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このところ波がないので、ずっと畑で過ごしている。もちろん、昼間は随分暑く 汗びっしょりなんだけど畑の横には 山から湧き水を引いた、水路が流れていてその冷たく清らかな水で顔を洗うと ほんとうにすっきりする。「畑仕事は大変ですね」ってよく言われるけど そうは思わないなぁ。自然農の畑って そこに立つだけで 心がほっとする。鎌で草をザクザク切っているときの ほのかに甘い草の匂いやフカッとした土の足ざわりやら いろんな虫や、いろんな花や そんな多様な心地よさ。そこでの作業は仕事というより僕にとっては、波乗りにいそいそと出かけるのと同じだ。もちろん大変でつらいこともあるし、上手く育たずにがっかりすることもあるけれどそれも含めて やっぱり楽しい! 仕事と遊びの境界が ぼんやりした暮らし。これからの時代は、もっともっとその境が、ぼんやりして来るのだろう。それはまるで 益虫/害虫 野菜/雑草の境がない自然農の畑のように・・・。 夕方、ヒグラシが鳴き始めたら いい風が吹いていた。
July 29, 2007
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夏の畑仕事。春に種をまいた 枝豆を収穫し秋の収穫に向け 人参の種を蒔き冬に、にんにくを植えるため 土に草をかぶせ肥やしておく。まだまだいろいろあるなぁ・・・。過ぎ去った過去を憂うのではなく まだ来ない未来を案ずるのでもなくいま・ここを生きることが大切です! というけれど過去を省みて・先を見据えることも大切だと思うな。ようはバランス、そこに尽きる。栗だって もう秋の準備をしてるしね。
July 28, 2007
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最近よく「なぜこの仕事を始めようと思ったのですか?」と質問をされる。でも「いやぁ~どうにも自分でもよくわからないんですよね・・・」というのが正直なところ。もちろん僕も、そんなに無鉄砲な方じゃなく、人並みに、いやそれ以上に慎重にいろんなことを考えるのだけど、その最後の最後の決断の根拠は?といえば「なんかそんな気がした」としかいいようがない。サラリーマンを辞めた時、伊豆に家を建てようと思った時、今の仕事を始めたとき・・・。人生の岐路に立った時は いつもぼんやりした中で ぼんやり決断している。多くの人が人生を振り返り「こういう出会いがあって このように考えて だからこんな選択をしたんです」みたいな話をするけれど、何だかそれは 後からくっつけたストーリーのような気がする。もちろん僕も 後から考えて、理路整然と自分の人生年表を語っているわけだけど「どうも人生とは、そんな直線的なものじゃないなぁ」というのが最近の本音。それはまるで波乗りと同じだ。これまでの経験や予想で、大きなアウトラインは描けるのだけど、その場その場で 波は予想も出来ない変化をする。そんな波に対して、僕のできるのは足の裏や、全身から伝わる波の動きに耳を澄ませ、ただ目の前の波に乗っていくことだけ。それが unplug。● 公式HP Body curiosity● セラピスト向け解剖学セミナー/WS スケジュール● ヨガ向け解剖学セミナー/WS スケジュール● izuyoga クラス スケジュール● 無料メルマガ登録 のみ友通信● 著書 「感じてわかる!セラピストのための解剖生理」↓ 楽天ブックスリンクです
July 25, 2007
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名古屋から戻り、しばし休息モード。お天気もよかったので、今日は庭のお手入れ。花を終え、すこし勢いが弱っていたセージとラベンダーを ざっくり切り戻してみた。しばらくすれば、またフレッシュな若芽が伸びてくるといいな。「自然に全てをゆだねる」ことは素晴らしいことだけどそこに少し手を加えてあげることによって全ての物事は、全く新しい進化を生み出すように思う。自然農の畑・新自由主義・無生物から生命が生まれるとき・・・。野放図にするのでもなく 管理しすぎるのでもない その狭間=カオスの縁には「みえない意図」が宿る。
July 24, 2007
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久しぶりに畑に行ったら、草の勢いが凄かった。昨日と今日、2日かけてザクザク草を刈り畑がこざっぱりしたら 気持ちも何だかスッキリした。ちょうど、キャベツが食べごろだったので収穫。もちろん、生のまま食べるに限る。千切り&ソースなんて野暮なことをせず質のいいオリーブオイルと バルサミコと 塩で食べるに限る。葉っぱをちぎりながら青虫みたいにバリバリやる・・・こうでなくっちゃ!
