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2010.09.29
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カテゴリ: カテゴリ未分類
世界中には至る所に遺跡がある。もちろん日本にも数え切れないくらいの遺跡がある。

そんな遺跡から、昔の物を見つけ発見したと言っては、新聞紙上に発表される。日本の場合だと、市の教育委員会等や、博物館の館員の人達によって、説明会などが開かれ、多くの愛好者達が聞きに出かけると言ったこともある。

私は、それ程熱心な愛好者ではないが、遺跡から発掘されるものから、いろいろと昔の人達の生活のことなどを振り返り、時には、歴史を修正したりするのであろうと思うと、なかなか面白いものだと思う。

日本では、奈良県の遺跡が多くのものを出土している感じだ。良く名前を聞くのは「高松塚古墳」である。高松塚古墳といえば奈良県明日香村の丘陵上に築かれた古墳で、直径18m、高さ5mというそれ程大きくない古墳である。1972年の調査で、石室が見つかり一躍有名になった。この遺跡は、7世紀末~8世紀初めに掛けての遺跡で、奈良時代という言われる頃であろう。

その石室には、男女の人物像や白虎、青竜、玄武のほか、天文図などが発見された。そのほかにも人骨や、海獣葡萄鏡等数多くの副葬品も見つかっている。
特にこの遺跡を有名にしたのは国宝にまで指定されている、極彩色壁画であろう。1300年前の色彩が、色あせずに残っていたと言うから素晴らしいことだ。人物像のスカート部分などの青い彩色には、アフガニスタン産の宝石ラピスラズリを使ったとされている。

ラピスラズリは日本では産出しない。アフガニスタン産が有名で、中国・敦煌の壁画にも使われていたともいう。ラピスラズリは西洋に於いても画家達が青色の表現で多数使われたと聞いた。偶像崇拝を嫌い、バーミヤン遺跡の大仏を平気で爆破してしまうイスラム原理主義者タリバンの国にその産出量が多いというのも皮肉なことだと思う。

こういった風に、日本での出来事は、何らかの形で海外との結びつきを持っていると言うことが遺跡などから分かるわけだ。

バーミヤン遺跡では、7世紀~10世紀に掛けての時代に、石窟内で、世界最古の油絵を使った絵画が壁面に描かれていることも発見されている。之もタリバンによって破壊されていて、現存はしていないらしい。人類は、古きものをそのまま使うことはなく、遺跡として残したり、破壊したりして、その時代に即応した形で環境を造り上げるわけだが、そのたび毎に地球の何処かで、土が掘り返されているのである。



ウィキペディアによると、「考古学は人類が残した痕跡(例えば、遺物、遺構など)の研究を通し、人類の活動とその変化を研究する学問である。」と記されているだけだから、昭和の初め頃のものでも考古学の対象となっているのかも知れない。

ということは、私自身が残したものでも考古学の対象になりうるということである。もちろん生前に何を成したと言うこともなく、世間的に珍しいものを保有しているわけでもないから、何の考慮の対象にもならないのだけれど、対象範囲にはなって来るのだろう。

私が個人的に好きなのは、「古代ローマ時代」だ。連れ合いと最初に海外ツアーに出かけたのもイタリアであり、コロッセオやフォロロマーノなどは、物語や、映画などで想像していた現実がそこにあるということで、一瞬、時間を超えた気持ちに浸れた。日本でも、昔の武将や、偉人の銅像が各所に建てられているが、ローマでカエサルの前で写真を撮った時は、一寸感激したものである。

遺物や遺構に残されているのは、その時代の形骸的なもので、その時代に起こった人為的な行動や、血塗られた戦いなどは、それらの遺跡を見ているだけでは分からない。聞くところによると、ローマの街は掘り進んでいく内に時代が遡ると言って、何層にも積み重ねられたというのである。その点は、日本にも同じところがあるのだろうが、過去の遺跡が見つかると、新しい建造物なりの建築は、しばし待てと言うことになったり、時には計画を変更するか、過去にこういう場所であったことを示す小さな石碑が残るだけになる場合もある。

今は、世界的に水ビジネスといわれ、日本も参入しようとしているが、古代ローマには既に、郊外の水源地からローマに水を運ぶための数十kmもの水道が500年掛けて造られたという。京都のインクラインで、琵琶湖の水を引く水の通る橋が南禅寺の横を通っているのは有名であるが、ああいった類の水道が、古代ローマでは紀元前数百年前に設計施工されていたと言うことである。

これは、古代の土木建設で最も偉大な業績の一つであるとされている。今年のはじめにもローマ水道の取水口が発見されたとあった。現在は使われていないと言うことだが、「トライアーナ水道」と呼ばれ、全部石造りで、石を組み合わせて水を濾過する装置も付いていたと言うから驚きである。

これをインフラの代表と呼ぶべきだろう。当時のローマの国交省的な部門がこれを成し遂げたのであろうが、建造期間が500年と言うから、何代にも何代にも亘る長期的視野の下に出来上がったものである。余談になるが、今の国交省や、厚労省の役人共には、こういった長期的な視野で物事を考えている人物はいないというか、先ず、体制的にそれを期待することは無理なのだろう。

くだらない箱物を造って、後世の人間の笑いものになる前に、現代でさえも無用の長物とさげすまされる有様なのだから、温故知新などというが、昔のことをどれほど学んでいるのだろうかという単純な疑問が湧いてくるのである。

世界の七不思議に数えられている、ギザのピラミッドなどは、どれほどのことが解明されているのか知らないが、想像力を掻き立てるに十分な建造物であり、人為的行為でこれを成したと言うことでは、実に驚異的なことだと思う。
世界の七不思議には、他にも「バビロンの空中庭園」「オリンピアのゼウス像」「エフェソスのアルテミスの神殿」「ハリカルナッソスの霊廟」「ロードス島の巨人像」「アレクサンドリアの大灯台」が挙げられるが、ギザにピラミッド以外は現存していないとのことだ、この消失してしまった、「不思議」がまた想像力を掻き立てるに十分で、実際に存在したのだろうが、神話的な要素も含まれているという世界に導入してくれる。ここで言う「不思議」は「wonder」を訳したものだが、「驚異的な」というニュアンスもある訳で、人類が、何故にこういったものを造り上げたのかがまた不思議である。

因みに、新世界の七不思議とされているのは、1.チチェン・イッツァのピラミッド(メキシコ)2.イエス・キリスト像(ブラジル)3.万里の長城(中国)4.マチュ・ピチュ(ペルー)5.ペトラ(ヨルダン)6.コロッセオ(イタリア)7.タージ・マハル(インド)







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Last updated  2010.10.01 08:36:24
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