ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.08.14
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(97)

第4章 大陸横断鉄道と大草原の開発…3

南北戦争の始まる直前、1860年当時のフロンティア・ラインは、およそミシシッピー川の左岸に沿う各州の西域にあり、ネブラスカ、カンザス東部、テキサスの中央部辺りに突き出した形になっていました。

この線の西、カリフォルニア(1850年州昇格)とオレゴン(1859年州昇格)に至る広大な地域は、未だインディアンとバッファローの居住地域でした。フロンティア・ラインからロッキー山脈にかけての地域の大部分が、大草原地帯です。

この1860年、ロッキー山脈の西側、山脈と太平洋に挟まれた極西部と呼ばれた地域には、カリフォルニアとオレゴンを中心に、既に50万人近い人々が住み着いていたのですが、大草原地帯の開発は、遅々として進まなかったのです。

それには深い理由がありました。この地域は雨量が極端に少なく、砂漠や半砂漠地帯の混じる、草は生えるけれども樹木の生育しない一帯だったのです。年間の降雨量が50ミリ~100ミリ程度でしたら、当時の技術では農耕に適さない土地だったのです。

大草原地帯や半砂漠地帯には、森林がありませんから、今までのように丸太小屋も作れませんし、雑木で冬場の暖をとることも出来ません。降雨量が極端に少ないですから、川もありません。生活用水の確保にもかなりの苦労が必要だったのです。

そんな環境でしたから、この地域の開拓は、鉱山業者(掘削の技術を持っていますから、井戸を深堀して、風車で水を汲み上げることが出来たのです)と、牧畜業者によって行なわれることになったのです。

乾燥に強い農作物を栽培しようとしても、木がないので柵が作れませんから、工業化が進んで鉄の値段が安くなり、有刺鉄線が安価で手に入るようになる70年代後半までは、この地域は、牧畜中心にゆっくりと開発が進んだのです。



草土の家

しかし、この牛はどこかに運び出して売らなければ、生活費が稼げません。零細な牧畜農家は、近在の業者や大きな放牧場を持つ富裕な畜産家に売却するしかないのですが、数多くの販売用の牛を集めた牧畜業者は、大消費地か、大消費地と結ぶ鉄道の最寄り駅まで、大量の牛を運ぶ専門の業者を養成する必要に迫られたのです。

この専門業者がカウボーイです。大量の牛を騎馬の人と、牛追い犬で追いながら、長旅を続けるロングドライヴという方法は、こうして誕生しました。昔懐かしい「ローハイド」の世界です。フランキー・レインの「ローレン ローレン、ローレン」の歌声で始まる土曜日夜10時からの番組、フィーバーさんやロイ、そしてジェフに料理番のウィッシュボーンじいさん。思い出される方も多いのではないでしょうか。

これが大草原の開発の第1ページでした。
                                 続く





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最終更新日  2010.08.15 16:29:37
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