July 19, 2007
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「本当に大切なことは 小さな声で語られる」雨続きの季節は小説を読むのに適している。実用書や啓発的な本を読むのもいけど、すぐれた小説は深いところに届く何かがあるから。このコトバも 最近読んだ小説で ふと心にとまった。外側から与えられる情報がこぞって声高に叫ぶなかそれらの声に少しの間、耳を塞ぎ小さな声で密やかに語られる とても繊細で本当に大切なものに耳を傾けること。それが Unplug
July 12, 2007
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Unplugの本質。それは、ただ単に プラグを抜くこと ゆるめることではなくギリギリまで頑張って、努力して、知力を尽くして・・・その後に 全てを委ね・ゆるめ・感性に明け渡すことなんだと思っている。頑張ることも fastな競争も アウターの筋肉を鍛えることもそれは否定されることではなく、全ては必要なプロセスでありそこまで行き着いて初めて 次のプロセスへ進むことができるのだから。fast から slowへアウターからインナーへズームインから ズームアウトへそのエッジの切り替えを起こすきっかけこそが Unplugの本質なんだと思う。
July 11, 2007
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4月に植えつけたショウガがようやく芽を出した。この間もブログで書いたけど、この3ヶ月 うんともすんとも言わず まるで無反応だったところにいきなり青い芽が にょろっでてくるのが不思議だ。ショウガの3ヶ月 セミの7年。彼らは暗く湿った地面の下で、いったい何を準備していたのだろう?一見それは、気の毒な下積みのように思えるけどそれこそが、彼らにとってのリアルワールドなのかもしれない。そして僕らの暮らす、地上の世界は彼らにとっての 夢の中の世界なのかも。地上と地下 意識と無意識。 僕たちと植物は、逆転した世界を生きているのかもしれない。
July 10, 2007
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梅雨の晴れ間の畑。たっぷりの日差しと たっぷしの雨のおかげで、草の勢いが強い。おかげで、この間まいた大豆が すっくりと芽を出した!昨年、トウジバさんから譲ってもらった在来種の大豆をうちの畑で育て、昨年秋に収穫した種。 ぷっくりと見事なやつを今年の種にと、大事に大事に残しておいたものだ。枝豆として途中で食べちゃうのは案外簡単なんだけどまたこの秋も大豆として収穫できるまで見守るのは 結構大変なんだ。そんな、自然と僕たちとの共同作業を経てあと2回ほど、この畑で育てたら もうこの大豆は「伊豆の地大豆」となる。暖かく、虫の多いこの伊豆の土地柄にも負けず 元気に育つ地元に根付いた大豆。そういえば僕たちも伊豆にきて もう7年・・・「地人間」になれたかな?
July 6, 2007
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朝の海もいいけれどこの季節は、夕暮れの海もいい。午後、潮が引くとアウトで波が割れだした。風も止まり波は最高のコンディション。16年近く波乗りしてるけど〈その割には上達してないが・・・)今日は、その中でも3本指に入るくらいのロングライドができた!きっと時間にしたら ほんの数十秒の時間なんだろうけどすごくすごく長く波に乗っている気がした。トップからボトムへ またトップに駆け上がり カットバックしてまた戻り・・・。今でも、ラインとGの感触が鮮明によみがえる。ああ~こんな日があるから いろんなこと頑張れちゃうんだろうな。
July 5, 2007
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朝、近所を散歩してたら、ふとあの匂いを感じた。甘いような、すいかのような何とも言えない匂い。カブトムシの匂いだ!いろいろ探したけど姿は見えず。でもどこかにいるのは間違いない。甘酸っぱい樹液の匂いと カブトムシの匂い・・・ああ、たまんないな~。家に帰って 庭のクヌギの木を クンクン匂ったけど、うちのはまだ匂わなかった。夏の盛りになれば やがてこの木も樹液をたらし毎晩のようにカブトムシがやってくる。都会っ子だった僕にとって、そんな家に住むのが小さい頃からの夢だった。そんな夢がかなった小さなしあわせ。
July 4, 2007
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セレンディピティ。ほんのふとした偶然に 耳を澄ませ、そこに意味を見出すこと。コトバでは表せないような、そんな繊細な感覚こそ深く神話的な世界のコトバでもあるから。しとしと雨の続くこんな季節には深い世界と、コトバの世界の境目がぼやける気がする。 くちなしの香りと よい小説は そんな季節がよく似合う。
July 3, 2007
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知ってますか?らせんを描きながら、上に上に伸びていくこの花。夏の芝生を見ていると、ひょっこり見つかります。みつけるといいことあるかも?!
July 2, 2007
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