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孫文の説いた王道
組織をまとめていくには、「力」で治めていく方法と、「徳」で治めていく方法があります。換言すれば、集団の統治には、徳に基づく「王道」と力に基づく「覇道」という二通りの方法があるのです。
この「王道」と「覇道」で思い出すのは、中国革命の父孫文が一九二四年に神戸で行った講演の一節です。
孫文は、革命を通じ新しい中国をつくろうと考え、友人たちの支援を求め、当時、日増しに帝国主義的な方向へ傾斜していこうとしていた日本を訪れ、次のように問いかけました。
「西洋の物質文明は科学の文明であり、武力の文明となってアジアを圧迫している。これは中国で古来いわれている『覇道』の文明であり、東洋にはそれより優れた『王道』の文化がある。王道の文化の本質は道徳、仁義である」
「あなたがた日本民族は、欧米の覇道の文化を取り入れていると同時に、アジアの王道文化の本質も持っている。日本がこれからのち、世界の文化の前途に対して、いったい西洋の覇道の番犬となるのか、東洋の王道の干城(=盾と城)となるのか、あなたがた日本国民がよく考え、慎重に選ぶことにかかっている」
残念ながら、日本は孫文の忠告に耳を貸さず、一瀉千里に「覇道」を突き進み、富国強兵の道をとり続け、ついには一九四五年の敗戦を迎えるに至るのです。
孫文が説いた「王道」とは、「徳」に基づいた国家政策のことであり、「徳」とは、中国では古来、「仁」「義」「礼」という三つの言葉で表されていました。「仁」とは他を慈しむこと、「義」とは道理に適うこと、そして「礼」とは礼節を弁えていることです。また、この「仁」「義」「礼」、三つを備えた人を「徳のある人」と呼んでいました。
つまり、「徳で治める」とは、高邁な人間性で集団を統治していくことを意味するのです。
企業経営においても、長く繁栄を続ける企業をつくりあげていこうとするなら、「徳」で治めていくしか道はないと私は考えています。
欧米の多くの企業では一般に、覇道つまり「力」による企業統治を進めています。例えば、資本の論理をもって人事権や任命権をふりかざしたり、または金銭的なインセンティブ(誘因)をもって、従業員をコントロールしようとしたりするのです。
しかし、権力によって人間を管理し、または金銭によって人間の欲望をそそるような経営が、長続きするはずはありません。一時的に成功を収めることができたとしても、いつか人心の離反を招き、必ず破滅に至るはずです。企業経営とは永遠に繁栄を目指すものでなければならず、それには「徳」に基づく経営を進めるしか方法はないのです。
実際に、経営者の人格が高まるにつれ、企業は成長発展していきます。私はそれを、
「経営はトップの器で決まる」と表現しています。会社を立派にしていこうと思っても、「蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘る」というように、経営者の人間性、いわば人としての器の大きさにしか企業はならないものなのです。
例えば、小さな企業の経営で成功を収めた経営者が、企業が大きくなるにつれ、経営の舵取りがうまくとれなくなってしまい、会社をつぶしてしまうということがよくあります。それは、組織が大きくなっていくにつれ、その経営者が自分の器を大きくすることができなかったからです。
企業を発展させていこうとするなら、まずは経営者が人間としての器、言い換えれば、自分の人間性、哲学、考え方、人格というものを、絶えず向上させていくよう、努力を重ねていくことが求められるのです。
しかし近年、日本ではそのようなことを理解する経営者が少なくなっています。少しばかり事業で成功を収めただけで、謙虚さを失い、傲岸不遜に振る舞い、私利私欲の追求に走ることで、せっかく手にした成功を失ってしまう経営者が続いているのです。
いまこそ賢人、聖人たちの知恵に学び、「徳」ということの大切さを改めて理解することが大切です。そうすることが、単に一つの集団の発展を導くのみならず、荒みいく日本社会の再生にあたっても、大きな貢献を果たすのではないでしょうか。
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