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今日はオット君の誕生日!わーい、やっと私に追いついた。我が家の長老気分でいるのも5月まで。さてと・・今年はこれまでに無く講演やフォーラムが続いてる。もっと遠くまで行こうと思えば昨年でも案内は来ていたが、大掛かりなドライブ?をせずに過ごした。今年になって、6日の特別支援教育シンポジウム、20日の地区で行われたフォーラム、そして27日の軽度発達障害の講演会へ足を運んでいる。忘れないうちに、参加して感じたことを纏めておこう。親として早急に施策と対応を期待したいが、目指すものが今、示されて取り組みとしてまだ始まったばかりであるべき支援はまだ出来上がってはいないのだから・・・私達を取り巻く社会へ多くを期待してはいけないこと。となるかな。新年度に行政で行われようとしているモデル事業はたくさんありそうだ。学校教育法(75条)の改正案による特別支援のあり方と支援員や体制など追いついていない現実。期を遅れて始まるだろう高等学校での発達障害の支援。特殊教育から特別支援教育への移行による盲聾養護学校や普通学校の特殊学級と普通学級の特別支援。法律で掲げている発達障害の範囲と特別支援教育でいう軽度発達障害という言葉。漠然としかうたわれていない就労や自立へ向けた支援と生活全般にわたる支援。などなど曖昧さが多く安心してなどしていられない。わが子の歩く先の動向を見据えて考える材料は多い。「では、私はいま何をするか?」と自分に問えば、息子の活き難さを理解し、周りへの理解を求める。日々のサポートをすることは勿論、常に自立を考えた生活を教える。今住む地域にも確実に制度が届いていくよう、働きかけることだと思う。直接できなくとも、そのような意識で物事を見る目は常に持っていたい。27日(土)夜、講演やフォーラムへ参加して思ったことをオット君と話し、講演の最中、放りっぱなしだった子達を後部座席に乗せ帰路を走った。
January 30, 2007
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昨日夕方の会話私 「理科室の臭いはどうでしたか?」ヨ 「軽減したが、生臭く腐ったような臭いがしつこく残ってる、皆は気にしてない様だったけど」私 「英語検定は?」ヨ 「うん、まあまあ・・・念波、送った?」私 「送ったよ、3時と3時20分。でも都合の良い言葉だね、まあまあ・・・んでどうだったのよ、点数で言ったらどれくらい?」 (これじゃどっちがASかわからない)私 「何度も言うようだけど、1回で合格しなくても良いんだからね」ヨ 「何で?受けるからには合格が良いだろ?」私 「そりゃ良いに決まってるけど、失敗しても大丈夫だよって事だよ」娘 「あんた、私は3級を2回受けたからね、一発合格じゃ立場ないでしょ」ヨ 「大丈夫、あなたと俺とじゃ得意なことが違うんだから」前日に「頑張るから皆で検定の時間に念波を送って欲しい」と息子が言った。「頑張れ」の気持ちが受け取りにくい息子は「念波」と表現した。友達同士の意思の疎通を以前、「光ファイバーのようなもの」とも言った。「愛着ときずな」については昨年10月号のそだちの科学でも特集していたが、見えないもの・・・心のつながりまだまだこれからも私と息子の大切な学習が続く、たぶん一生。母のお給料日、家族で外食。7~8センチ四方位のチキンのから揚げ4個盛(マカロニと野菜のサラダ、お新香付き)1野菜炒め1・・・・お皿に山盛りエビグラタン1 ライス1 味噌汁4チキンライス(マカロニと野菜のサラダ、付き)1オムライス(マカロニと野菜のサラダ、付き)1焼きうどん(野菜たっぷり入り)1・・・・たっぷり大きいお皿少し味は濃い目だったが息子はハッキリした味が好みだから満足。疲れ気味のオット君と娘も満足。これで¥3,200母も満足。今日、ヨッちゃんは漢字検定、準2級に挑戦する。「ガンバレ!!」オット君へ、始まる時間を書いたメモをテーブルに置いて仕事へ行く。今日も午後になると、家族皆が夫々の場所で謎の宇宙人へ変化する。(爆笑)
January 26, 2007
