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2009.12.13
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今から書くことはどうでも良いことで、又脈絡無くなるかも知れない。
不善を行っている気はないが、小人閑居して、何時も大したことの無いことを考えている。私がどう考えても、世の中どう変わるものでもないし、影響力はゼロだからだ。

ところが、一国の首相や、その道で、功成り名を遂げた人たちは、一寸したことでも大きく扱われる。
人は皆平等であると言うことは、頭では当然のことと思いながらも、ちゃんとそうでないことをわきまえている。

2日ほど前の新聞では、日本人が何処からこの国にたどり着いたか、すなわち同じ人類から「日本人」になったルートを研究した論文がアメリカの科学誌「サイエンス」に発表されたとあった。

人類のルーツは20~10万年前にアフリカで進化し、アフリカを発したホモ・サピエンスであると言うことは確定的であるらしいが、日本人はアジアの諸民族と同じく、数万年前にインドからタイ付近を通過、中国から韓国を経て来たか、インドネシアを東進したりして辿り着いたということらしい。

こういった内容はすでに周知の事実のように思っていたが、今回の発表は、日本人などアジアの国際チームが1900人ほどのDNAを分析した結果得られたのだそうで、その点が新しいということかも知れない。
こういう研究を聞いたり読んだりするのはとても興味のあることであるが、残念ながら、今の私の生活には一切関係がない。

話は変わるが、日本の教育について考えるというテレビの番組があった。「ゆとり教育」に対して「詰め込み教育」という対峙的論争もあった。聞いてみるといろいろな考え方が有るのだなぁと妙に感心してしまった。要は一筋縄ではいかないと言うことだ。日本人が日本人でなくなり、多様化した、日本人A種、日本人B種などが出来てきたのであろう。これは進化なのだろうか?



当時、フィリピン人の技術者が私のカウンターパートであったのだけれど、いわれてみればサウジ人には、彼も私も、同じように写るのかと妙に感心したことがある。ハッサン君は、私と話していくうちに、日本人と中国人、韓国人とははっきり違うと分かったという。何処がどうとは表現できないが、確かに違うといい、やはり日本人は勤勉で正直、厳格だと言うことになった。否定的な表現でないことで安心したのを覚えている。

お互い様で、我々日本人から見るとサウジ人も、カタール人も、バーレーン人も、オマーン人も、クウェート人も果てはエジプト人や、スーダン人等とも区別は付かない。しかし彼は、同じ黒いベールを被っていても、同じ白いオバキュー姿のアラブ人でも即座に国の名前を当てることが出来るようだ。

我々が、顔を見て、韓国人や、中国人だと言い当てる程度以上に分かるようである。
未だにフィリピン人との区別が付かないという点では引っ掛かるが、おそらくは、中国系フィリピン人との区別は付かないと言うことなのだろう。

また、ジンバブウェにいたときには、最初に空港に着いた段階では、どれもこれも同じに見えた黒人も、色の違いや特徴が分かるようになった。丁度、ショナ族と、ンデベレ族の2人のジンバブウェ大学卒の技術者と一緒に仕事をしたのだが、彼ら2人は確かに違うようだった。

しかし、南アで出会った黒人と、ジンバブウェの黒人と、ケニヤに出張したときに見た黒人の区別は、私には、全くつかないのである。そして、その時には、この人達のルーツと私のルーツが同じだとはとても思えなかった。

さらに、イギリス人やフランス人、又イタリア人やスペイン人等々の西欧人や西欧からアメリカ大陸に渡り新しくアメリカ人と名乗った人たちについては何処がどう違うのか、全くと言っていいほど分からない。

アフリカを起点として興った人類は、何故移動を開始したのか良く分からないが、移動することで、某か知恵を身につけ、進化していったのではないかと考えると、遠く、日本にまで辿り着くためには相当の経験と知見を得ていたのではないかと思われる。日本人はその意味では素晴らしく進化した人種であるはずなのだ。

しかし、日本は万世一系の天皇が統治するなどと他愛もないことが、ほんの半世紀前までは言われていた。この事は、日本人のルーツがアフリカであることを否定したものであり、サウジのハッサン君が私に言ったように、「貴方はサルから分岐したのかも知れませんが、私はそんなことはありません。私の祖先は人間です」というのに似ている。

彼は、ダーウィンの進化論を全く受け入れないのである。これが、所謂サウジの最高学府で学んでいる学生の答えなのだ。故にそういった教育は全く成されていないと言うことだ。
しかし、昨今の日本の大学生に、同じ質問をしたらどんな答えが返ってくるのか、興味があると共に、ますます愕然とするのではないかという恐れも感じる。



私が生まれた頃から1960年頃迄の4年制大学の進学率は8%前後だったがその後急激に増えて、20年前には1/4が大学に進学し、現在では大学進学率は50%と2人に1人と言うことになっている。

このように、大学への進学率は年々増えて、高等教育を受ける機会が増えたことは誠に喜ばしいことだと額面上は考えられるが、実体はどうもそうではないのだ。高学歴化社会にはなったが、中身は低能力社会なのである。

勿論、昔の旧制高等学校が現在の大学教養学部に相当し、現在の大学院が、昔の大学と言うこととなり、教育界のデノミと言うことなのかも知れない。それでも、50%もの進学率の学生は、余程のことがない限り、卒業はさせられるわけで、そうなると即ち「学士」と言うことになるわけである。

基礎の出来ていない学生に1年間でおおよその社会的知識を植え付け、又3年になると就職活動で1年を費やすので、結局、実際には2年しか学ぶ機会はなく(これも真面目にやっての話だが)、4年制の大学は短大と同じ機能しかないというのが本当のところらしい。

人生は長くなり、フォルクスワーゲンとの資本提携を進めている、ススキ自動車の会長が言うように、50年前と比べれば、今の年齢は7掛けだと言うことだから、その論法では私もまだ40才台である。働く時間も、学ぶ時間も増えたと言うことだ。


他国との比較が良く例に挙げられるが、日本ほど、他民族、多人種国家の意向や、成り立ちを知らない能天気な国民性もないとおもう。
最高学府中の最高の大学を卒業した「友愛」の鳩山総理も、オバマ大統領との会談を望みながら拒絶される有様で、会ったからと言って、「仲良くしましょうね」とだけ言うようなことでは、単なるメッセンジャーボーイの役にも立たない。これが日本人的発想なのかとあきれてしまう。

昔から、御坊ちゃま育ちだから、お母様にどう教わったのか、自分の言うとおりに世の中は動いてくれるという発想なのだろうか。妙に親しみのある形で登場しただけに、昨今の言動の豹変?には全くついて行けないと感じるし、段々と鼻につくようになってきた。
教育改革などと言う前に足元から見直す必要があるのではないか。

教育とは、人に成すものではなく、自らに課するものと考えれば、自ずと方向が見えると思うのだが。
アジアの新興国や、発展途上国は、教育をもっとハングリーに考えている。教育の機会は与えられるものではなく、もぎ取っていくものだという思想であるようだ。

誇れる日本人になりたいと思うし、誇れる日本人になって欲しいと思う。





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Last updated  2009.12.14 13:15:59
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