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2026/02/20/金曜日/かなり寒い曇天本日は通しで絵本太功記を観に横浜のKAARTへ出かけた。妹背山婦女庭訓 以来、久しぶりの文楽。国立が閉まったまま、漂流中の東京文楽がこちらで何度か掛かった事は承知だが、我が家からは不便な劇場で足も遠のく。それでも、桐竹勘十郎と吉田玉男が二人揃いで舞台に出るのはこれが最後かもと聞き、一日を文楽に捧げる。絵本太功記を通し、である。11時開演で退けたのは18時演じる方も体力勝負、こちらも算段多い長丁場。休憩時間はMAX30分くらい、次は20分ほど。後は15分くらいか。食べ物、飲み物、混み合いトイレ時間の確保が喫緊の問題なのだ。これらが抜かりなく調和してこそ、安心安全の観劇集中でござります。着物姿のご婦人も、幕間には脱兎の如くホワイエへ飛び出し、立ち姿でシャカシャカとおむすびほうばり、お茶ぐびりとしてたちまち席に戻る。ところでKAARTは中華街が直ぐという立地。それでも流石に幕間の外食はムリ。予め、台南風チマキなんぞを先に仕込みたい。予定どおり、10時には中華街に着いたものの、その時間にチマキを買えるお店は少ない。当初は源豊江でチマキか胡椒餅をゲットする予定が、30分遅い開店時間に変更∑(゚Д゚)調理を考えると開演にギリギリ過ぎる。チマキ専門店は11時オープンΣ(-᷅_-᷄๑)結局、10時から開いていた台湾九份で チマキ750円を買い、温めてもらう。 これが、美味しかった! 昨年の台北で食べたのよりもリッチ。 まあ、値段が3倍から違う。 もっとも台湾でも、ここ中華街でも本当に美味しい、すごくリッチなチマキは端午の節句の頃の2、3週間の期間限定食なのだねえ。もと国立劇場の周囲はお堀とホテル、食に関して両者は比べるべくもない。これは心動く!観劇と食事は手を繋ぐ。場所的には我が家から不便でも、美味しいが付いてくるKAARTに軍配上がります。さて、肝心の舞台素はオペラ仕様な、ビッグな観劇ホール、でも舞台というのは三業さんがきっちり作り上げるものなんだな。トザイ、トーザイが聞こえるともうそこは文楽の世界太夫のみなぎる声の調子にあやつられ、太棹のわななきに乗せられて、人形が人情繰り広げる江戸世界のあやかしへ18世紀末の大阪人が描く太閤さまははあ⁈というくらい美化され、神がかった秀吉それに比して、明智光秀(床本、武智光秀)の苦渋、苦悶とか心の揺れはリアリズムを覚える。何とも憎々しげな信長(春長)と蘭丸の非道振りかつての少女マンガ、今の韓流のご先祖さま的展開と客観しつつ。その仕打ちに耐えに耐えて、主人殺しに向かう光秀の心の内が、額の傷跡後には、頭すげ替えた?と思うほどに人形の顔が変わって見えるマジック本能寺の変の発端プロローグ、太夫や三味線はいつもの床ではなく、舞台の高い場所の格子の向こう、といった構成も、この事件が起きた遠い昔を距離で見せているようで面白い。長左衛門切腹の段は、三業と舞台のスペクトルが、一斉に贖いの死に向けて階段を駆け上がるような勢いと、上に立つものの覚悟を見せて、涙。この勲しに対して、実の母を竹槍で、そうとは知らずとはいえ、刺し殺し、そこへ初陣で若い生命を散らす長男が、父光秀を逃そうと生命からがら姿を現し、祖母と同時に絶命する。光秀の無惨はどうか。その光秀も一介の百姓の竹槍で息絶えるのだどこで響いたか、南無妙法蓮華経の読経の合唱六月十日の尼ヶ崎の段、切の豊竹若太夫と鶴澤清介のコンビの迫力入魂珍しくも待ってました!の声かかる。そうそう、別仕立だった床本が、パンフレットに組み込まれて風情が減少したねえ。
2026.02.20
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2026/02/17/火曜日/寒の戻り出版社 ポプラ社 著者 三浦しをん2007年5月30日 第一刷発行 〈私的読書メーター〉〈出版から20年、亡き咲太夫さんお若い。本書は文楽刊行物連載にして、文楽初心者のハテナに随走してくれる敷居の低さが頼もしい。合わせて取材特権か、京都、大阪、果ては内子座と文楽鑑賞の羨望。世話物が今ひとつな三浦さんと心同じくする私は『桂川連理柵』の登場人物への彼女のツッコミは共感甚大で度々の失笑。そして流石は物書きと唸らされたのが『女殺油地獄』の章。この不可解な人間心理のドラマツルギーはもはやドストエフスキーを凌駕する。あまりに暗くてヤダ!