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2012.07.22
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第百十五段
【本文】
 宿河原といふ所にて、ぼろぼろ多く集まりて、九品(くほん)の念仏を申しけるに、外より入り来たるぼろぼろの、「もし、この御中に、いろをし房と申すぼろやおはします」と尋ねければ、その中より、「いろをし、こゝに候。かくのたまふは、誰(た)そ」と答ふれば、「しら梵(ぼん)字と申す者なり。己れが師、なにがしと申しし人、東国にて、いろをしと申すぼろに殺されけりと承りしかば、その人に逢ひ奉りて、恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり」と言ふ。いろをし、「ゆゝしくも尋ねおはしたり。さる事侍りき。こゝにて対面し奉らば、道場を汚(けが)し侍るべし。前の河原へ参りあはん。あなかしこ、わきざしたち、いづ方をもみつぎ給ふな。あまたのわづらひにならば、仏事の妨げに侍るべし」と言ひ定めて、二人、河原へ出であひて、心行くばかりに貫き合ひて、共に死ににけり。
 ぼろぼろといふもの、昔はなかりけるにや。近き世に、ぼろんじ・梵字・漢字など云ひける者、その始めなりけるとかや。世を捨てたるに似て我執(がしふ)深く、仏道を願ふに似て闘諍(とうじやう)を事とす。放逸(はういつ)・無慙(むざん)の有様なれども、死を軽(かろ)くして、少しもなづまざるかたのいさぎよく覚えて、人の語りしまゝに書き付け侍るなり。

【訳文】
 宿河原という所で、ぼろぼろが大勢集まって、九品(くほん)の念仏をお唱え申していた折りに、そこへ外から入って来た、ひとりのぼろぼろが、「もしかすると、このお仲間に、いろをし房と申し上げるぼろがおいでになりますか」と尋ねたので、その仲間のうちから、ある者が「いろをしは、ここにおります。そうおっしゃるのは、どなたか」と答えたところ、「わたしはしら梵字と申す者です。わたしの師匠の何某(なにがし)と申しました人が、関東で、いろをしと申すぼろに殺されたと承りましたので、その人にお目にかかって、恨みをお晴らし申したいと思って、お尋ね申し上げるのです」と言う。これを聞いたいろをしは、「殊勝にも探して来られましたなあ。そうしたことが確かにありました。しかし、ここでお逢いいたしては、道場を汚しましょう。さあ、この前の河原へ参り、立ち合いましょう。ああ恐れ多いことです、付き添いの方々、どちら側にも味方なさるな。多くの人たちの迷惑になったら、仏事の妨げでございましょうから」とことばで約束して、二人して河原へ出て立ち合い、思う存分互いに刺し違えて、一緒に死んでしまった。
 このぼろぼろという者は、昔はなかったのであろうか。近ごろの世に、ぼろんじ・梵字・漢字などといわれた者が、その起こりであるとかいうそうである。このぼろぼろは、出家・遁世している風を装って、しかも、我執がつよく、仏の道に入ろうと願うように見えながら、喧嘩・闘争を専門にしている実に勝手気ままで恥知らずのありさまではあるが、この二人のぼろぼろの話は、死ぬことを何とも思わず、また、それにちっともこだわらない行き方が小気味よく思われたので、ある人がわたくしに語ってくれた通りにここに書きつけておく次第です。

【注釈】
・ぼろぼろ:非僧俗の無頼の乞食の徒党(山野に放浪する類であったようだ)

・恨み申さばや:恨みをはらす
・対面:ここでは決闘
・あなかしこ:ああ恐れ多い
・我執:仏語、実在しない衆生の本体を実在するとみだりに執着すること
・放逸・無慙:勝手気ままな心・もろもろの功徳と有徳の者を尊崇しない
・なづまざる:こだわる、執着する

第百十六段
【本文】
 寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞(きこ)ゆる、いとむつかし。
人の名も、目慣れる文字を付かんとする、益なき事なり。
 何事も、珍らしき事を求め、異説を好むは、浅才(せんざい)の人の必ずある事なりとぞ。


 寺院の名称や、そのほかのいろいろな物にも名前をつけることは、昔の人は、ちっとも思案をこらすことなく、ただ、ありのままに、気がるに名づけたのである。ところが、最近は、よくよく工夫を凝らし、才の働きを示そうとしているように名前のつけ方が受けとれるのは、実にわずらわしいことだ。人の名も、読みなれない文字を使って付けようとするのは、何の益もないことである。
 何事についても、珍奇なことを強いて探し、通説と変わった見解を知りたがるのは、学才の乏しい人の必ずやることであるという。

【注釈】
・さらぬ:さあらぬの略。そのほかの
・異説:普通と違う考え


第百十七段
【本文】
友とするに悪き者、七つあり。一つには、高くやんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく、身強き人。四つには、洒を好む人。五つにはたけく、勇める兵(つはもの)。六つには、虚言する人。七つには、欲深き人。
よき友、三つあり。ーつには、物くるゝ友。二つには医師(くすし)。三つには、智恵のある友。

