格の値下がりは、低所得者向け住宅に限られていました。しかし、それはすぐに住宅価格全体の値下がりに拡大しました。その結果、証券化商品の値崩れはサブプライムローンを組み込んだ商品だけに限らず、あらゆる証券化商品に及ぶことになったのです。これは考えて見れば当然の結果でした。金融機関が個人や法人に信用を供与する(つまり金を貸す)時に、新銀行東京のような信じ難いケースを別とすれば、相手の資産や年収、担保の有無などを調べもせずに、貸し出すことはありえません。小口化されていても証券化商品を購入することは、見知らぬ相手に金を貸すのと同じことなのです。この時、大手金融機関が相手を審査しているから、見知らぬ相手でも大丈夫だと、自分を納得させているわけです。これが購入の論理です。しかし、前回記したように、ローンの提供者は、証券化して売却してしまえば、債権は回収したことになるから、貸してしまえと考えているのですから、安全性は担保されていないことになります。もともと、債権・債務の証券化は、最初に説明したように中南米の債務危機をきっかけにして、発案されたものでした。当初から決して安全性の高いものではなかったのです。確実な担保のない、値下がりや回収不能の可能性の高いリスク商品だったのです。8月の暴落は、こうした証券化商品の内幕、高い信用格付けの嘘が明らかになった結果だったのです。 続く
2008.03.15
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 金融恐慌勃発 1927(昭和2)年3月15日前日14日の衆議院での質疑において、片岡直温蔵相が危ない銀行についての質問に関する答弁の中で、「東京渡辺銀行が危ない…」と口をすべらせ、それがマスコミに報じられたからたまりません。この日朝から、東京渡辺銀行は取りつけ騒ぎに巻き込まれ、またより危ない銀行として噂に上っていた「あかぢ銀行」もまた取りつけ騒ぎに巻き込まれました。両銀行は、休業を選択、全国の中小銀行に、取りつけ騒ぎが広がりました。
2008.03.15
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サブプライム問題考(15) 顕在化秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット以下本文ですそしてバブルははじけました。住宅価格の下落は、2006年には1部地域で始まっていたのです。それでも、金融機関は子会社を通じて、低所得者向け住宅ローンの貸付を続けていました。貸付が完了すれば,すぐに担保設定して証券化して資金を回収するのです。ツケはローンの借り手と、証券化商品の購入者に回るのです。まさに詐欺まがいの経済行為でした。2006年2月に就任したバーナンキ議長も、すぐには手を打ちませんでした。複雑に組み合わされ、デリバティヴの手法を駆使した金融商品に化けた証券化商品は、その複雑さの故に、簡単には馬脚を現さなかったのです。しかし、低所得者向け住宅に始まり、次第に一般向け住宅にまで及んだ住宅価格の下落が、遂に証券化商品の価格下落に繋がる日がやってきたのです。ボールソン財務長官の出身母体であるゴールドマンサックス(略称GS)が、6月時点で証券化商品の近未来の下落危険性に気付き、その全てを売却していたことは、後に明らかになりました。 住宅価格の下落スピードの速さを他に先駆けて探知した結果と言われています。住宅価格の下落は、利払いすら滞り、担保物権の明渡しと処分を迫られた債務者が続出し、他方で買い手が現れない結果、住宅価格が値下がりを続け、担保価格を大きく下回る価格でしか売却出来ない結果に繋がりました。こうなると、当然証券化商品は、投資家に約束した配当を保障できなくなります。当然、市場で流通している証券化商品の流通価格は大きく下落することになります。当然、こんな証券化商品の買い手はつかなくなります。いくらでも良いから売れるうちに売り払おうとする、パニック売りも広がりました。スイスの最大手銀行、UBSがサブプライム関連の証券化商品への投資で,多額の損失を計上すると発表したのは、昨年8月のことでした。 ザビ
2008.03.14