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昨日夕方、学校で困ったこと、不思議、悩みを聞くと「理科室が臭い」と言う。今週初めに友達のクラスが行った魚の解剖実験でアラを流しから捨てていないためと言う。中学ってところは、こんな当たり前のことが出来ていないのは常。当然の事ながら、一般的な当たり前の事と、息子の学校の(非)常識を同時に教えることになる。私「気がついた人がごみ捨て、やればいいのよ」ヨ「なんで俺がやんなきゃなんないのさ!」「明日授業あるからどうしよう入るの大変だよ」私「理科室に、我慢して入れば慣れるかも」ヨ「ゲー、臭いに染まったらどうすんだよ、臭いで他のこと解らなくなる。それにゴミ捨てだってやったら反って変に思われるよ。あなたの発想にはついて行けない!」私(確かにすごいキツイ事、言ってると思うよ)ヨ「困るんだよなこういう事、明日お願いだから学校に言ってくれないかな?」私「自分で言えるようになりなさいよ~」片付けなかったという友達に言うべきか、言ったら関係が悪くなりはしないか。理科室掃除の下級生が気付いて捨てれば良いのだけれど。他の人は我慢できる範囲かも。等、息子の気持ちにはあったようだ。昨夜もう1件、寝る前に、「あっそうそう・・」と出してきた受験の面接練習の用紙。自分の長所・短所を記入していない。自分では気がつかず、記入できなかったのだろう。私にアドバイスを欲しいのか?(こんな事話す予定だよ)・・・お知らせだけのつもりなのか?考えているうちに息子はさっさと部屋へ行ってしまった。昨日は娘が通院のため早めの帰宅。息子は誰も居ない家へ帰ることもなく比較的調子が良い。なのにプリント出していなかったのは??(ここのところ、私の帰りが遅く息子の学校での不都合をじっくり訊いてやれないでいたからなぁ)今朝になって、理科室の件はいいとして面接の長所・短所について朝食時、息子に話してみた。しかし、少々不機嫌、今日は英語検定がある。息子は申し込み当初から、筆記試験よりリスニング試験が不得意で気になっているようだった。それとも、ゆうべオット君の帰りが遅くて『ズンダ餅』食べ損なった所為?(珍しいものは家族揃っていただきたい)息子へ話が伝達できないままに登校。 学校へ連絡。理科室の件と今朝の様子。面接練習の件は、一般的な体裁は考えず、ありのまま書くように長所・短所は障害の特性でもある?暗記力や対人関係が苦手など、本人が気付いていることもあるので、自分が許せる範囲で書けるように先生からの助言を求めた。帰ったら『ズンダ餅』食べられるように解凍してから出かけよう。
January 25, 2007
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暫く振りのブログ更新。様々な事が同時進行で頭が超多忙。昨日から、また学校が始まった。休み明けのテスト、受験の準備など始まっている。家庭学習にも力を入れて欲しいところだが、本人の様子からすると以前これまでと変わらない。今日学校へ行ってきた。校長と担任外の先生と担任に会って話してきたが、今年度のうちには大きく変わった事があるのだろうか?相変わらず様々の場面で分からないことが多い息子はこのまま卒業を迎えるのだろう。学校社会はやはりあまり開こうとしていないように思えるのは私だけだろうか?連携をとることがもっと密にできたならもっと良い支援に繋がると思うのだが・・。朝のお弁当作りから始まり家事、外の用足し昼食で時間が過ぎ、午後4時頃に息子が帰ると集中した時間は取れず、何処の家庭でも同じことだが、夕方からはファミリーに捧げる母の時間になってしまう。家族の事、友達や親戚の事、自分のことはそっちのけで時間が過ぎる。皆が寝静まってからやっと自分の時間になる。読みたい本はとりあえずの飛ばし読みで、じっくり読む暇がないまま大分溜まってきた。明日の仕事の準備に時間が費やされる。「あぁ1日がせめてあと2時間あったら」と思う。ともあれ今日も無事に暮らせたことに感謝。
January 16, 2007
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親の会があれば良いと願ってもまだ叶わない。「あれば参加する」「誰かがやってくれるのであったら行ってもいいけど・・・」実は私も出来ればその方が都合は良いけど凡その方はそう思うのでしょう。今日は別の方向から当たってみたほうがいいかもと思い親御さん向けの呼びかけの文章を書き、冬休み明けに支援教育の組織から渡してもらうつもりでお願いに行ってきました。1年以上も前からHPで呼びかけて遠くに住む障害を持つ子のお母さんと人と知り合えて良かった。とても喜んで電話をくれた。彼女もまた、別の地域で同じように親の会を探していた。サークルの核になる人の問題。負担になる人がいては続けるのが困難になるのではという心配。小さな和から少しずつ大きな輪へという考えは甘いかなぁ。それでも捨てきれない、嫌な性分だ。希望は、いつも心で願うこと。希望を叶えたかったなら、自分から向かうこと。希望が心になくなったら、希望ではなくなること。希望は単に羨ましく思うことではない。希望は自ら引き寄せようとすること。勝手なことだが、思うようにやってみよう!コケたって、どうせ私だけじゃないか。と自分に言い聞かせている。
