ゆうさんの日記

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2026.05.28
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朝の三時に目覚まし時計が鳴らない朝。それだけで、一週間の張り詰めた糸がふっと緩む。
日曜日、うちの弁当屋は定休日だ。
普段なら割烹着で隠しているけれど、今日はお気に入りのサマーニットにデニムというラフな格好。それでも一七〇センチの身長とレースクイーン時代のプロポーションは、街を歩けば嫌でも目立つ。
「あ、ほら、あそこの弁当屋の美人女将……」
「やっぱり実物、すげえスタイルいいな」
すれ違う人たちのひそひそ話が耳に届く。
近所ではちょっとした有名人になってしまっている私にとって、休日の外食は少しハードルが高い。お洒落なカフェやレストランに入っても、周りの視線が気になって全然落ち着かないのだ。だから、休みの日はもっぱら家で過ごすか、気を許せる場所へ行くことにしている。
コンコン、と一軒家のドアを叩く。
「はーい。あら、明美ちゃん。いらっしゃい」

「はいどうぞ。今日はレモングラスとペパーミントを少しブレンドしてみたの」
智恵子さんがガラスのティーポットから注いでくれたのは、透き通った淡い緑色の自家製ハーブティー。
ひとくち口に含むと、爽やかな香りが鼻に抜け、一週間フライヤーの油の匂いに塗れていた身体が、内側からスーッと洗われていくみたいに癒やされていく。
「んー、美味しい……! 智恵子さん、本当に天才。ねえ、これうちの店で『女将の癒やしドリンク』とか言って出さない? 絶対売れるって!」
「ふふ、お上手ねぇ。でもダメよ。これは趣味で育ててるだけだから、お金をもらうほどのものじゃないわ」
いつものように冗談交じりで誘ってみるけれど、智恵子さんはやっぱり、うんと頭を縦には振ってくれない。この頑固なまでの「家庭の味」へのこだわりが、彼女の魅力でもあるのだけれど。
そんな風にリビングのソファで智恵子さんとお喋りをしていると、背後にピリッとした、熱い視線を感じた。
視線の主は、廊下の物陰。リビングのドアの隙間から、智恵子さんの中学生になる息子さんが、顔を半分だけ覗かせてこちらをじっと見つめている。
(あ、目が合った)
私が気づいて、悪戯っぽくウインクを投げかけてみると、彼は顔をボッと林檎みたいに真っ赤にして、バタバタと大きな足音を立てて自分の部屋へ逃げ帰ってしまった。
「もう、あの子ったら。明美ちゃんが来る日はいつもソワソワしてるのよ。わかりやすいんだから」

レースクイーン時代、何千人もの男たちの視線を浴びてきた私だ。でも、あんな風に純情で真っ直ぐな、隠しきれない好意を向けられるのは、なんだかくすぐったくて悪い気はしない。
「智恵子さん、今日もごちそうさま。おかげで生き返ったわ」
「いつでもおいで。明日からの仕込み、無理しないようにね」
夕方前、他愛のない世間話をして、智恵子さんの家を後にする。
沈みかけた夕日が、下町の路地裏をオレンジ色に染めていた。

「よし。充電完了」
小さく背伸びをして、自分の家へと歩き出す。
明日からはまた、午前三時の暗闇との戦い。智恵子さんに分けてもらったハーブの香りを胸に、私はまた、あの厨房へと戻っていく。





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Last updated  2026.05.28 12:54:34
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