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2012.12.14
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カテゴリ: カテゴリ未分類


【本文】
 人間の、営み合へるわざを見るに、春の日に雪仏を作りて、そのために金銀・珠玉の飾りを営み、堂を建てんとするに似たり。その構(かま)へを待ちて、よく安置(あんぢ)してんや。人の命ありと見るほども、下より消ゆること雪の如くなるうちに、営み待つこと甚だ多し。

【訳文】
 世の中における、人々がみな努力してやっている仕事を見ると、それは、春の日のもとで雪仏を作って、その雪仏のために、金銀や珠玉の装飾を骨折ってとりつけたり、お堂を建立しようとするのに似ている。そのお堂の構築を待った上で、雪仏を仏壇に据えることができようか。人間の生命が続いていると思っている間にも、生命の根底から次第に消滅し死に近づいてゆくことは、雪の解けてゆくようであるが、その間に、精出して働き、でき上がるのを待っていることが非常に多いものだ。

【注釈】
・営み:互いに努力してやる仕事
・雪仏:雪で作った仏の像
・構え:出来上がり

・下より消ゆる:人間が生命の根底から次第に死に近づいていくこと
・営み待つ:せっせと努力してことの成るのを期待すること

第百六十七段
【本文】
 一道に携はる人、あらぬ道の筵(むしろ)に臨(のぞ)みて、「あはれ、我が道ならましかば、かくよそに見侍らじものを」と言ひ、心にも思へる事、常のことなれど、よに悪(わろ)く覚ゆるなり。知らぬ道の羨ましく覚えば、「あな羨まし。などか習はざりけん」と言ひてありなん。我が智を取り出でて人に争ふは、角ある物の、角を傾け、牙ある物の、牙を咬み出だす類なり。
 人としては、善に伐(ほこ)らず物と争はざるを徳とす。他に勝ることのあるは、大きなる失なり。品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人に勝れりと思へる人は、たとひ言葉に出でてこそ言はねども、内心にそこばくの咎(とが)あり。慎みて、これを忘るべし。痴(をこ)にも見え、人にも言ひ消(け)たれ、禍をも招くは、たゞ、この慢心なり。
 一道にもまことに長じぬる人は、自ら、明らかにその非を知る故に、志(こゝろざし)常に満たずして、終(つひ)に物に伐る事なし。

【訳文】
 ある一つの専門に従事している人が、自分の専門外の会席に出て、「ああ、これがわたくしの専門であるなら、こうして無関係に傍観いたしますまいのに」と口に出したり、心中にも思ったりすることは、普通よくあることであるが、これは、ひどく下らないと思われる。自分の知らない専門のことが羨ましいと感ぜられたら、「ああ、羨しいことだ。どうして習わなかったのだろう」と言っておくのがよかろう。自分の賢いことを持ち出して他人と競争するのは、角のある動物が角を傾けて相手につきかかり、牙のある動物が牙をむき出して相手に立ち向かうのと同類である。
 人間としては、自分の長所を自慢せず、他人と競争しないのが美点といえる。他人よりすぐれていることがあるのは、大きな欠点である。家柄の高さでも、学問・芸能がぬきん出ていることでも、祖先にえらい人が出たという評判でも、自分が他人よりすぐれていると思っている人は、たといことばに出しては言わなくとも、心の中に、多くの欠点があるのだ。こうした、人にすぐれていることは、深く用心して忘れるのがよい。馬鹿げているとも見られ、他人からも非難され、災難までも招きよせるのは、ただ、このおごりたかぶる心のためである。
 真に一つの専門に熟達してしまった人は、自分ではっきりおのれの欠点を自覚しているから、自分の望みがいつも満たされることがなくて、最後まで、他人に自慢することがないものである。


・一道:ある一つの専門
・あらぬ:専門外
・筵:会合の席
・よに:甚だしく
・あな~:強い感動を表す

・痴(をこ):馬鹿、愚か
・言ひ消つ:けなす、非難する

第百六十八段
 年老いたる人の、一事(いちじ)すぐれたる才(ざえ)のありて、「この人の後には、誰にか問はん」など言はるゝは、老(おい)の方人(かたうど)にて、生けるも徒(いたづ)らならず。さはあれど、それも廃れたる所のなきは、一生、この事にて暮れにけりと、拙(つたな)く見ゆ。「今は忘れにけり」と言ひてありなん。
 大方は、知りたりとも、すゞろに言ひ散らすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞え、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにも辨(わきま)へ知らず」など言ひたるは、なほ、まことに、道の主とも覚えぬべし。まして、知らぬ事、したり顔に、おとなしく、もどきぬべくもあらぬ人の言ひ聞かするを、「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし。

