ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.03.31
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カテゴリ: 外国史
ハイチに贈る(72)

ヨーロッパ大陸の覇権を握った、あのナポレオンから独立を達成したハイチは、当時の大西洋世界(南北アメリカとヨーロッパを含めて、こう呼びます)から、どう見られ、どんな扱いを受けたでしょうか。

現在のハイチに、世界遺産に登録されて観光名所にもなっている2つの建造物が残っています。場所はハイチ第2の都市カパイシアンの近郊です。そこは「ハイチ黒人の過去の栄光を示す記念碑」と評されています。

その一つ「ラ・フェリエール要塞」は、標高970メートルの山頂に聳える高さ40メートル、外壁の厚さ3メートルという堅牢な要塞です。現在でもここには当時の200門の大砲と、大量の砲弾が積まれたままの状態で、保存されています。この要塞は、ハイチ北部を統治したアンリ・クリストフが建造したものです。下の写真をご覧下さい。

ラ・フェリエール要塞

1万人以上の兵士を収容できる巨大な要塞は、多額の費用と多大な人出を必要とし、13年の歳月をかけて完成したことがわかっています。

実は、この要塞の姿と、そこに運び込まれている兵器の量に、独立後のハイチがおかれた困難な状況が、象徴的に示されています。

お分かりと思いますが、この要塞はフランスや欧米列強によるハイチ再攻撃に対する備えとして建造されたものです。建国期のハイチは、フランスが再侵攻を企て、再びハイチに奴隷制を復活させるのではないか。またフランスに替わってイギリスやアメリカ合衆国が侵攻して、奴隷制度を復活させるかもしれないという、強い強迫観念を持ち続けていたのです。

初代元首となったデサリーヌは、その就任演説で次のように語っています。「市民諸君、永年にわたって我等の国土を、血で汚してきた野蛮人どもを放逐しただけでは足りないのだ。…(中略)…これまで我等の魂を、この上なく屈辱的な状態に押し込めてきた、非人道的政府から、我等を再び奴隷化するが如き野望を、奪いさらなければならない。けだし『自由に生きるか、しからずんば死を』でなければならない。我等が隣国とは平和を。だがフランスには、永久の憎悪を…」

ナポレオンのハイチ政策への不信は強く、フランスやヨーロッパによるハイチ再征服への警戒は、極めて強かったのです、そして、独立後のハイチを巡る国際情勢は、ハイチ人の再征服に対する強めこそすれ、弱めることはなかったのです。





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最終更新日  2010.03.31 14:29:10
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