【訳文】
 友達とするのによくない者が七つある。第一には、身分が高く重んずべき人。第二は、若い人。第三には、病気を持たず、身体強壮な人。第四には、酒を飲みたがる人。第五には、剛勇で、血気にはやる武士。第六には、うそをつく人。第七には、欲の深い人。
 これに対して、よい友には、次の三つがある。第一には、物をくれる友。第二には、医者。第三には智恵のある友。

【注釈】
・良き友:論語李氏第十六の四
  孔子日、益者三友、損者三友、
友直、友諒、友多聞、益矣、
友便辟、友善柔、友便佞、損矣、

 孔子の日わく、益者三友、損者三友。直きを友とし、諒(まこと)を友とし、多聞を友とするは、益なり。便辟(べんべき)を友とし、善柔を友とし、便佞(べんねい)を友とするは、損なり。

孔子がいわれた、「有益な友だちが三種、有害な友だちが三種。正直な人を友だちにし、誠心の人を友だちにし、もの知りを友だちにするのは、有益だ。体裁ぶったのを友だちにし、うわべだけのへつらいものを友だちにし、口だけたっしゃなのを友だちにするのは、害だ。」

第百十八段
【本文】
鯉の羮(あつもの)食ひたる口は、、鬢(びん)そゝけずとなん。膠(にかは)にも作るものなれば、粘りたるものにこそ。
 鯉ばかりこそ、御前にても切らるゝものなれば、やんごとなき魚なり。鳥には雉、さうなきものなり。雉・松茸などは、御湯殿の上に懸りたるも苦しからず。その外は、心うき事なり。中宮の御方の御湯殿の上の黒み棚に雁の見えつるを、北山入道殿の御覧じて、帰らせ給ひて、やがて、御文にて、「かやうのもの、さながら、その姿にて御棚(みたな)にゐて候ひし事、見慣(なら)はず、さまあしき事なり。はかばかしき人のさぶらはぬ故にこそ」など申されたりけり。

【訳文】
 鯉で作った吸い物をたべた日は、髪の毛がほつれて乱れないという。鯉は、膠にも作る材料であるから、粘りのあるものなのであろう。
 鯉だけは、天皇の御前でも切って料理されるものだから、魚の中でもたいした魚なのである。鳥類では、雉が並ぶもののないものである。雉や松茸などは、宮中の「御湯殿の上」の間に懸けられてあるのも、見っともなくない。
上に挙げた以外のものがあると、感心しないものである。中宮の御殿の「御湯殿の上」の間の黒み棚に雁が見えたのを、北山の入道殿が御目に留められて、邸にお帰りになって、すぐに、お手紙で、「あのような物が、そっくりそのまま、もとの姿で黒み棚に置いてありましたのは、見慣れないことで、みっともないことです。こうしたことは、お側に意見するしっかりした人が仕えていないからなのでしょう」などとお申し上げなされたことである。

【注釈】
・さうなきもの:ならぶものがない
・中宮:皇后の別名
・北山入道殿:中宮禧子の父

第百十九段
【本文】
鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり。それも、鎌倉の年寄の申し侍りしは、「この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部(しもべ)も食はず、切りて捨て侍りしものなり」と申しき。
 かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。

【訳文】
 鎌倉の海岸で、鰹という魚は、あの地域では、無上のものとして、このごろはもてはやすものである。その魚も、鎌倉の古老の申しましたところでは、「この魚は、わたしどもがまだ若かった時世までは、ちゃんとした方の御前へ出ることはございませんでした。頭は、下部もたべず、切って捨てましたものです」と申しました。
 こうした物も、末世となると、上流階級にまでも入りこむという次第でございます。

【注釈】
・境ひ:地域
・さうなし:第一等の
・下部:身分の賤しい者
・上ざま:上流社会

第百二十段
【本文】
 唐の物は、薬の外は、なくとも事欠くまじ。書(ふみ)どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん。唐土舟(もろこしぶね)の、たやすからぬ道に、無用の物どものみ取り積みて、所狭く渡しもて来る、いと愚かなり。
 「遠き物を宝とせず」とも、また、「得難き貨(たから)を貴(たふと)まず」とも、文にも侍るとかや。

【訳文】
 中国からの渡来品は、薬のほかは、なくても不自由はすまい。書籍類は、この国にたくさん流布してしまっているから、いくらでも書写することができよう。それなのに、唐船が、困難な航路を通って、実用にならぬ品々ばかり積み込んで、ぎっしりいっぱいにして、続々と輸送してくるということは、はなはだ馬鹿げたことである。
 「遠方の品物は、宝としない」とも、あるいはまた、「なかなか得られない財貨を貴重視しない」とも、古書の中の文句にもございますとか。

【注釈】
・たやすからぬ道:航行の容易でない海路
・無用の物:贅沢品
・所狭く:船内が狭いほど一杯に





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Last updated  2012.07.27 17:34:53
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