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英語Iレポートが返送されてきました。いやぁ〜ホッとした…(^^;;とにかく辞書引きまくりで、単語の意味がわかっても訳せないという…そもそも文法が違う言語なんだから、日本語に訳すこと自体ナンセンス!とか言い訳してみる…英語は英語で理解できれば会話ができるわけで、無理やり日本語に直そうとするからわけわかんなくなるんだ。などとつべこべ言ってる暇あったら、試験勉強しよ〜っと(^O^)/ちなみに、試験は来年度内に合格できればいいやくらいの予定です。にわか詰め込みでギリギリ合格したとしても、試験終わったら全て忘れてしまうだろうから(^^;;せっかくだから、少しずつ積み重ねて実力つけたい。目標は、東京オリンピックでボランティア。食堂のおばちゃんでも掃除のおばちゃんでもいい。外国人選手や観光客に道を聞かれたら、案内できる程度の実力つけたい(^^;;頑張ろ!
2015年03月27日
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今年度はテキスト科目での取得単位がたったの2単位という、なんとも情けない結果に終わりそうな気配だったので、1月の試験後はテキスト科目を二つ、6単位分提出しました。しかも挑んだのは「英語I」と「論理学」という、レポートの難易度ハンパない科目(^^;再提出、再々提出を覚悟の上ではありますが、やはり不合格で戻ってこないよう祈る毎日です(^^ゞ入学してすぐに体育理論のレポートに取り組み、一発合格したものの7月の試験は不合格。夏期スクーリング中は受講中の科目以外の勉強はほぼできない状態でしたので、テキスト科目のレポートは英語IIしか提出できなかったので、10月の試験は2科目受けて英語IIだけ合格。夜間スクーリングもフランス語を選んでしまったため、これがまた暗記が大変で(^^;)政治学も勉強していたのですが、フランス語中心になったためレポート提出に至らず。1月の試験は体育理論絶対合格!のためにそれのみに集中するため1科目のみの受験でしたが敢え無く玉砕。恥ずかしながら4月は4回目の挑戦です(^^ゞ先日、所属する慶友会の勉強会と総会に参加してきました。私は英語の勉強会に参加したのですが、試験の解答の形式で疑問に思っていたことを質問してスッキリしました。経験者の話が聞けるのは本当に助かります。来年度はテキスト科目を履修することに重点を置くつもりなので、「レポートをどんどん提出し、試験勉強が十分にできたら試験を受ける」方式で行こうと思っています。なので、英語は1年計画くらいでじっくり取り組むつもりで、4月の試験には申し込まないでおこうと思っていました。今慌てて試験勉強しても、あと1か月で合格できるレベルに到達する気がしないし、万が一ギリギリで合格したとしても実力はついていないので、そのまま次の段階へ進んでも意味がないだろうし。なので、あまり英語の試験勉強ばかりに時間をかけず、レポート作成もしながら…のつもりでした。でも、先輩方のアドバイスは、レポートを提出したなら試験を受けた方がいい…とのこと。毎回の試験で1科目でも必ず受けることがモチベーション維持になる、とのこと。いや、論理学と体育理論があるから、無理に英語を受けなくても…(^^;)まぁ、どんな問題が出るのか様子見ってのもアリかな?と思い、一応申込みは済ませました。しかし、結局試験を受けるとなると試験勉強ばっかりして、新しい科目に手を付けることができません。これでは今までと同じ、1か月で理解不足のままレポート提出→やっつけ試験勉強で不合格…の繰り返しです。うーむ・・・効率よく、中身の濃い勉強をするにはどうしたらいいのやら・・・私のようにパート勤めで比較的時間がある方なのに、フルタイムでお仕事している方はどんな勉強方法をしているのか…尊敬するばかりです。慶友会の例会に参加すると、あたこちで卒論の話が耳に入ります。それだけ卒論まで漕ぎつけた方が多いということ、とても刺激になります。また、既に卒業された方やもうすぐ卒業という方が講師となって勉強会が開催されるので、先輩に続けーー!という気持ちになります。極力毎月の例会に参加する、それも来年度の目標です。
