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2012.02.18
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カテゴリ: カテゴリ未分類


植木等が高らかに歌う、「スーダラ節」や「サラリーマンどんと節」で、「サラリーマンは気楽な稼業と来たもんだ。・・・・タイムカードをガチャンと押せば、ちょっこらちょいとパーにはなりゃしねぇ」と歌っていた頃を思い出す。

時あたかも日本の高度経済成長期の真っ只中であり、全てのものが、右肩上がりで、今映画「3丁目の夕日」で振り返っている東京オリンピックの開催やベトナム戦争、三波春夫の歌で宣伝した大阪万博などによる特需等で、日本は国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位に達した時代である。

学生気分で、日本の国は安泰だ等と感じたものだ。しかし、タイムカードを押しただけではなく真面目に働いたと自負している。当事は、日本のマジョリティーがサラリーマンであったので、日本全体が無責任という風潮で、茶化したが、私の感覚では、それなりに、皆頑張っていたのではないかと思っている。

ところが昨今の風潮を見ると、どうにも無責任なことが多すぎるように感じるのである。
この間福島原子力発電所事故調査委員会における斑目春樹原子力安全委員会委員長や寺坂信昭前原子力安全・保安院長の発言を聞いていて、このおじさん達は一体何を言っているのだろうかと無責任者第1号、第2号であるような気がした。
斑目委員長は東京教育大附属から一直線に東京大学に入り修士課程まで修了したエリートである。しかし、おそらく東大教授時代から「先生、先生」と呼ばれ、世間からは隔絶した社会で育ってきたことは、想像に難くない。

全く同世代に東大工学部で学んでいた馬鹿鳩(鳩山由紀夫)を思い出した。この2人が東大を代表しているとは思わないが、実に無責任さ加減では酷似しているのである。どうやらその時代の東大工学部には何か無責任ウィルスがはびこっていたのではないだろうか。

斑目委員長は、原発事故に関して、審査指針類に瑕疵があったことは認めざるを得ないと述べ、表面上は謝罪したものの、その実、自らの責任を完全に国に、また事業者(東電)転嫁しているのである。手短に言うと、安全委員会として指針を出すと、それによって、事業者は安住し、それ以上の安全追求を怠っているとし、政府はそれをそのままの基準を是として認める。さらに、それを以て、お上のお墨付きとして原子炉が運転されているのが現状である。根本的に、自己の責任を回避することに終始しているのである。



こういった、連中に、原子力の安全を担保させているかと思うと、これ以上原発を続行することに危惧を持たない訳にはいかないのであるが、政府は必ずしも、その姿勢を見せないのである。ましてや東電社長の発言を見る限りは、責任の片鱗をも感じず、原発がなければ停電し、日本の産業は壊滅するぞとの脅しの下に、電力料金値上げをぬけぬけというのである。

「三すくみ」と言うのは状態を思いだしたのである。「三すくみ」は色々な形態があるが、思い出すのは、児雷也の話であり、カエルに変身できる児雷也とナメクジの妻そして、ライバルの大蛇の関係である。ヘビ → カエル → ナメクジ → ヘビ …… とどこまで行っても解決せず、すくんでしまうと言うものだ。

ヘビはカエルを一飲みにできる。ヘビには負けるカエルだが、相手がナメクジならばやすやすと舌でとって食べる。ところがカエルに食われるナメクジは、身体の粘液で(カエルより強いはずの)ヘビを溶かしてしまうと言う寓話である。従って、この時カエルがナメクジを食べてしまうと、その後ヘビに食われてしまうから、カエルはナメクジを食べられない。ヘビ、ナメクジも同様の状態となるわけで、このため、三者とも身動きがとれなくなるというのだ。

今回の原発事故では、三すくみどころか、何十にもすくんでしまっているのである。従って、各機関のトップが話す内容は、どれも第三者的発言であり、実に他人事なのである。そして畢竟、機関(例えば原子力安全委員会)はあるが、ただ、助言、アドバイス、之位ならどうかと言ったところであり、我が身がその危機に曝されたらどうなるのかと言うこと、そうならないようにするにはどうするのかと言ったことまで腹をくくってリードすることなく今日まで来ているのである。

そもそも、原子力安全委員会と原子力安全・保安院の2つの機関のミッションの違いがよく分からないのである。縦割りが良くないという話もあるが、このような安全に関する機関が鼎立すれば、百家争鳴で、数多の意見が出ることは自明であり、それをとりまとめるのが誰なのかが明確にならないわけだ。
そう言った権限の分散化には危機管理が及んでいるが、それ故に誰も責任を取ることが必要ないと言うことになるわけである。

本来なら、もう何人かの逮捕者が出ていて然るべきなのに、誰も温々としているばかりでなく、電気が無くなればどうなるか解っているだろうな、的な脅しで、原発をなお推進するスタンスで、物事が進んでいるのである。

この事態を踏まえて、4月からは原子力安全委員会+原子力安全・保安院=原子力規制庁と統合されるようで、何となく一元化されるような錯覚を受けるが、之も国民の目を眩ます事でしかないと言わなければならない。テレビでは、原子力規制庁とは言うが、規制は推進と読み変えた方が良いという見方も言われている。

原発が無くなれば、たちまち原子力村は瓦解することになり、大量の有能な人達が干上がるという現実があるから、原発を廃止するという方向にはならないのだろうかと考えてしまうが、そこの所を巧く考えないと、この危険は永久に続き、40年を経過した原子炉も、なお使われて、やがて、汚染地区が増えると言ったことの危険性を残すことになる。

事故後の体制にしても、被曝を回避するために、避難回避出来る範囲をある程度想定してから強引に逆算しているのだそうで、今回の事故で飛散した放射線物質は、想定計算での1000倍か、1万倍と言ったような値であり、もし、正直に之に基づいて計算したら、日本中どこにも住めなくなると言う事も明らかにされた。この事からも、先ず原発ありきから出発しているわけで、前途は暗澹たるものである。

寺坂信昭前原子力安全・保安院長の陳述も聞いたが、先ず議事録を取っていなかった件については実に曖昧模糊とした答弁に終始し、事務系であるとの公言しておきながら、「公文書等の管理に関する法律」の存在を知ってか知らずか議事録を作成していなかった件については、技術系を次長に任せている上、文科系のなす事をさえも、していないわけで、一体この男は何を仕事にしていたのだろうかとの思いが強い。



最終的に、原発事故調査委員会の黒川清委員長は「安全保安院長自身に専門性が無く、斑目委員長と共に国民の安全を守る意識も希薄だと感じた」と批判したようだ。しかし、どういう委員会を作ろうが、何を知ろうが、誰も責任を取り、罰に服することはないのであれば、単なる茶番にしか成らない。

こういった、安全、技術の知見とレベルで、原発を継続することも、又海外に売りまくろうとすることが計画されている。この事故調査委員会のヒアリングを聞いて、原発を海外に拡販すると言った施策が是であることが言えるとは、相当高慢ちきな考えであると言わねばならない。

どうしても、原発となると、問題が大きく、今もなお継続している案件であるので、書き続けてしまうわけだが、彼らの他にも、今の日本に、無責任な輩が、如何に多いことかと考えざるを得ない。
小沢一郎の金問題、検察の隠蔽問題、西日本の事故問題、オリンパス問題、大王製紙問題等々枚挙に暇がない。黄泉の国から植木等が「こりゃ、参った!」と言っているのが聞こえるようだ。





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Last updated  2012.02.22 09:58:30 コメントを書く


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