January 10, 2007
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8日のこと楽しみにしていた高機能自閉症のクラブへ参加して工作しながら友達との交流してきました。自作の絵とそれを飾る色紙掛け?を工作。枠にする木材も焼いてあり、丁寧に作ってありました。ヨッちゃんは満足そうでした。(家で牛乳パックを漉いて作れば違う絵も飾れそう材料費300円じゃ安い!)友達T君のお母さんと「昼食しながら二人に思う存分に話させよう」と前もって相談していたのでオット君やT君のお姉さんと6人で中華バイキングして来ました。T君とヨッちゃんは話も食欲も弾み、食べ終わってからも話は尽きず。不思議なことに家で私達と話がかみ合わないと不機嫌なのに二人はかみ合って無くても楽しそう。(許しあえる?)サメの話と車の話、サメの種類と車の車種、車メーカーと生息地・・・・。私 「チョッとあなた達、車のことはT君があまり詳しく分からない、サメのことはヨッちゃんが詳しく分からない、だったら二人で分かる話題にしようか」と提案したが二人とも考え付かない様子でまた続けた。ならば・・・と思い私 「どちらかの話題に付き合って順番に話せば、サメのことも車のことも二人で詳しく知ることが出来るよね」と言ってみたが、「そんな時間が無い!」とあっさり却下された。自分の欲求と他の人の欲求をうまい具合に満足させる手段が分からない。話がかみ合わないことは、幼少の頃の順番を守れないことに似ている。2時間近く過ごし、T君ファミリーと別れた後、神社で古いお札を取替え、やっと我が家も今年が始まった気分で一安心。お決まりの本屋さんで速読などの本を買い帰路もオット君の運転で私とヨッちゃんはzzzzでした。お疲れモード、でも気分は晴れの今日午前(地域の発達障害支援センター)養護学校のコーディネーターから電話(支援センターとしての活動は今ひとつ見えないどころか支援センターっていう位置付けさえ知らない親も居る現状だから当てにもならないし、過去にも「進路に関することであれば・・」と言うが実際のところ明確な情報は得られなかった経験もあったから・・・無駄だろうと思ったことも事実)「県の意見聞き取り会?へ参加する親への件、相談者の中に心当てあればお願いしようと思ったのですがもう用事は済みましたので・・」と言ったら、「こういう問題はデリケートで地域の中では難しくて、あまり目立って動けないことでもありますし・・・私は養護学校の職員で授業もあるし、忙しくて・・お力になれないことが多い・・云々」(連絡したけど用事は済んだ、電話ありがとうって言ってるのに何?なぜに戸を立てたような言い方するの?)『はぁ~!』 (摩邪コングになりそう)私は普段の不満が爆発し、イヤーな中年おばさんに変身?!「これまで養護学校には無かった支援部としての業務で、時間的にも上乗せされたようなことなのでしょう。個人の相談は受けて居られても助言も無く地域への啓発や理解などのイベント情報や連絡もないし、学校への教育支援としての動きは最近始まったようですが、地域の支援はそれだけじゃないでしょう?」と言ってしまった。(これは行政へのことで、彼女ばかりに言うことではないのだが・・)そのあとはなんとか穏やかな遣り取りで電話は終わった。しかし、センターとしての位置付けは御上が決めたこと。一個人へ向かって「忙しい」等と言うではない!電話が終わってからも嫌な気分が、ぶり返し午前中から不機嫌な母でした。ヨッちゃんには、あまり社会への不満の態度は見せないように繕っていたけれど帰ったオット君へはお茶を入れる間もなく不満爆発!私 「昨日から今日、晴れのち曇り模様だからね、私は!」ヨ 「お天気情報、えー大陸から発達性の更年期が張り出してきて・・ガハハ」こんな気分をよくも・・・笑うヨッちゃんを見ると怒りも我慢。
January 9, 2007