【訳文】
 年をとっている人が、一つのことにたちまさった才能があって、「この人の死後には、そのことにつき誰に向かって尋ねようか」などと言われるのは、老人のためのよい味方であって、老いて生きているのも、むだなことではない。そうではあるが、そういう老人も、衰退している所がないのは、一生涯がこの専門とすることで過ぎてしまったのだなあと、くだらなく思われる。そういう老人は、専門については、「もう今は忘れてしまったなあ」と言っておくのがよかろう。
 一般的に言って、自分の専門についてよくわかっていても、それにつきむやみにしゃべりたてるのは、さほどの才能ではないのであろうかと受けとられ、たまにはまちがいもあるはずである。「はっきりとは心得ていません」などと言っているのは、やはり、ほんとうに、斯道(しどう)の大家なのだときっと感じられるにちがいない。これに反して、自分ではわかっていないことを、得意然と、年もとっていて、そのために反駁もできかねる人が言って聞かせるのを、「そうでもない」と心中に思いながら聞いているのは、とてもやりきれないものだ。

【注釈】
・方人:仲間、味方
・廃れたる所:衰えた点
・この事:専門としていること
・道の主:専門の大家
・したり顔:得意な顔つき
・もどき(ぬ):反駁する

第百六十九段
 「何事の式(しき)といふ事は、後嵯峨の御代までは言はざりけるを、近きほどより言ふ詞(ことば)なり」と人の申し侍りしに、建礼門院の右京大夫、後鳥羽院の御位の後、また内裏住(うちず)みしたる事を言ふに、「世の式も変りたる事はなきにも」と書きたり。

【訳文】
 「何々という事の式(慣例)ということは、後嵯峨天皇の御治世までは言わなかったのに、近ごろから言うことばである」と、ある人が言いましたが、建礼門院の右京大夫が、後鳥羽上皇が天皇の御位につかれた後で、再び女官となって宮中に住んでいることを言うのに、「世の式も変りたる事はなきにも(世の中の慣例は変わっていることはないのに)」と書いている。

【注釈】
・内裏住:ここでは女官として仕えること

第百七十段
 さしたる事なくて人のがり行くは、よからぬ事なり。用ありて行きたりとも、その事果てなば、疾(と)く帰るべし。久しく居たる、いとむつかし。
 人に向ひたれば、詞多く、身もくたびれ、心も閑(しづ)かならず、万の事障りて時を移す、互ひのため益なし。厭(いと)はしげに言はんもわろし。心づきなき事あらん折は、なかなか、その由をも言ひてん。同じ心に向はまほしく思はん人の、つれづれにて、「今暫し。今日は心閑かに」など言はんは、この限りにはあらざるべし。阮籍(げんせき)が青き眼(まなこ)、誰もあるべきことなり。
 そのこととなきに、人の来りて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。また、文も、「久しく聞えさせねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。

【訳文】
 たいした用件がなくて他人のもとへ行くのは、不都合なことである。用件があって行ったとしても、それが済んだら、さっさと帰るのがよい。長座しているのは、はなはだわずらわしいものだ。
 他人と対していると、言葉数が多くなり、からだも疲れ、心も平静でなく、いろいろの用事がさしつかえながら時間を過ごすのは、おたがいのためにむだなことである。いやそうに客に向かって話すのも、よくないことだ。
客に対して気のりのしない事がある時は、かえって、そのわけを言ってしまおう。ただ、こちらも相手と同じ気持ちで対座したいと思うような主人が、所在なくて、「もうしばらくおいで下さい。今日はゆっくり落ちついて話し合いましょう」などと言うのは、上に述べた範囲外のことであろう。あの阮籍が、好きな客には青い目つきで迎えたということは、誰にでもありそうなことである。
 これという用件もないのに、他人がやって来て、のんびりと物語をして帰って行ってしまうのは、実によい。また、便りも、「長い間、お手紙をさし上げませんので」などぐらいに書いてよこしたのは、とてもうれしいものだ。

【注釈】
・人のがり:人のもと
・心づきなき事:気の乗らないこと
・なかなか:かえって、いっそうのこと
・その由:気に入らないわけ
・つれづれにて:所在なく
・阮籍が青き眼:人を喜んで迎える・・・反対語:白眼視
・そのこととなき:なんということもないのに





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Last updated  2012.12.16 08:26:44 コメントを書く


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