新生のらくろ君Aの館

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2020.01.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のウォーキングは第1566日目で、9042歩だった。
昨晩は孫2人が泊まった。ゲーム三昧のようだ。
太郎君一家と初詣に出掛けた。8:30出発と言う約束だったが、お兄ちゃんの方が一寸風邪気味のようで、出発は1時間遅れた。お墓参りもと知恩院に先に参るのだが、太郎君は京滋バイパスから京都に出る道で、JCTを通り越して、又戻る結果となった。
京都方面への京滋バイパスはことのほか渋滞していた。

鴨川東ICで降りて北上し、三条通からのアプローチだったが、何とか知恩院の駐車場に駐めることが出来た。修理中だった御影堂は姿を現し、周辺の工事壁なども取り払われて、スッキリとした知恩院のたたずまいが戻っていた。

納骨堂に参り、帰りは大鐘楼へ上った。連れ合いは、大鐘楼に上るのは初めてだという。除夜の鐘はここで突かれている。そう言えば何度も足を運ぶが、ここには上ったことがなかった。大鐘楼からは円山公園の山側に抜けることが出来る。2人の孫が歩く姿を見ていると、2人ともすくすくと背が伸びているようだ。特に兄の方は、もうすぐ太郎君と肩を並べるまでになっている。

ゆっくり下ると、正月の円山公園に出た。見慣れた光景だ。八坂神社に下って、お参りを済ませて、おみくじを引いたら私は第三番の「吉」と出た。
私のくじに示された歌は「霧のうちもまづ面影にたつるかな 西の御門の石のきざはし」
と言う藤原俊成の歌だった。



一寸手慰みにと藤原俊成の事を調べてみた。藤原道長の流れを汲み、定家の父である。百人一首にも選されている。平忠度が都落ちするときに私の歌を一首でも入れてくれと頼まれ、忠度の歌を「詠み人知らず」として一首のみ「千載集」に載せた。その加護があったのか、その時、既に70歳近かった俊成は更に20年余り生きたということだ。

これは長寿が叶うという暗示ではなかろうか、等と勝手に思った。

連れ合いは「半吉」だったようだ。太郎君は「凶」を引いたので、連れ合いがすかさず引き直しなさいと言っていた。都合が悪いおみくじは何度も引くべしと云う事をテレビで言っていたというわけだ。それは、気分良くこの1年を過ごすためには良いアイデアかも知れない。そこで、太郎君は引き直して「吉」を得ていた。
くじの引き直しも、ありのようだ。明智光秀は信長を討つ前にくじを引いたが、気に入るのが出るまで3度引いたという。

また、源頼朝もくじ好きで、鶴岡八幡宮を建造する際にくじで方角を定めたという。要するにくじを引いて、そこに書かれていることをよく注意してこの1年を過ごしなさいという指針であると考えれば、何を引こうが、何が書かれていようが、一向に問題は無く、時々の局面で、くじの内容を思い出して居住まいを正すと言うくらいの気持ちでいれば良いのだと云う事らしい。

孫は、兄は「大吉」で、弟は「末吉」だった。お嫁さんは「吉」でまぁまぁと言ったところだ。

正月のお詣りは、三社参りを旨とするので、後二社参ることになる。昨日の若山神社ではおみくじを引かなかったので、都合四社になる予定だ。

お昼を何処にしようかとなったが、兄の方が調子を崩しているので、ステーキの「宮」を止めてうどんを食べることになった。171号線の途中で、「香の川」という讃岐うどんの店に入った。兄の方は、調子が悪いと言いながら、うどん3玉を注文していた。

帰りに、お嫁さんとお兄ちゃんを、休ませるために、家に届けてから、阪急高槻迄足を伸ばして、夕食の備えの買物をした。今晩も家で太郎君一家と夕食を採る事になり、地下でお肉を買った。若い者の食欲は素晴らしい。どんどん大きくなるはずだ。今は、望みに応じて望みの物が食べられる、考えてみればありがたいことだ。

私は、改装成った阪急高槻の地下に初めて降りたが、西武時代よりも随分と変わっていた。買物を終えて、休憩のために喫茶店でコーヒーを飲んだが、弟が通知表で先生からとても褒められていることを聞いて、改めてよく育ったものだと、嬉しい気分になった。

夕食は結局太郎君と弟だけで、都合4人で採った。帰りもマンションまで送っていったが、健やかに育っている様はとてもいとおしく感じた。






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Last updated  2020.01.03 08:59:51
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