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2020.12.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のウォーキングは第1843日目で9251歩だった。
連れ合いは元の同僚さんとの昼食会に出掛けていった。コーナンに消毒液を会に行ったが、マスク用とかは無く、テーブル用などのものしかなかった。

***

世界の秘密都市で前回の続きだ。

5つめの都市は、前回から続くオジョルスクだ。
閉鎖された都市、ニジニ・ノヴゴロドの東方1200kmのオジョルスクもまたグラグの収容者たちによって一から作られた街だ。こうした人工街は街そのものの成り立ちが根本的に異なっている。建設は1945年辺りから始まり、7万人もの囚人が、原子炉や地下研究施設などを建てるため強制労働に充てられた。

オジョルスクのマヤーク(マヤークはロシア語で灯台の意味)は、化学コンビナートと言いながら実は核施設であり、原子爆弾用プルトニウムを生産するための原子炉5基が、1948年から建設されてきた。そして、1957年9月29日このマヤークで原子力の爆発事故(レベル6の大事故)が起こったせいだ。その30年後に起こったチェルノブイリの事故を何倍も上回るレベルだった。

そのために、マヤークで働いていた労働者は「5年生存率が0%」という恐ろしいレベルの放射線を浴びた。その頃、特にソ連のような国では、被爆の影響やそれを防ぐための安全対策について理解している者は少なかった。私が中学生の時代だ。

マヤークの施設は、高濃度の汚染水を、近くを流れるテチャ川に廃棄していたのだが、川下にある24の町や村が、その水を生活用水として使っていた。そして、1957年に地下爆発が起こった際には、周辺の村からの避難が遅れ、何万、何十万という住民が、許容値の数十倍の放射線を浴びた。



こうしたソ連(社会帝国主義)の閉鎖都市(軍事施設)は世界から隔離するために様々な理由付けが行われていた。囚人たちがここでの仕事に当たっていたというが、勿論政治犯などが主であったのだろう。こうしたリンチに類する刑罰はソ連では当たり前のことだったのだろう。

5つめは、ウクライナのセバストポリとドニプロだ。
ウクライナ南部の係争地、クリミア半島の港湾都市セバストポリには、ロシア黒海艦隊の海軍基地が置かれている。この街は、ソ連時代には閉鎖されていた。同じような閉鎖都市に、ウクライナ中部のドニプロ(旧ドニプロペトローウシク)がある。弾道ミサイルや宇宙ロケットのエンジンの開発、製造の拠点だった街で、ソ連内では「ロケット閉鎖都市」として知られていた。

6つめはエストニアのシッラマエとパルティスキなどだ。
バルト海沿岸のエストニアは、今でこそ欧州連合(EU)に加盟している独立国家だが、ソ連の支配下にあった頃には、シッラマエとパルティスキの街が閉鎖されていた。ロシア系住民が大半を占めるシッラマエにはウランを製造する化学工場があり、パルティスキには原子力潜水艦訓練センターがあったためだ。

このほかにも、現在はモルドバ(この国の存在を知ったのはコロナの国別の発表があってからだ)昔のルーマニア領なのか。モルドバのコバスナという街、中央アジアのカザフスタンにあるプリオーザースクも現在は閉鎖されたままだ。
この辺りになると人種の混交もより大きくなり、より複雑さを増してくる。
丁度、今アルメニアとアゼルバイジャンが紛争を起こしているのと同じようなことが起こっているのだろう。

プリオーザースクには今も弾道弾迎撃ミサイル試験地がある。記憶に新しいロシアのクリミア進出はロシアにとってもセバストポリ港は黒海艦隊の基地として、今なおロシア編入を主張しているのだ。

7つめはクロアチアのジェリャヴァの飛行場と地下軍事基地などだ。
ジェリャヴァ地下空軍基地はナチスドイツに抵抗するパルチザンの名残の施設だ。


数多く残る秘密の軍事施設の中の1つの施設に現在のコソボのプリシュティナ国際空港近くにあるスラティナ地下空軍基地や、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのビハチ近くにあるジェリャヴァ地下空軍基地などが閉鎖された都市としてある。