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秋田の母子犬の里親探しの記事です。しばらくアップします。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネットクロニクル 大阪大空襲1945(昭和20)年3月14日3月10日の東京大空襲の僅か4日後の14日、今度は大阪にB29の大編隊が現れ、爆弾と焼夷弾を大量に降らせ、13万戸を焼失しました。東京の焼失戸数23万戸には及びませんでしたが、これは、東京のような折りからの強風に煽られることが少なかったことも影響したようです。それにしても、米軍の行動の残虐性は、この当時からだったようですね。
2008.03.14
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皆さん、こんにちは。2月に迷い犬の里親探しについて、協力を呼びかけさせていただきましたが、そのおかげで、動物好きの皆さんと沢山知り合いになることが出来、私のブログを訪れてくださる方も増え、交流の輪も広がって喜んでおります。どうも有難うございました。その折、里親探しに奔走されたインド象さんのブルグに、別の母子犬の里親を緊急で探したいとの依頼と、リンクを広げてほしい旨のご希望が記されていました。私もここにリンクを貼らせていただき、皆さんのご協力をいただければと考えています。よろしくお願いします。秋田県のことになります。およその内容は、インド象さんのお近くのコンビニで、エサを与えているメス犬が4匹の子を産んだ。ところが、事情でこのコンビニは今月末で閉鎖され、建物は取り壊されることになっている。店長さんが引き取ることも出来ず、困っていたところ、毎日母子犬の世話に来てきてくれる近所の女の子(当然未成年)が、一所懸命になって里親探しをしているというのです。子犬はメスが3頭にオスが1頭、まだ目が開いていないと言いますから,生まれて10日前後でしょうか。親から放せるようになるまでは、親子一緒に飼ってくれる条件で引きうけてくださる方を探しているという内容です。女の子は、3月末までに里親さんが見つからない場合、1ヶ月(4月末まで)なら、自分の家で臨時に保護することも考えると、決意しているそうです。彼女の家族も4月末で引っ越さなければならないそうなのです。少女の努力に答えることが出来るよう、私も協力したいと考えましたが、出来ることはブログにリンクを貼る事くらいです。前回同様、皆さんのご協力をお願い致します。どうぞよろしく。捨て犬 保護から里親探しの記録犬猫ネット
2008.03.13
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クロニクル ドイツ,オーストリア併合1938(昭和13)年3月13日1933年1月、世界恐慌の嵐に巻き込まれたドイツで政権を獲得したヒトラーとナチスは、ヴェルサイユ条約の破棄、ラインラント非武装地帯への軍の派遣、軍備の強化などを、次々に強行していきましたが、この日遂に、オーストリアの併合に踏み切りました。第一次世界大戦の連載に記しましたが、大戦後のオーストリアはドイツとの合併を望んでいましたので、ヒトラーの行動を歓迎しましたが、英・仏・米らの諸国は、反発を強めました。
2008.03.13
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日銀総裁人事の怪武藤副総裁の総裁昇格案が否決された。この人事を巡って,私が不思議に思うことを記すことにします。現在の福井総裁の任期が今月19日で切れることは、昨年の参院選の頃から広く流布されていたから、余ほどの政経オンチでない限り、大抵の人が知っていました。野党と揉めそうなことも含めて…それでも不思議なことに福田首相は、3月7日まで、新総裁候補者を議会に示さず、いたずらに時間を空費しました。否決されて、時間ギレになった場合、これは明らかに首相の判断ミスとして糾弾されてしかるべきでしょう。第2に、5年前の正副総裁人事について、武藤副総裁の就任に民主党は反対しております。財金分離を掲げて。そこからすれば、武藤総裁案に反対するであろうことは、予測できたはずです。副でいけないとした人物を、正なら良いと判断する事は、常識的にありえないからです。ですから、昨年の参院選の結果が出揃った時から、武藤氏に代わる総裁候補を政府・与党は探ったはずです。それがいつの間に武藤氏に戻ったのでしょう。不思議な話です。この不思議がる向きを説得するために、政府がマスコミに流し、マスコミがその気になってお先棒を担いだ主張が、「余人を持って替え難し…」という、丸で武藤氏以外に「日銀総裁の務まる人物はいない」とする、実に不可解な主張でした。