2015年03月11日
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まずは、4年前の今日の出来事を思い出しつつ、当時大変な被害に遭われた方々の心の傷が少しでも癒され、幸せな生活に戻れますようお祈りいたします。今日の14時46分は、スーパーの駐車場の精算カウンターの前で順番待ちをしていて、一緒に買い物に来た娘と二人で、その場で短い時間でしたが黙祷をしました。あの日は仕事中でした。私は小規模のデイサービスセンターのワーカーです。おやつの準備をしていたところにグラグラっと来て、立っていられないくらい揺れたので、利用者さんたちにクッションや座布団を頭に被るよう持たせ、トイレに入っていた利用者さんのところへ走りました。歩行が困難な利用者さんだったので、抱きかかえるようにしてソファまで連れて行き、ベランダや入口のドアを開け、テレビをつけました。揺れが収まってみんなでテレビをみていたら、津波が押し寄せる映像が映し出され、どうしようもできないのに大きな声で「みんな早く逃げてーーーー!!」と叫んでいました。利用者さんのご家族が帰宅できないかもしれないので、一軒一軒電話をしました。ご家族が居ない家に帰すわけにはいかないので、もしかしたら職場に泊まりになるかな?とも思ったのですが、幸い無事に全員送り届けることができました。自分の家はというと、高校生だった下の娘が春休み中で家に居たのですが、幸いなことに何も被害はなく、ただ心細かっただけだったとのこと。長男は大学院生で、大学近くのアパートに一人暮らしでしたが、こちらも被害なし。大学生だった長女は携帯電話が通じなくてなかなか連絡が取れず…やっと連絡が取れた時、長女は大学にいましたが、立川からの電車が動かず、お友達のお父さんが車で迎えに行ってくれたものの、お友達の家まで戻ったのが日付が変わるころ。主人は最後まで連絡が取れず、やはり日付が変わるころに帰ってきました。なんと仕事で立川におり、そこから8時間かけて歩いて帰ってきたとのこと…。帰るなり娘を迎えにお友達の家まで行ってもらいましたが、二人が戻ってきたのは夜が明けるころでした。それぞれそんな大変な一日ではありましたが、家も人も何も被害が無かったのは本当に幸いでした。職場の同僚は、食器棚やテレビが倒れて、色々壊れてしまった人もいたので。今は息子は結婚し地方で離れて暮らしているし、主人も地方に単身赴任、娘たちは皆成人していますが、やはり家に男がいないと不安です。老犬もいるし、今度また大きな地震が起きたら私一人で家を守れるだろうか…普段は忙しさに紛れてあの日のことを忘れている日も多いけど、毎年この時期になると亡くなった方々や被災した方々の事を思い、悲しみや恐怖に襲われることでしょう。被災された方々はものすごく前向きに頑張っているのに、私がこんなではいけないのかもしれない。でもどーにもこーにも怖くて怖くてたまらない…そんな中、何千万円も補償金をもらって、働かず、特段切り詰めた生活もせず、仮設住宅を出ることなく、ゲーム機で毎日遊んで暮らしている家族のことがテレビで放送されていました。「そりゃあ何千万円もポンともらえたら、働く気にはなりませんよ。」なんて言ってた…ものすごく怖い思いをしたのだから、普通の精神状態ではないのかもしれない。でも、それでいいのだろうか…何千万円と言ったって、まだお子さんたちは小学生、一生働かずに暮らしていける額ではありません。あの人たちは数年後どうしているのだろうか…住み慣れた町を離れて、心機一転新しい生活を踏み出した方々もいる。被災地で家が無い、仕事が無いなら、補償金を元に思い切って知らない土地へ行き、仕事を見つけた方がいいのではないだろうか…そういうアドバイスも当然受けただろうけど、そうしないあの家族…もしもそんな人が他にもたくさんいるのなら、補償金ってなんなんだろうと思う。補償金も十分にもらえずに必死に頑張っている方々がたくさんいるというのに…
2015年03月11日
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