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全国どこでも見ることができ、自分なんかより年上の方々には「蒸気機関車の敵」のように見られていますが、あの凸型スタイルが、なんとも言えず好きなカタチでした。
東日本大震災での燃料輸送列車での活躍は、もっともっと世間に知られてもよいことだと思います。
今回は、わずかですが、写真をアップします
DD51-1804牽引コンテナ列車です。撮影場所は、佐倉~酒々井の、総武・成田分岐点です。
この当時、まだ鹿島サッカースタジアム駅までの電化はされておらず、鹿島臨海工業地帯への貨物列車は、まだまだDD51牽引でした。
EF81-91の貨物列車が本八幡を通過します。
武蔵野線の南流山~西船橋間に、貨物列車が通るようになったのは、21世紀に入ってからだったような気がします。それまで、千葉房総地域への貨物列車は、総武本線~新小岩操~新金線でのルートがメインでした。
上写真と同じ日、DD51-1801が単機で通り過ぎます。
また同じ日、DE10-1098も単機で通っていきました。
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EF66の100番台が引退したようです 2026年03月16日
隅田川のEF65‐2000番台 2026年1月 2026年03月11日
EF66‐100番台 2025年12月17日
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