中でも最大のジェリャヴァの地下空軍基地は、当時は軍事基地ネットワークの中心であり、社会主義共和国の長距離・早期警戒レーダーシステムの中枢としての役割を果たしていた。ここの空軍基地はソ連の戦闘機「ミグ21」を運用する2つの飛行隊の本拠地であった。

基地の4つの入り口はすべて山腹に隠されていて、戦闘機はいつでも迅速に発進することができ、帰還してしまえば人目に触れることはない。1957年から完成までに8年かかり、20ktonの核爆弾の直撃を受けても耐えられるほど頑丈につくられていた。収容人数は1000人までで、密閉された状態で30日間暮らせるだけの食料も備蓄してあったとのことだ。

1990年代にボスニア紛争が勃発し、セルビア人勢力が基地から撤退する際に一部が破壊された。現在は人けもなく荒れ放題だが、周囲には、紛争の間に埋められたたくさんの地雷がそのままになっているというのだ。

何しろ、ユーゴスラビアが未だに国として馴染みがある年代であり、ボスニア紛争の起こった理由や、その後の国土の分解などに疎い身では、閉鎖都市といわれてもピンとこない。


代替滑走路は今でもあるようだが、あまり使用したという話は聞かない。スイスは冷戦時代にも非同盟の立場を貫いていたが、自国防衛には備えていた。1950年代半ばまでに、スイス中央部や南部の山々に横穴が設けられ、スイス空軍機は、そこに隠された格納庫から出動するようになっていた。何年もかけて横穴が拡張される一方、高速道路網も整備された。その中には、滑走路としても使用できるようにつくられた道路もあった。

その1つにアルプナハ飛行場があり、2kmの専用の滑走路に加え、いざというときには、隣接したA8高速道路も軍用機の滑走路として使用することができる。アルプナハには横穴もあるが、もう使われていない。現在でも運用されているのはマイリンゲンの飛行場だけだ。山中に掘られた1kmのトンネルの中に、F-18戦闘機の飛行隊がいつでも出動できる状態で待機している。

9つめはムスコ地下海軍基地だ。
スウェーデンのムスコ地下海軍基地は、かつてはトップシークレットの軍事施設だった。ストックホルムから南へ50kmほど下ったところでメインハイウェイを降り、3kmの緩い下り坂のトンネルに入る。トンネルはバルティック海の下をくぐり、坂を上るとムスコにたどり着く。ストックホルム群島の3万ある島の中の一つで、何百年もの間、海軍基地があった場所だ。

ここでグーグルマップを開いて見るがムスコという名前では見つけることが出来なかった。流石シークレットというわけでも無かろうが、おおよその位置は見て取れる。

スウェーデンもまた第二次世界大戦のさなかに中立の姿勢を採り、NATOへ加盟することを拒んできた。現在もスイス同様、加盟していないようだ。

そうした中、スウェーデンとしては、この美しい島に、核爆弾の直撃でもなければ壊れないほど堅牢な海軍施設を、極秘で建造していたということだ。島の奥深くの基地と海をつなぐ長さ140~350mのトンネルを4本掘るのに150万tonもの岩石を運び出さなければならず、完成までに約20年かかった。

トンネルは、駆逐艦までの大きさであれば潜水艦や軍艦でも十分に収容でき、地下基地全体の広さは数平方kmに及んだ。800人の兵士が生活できるだけの設備を備えていたが、そのうちに雪解けの時期を迎え、1991年に冷戦が終結。2004年から基地は、一部を残して閉鎖されている。

こうして2日に亘って閉鎖された都市を見てきたが、恐らく、世界にはもっと計り知れない場所があるのだろう。コロナ禍で無くとも観光旅行で訪れることもない場所に、密かに造られていた施設を今回垣間見ることが出来たのは、とても興味深いことだ。





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Last updated  2020.12.13 09:08:13
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