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昨日の6日は家族で神社へお参りを兼ねオット君と私は特別支援教育講演会へ娘とヨッちゃんは本屋さんへ行こうとドライブ出発。1時間ほど走ると雨が降ってきた。何ということだ、誰も傘を積み込まなかったようだ。仕方ない、「休みはまだあるから」神社の予定は無し。(全く我が家らしい)車の中でコースを変え子供達のスケジュール変更。ヨッちゃんへは「雨だから仕方ないね」と前置きし変更を説明。昼食から2コースに別れ、更に食事後は娘とヨッちゃんは2時間ほど別個行動になった。ムシの居所が良かったのか、ヨッちゃんは気を悪くするでもなくほっとした。娘とヨッちゃんをデパートに降ろし、オット君と講演会場近くで昼食を済ませました。講演会場へは早々入りましたが最終的に500人位集まっていたでしょうか。特別支援教育講演会なので対象は教師や保育士が主とは思いましたが受付の様子をみると一般も結構多く7~80人位はあったかな?講師の先生は滋賀県にいらした方で現在は国立特殊教育支援研究所の藤井茂樹先生でした。幼児期から就労期への一貫した支援や教育、福祉、社会との連携や発達支援センターとの情報の活用の実際的なことであれば講師の先生の得意分野かなと思いましたが、話された内容はLD・ADHD・高機能自閉症の基本的な特性と困難さ」「気付きが支援のはじまり」「一次障害と二次障害」「子供の見方と捉え方」「関わりと環境のたいせつさ」みたいな基本的なことでした。他の講演会でもたまにおもいますが、主催者側の目的内容と講師先生が何を得意とするか、が合わないと話される先生も苦労されるんじゃないかなぁ。(勿体無い、わざわざ遠くからいらしてくれたのに)でもなぁ、今こういうこと始めているようでは・・・・。主催の教育委員会の人が講演の前に言ってましたけど、「当県でも支援教育元年とも言うべき記念すべき年になります・・・云々」(オイオイ、確かに今年から学校教育法が少し変わり小中学校に加えて、幼稚園、保育所、高校でも支援していくことにはなるんだけれども・・今こういう事してるって、喜ばしくはないよ、元年って言っていいの?遅れていて恥かしい事じゃないの?)公演が始まってからの講師の話にも、「地域と学校や家庭、更には親の会等が連携をとって支援していくと非常に形としてはいいかと思います。こちらの県はやりがいのある県じゃないかと思いますネ・・・・云々」(お話し上手な先生でしたけど、私はまたまたガックリ。お上様、頑張ってチョ~ダイ!他所から見たらこんな風に思われてるんですよ!)「仕方ない、やっと動き始めたんだ」「これが、来週や来月、新年度になってからじゃなくて良かったって事にしよう」とオット君と話しながら会場を後にしました。
January 7, 2007
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息子の診断後、私の考え求めていた支援は大的外れなことだらけでした。今思えば世間知らずの私は、最初の心理検査の結果を学校に知らせ、それを基にヨッちゃんの苦手な部分の支援を学校に期待していました。支援計画にはどうか私の気の付いてる範囲での意見を考え合わせてもらえる様に頼み、先生から薦められて診断を受けたのだからそのくらいの事は可能だろうと単純に考えていました。しかし、一向に何の返事もなく、様子を訊けば、学校には体制も何もなく高機能自閉症やアスペルガーの対応を養護の先生と学年主任と担任等がネット検索して調べている現状でした。その頃は二次的な障害に苦しみ落ち込んでいる状態でした。学校での生徒同士の環境が良くないことから来る心理要因が大きいのは判りきっている筈、何も成されない学校への苛立ちから更に親子共落ち込むことになりました。今の状態から抜け出すことが当面の目標と気がついた頃は私自身もヨッちゃんが学校へ行き続けることは、全くどうでもよい事のように思えました。『命を守るために学校から守る』的に考えていました。それでもヨッちゃんは2日と続けて休むことはなく登校していました。私は、学校へも「支援できないという理由は聞きたくない!」というきつい態度だったと思います。多分、防衛心だったのでしょう。暫くして学校と対立関係にあっては何も進まないと思い、『理解してもらう』という振り出しに戻りました。学校でのストレス解消の気分転換を図ろうとプライベートでスポーツクラブヘのサポートをお願いしようと相談に行った先では、時間的なものと人員がなく全くの個人的な契約意外に出来かねるというものでした。右も左も真っ暗闇じゃぁございませんか・・・、と何度思ったことか。「どうやら私の住んでいる地域は、発達障害に関する情報のない地域らしい」と思わずに居られない。