これではまるで、武藤氏は金融の神様、カリスマだとでも言っているのと同じです。こんなふざけた主張を鵜呑みにして、オウム返しに繰り返す、日本のマスコミのレヴェルの低さには呆れてしまいます。金融に明るく、日銀総裁の務まりそうな人物としては、外にも錚々足る人物が浮かびます。他に候補がいないほど、日本は人材の枯渇した国ではありません。「余人を持って替え難し」という主張は、金融問題の専門家諸氏を侮辱しています。昨年7月末からの7ヶ月以上の期間、福田内閣は何をしていたのか、何故この後に及んで武藤総裁案を提示したのか。考えるとこれは実に不思議です。福田首相は、最初から武藤総裁を押したのではなく、他の候補を考えた時期もあったのだが、最終的に武藤総裁案に立ち戻った、そして躓いたのではないか。こう思えてなりません。実は、武藤総裁の実現は、金融危機の軟着陸に失敗して袋叩きに会い、金融部門の分離を飲まされた旧大蔵省、即ち現在の財務省の悲願でした。97年当時、接待疑惑に揺れ、拓銀や山一の倒産を防げなかった時の、大蔵省官房長が武藤氏でした。ですから、彼には金融危機を深化させ、大手行の破綻を食い止めることができなかった張本人の1人としての,責任があるのです。大蔵省は苦節10年にして、日銀総裁の椅子を確保して、金融行政に対する影響力を取り戻したいという、強い欲求があったことは確かなようです。官僚を偏重する福田内閣なら、言うことを聞いてくれるかも知れない。こうして、族銀員をまきこんで、武藤総裁実現のキャンペーンを張っていたのです。最終的に、福田首相は、財務省と族議員のスクラムを組んだ圧力に屈し、総裁人事を否決されるという、墓穴を掘ったのです。マスコミには、武藤総裁案を最提示する可能性を指摘する記事まで載っていますが、常識的にこれはありえないでしょう。国会が否決した案件をそのまま提示するというのは、国会軽視も甚だしいからです。議員内閣制の日本では、これは受け入れられるはずのないものです。ですから私は,日銀総裁を、福井総裁の辞任日までに決められないならば、福田内閣は責任をとって、総辞職するべきであると、考えています。因みにこの一文は、日銀総裁人事を巡る福田内閣の迷走振りを検討したもので、民主党の姿勢やや武藤氏の金融政策の問題点を検討したものではありません。
2008.03.13
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サブプライム問題考(14) グリーンスパンの対応…2ブッシュ政権は、人気取りの大減税で、クリントン政権がやっとの思いで達成した、財政健全化を犠牲にして、再び財政赤字を拡大します。その上、9/11以後には、テロとの戦いの名の下に、政府支出を急増させ、財政赤字を拡大していったことは、今では良く知られています。問題は、テロ対策費として使われた予算の中身にあります。全米各地の州や市町村が使ったテロ対策費の中身には、テロ対策とは縁もゆかりもなさそうな設備・備品の購入や、イヴェントの開催費などが大量に含まれていたことにあります。テロとは無縁としか思えない、地方の小さな町に、巨額の予算が交付されていたりするのです。テロ対策に名を借りた,予算のバラマキが大規模に実施され、こうした公的支出の増加が、アメリカ経済の好調を支えてきたといえそうです。そこで全てが終り、後がないのなら、それでも良いのですが、ツケはその後に回されます。それ故に財政には一定の規律が求められるのですが、ブッシュ政権には、そうした配慮は一切ありませんでした。そしてグリーンスパン議長は、ブッシュ政権の大減税政策を支持し、巨大な赤字についての専門家筋の批判が、ジャーナリズムを賑わすようになってから、ようやく赤字の危険性について語り始めたのです。彼は専門家筋より早く、財政状況の悪化を知り得る立場にあったのですから、赤字の危険性については、誰よりも早く語ることが出来たはずなのですが、そうはしなかったのです。そして、昨日記した住宅バブルの問題です。金融機関のお危険な住宅融資は、監督当局であるFRBが、最も早く事実を掌握できます。融資の実態も掴む事ができます。それにも関わらず、彼は昨日記したように、「ローンの選択幅が広がるのは良いことだ。」とコメントして,事態を放置しました。私は、今回の事態に対し、彼の責任は小さくないと思います。グリーンスパンは、金融専門家の多くが、住宅バブルへの強い懸念を表明するようになり、何も発言しないわけにいかなくなった、2005年8月になって、ようやく彼一流の曖昧な表現で、住宅バブルの危険性を指摘し始めたのです。