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2021.06.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のウォーキングは第1989日目で9213歩だった。
夕方押し入れの整理をしかかった。

***

コロナがなかなか治まらない中、猪突猛進的に進んでいるプロジェクトがある。オリンピックだ。

コロナ対策のウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は参院厚生労働委員会でオリンピック開催について「本来はパンデミック(世界的大流行)でやることが普通ではない。それをやろうとしているわけで、やるのなら強い覚悟でやってもらう必要がある」と述べた。

改めて冷静に聞くと、誠に以て同感だが、なぜこうまでして政府や関係者はオリンピックを行おうとしているのか。その点についても国民の多数が開催反対の意向なのに、なぜ開催するのか理由を明らかに示して欲しいといった内容の発言をした。

之もその通りだと思う。歴史的な重さや、平和の祭典、世界中の人たちが心を1つにして・・・、等などその場しのぎの言葉を聞いてきた気がするが、立ち止まって本当にオリンピックをやる意義ではなく、なぜこうした非常事態でも強行するかについての明確な答えを聞いた記憶が無い。

こうした質問や説明を求める声に対して返ってくる言葉は「安全、安心な大会を・・・」と言う希望的な前置きだけで、真の開催理由が一向に示されていない。そして、国会に於いてもそうしたことが有耶無耶に質疑されるだけだ。

本当に開催する理由は何なのだろうか。再度謙虚に自問してみる。結論から言えば、先ず開催がありきなのだ。でも何故??



田村憲久などは、尾身の見解は「自主研究の発表」だと平然としている。全く聞く耳持たないのだ。

耳にいたいことは聞きたくなく、分科会とは別に2名の医師を参画させているので、そちらの意見を聞くと言うことらしい。耳にやさしい意見だけを採り入れて、結果コロナの感染が再拡大したらどうするつもりなのだろうか。決して責任は取らないだろうし、その時の言い訳の口上も出来上がっていることだろう。

オリンピック担当の丸川は何のために開催するの理由として、「我々はスポーツの持つ力を信じてやってきた。別の地平から見てきた言葉をそのまま言っても、なかなか通じづらいというのが私の実感です」と述べた。スポーツの何の力を指しているのかスポーツをすればコロナが尻尾を巻いて退散するという科学的な根拠でもあるのかと問い返してみたい。

正にナンセンス回答(にもなっていない)では無いか。

肝心の菅は質問に対してまともに答弁することを敢えて避けている。

嘗て、かつて安倍が、問題をはぐらかす答弁をした祭に上西充子法政大教授が名づけたのが「ご飯論法」だった。

2018年の流行語大賞に名を連ねた優れた分析表現だ。議論における言い逃れや論点のすり替えを表す言葉で、たとえば、「朝ご飯は食べたか」という質問の「ご飯」を故意に狭い意味にとらえ、「ご飯(米)は食べていない(が、パンは食べたかもしれない)」と答えるといった答弁だ。嘘はついていないが、全く真摯でなく、問題を意図的にそらしている。

その上西が今回の菅の答弁を「やぎさん答弁」だと証している。童謡になぞらえての言葉だ。
曰く、♪しろやぎさんからおてがみついた くろやぎさんたらよまずにたべた……。

尾身の質問に対しても、又野党などの質問に対しても同様だが、届いた手紙(質問内容)には目も呉れず、自分の感想と、希望を、科学的な根拠を示すことなく唯々念仏のように唱えるだけなのだ。(これを以て菅の答弁は「壊れたレコード」と称されていた)

まさしく言い得て妙な気がするくらいに当たっている。流石に鋭い観察と分析力だと感心する。


その点では、何故こうも質疑応答がちぐはぐなのかという点は理解出来た。安倍の時間稼ぎのご飯論法と全く同根なのだ。安倍の時は、まだあのへらへら答弁も、我が身の命の危険まで脅かされなかったが、今回は、得体の知れないコロナウイルスであり、専門家も止めておけという中でのやぎさん答弁は、放置すれば命に関わりかねないのだ。

問題がよりシビアだと言っても良い。

やぎさん答弁の例は下記の如くだ。
5月10日の衆参両院の予算委員会集中審議で、立憲民主党の山井和則議員が「ステージ3の感染急増、あるいはステージ4の感染爆発の状況でも東京オリンピック・パラリンピックを開催されるんですか」と質問した。

之に対する菅首相の答弁は下記の通りだ。


山井が「開催するのか、しないのか?」ということを再三尋ねても同じ文句を繰り返しては席に帰るのを繰り返したのだ。
質問とはかみ合っていないと言うよりも、内容を無視しているのだ。読まず(聞かず)に食べた(応えた)のだ。

山井は業を煮やし、「国民の命が掛かっているし、アスリートも同じ境遇だ、・・・感染爆発しててもオリンピックをされるというお気持ちなんですか?」という追い打ちに対して、菅は「そんなことはまったく申し上げておりません。開催にあたっては、よく聞いてください、選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じ、安心して参加できるよ・・・」と又同じ事、然し、「そんなことは申し上げて無いと言い、その点は聞いていたのだ。

こうなると、最早手が付けられない。そんな人をトップに頂いている国民はどう対処すれば良いのだろうか。

オリンピックが終了し(又は途上で)コロナ収拾が付かない状態になったとしたら、菅はきっと「そんなことになるとは言っていなかったのです、ただコロナが・・・私や、国民、アスリートたちの気持ちを踏みにじったのであります・・・」と言った答えになるのだろうか。

勿論自らに責任がなかったと云う事は敢えて申し上げると結ぶのだろう。

結局は、何故開催されるのか、どう対応して安全を担保するのかなどについて何の言及もないのだ。これで国民の生命を守っていくというのかと半ば呆れてしまうのだ。

安倍の場合は、極悪な人間性が暴露されて、イラついたが、菅の場合は、無策で単に念仏を唱えるだけのノー天気さに落胆の気持ちがつのるのだ。

日本学術会議の「任命拒否」問題でも、菅は内容をよく読まず、ただ官僚の作文を読み上げて、これだけは言ってはならないという「断言」を避けて通ったと云う事だ。

それだけを守れば、結果がどう転ぼうが、自らが傷つくことは避けられるといった政治屋の心情が垣間見えてくる。

・・・でも、そうまでして何故オリンピックをやるんだろうか???





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Last updated  2021.06.04 17:29:11
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