辛くても声をあげられないで居る子を救い、発達障害の子育てを考えて行くために、開かれていない社会で手探りを続けているとややもすると自分をも見失いかねなず、『共に生きる』が親も子も必要と今も考えています。『近くに親の会があったら学習会や地域の情報交換等できるのに・・』と思い願ってみても結局は、これからも普通の中で生きて行かなければならないのなら、ということなのだろう仲間は見つからない現状です。(社会的に隠していては本人の為には何一つ改善されることはなく遅れた社会を続けていくだけなのですが)暫くの間、見渡す限りには発達障害の親の会みたいなものは無く、やっと辿り遠いけれど大学の教育実践センターに高機能自閉症の親と本人の集まりがある事を突き止めて今は参加しています。年に3~4回のクラブが大変気に入り毎回楽しみにしています。次回は今月8日、行って来ます。出来るなら、すぐ身近に親子共いきいきと過ごせる場、互いの意識を今以上に高め合える場があったらと自分のきぼうが無いもの願いにならぬようにと今日も考えて居ります。
January 5, 2007
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夫婦それぞれの実家の神棚と、私の実家の裏にある小さな祠へお参りは済ませたが我が家はまだ神社へ、お札を戴きに行ってなかった。この時期のいろんなウィルスが怖くて人ごみを避けています。ヨッちゃんは人とぶつかりそうな距離は緊張の連続だし、娘はウィルス厳禁でマスクを欠かせない。普段でも家に持ち帰らないように、我が家では普通の家庭より手洗いうがいは勿論、この時期はマスクを心がけている。さぁて、今年の家内健康祈願とヨッちゃんの合格祈願のお参りは・・??松の内に行けば良しとするかな。だいぶ人が退けてきた土曜日ごろにでも。正月早々、我がオット君は大失態。二人で飲んで帰った後の今朝のこと起きたオット君のお腹の出っ張りに火傷!私の言ったとおり、電気毛布にすればよいものを。湯たんぽで・・・ギャハハ。「笑うな!」と言うオット君。「酔って、皮膚感覚無いんだったら湯たんぽも無意味じゃないか」と息子にまで言われ可愛そうだけど、笑うしかないでしょう。顔を合わせないように、そっぽを向いて笑いをこらえるこの苦しさはブログに書くしかないなぁ。(ガーゼを貼ってあげたけど心はひどい妻かも・・クックッ・・笑)
January 3, 2007
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正月2日目、娘tと息子の了解を得てオット君と夜8時半に出かけ、さき程帰宅しました。いつも仲良くして頂いてるご夫婦と一緒に、友達の出る新年のジャムセッション(見る人)に行ってきました。若い人達の溢れるエネルギーを感じ、おじさんおばさんも今年もがんばるぞー!昨年も何だかんだ言いながら、家の中にばかり居ることなく、外にオット君と一緒に時々出かける機会がありました。早起きをして釣りに行ったり、バレーのクラブや大会へ出たり、今日みたいに夜に出かけたりと様々。娘と息子の理解があってこそ、夫婦の自由時間が持てること、そして身の回りに仲良くしてくれる友達や仲間がいることのありがたさを改めて思う。子供達のことが、いろいろあっても私達は私達としてこうして生かされていることに感謝しながら今年も生きようと思っています。
January 2, 2007
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来訪していただいた皆さんへ明けましておめでとうございます今年もよろしくお願いいたしますのんびりと一日家族で過ごした。子供達はどこかへ行く予定はないかとウズウズしていたようでしたが「今年もあせらずに行こう、先は長いから」とお正月にもってこいの言い訳をする母でした。明日はこの手はつかえないな。私自身、「何処の福袋にしようか」と内心、楽しみにしているから。とりあえず○○屋のせんべいの福袋はロスが無いから手に入れよう!あとは・・・と折り込み広告をチェック。(極普通のおばさんなんだなぁ)昨晩のこと『年越し』をこの辺の年配の人たちは『歳とり』と言う。ヨッちゃんに「年とったからまた若くなったよ」と言ったら「あぁ、また母ちゃん壊れたままで歳を越すんだね」と言われた。よっちゃんのチェックは自分以外には厳しい。「あっ、噛んだ」とか、下手なギャグには「あぁ・・・」と他愛の無い冗談ぐらい許してほしい。 ヨッちゃんの年賀状です――→
January 1, 2007
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