何故こうしたのか。大減税やテロ対策に名を借りた財政支出の拡大を容認し、また住宅バブルの拡大を黙認する事で、何とか米国経済が成長を続けられるように、配慮したということでしょう。しかし、こうした延命策の結果として残されたのは、政府も国民も借金漬のアメリカの現実です。悪いことに消費に狂奔したアメリカの製造業は、事実上潰滅状態にあります。クライスラーはかなり前に身売りしましたが、今やGMとフォードが断末魔状態でのたうっており、ウェスチングハウスは東芝へ身売りしています。借金漬で、借金すらままならなくなったアメリカが、サーヴィス業だけで、どうやって生き残っていくのでしょうか。こうした状況を、グリーンスパン前議長は後継のバーナンキ議長に残して、2006年2月に退任したのです。 続く
2008.03.12
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クロニクル 大手15行に税金投入1999(平成11)年3月12日この日、金融再生委員会は、大手15行に総額およそ7兆5千億円の公的資金(=税金)を投入する事を承認しました。97年の拓銀や山一証券の倒産、98年の長銀と日債銀の1時国有化と、留まるところを知らなかった、日本の金融危機も、『バブルを考える』のシリーズで記した、金融再生法の制定と、60兆円に及ぶ資本注入枠の設定によって、ようやく一息つき、この日の公的資金による資本注入によって、束の間の安定を得たのでした。
2008.03.12
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サブプライム問題考(13) グリーンスパンの対応…1就任直後のブラックマンディの危機を、上手に凌いだことで市場の信頼を得た、グリーンスパンFRB議長はどうしていたか。彼の舵取りに問題はなかったのかどうかを、考えてみましょう。FRB(連邦準備制度理事会)は日本の日銀の政策決定会合と似た性格を持っています。ですから、FRBの議長は、通貨の安定なかんずくバブルの発生を阻止する任務を背負っています。実は、グリーンスパン議長は、金利据え置き型や利払い先行型ローンが急拡大し始めた時、「住宅購入者に、ローンの選択肢が広がるのは良いことだ」とコメントして、住宅価格の高騰を招いています。彼は、2001年には、財政赤字が深刻になる事態を予測できたにもかかわらず、ブッシュ政権が打ち出した大幅な減税を支持してもいました。確かに大型減税と住宅価格の高騰、低金利下の物価上昇で、実質マイナス金利(物価上昇>金利の状態を指します)になっていましたから、これはもう借金したもの勝ちの様相を生みます。結果は当然バブル的状況の到来を生みます。グリーンスパンは、おそらくこうした事態の生ずるであろうことを予測しながら、目先の経済の好調を維持する方を選び、事態を成行きに任せたのではないか。私はこんな疑いを持っています。以後の彼の行動、発言を下に、もう少し、この点を考えたいと思います。 続く
2008.03.11
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クロニクル 武田家滅亡1582(天正10)年3月11日信長・家康連合軍の侵攻を受け、有力武将が次々と武田家の前途を悲観して、調略に応じる中、武田勝頼は重臣の1人小山田信茂の勧めに従い、韮山の新府城を捨て、信茂の居城岩殿城に向いました。しかし、その信茂にも裏切られたと知った勝頼は、僅か40~50人の家臣を連れて、上野国を目指しましたが、天目山麓の田野で、敵軍に囲まれ、武将達が奮戦して、時間を稼ぐ中、夫人、嫡男と共に自刃しました。ここに戦国の名門武田家は、名実共に滅亡しました。
2008.03.11
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サブプライム問題考(12) アメリカ景気の実態…5それでも米国の金融機関は、低所得層への貸付を続けていました。少なくとも昨年春頃までは。彼等にとって、貸しつけ債券(=いわゆるサブプライムローン)を証券化して転売してしまえば、貸しつけ債券の回収は完了しているからです。リスクはそうしたリスク証券を購入した投資家に引き継がれたからです。1971年にドルが金とのリンクを外して以来、アメリカドルは、ただの紙切れの札(=紙幣)に代わりました。