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2010.09.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
また新しい和平への試みが再開された。今回はオバマ米大統領の仲介である。
しかしこの交渉は容易なことではない。何度も繰り返し、何度も決裂しているからだ。

この際、現代の中東紛争を最初から振り返ってみる。

旧約聖書の「出エジプト記」にあるように、紀元前13世紀ごろ、モーゼがエジプト(ファラオ)の圧政を見かねて、ユダを始めとする12のイスラエル民族(ヘブライ人=ユダヤ人)をつれてエジプトを脱出した頃から事は始まり、モーゼの死後ジョシュアに率いられてカナン(現イスラエル・パレスチナ)の地に侵攻したことにはじまるのであるが、そのことに関するしっかりした文献などはあまりないようである。

世界三大宗教といえばキリスト教、イスラム教、仏教のことを指すのだが、これに、アブラハムの宗教の一つとしてユダヤ教が存在する。他に人口的に多い宗教では、インドなどでのヒンドゥー教がある。
資料によると世界67億人の宗教別人口比率は、単位を億人として、
キリスト教:イスラム教:仏教:ユダヤ教:ヒンドゥー教=21:13:3.6:0.15:9ということになるようだ。(残りはその他の宗教)

ここで、仏教や、ヒンドゥー教についてはこの際言及しないとする。
キリスト教にしても、イスラム教にしても、ルーツは、同じであり、特にキリスト教の初期は全てユダヤ教であった。ごく簡単に言えば、旧約聖書の内、1.創世記2.出エジプト記3.レビ記4.民数記5.申命記をトーラー五書といって、ユダヤ教の重要な教義である。



興りの古い順に言えば、ユダヤ教(BC1300)、キリスト教(BC100)、イスラム教(DC600)ということになり、イスラム教徒に言わせれば、最も新しく、過去のどの宗教よりも洗練された宗教であると自負している。

イスラム教では、神を「アッラー」と呼び、キリスト教では「ゴッド」、ユダヤ教では「ヤハウェイ=エホバ」と呼んでいるが、イスラム教的に言うと「イラーハ・イッ・ラッラー」(神は唯一ただ一人)ということで、ただ呼び名が違っているだけである。

そして神がこの世に遣わした預言者として、ユダヤ教では「モーゼ」、キリスト教では「イエス・キリスト」そしてイスラム教では「モハマド」ということになる。
イスラム教がキリスト教徒を揶揄する根本は、キリスト教は「神と子と精霊」という三位一体という考え方である。神が3つもあるということ自体おかしいし、偶像を崇拝すると言うことは許せない行為だというわけである。

余り簡単に片付けるわけにはいかないが、このモーゼに導かれた、ユダヤ人が、元々アラブ人で、イスラム教を信仰する人(ムスリムという)の世界に侵攻したことに始まる問題である。しかし、モーゼは、何も勝手に行動したわけではなく、神のお導きでシナイ半島を渡り、パレスチナの地に到達したのである。

パレスチナの地に到達するまでには、シナイ半島を転々として、直線的にパレスチナに入ったのではないと言うことである。ユダヤの民(イスラエル人)は神によって約束された土地(楽園=シオン)に彼らの教えに基づいた国家を作るという大義名分があるわけだ。これをシオニズムと称するが、この教義とアラブのムスリムとして、定住していた民族との領土争いとなったわけである。神も罪なことをするものである。

ここで、一気に現代の状況に移るわけだが、第一次世界大戦が勃発し、オスマン帝国が衰退、変わってパレスチナを分割統治するようになったのが、イギリスとフランスである。この時、イギリスの命によりアラビアのロレンスがアラブのフセインを擁して、戦うのは映画でもお馴染みである。その結果、マクマホン書簡によりイギリスはフセインに、アラブの独立を約束するのである。

一方イギリスは、イギリスにおけるユダヤ人の代表者であるロスチャイルドの圧力で、外相のバルフォアをして、パレスチナにユダヤ人国家の建設を容認したのである。これがバルフォア宣言と呼ばれるものである。イギリスの二枚舌外交はこれに留まらず、フランスと密約を結び、旧トルコ領を英、仏で分割統治するとしたサイクスーピコ条約を結んだのである。

大国の横暴ここに極まれり、という感である。この時(1917年)パレスチナ在住のユダヤ人はたったの5万6000人程度だったといわれ、これに反して、アラブ人は65万の多くを数えたのだという。しかもユダヤ人の5万6000人の内の3万人は1882年以降の入植者であるというのだ。気の良い、隣人愛のアラブ人は、ユダヤ人との共存を試みたのである。

ところが、軒を貸して母屋を取られるという形で、ヨーロッパ中の嫌われ者であった(特にナチスなどの迫害にあった)ユダヤ人は、バルフォア宣言に基づき、続々とパレスチナに入植し、1946年には何と60万8000人に膨れあがったのである。この時点でイギリスはあわてて事の重大さを覚り、パレスチナ寄りに路線を切り替え、ユダヤ人入植はパレスチナ全土を指すのではないとか、10年以内にパレスチナ国家の独立を認めるなどと宣言したが、時既に遅しで、これ以降双方の過激派から反英テロが続発することになる。

イギリスが統治能力を失い、事は国際連盟に移管された。ここで再びアメリカの横暴で、パレスチナ分割案が成立し、イスラエル国家がたちまち成立した。この時のイスラエルの割り当て地域は全パレスチナの57%であり、人口的には、ユダヤ人は全パレスチナ人口192万人のうち、30%強の61万人でしかなかったというから全くの逆転である。しかも先住ユダヤ人はその1/10でしかなかったというのだから、ここでも大国アメリカの横暴は異常なものである。



ここにパレスチナのエクソダスが始まり、パレスチナ難民が発生することになるのである。

このようにしてイスラエルはアメリカの後押しにより、第3次中東戦争(6日戦争)で勝利し、聖地エルサレムを含み、ヨルダン川西岸、ガザ地区、シナイ半島全域とシリアのゴラン高原を占領するに及んだのである。しかしこれら地域はアラブ人が多く、結局エジプトに返還される事になったが、イスラエルは、ユダヤ人住宅地建設の行動に出るなどなかなか治まらない。

ノルウェーやアメリカなど、多くの和平仲介の努力が成されたが、元はといえば、自分が撒いた種である。
今や、穏健派のPLOアッバス議長の勢力の及ばないイスラム原理主義ハマスの支配するガザ地区など、内政的にも一本化して居らず、話を複雑にしている。

現在の双方の妥協的主張は

1.イスラエルの入植活動凍結
2.領土を第3次中東戦争前に戻す
3.東エルサレムをパレスチナの首都に
4.パレスチナ難民のイスラエル領内への帰還の権利確保
【イスラエル】
1.安全保障とパレスチナの非武装化
2.エルサレムを分割するなどもってのほか
3.パレスチナはイスラエル国家を承認し、難民帰還の権利放棄

歴史的に見て、イスラエルの横暴が定着してしまっているように私には思えてならない。





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Last updated  2010.09.09 05:49:52
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