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2010.05.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
2日ほど前の日経新聞に「研究進む『幸福の経済学』」と言うコラム記事があった。
最近は、何につけても、経済に結びつくものらしい。
一寸見て最近流行の新興宗教「幸福の科学」のことかと思ったが、どうもそうではない。
この場合の経済学は、科学よりもより科学的であるかも知れない。

もともと、「経済」とは「経世済民」から出た言葉であり、その意味するところは「世を治め、人民を救うこと。」にあるわけだから、何でも経済に結びつくのは当然のことなのであろう。

むしろ、八百屋で物を買うとか、貿易額がどうだとか言うのは、「経済」の1側面でしかないわけである。

経済でよく使われる言葉に、「業況判断指数」と言うものがある。これは、日本銀行が3か月ごとに公表する、日本の経済動向に関する統計調査である「全国企業短期経済観測調査」、略称「日銀短観」を示す指数で、その算出方法は、極めて、原始的である。

すなわち、約1万社を対象にしたアンケート調査をまとめて、業況が「良い」と答えた企業の割合から、「悪い」と答えた企業の割合を差し引いた値であり、すべての企業が「良い」と回答した場合は、100となり、「良い」と「悪い」の回答が同数だった場合は、0ということである。

これを判断するのは各社の社長の感覚であり、それはある程度売上高とか利益だとかに裏打ちされたり、又短期的にその会社がどうなるかの見通しであるから、それ程、はずれないのであろうが、言ってみれば、科学的根拠には乏しい感覚的なものと言わざるを得ない。



私のような、金持ちでない人間は、「金さえあればきっと幸せになる」などと考えがちだが、必ずしもそうとばかりは言えないようだ。
人々は豊かになっていくと、貧しいがゆえに健康を害したり、病にかかりにくくなったりと言うことになり、確かに豊かになると幸福になるということにはいえるわけだ。ところが、「イースタリンの逆説」といわれるものがあり、イースタリンという人は、豊かさも一定水準を超えてしまうと、豊かになるということと幸福になるということの間に相関関係がなくなるというのである。

「お金が全て」と言う考え方に警鐘を鳴らしているわけである。鳩山首相のように、子供手当が、月々1,500万円もありながら、またそれがあったことすら永年気か付かないというような、摩訶不思議な世界は、別として、庶民から言わせれば贅沢な話だが、それでも、ある程度のお金という物は、必要なのである。

イースタリンもそこの所までは言及しているわけではなく、際限なく、お金があれば、比例関係で幸福度も増すかと言えばそうでもないということを言っているのである。

論理学でいう「命題」とその「対偶」、「逆」、「裏」という言葉があるが、ここで、

命題=お金持ちならば、幸せである。とすると、
対偶=幸せでなければ、お金持ちでない。
逆 =幸せならば、お金持ちである。
裏 =お金持ちでなければ、幸せでない。

と言うことになるが、そもそも、命題自身が、必ずしも正でないことを考えると、「逆もまた真なり」などと言うことの反対で、「逆も又真でない」と言うことになる。

ここでの、「対偶」や「裏」も又一寸ピントがずれているわけである。



幸福と言う概念は計量化することはなかなか難しい。これは、業況判断指数と同じである。何が幸せかという問いに対する答えは、人によってまちまちで、それを政策に取り込むことは不可能に近いというものだが、ブータンで初の国勢調査で「あなたは幸せですか」という質問に、多少戸惑った人がいたようだが、ほぼ9割の人が幸せであると答えたと言うことらしい。

ブータンの政策での国民総幸福量には4つの主要な柱があるとされる。
それらは、持続可能で公平な社会経済開発、自然環境の保護、有形、無形文化財の保護、そして良い統治、と言うことだ。
経済開発に一辺倒になってしまい、自然環境が破壊されたり、伝統文化が失われてしまっては、何の意味のないというのが、この政策の精神であろう。

散々近代化を進め、見てくれは幸せになったと思われる地球全体が、今や、その行き過ぎを反省し、「地球環境保護」を鳩首会談で解決しようとしているわけだ。


「国民の幸福度」の上位でいえば、1位がデンマーク、2位がスイス、3位がオーストリア、だそうで、先進工業国は概して下位の方にランクされているようである。

2日前の日経新聞でも国民1人当たりの所得と、生活満足度についての相関を示す図が書かれていたが、1人当たりのGDP増加に応じて、生活が満足であるといった相関関係は全く見られないと言うことである。

1995年頃満足度が70%を越えていたものが、最近では60%程度に落ちているという事は示されているが、その傾向は、全くGDPの増加とは無関係なのである。

既にこの事は昨年、筒井義郎阪大教授によって書かれているとのことだが、今回は共同研究者の阪大の大竹文雄教授のものであった。

ここ数十年の間に多くの国で生活水準は改善したが、その割りに、国民の主観的幸福感はあまり変化してなく、所謂この「幸福のパラドックス」を説明するものとして
筒井教授は以下の2つの仮説を挙げている。
(1)相対所得仮説-幸福感は他の人の所得との比較で決まってくる。
(2)順応仮説-人は生活水準の上昇にすぐ慣れてしまうので、所得上昇にともなう幸福感も頭打ちにになる。

「物質的豊かさのもたらす幸福感は相対的・一時的なものであるから、精神的な豊かさこそ永続的かつ重要である」と短絡した考え方では律しきれないとしているが、(1)の「相対所得仮説」が有力だと言うことで、人々の幸福は、自分の絶対的な所得ではなく、比較対象グループとの相対的な所得のみで決まるというものだ。

みんなが貧しければ我慢が出来るし、一致団結も可能であるといった戦後のような状態であろうか。
少し寂しい気もするが、これほどの格差社会で、ろくに働きもせず、過去の栄光だけで、高給をはむ官僚の渡りなどは、自らの幸福度を決める上に置いて大きな障害であることも又事実である。





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Last updated  2010.05.06 08:22:33
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