な題材が、なるほどそうか、門左衛門は神さまの場所から人間の哀れを、と。〉歌舞伎は人間が演じるので、私には何とも生々しさが先走るのであります。女殺油地獄なんぞを演じられた日には夢にうなされるが必定。人間の写し身、空っぽの人形が演じてくれればこそ、皮膚一枚下の人間の生身を覗く恐ろしさが昇華されゆく。傀儡ですよねえ、デクノボーです、木偶の坊。ところが、である。とある一刹那、人間の演じる、が背後にさーと下がり、人形が語り、唇を噛み涙を流す。これが人間の技!とはっと気づいた時にはこれがまぁ。元のデクノボー、なのでございます。これが私にとっての文楽至上のヨロコビその刹那、何が起きているかと考えるにこれが太夫の語りと太棹のこんがらがって躍動する波となり、全てが混然となる様と言いますか。そう度々訪れるものではありません。大島さんはそれを 渦 とかや。プラトンの洞窟の影絵の上塗り、影絵が影絵を遣って芝居を打つ意識の明かりがさっと灯れば影は消える、神も消えるこの世の妙を遊ばんとて〜文楽其日庵ソノヒアン先生の『浄瑠璃素人講釈』も読みたくなった。何と先生は夢野久作のお父上ですと!むかしの日本男児は骨も身もあったのぉさて終章、豊竹咲太夫さんに聞くは事の他、味わい深い。鶴澤燕二郎さんが六世燕三になった経緯。痺れたねえ。血、ではないよ スピリッツ、だよお。それが織太夫と組んでばっかり。小住太夫とも、ひとつよろしくお願いします。
2026.02.17
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2026/02/07/土曜日/はつゆき出版社 角川書店著者 脇田晴子平成十三年十月三十一日 初版発行角選書326〈私的読書メーター〉〈学術にかぶいた資料本にて読むに難し。浅学の妾は中世芸能にさんざめく花園の、あの花、この花にふらふらと遊びたはぶれるのでありますよ。天鈿女のストリップショーに河原がどうとどよめく笑い。笑う門の福は予祝なり、ナニ、何事も天土まるく収まりゆく運び。の地点から出雲阿国の近世渡し、女子が小さく硬く萎びてゆく先の最期の徒花か。傀儡に見る山暮らしの、租税戸籍から自由な民と山窩の繋がり仄めかし。国を譲った末裔の声なき抵抗でもあったか能。更級日記読みたいナ、闇きより闇き道にぞ入りぬべき 遙かに照らせ山の端の月、和泉式部非常に魅力的エピソードが満載だ。特に菅原孝標女『更級日記』に記す、足柄山の遊女の歌に対する批評が、この少女の才能を刻印している。菅原一族が任地から京に登る際、山奥の足柄山のふもとに宿を得た。月も星もない暗闇の夜、何処からともなくあそびがやって来て、唐傘を打ち据え歌をうたった。五十、二十、十四、五ばかりのおなご、色白く汚れなき姿と比類なき声が空に澄み渡りめでたく歌った人びとは感動し、「西国の遊女はこうはいかない」と褒めちぎると、すかさず「難波わたりにくらぶれば」と歌で返す。歌い終わると彼女らは、おそろしいまでの山の暗闇に帰って行った。更級日記著者は、幼いながら心に感動を覚え、後にこの事を綴った。それが後段で、能の『山姥』へと華麗に繋がりゆくお筆先、天晴れ。思えば金時山の麓神社では、側の木にヤマガラが人を恐れず泊まって、盛んに歌っていた所に遭遇した事があった。社務の方が言うには、昔はこのヤマガラがおみくじを引いて、占う人の手元にポトリと落としてくれたのだという。中世のあそび女の生まれ変わりか。キツネに騙されることの無くなった我らには中世も神代の昔の如くなり他にも承久の乱が、傀儡から出た白拍子が因縁であったとは!後鳥羽法王が偏愛した伊賀局亀菊。そういえば、小説で読んだ。タイトル忘れ!義経の静御前白拍子の装束が男性装だったのは、そもそもが古代の遊部あそびべ、の系譜を引くという。つまり水干、袴は神事の礼装であって、男女差はない、ということ。神に使える巫女と巫男、二つがあった。昨年の講書始めの儀では、確かこれを裏付ける講義があったと記憶する。これがいつの間にか刀や鉾を持つのは、女に向かない、夫が変わるの風が増え、男装なる言葉が出回る頃には女は神事から遠ざかってしまった。イザイホーは既に失われたが、久高島ノロに古代の日本の神事を見る思いがする。カミは女の口によりまし、男がサニワする。よりましられた女の舞は神事である、と。痩せ細り枯渇しそうな現代にその力を再び黄泉がえさせるもの、汝の名、猿女
2026.02.07
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