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2009.12.29
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今は私にも恒例になった高校時代のこじんまりした同窓忘年会に参加した。

私がこの忘年会に参加するのは今年で3回目になる。今は7人になったこのミニ同窓会は、同窓生の店に集まるので、合計では8人という事になる。

今日は出かける前に調子を崩してごろごろしていた連れ合いも、現金なもので、夕方には参加することが出来るまでになっていた。それでも集合時間に間に合うギリギリに出かけることになった。
天六の駅で、私より新しく参加した中学時代からの友人とばったり出会い、そこから、数分の店まで、談笑しながら歩いた。

もう全員揃っているかと店内に入ったが、先に来ていたのは1人だけで、それから1人、1人と増え、最後の女性が到着したのは、開始時間とされていた時間から30分経過していた。

この会は、5時頃から三々五々始めるという雑把なもので、着いた順に飲み始めるというしきたりである。最後に到着した女性は開口一番、「29日はきついわ」ということだった。年末まであと3日というのは、やはりどこの家も気ぜわしいものだが、お寺さんの彼女は、仏様のお身拭い等でてんやわんやと言うことらしい。

我々のマンションと違って、掃除する範囲も随分と広いだろうから想像しても大変さが分かる。
隣のテーブルも忘年会らしく同程度の人数分の用意がしてあった。7人だけのテーブルはこじんまりしている。横に3人と向かいに4人とで十分に話が届く範囲である。

お寺さんの女性の他は、先生の連れ合い、電気会社を終えた友人、土建会社、製薬会社、そして商事会社と造船屋だった私の7人衆である。高校時代は同じ学校で学んでいたとはいえ、別々の道を歩んできた面々である。今や、話す内容は、健康の話と、現在やっている趣味や活動についてが主になる。



話す内容は多岐にわたり、話の中から新しい語彙や表現を覚え、また意見を述べる練習をすると言うことらしい。日常表現の習得と、現在に通じる英会話ができるというAdvancedレベルなのだそうだ。

彼の場合は、足かけ20年を海外で生活してきているので、英語そのものには、全く問題がないだろうし、話の内容も流石と思わせるほどの見識を持っている。

定員は10名程度らしく、そのうち4名が男性で後6名は女性であるという構成にも驚いた。男性が時事英語を話すというのは、仕事柄を考えると理解は出来るが、女性が多いというのはどういう事だろうかという印象だった。どうも昔人間の考え方なのかも知れない。

話題の例としてあげられた「アルビノ殺害事件」などは、初めて聞く言葉でとまどったと言うが、黒人の中で、色素欠損の人が殺され、切り刻まれて、それが数十万円で売られるのだそうだ。「アルビノ」(白子)の体には特別な力が宿るという伝統的な考えから起こった事件で、近年、東アフリカのタンザニアやブルンジで多くの人が殺害されたという事件なのだそうだ。

私としても初めて聞く言葉であったが、さすが理科の先生である連れ合いは、その言葉を知っていた。
英語でそのような話題をどう語るのかということはとっさには出てこないだろうし、多岐にわたって話題の内容を理解していないならば、ただただ聞くだけと言うことになりそうである。

英語の達人といえば、中学時代からの友人で、世界に冠たる電気会社を退職した友人は、姫の5月の国際学会で司会をお願いするほどの腕前であり、彼もニューヨーク駐在が長かったようだ。今は、仕舞や謡に打ち込んでいると言うことで、我々も既に2回彼の勇姿を能楽会館で見せて貰った。

彼の発表会は、無料であり、友人に言わせると「見ていただく」というスタンスらしい。従って、驚くことに、見に行くと言うだけで、お弁当が付いてくるのである。この話を披露すると製薬の友人もそれは良い是非行きたいという話になった。一方では、ただほど高いものは無いとか言っていたが、そう言った土建屋出身の友人は、私と同様、同じ高校同期で、関学グリーのOB会にいる友人の演奏会をこれは、有料でチケットを買わされている。

「俺達は良いカモだな」と笑いながら話していたところ、仕舞の友人は、逆に行ってみたいと言うことだったが、演奏会当日は、別件があり、日にちが折り合わず、今回はパスすることになったようだ。
しかし、1回行き出すと掴まるぞとまた笑いになった。

商事会社の友人は、結構面倒見と気配りがある。2つに分けた「てっさ」の皿の一方が早くなくなると、こっちにあるよとか、途中で、外に出てミカンを買ってきて帰りにみんなに持たせるとかするのである。



土建屋の友人は、現場育ちではなく研究所育ちなのであろう、なかなか穏和な人柄で、このミニ同窓会を主唱している。ゴルフで一緒になる同級生と同じ会社の出身らしいが、ゴルフの友人は現場の方に配属されていたらしく、あまり接点はないようだ。

高校時代は優秀な頭脳を持っていたが、受けたい講座があるということを高校時代に既に決めていて、尊敬する教授が居るその大学へ進むという事を決めていたというしっかり者である。

連れ合いの親友であるもう一人のお寺さんの女性は、昔と少しも変わらない若さを保っているので、一寸見には同級生であるという感じがしない。連れ合いなどは勿論良い意味だが、魔女だという風に表現するほどである。

同じ高校でも、勿論出身中学校はそれぞれ違っている。何故か校歌の話になり、私が、中学校の校歌ではなく、讃歌を覚えていると言うことで、妙に感心された。私も何故か、中学校だけは、校歌よりも讃歌の方を覚えているのである。勿論、小学校校歌も、高校の校歌も、大学の寮歌も覚えている。

そんなことは自慢にもならないのだが、校歌にはその学校のある位置が織り込まれていて、当時の風景を思い起こすのに有効な手段である。


そういった風に、変化していく中で、我々も共に前期高齢者となり、仕事から解放され、趣味や遊びに没頭が出来るわけである。仕事から隔離されたときには焦燥感に似たものがあったのだが、今や、仕事が無くなった事の虚脱感は薄れてなくなってしまった。

いろいろ、とりとめのない話になるのだが、違った経歴や違った趣味趣向でありながら、根っこは、高校という所で結ばれているわけで、みんなの顔を見るとき、ふと高校時代の姿を思い出す瞬間がある。
これが同窓の良いところかと、感じる瞬間である。

友人の経営する店での、夏の鱧の会と、冬のこのフグの会は、そういったことを実現する有意義な機会である。
隣の友人も、年齢と共に体のことを考えて、食を控えていて、歩くことを努めて行っていると言うことだが、今日だけは揚げ物も良いだろうと、フグの揚げ物に舌鼓を打っていた。
私も、気の置けないこの会では、いつものことだが、今日も少し飲みすぎて、(現在書いているのは明日と言うことになるわけだが)殆ど何を話したのか、どういった経路で帰ったのかを忘れてしまうほどである。

我々の忘年会もこれで終わりになった。明日からは、正月のための買い物と掃除が待っている。





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Last updated  2009.12.31 00:28:45
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