ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.02.18
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カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る (34)

18世紀に入ると、カリブ海世界はまた様相を変えることになりました。ヨーロッパにおけるスペインの地位が大きく変化したからです。

1661年、成人に達していたフランス王ルイ14世は、神聖を開始します。世に言う「ルイ14世の世紀」が幕を開けたのです。ヨーロッパの覇権は彼の手中にありました、フランドルその他、北部や北東部、東部から東南部にかけて、フランスの国境地図は、この時期に大きく書き換えられました。

そして、18世紀に入ると同時に、スペイン王位継承権に空隙が生じると、ルイ14世はすかさずスペイン王家に血の繋がるブルボン家の王族を、スペイン王として送り込もうとしたのです。

ブロ友のkopandaさんが数日前のブログで紹介していましたが、「国土は戦争ではなく、婚姻によって奪うを良策と心得るべし」というのは、オーストリアハプスブルグ家の家訓です。この家訓は、元々妻のイサベラと共にコロンブスを支援したスペインはアラゴン王国の王フェルナンドが実践した成果を土台に、スペインとオーストリアという2つのハプスブルグ家に伝えられたものでした。

それが今、相次ぐ戦争で疲弊し、フランスに敗れて凋落したスペインは、自らの家訓をルイ14世のフランスに実践される身となったのです。フランスの膨張に危機感を感じた西欧の国々が立ち上がって、世に言うスペイン継承戦争(1701年~1713年)が、13年の長きにわたって続くのですが、その結果は双方に満足の行かない傷みわけ的解決にはなるのですが、スペインはブルボン家の王をいただくことになったのです。

この事実がカリブ諸島に大きな影響をもたらしたのです。実は18世紀のはじめ、英仏の海軍力は拮抗しており、両国はあちこちで植民地の争奪戦を展開するようになっていました。そのフランスの同類とイギリスはスペインを看做します。

それゆえ、英仏の関係が緊張し、ヨーロッパや植民地(北米やインドなど)で英仏が戦争を行なうたびに、イギリスの海軍や配下の海賊達は、カリブ諸島や中南米のスペイン植民地をも、襲撃の対象としたのです。
                              続く





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最終更新日  2010.02.18 20:53:54
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