1万円札の製造減価が100円足らずであることは、良く知られていますが、100ドル紙幣は日本の紙幣に比べるとかなりチャチですから、おそらく50~60セントくらいで出来るのではないでしょうか。この紙幣という紙切れを大量に製造して、それを世界中にばら撒いて、借金を重ねながら、世界の生産物を輸入しては、ひたすら消費し続ける国がアメリカでした。世界はまた、そうしたアメリカを存続させることで、自国の経済を回していましたから、アメリカの放蕩を見て見ぬ振りをして、黙認してきたのです。その行きついたところが、債権・債務の証券化だったのです。証券化ビジネスの開発直後は、さすがに慎重にユックリしたスピードで証券化を勧めていたのですが、次第に感覚が麻痺して、スピード違反が生じはじめ、サブプライムローンが問題になる頃には、これは明らかに時速200キロを越える暴走になっていました。信用格付け機関の責任問題も囁かれていますが、サブプライムローンなど、返済に問題の生じる可能性が高い商品同士を小口化し、20も30も50もの商品を組み込み、そこにいくつかの信用度の高い債権も混ぜることで、破綻のリスクは小さいと強弁するような証券をいくつも、組成し、リターンを高めに設定する事で、売りまくっていたのです。そして、そのために利用されたのが格付け機関による高格つけの獲得でした。内容を複雑化して格つけ機関の眼を刷り抜けたのです。プロですから、そうした目くらましに易々と引っかかった格付け機関の責任は小さくありませんが…。その手口はおよそ次ぎのようなものでした。まず、子会社としてローン証券の組成と売買を専門に行う会社を作ります。そして、本社が融資した住宅ローンなどの債権を、この会社に一括して買い取らせます。会社は親会社のローンだけで、証券化した債券を作ることはせずに、他の諸金融機関の同じような子会社同士で、分割した債権同士を互いに同額づつ売買します。実際は物々交換に近い手法です。これを繰り返すことで、20~50さらには、何百種類もの小口債権を組み込んだ証券化商品が出来あがるのです。そして、この証券化商品を売りまくると同時に、リターンの高さに惹かれて、他社の商品を購入しあったりしていたのです。他社の商品に、自社で証券化した債券も含まれているわけですが…しかし、ローンの返済が滞る人は増え続け、住宅価格の値下がりで、住宅を売ってローンを返済する事も出来ない人も増えました。事実上の個人の破産です。証券化商品がこのマイナスを被ることになります。こうした事例は、2006年から次第に増え始めていたのです。 続く
2008.03.10
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クロニクル ゴルバチョフの登場1985(昭和60)年3月10日この日、ソ連共産党書記長チェルネンコ氏が死去、後任書記長にゴルバチョフ氏が就任しました。1964年から続いた長すぎたブレジネフ時代が、82年の死去で終了した後、アンドロポフ書記長は2年弱で死去、そしてチェルネンコ書記長も僅か1年で死去した後での、登場でした。ゴルバチョフは、ペレストロイカ政策を推進、ソ連社会の変革を推進する気構えを貫き、グラスノスチ(情報公開の徹底)やシュワルナゼ外相を登用しての新思考外交を展開しましたが、ブレジネフ時代の停滞のツケはあまりに重く、改革は遅きに失したきらいがありました。
2008.03.09
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サブプライム問題考(11) アメリカ景気の実態…4金利変動型ローンは、低金利の時期には、固定金利に比べると金利が低くなります。しかし,ひとたび金利上昇局面に入ると、変動しない固定金利に比べて、各段に割高になります。そのため,低金利時代には、住宅価格が高騰しても、変動金利を利用すれば、金利の上昇がしばらくないならば、返済を続けられる家庭がかなりありました。この層を狙っての、金融機関の貸しつけ競争が行われたのです。金融機関は、ひたすら変動金利の優位性のみを宣伝して歩いたのです。金利が上昇局面に入った2004年夏以降はどうなったのか。今度は、当初の3~5年は,元本の返済が不用で利払いだけで済ますことが可能な、利払い先行型ローンを開発して、低所得層の購買意欲を煽ったのです。「住宅価格はもっと上昇する。利払いのみの期間が終る頃に住宅を転売すれば、購入価格よりも高く売れた部分を,利益として我が物とする事が出来る。」と利払い先行型ローンを積極的に売り込んだのです。