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2009.01.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
NHK大阪文化センターの17世紀美術の第5回目の講座があった。

今日はあまり名前を知らなかった、ライスダールというオランダの画家についての講義だった。
この画家の作品はさほど多くはないようである。

まずルネサンス以降に風景画が確立したという事に驚いた。
そう言えば、これまでの講義の中のフレスコ画や壁画、宗教画の中には風景らしきものは描かれていないことを思い出した。

ルネサンスでは幅広いジャンルにおいて広がりがあったのに、絵画においては、旧態を踏襲していたようである。中世の画家のほとんどは、フレスコ画や宗教的壁画とかを描いていたが、ルネサンスが終わる頃、やがて、背景となる風景を絵画の中に取り入れ始めた。

我々は近代・現代の芸術感が自然に身についている。現代の風景画も、自分の感性と目で見ることによりその手法や、風景から受ける感動を表現し評価するようになってきたが、風景を取りれたはじめた頃の画家達は、ビザンティン美術の流れを汲む、伝統を重んじる手法や格調高いものをまねると言うことが芸術家として志向するところであった。

宗教画を中心に置き、遠景にそれとなく風景を取り入れるという、いわば消極的な、脇役の働きを持つものだった。

14世紀のジョットーの描くスクロヴェーニ礼拝堂の壁画「エジプトへの逃避」に見られる背景画の山はまさにビザンティン美術の描き方を踏襲したものである。



アントネッロ・ダ・タッシーナの「磔刑」では宗教画の中に風景を取り込みたいという意図が現れている。だがそれは、キリストのゴルゴダの丘における磔場面と、宗教上意味のある地方のガリラヤ湖を重ね合わせたような、少し強引な形で現れ始めた様に思われた。ゴルゴダという意味が「しゃれこうべ」という意味であることを知ったのも新鮮な驚きであった。

ジョルジョーネの「羊飼いの礼拝で」では矢張りビザンティン美術の影響を受けているものの、遠くの山を薄青く描く空気遠近法なるものを取り入れるなどの工夫が見られる。

コンラート・ヴィッツの「奇跡の漁り」では画家の描きたいレマン湖とモンブランを描きながらも、主題はキリスト教の絵物語を描いたものになっている。

パルティーニとマティウスの「聖アントニウスの誘惑」では、段々と風景画に広がりが見られ、それ以上に絵画が二人の合作であると言うことに少し驚きを覚えた。

カルラッチの「エジプトへの逃亡」ではどんどん風景画が大きく中心に描かれていくようになり主役である、キリスト、マリア、ヨハネの姿は配しているもののその大きさは風景に比べ小さな扱いとなり、風景画そのものがみずみずしく描かれ、細かい描写がなされるようになった。

風景画に斜めの線を多用することにより、見るものの目線を遠くの方に導くと言った、遠近法も取り入れられるようになっていった。

クロード・ロランの「シバの女王の船出」ではあこがれの古代地中海をモチーフに、古代ローマの建物を大胆に配しながら、ジグザクに描かれた構図から奥行きの深い絵画を、風景画として描き出している。

このようにローマ時代の廃墟を絵の中に取り込むことにより、ドラマチックな歴史観や栄枯盛衰、盛者必滅的な人生観を表現し、やがて絵画に精神的な高まりを加えていくことになる。

ルーベンスの描く「畑仕事の帰り」では都会が都会らしくなるにつれ、人生のオン(都会)とオフ(田舎)の切り替えをするようになる、自然を求めて田舎への回帰、安らぎを求めることとなり、風景画としての美術が定着していったようである。この絵では自らの領地で働く農民達の仕事を終えて満足げに家路に帰る姿が広大な農園の中に描かれ田舎こそ人間性を取り戻せる対象であると言う流れを感じさせるものである。

ライスダールにいたって、風景画の完成を見るようになるが、矢張り、この時点でも絵画の端には、物事が神により支配されているという寓意を絵画の中心に据えているがその扱いは段々と小さくなっていく。

やがて風景画に空間の広がりが現れ、ライスダールの叔父の描く空には、雲が活き活きと描かれるようになった。



さて次回はこのシリーズ最終のフェルメールである。





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Last updated  2009.01.17 09:46:49
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