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2012.08.26
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カテゴリ: カテゴリ未分類


人生の展望では、この世は、あと12年と云うところであろう。之は、私のDNA的にもまた、一般的な平均寿命からしても妥当な線である。そのことを考えると、あと12年(1世代)後にどうなっているかを想像することは決してたやすくはない。

人生の1/4のラストクオーターをつい8年前に始めたばかりであるからだ。8年前に今日ここでいることを想像したかと云えばそれはない。従って、一寸先は闇と云うほどではないが、なかなか将来を見通すことは出来ないのである。

だからといって、全くの白紙というわけでもないが、むかし、世間一般に云われたように60歳を過ぎたら楽隠居と言うほどでもないのも確かである。
最近の日経新聞に「シニアが拓く」とのコラムが掲載されていた。そこには、「終活(就活をもじったものだろう)で築く最後の安心」とあったが、何故に、殊更「終」の字を使いたがるのだろうかと思った。私などは、人生のラストクオーター(やっぱりラスト=終か)を走っているとの感覚であるが、同期の連中の中にでも、殊更「終」を意識している者もいるようだ。

人生は「サドンデス」が良いというと皆そう言うし、それが希望だという。もちろん交通事故や、災害に巻き込まれることを想定はしていないのだが。しかしこれとて、何が起こるか分からない(何が起こっても不思議ではない)世の中だから「想定」などと言う言葉は軽々しく口に出せないのは、東日本大震災の時と同じである。

新聞には、死んだら遺影と云うことで、生前をよく見せるために事前に遺影撮影をして待っているのだそうだ。そう言えば、親父の時もお袋の時も、死んで後アルバムなどをかき回して、遺影用の写真を探して、背広から紋付きの和服に着せ替え(写真で合成)させたことを思い出した。従って、今、毎朝顔を合わすのは、そのとき選んだ顔写真である。(事前の遺影撮影をなるほどの思った)

さらには、老人ホームの話が続く、そして、一人暮らしの話だが、65歳以上で一人暮らしは、約470万世帯(人)いるという。日本の人口1億2665万人のたかだか4%弱ではあるが、寂しい話だ。さらに、子供が巣立つとか、元々なのか、夫婦2人の世帯も約460万世帯(920万人)ということだ。
こちらは一人暮らしの予備軍であるが、これらを合わせて、1390万人、約11%となる。



そんなわけで、姉たちを見ると、世間的には余生を細々と生きているといったイメージで捉えがちだが、実態は、なかなか元気のようだ。まさに、人生のラストクオーターをばく進しているが如しである。
歳を取ると云うことは、60兆個の細胞が、漸次減少していくことであろう。若いときには、死んだ細胞は、新しい細胞に置き換わるのだが、その補充が無くなるのである。新しい細胞が、最初に設計された通りに成長せず、暴走するのがガンであり、細胞が萎縮していくのが認知症と言うことになろうか。

ガンは嫌だが、認知症もと思うものの、この認知症患者も、ここ10年ほどで2倍の約300万人いるのだという。ガンにもならず、認知症をも発症せず、かつサドンデス出来る状態というのは、普段の努力だけでは達成出来ない。(不断の努力でも駄目だ)

こうなると、「今を生きよ」と云う言葉が生きてくる。カルペ・ディエム(ラテン語)である。相撲取りがインタビューに答えるとき、アナウンサーが、「優勝が見えてきましたね」などと問うても、「一番一番頑張るだけです、はぁー、はぁー」というのに似ている。
若い頃には、もう少し言い様はないかと聞いていたこともあったが、けだしこの言葉の大いなる意味が分かった次第である。

高邁な理想を掲げて・・・と言うのも気恥ずかしいし、かといって、消化試合のように、黙々とキャッチャーとキャッチボールするだけの投手でも終わりたくないというところだ。

1950年にはピラミッド型の人口構成だったのが、今やシニアバルジとでもいえそうな歪な人口構成になっている現在は、もはや昔のイメージで老齢者を捉えることは出来ないのが当たり前である。
今後孫、子がどう云った生活をしていくのか、気になるところだが、これとて、今から推定することは出来ないのである。

今日は太郎君一家と夕食を共にした、連れ合いの孫は日に日に大きくなっていく。今日は、全員で、「UNO」というカード遊びをした。初めてなのだが、「アメリカンページワン」と似ている。4歳の弟君も参加出来るのを見て驚いたが、WiiやDSのゲームにはまっているよりは良いと連れ合いが言うように、なかなか元気が良い。こういった遊びを通じてもソーシャル感覚を学んでいけばいいのかと思ったりもする。

「UNO!」カードが最後の1枚になったときにそう叫ぶわけで、そう言わないと上がれないと云うことで、今日は「UNO!」の言葉が飛び交った、幸せな日であった。(UNO=スペイン語で1という意味)





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Last updated  2012.08.28 04:05:19 コメントを書く


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