日本のバブル期に、常識外の高値に跳ねあがったビル用地や住宅用地を、「土地はまだまだ上がる、無理しても買わなければ、今後は買えなくなる」と思い込んで、高値の土地を掴んだ企業や個人、そしてそうした企業や個人に貸し込んで大ヤケドを負った日本の金融機関の二の舞いを、アメリカの個人と金融機関が演じていたのです。こうして,通常のローンであれば、とても住宅を買えない層の人々が,値上りを見込んで、常識的には無理だと思うようなローンを組んで、住宅を購入することで、バブルの規模を大きく広げたのでした。変動金利型ローンは、04年には全ジュウタクローンの10%程度でしたが、05年には50%に達していました。そして、05年に登場した利払い先行型変動金利ローンは、この年1年で、30%に達していたのです。金融機関は当然、利払いが滞る個人が相当数出るであろうことを予期していました。しかし、彼等もまたその時は、担保としている住宅を売却することで、自らの利潤を確保出きると、単純に信じていたのです。潜在的な住宅購入予備軍は、益々低所得層に隔たっていく事,彼等彼女等は住宅ローンを支払い続けることができなくなった層と、自分たちを比べ、そして中古住宅の価格が値下がり傾向を示していることを理解すれば、住宅の購入を見送ります。買い手のつかない住宅は値下がりを続けます。2006年には、東西の海岸地帯の人口密集地で、地価の値下がりが始まっていたのです。 続く
2008.03.09
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クロニクル 溥儀、満州国執政に就任1932(昭和7)年3月9日前年9月18日、自作自演の柳条湖事件をきっかけ(満州事変)に、満州占領を強引に進めた関東軍は、この年3月1日、日本による直接統治を諦め、関東軍の息のかかった日本人に行政の全権を握らせる傀儡国家,満州国を建設していました。しかし、傀儡国家の恰好をつけるには、それなりのネームバリューのある中国人の大物をトップに据える必要がありました。このメガネに叶った人物が、1911年の辛亥革命で皇帝の座を追われた、清朝最後の皇帝宣統帝溥儀でした。関東軍は溥儀を口説いて、奉天(現瀋陽)に連れだし、この日同氏を満州国執政の地位につけ、見かけ上満州人の国に見せかけようとしたのでした。話しは巡って、1957(昭和32)年の12月に、伊豆の天城トンネル附近で同大学の恋人と心中した、学習院大生愛新覚羅慧生さん(19)は、溥儀氏の実弟溥傑氏と流転の王妃と呼ばれた嵯峨侯爵の孫娘浩さんの長女でした。翌年には、この出来事を映画化した『天城山心中 天国に結ぶ恋』が大ヒットしました。昨夜は楽天のメンテでブログの更新が出来ませんでした。
2008.03.09
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サブプライム問題考(10) アメリカ景気の実態…32000年以降の5年間で、米国の住宅価格の上昇率を眺めると、東西の海岸部の人口密集地域で急騰しているのがわかります。ニューヨークが77%、マイアミが96%、サンディエゴに至っては118%も上昇しています。半面大陸中央部のヒューストン26%、アトランタでも29%と、土地に余裕のある地域では値上りは緩やかでした。日本の大都市で、1980年代後半に住宅価格も高騰しましたが、バブルがはじけた時期は、東京圏で、一般的なサラリーマン家庭が2時間の通勤時間を覚悟してもマイホームを持てないほどの高値にまで、価格が高騰した時点で土地バブルは崩壊しています。2006年時点で、カリフォルニア州の不動産協会は、平均的な住宅を無理なく買える層に属する人々は、既に14%に減ってしまっていると、発表していました。それでもなお、無理をしてでも住宅を買おうとする人が多かったのです。住宅はまだまだ値上りするから、無理してでも買った方が得だと、考える人が多かったのです。米国では、2004年の6月から、インフレ傾向を抑制するために0,25%づつの緩やかな利上げが始まりました。1%だった金利は5%近くにまで上がります。当然住宅ローンの負担も大きくなります。変動金利を選択していた債務者の中には、ローンの返済が滞ってしまう人々も増えていました。これが2006年当時の現実でした。それでも金融機関は、所得の低い層をターゲットに,住宅ローンを貸し込み続けていました。 続く
2008.03.08
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