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高校を卒業したあと、春休みを利用してサンディエゴにホームステイしたことがある。3週間の短い期間だったけど、滞在の後半にはヒアリングはかなりの所まで進歩していた。(話す方は 語彙がたりず 随分もどかしかったけど・・・)滞在1週間目くらいまでは < 英語で聞いたものを → アタマの中で日本語に翻訳し → 日本語で考える >というパターンなんだけど それを越えたくらいに 突然アタマの回路が切り替わり< 英語で聞いて → 英語で考える > ようになった時から、急速にヒアリングが向上したのを覚えている。・・・・・・・・実は、このパターンは 今も僕が講座で 何かを伝える時にも無意識に使っている手法で調子よく喋っているときの僕のアタマの中には 「映像」があり それを、そのまま「映像」で伝えようとしている。講座の中で、いろんな例えをしたり 絵を描いたり ボディーランゲージを交えているのにはそんな意味もあり、もし聴き手のアタマの中に リアルな映像が伝わったとしたらその講座は99%成功したといっても過言ではない。・・・・・・・・・そして、そんな映像によるコミュニケーションが 成功するために一番大切なことはみんなが笑っていて 僕自身も 場全体も 緩んでいること。僕も緊張する方なんだけどゆらゆら波の上や 自然農の畑でなら、より自然体でお話しできるかも・・・。そこに、僕がリトリートをやる意味がある。
September 30, 2007
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初心者のみんなに、波乗りを教えていて気づいたのだけど 海で、波にグラグラ揺られるとつい不安になって その動きを止めようとギュッとボードにしがみついてしまう。でも、バランスボールでも 自転車でもそうなんだけど静止している状態というのはとても不安定で逆に、常に動き続けているからこそ安定していられるわけで。だからこそ 波に揺られるほど、力を抜いて やじろべえのように接地面積を減らしボードの重心と、自分の重心の 点と点だけで繋がっている状態を作り出すとどんな揺られても 安定していられる。まさにくらげのように、右から左へ受け流す感じ!そして、このことがとても大切なことなんだけど安心して力を抜くためには 理屈じゃなくて 何度も何度も海に出てストーミーな波でも、その変化を楽しめるようになるまでの経験と努力が必要なんだと思う。< 常に変化し続けられるしなやかさ と 重心 と 楽しむことと >それは人生の波においても、きっと同じはず。
September 29, 2007
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9月27・28日と伊豆の自宅・畑・海を舞台に伊豆感謝リトリート無事終了しました。以前、行っていた里山リトリートとは随分趣は違うけど僕の感じている「これが最高の伊豆だ!」を全部集めて、そのまま伝えるスタイルは変わりません。彼岸花咲き乱れる秋の畑は、のどかに晴れ渡り、月光の道は 蒼く海に映え、波乗り日和の海は、9月とは思えないほどの暖かく、きっとこの日、このタイミングじゃないと成立しなかったパーフェクトな2日間。こんなことってあるのだろうかと思うくらいお天気も・月も・海も全てが助けてくれました!とにかく、やってよかったぁ。遠くからご参加下さったみなさん、僕たちもほんとうに楽しかったです。ありがとうございました。● 公式HP Body curiosity● セラピスト向け解剖学セミナー/WS スケジュール● ヨガ向け解剖学セミナー/WS スケジュール● izuyoga クラス スケジュール● 無料メルマガ登録 のみ友通信● 著書 「感じてわかる!セラピストのための解剖生理」↓ 楽天ブックスリンクです
September 28, 2007
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「身体知」「感性」への回帰が叫ばれている時代。でも「感性」や「カラダの感覚」をほんとうに知るためには論理的に深く考えるプロセスをすっ飛ばしちゃだめなんだと思う。・・・・・・・・・・・・・大切なのは、論理的にとことん突き詰めた人だからこそそれらの材料がぐつぐつ発酵し 思いも寄らぬ直観や閃きが生まれるわけで。アウターをとことん鍛えた人だからこそはじめてそこを緩めることが出来るわけで。執着やエゴ突き詰めてこそはじめてそれを手放す意味を知るわけで。そこをすっ飛ばしちゃうのは めんどくさがりの言い訳なんだと思う。僕も子供の頃 布団上げのお手伝いがめんどくさくて「毎晩敷いて 毎朝たたむのなら ずっと敷きっぱなしでいいじゃないか」と屁理屈をこねて、随分親に怒られたことがあるけど、それと似ているかも。(違うか?)・・・・・・・・・・カラダの感覚を研ぎ澄ますのは とても大切なこと。でもそこだけに逃げ込んではだめ。論理的に学ぶことも大切なこと。でもそこだけに逃げ込んでいてもだめなんだ。感性だけでも・論理だけでもなくて アタマだけでも・カラダだけでもなくその両者の融合こそが、大切なんだと思う。大豆も順調に成長中! 理屈だけでも 閃きだけでも 自然農は成り立たない。
September 25, 2007
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「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一著 (講談社現代新書)知りあいがミクシーに感想を書いていて、それが気になっちゃって読んでみた。著者は分子生物学が専門のため、その手の話になると少し難しかったけど全体としては バランスのとれた楽しい本だ。おかげで「熱力学第2法則」について、少し見方が変わってきた。僕なりに解釈するとこんな感じ。・・・・・・・・・・・・・・ビーチでサーファーたちが楽しそうに遊んでいる。みんな自分の思いのまま、勝手に遊んでいるように見える。確かに、個々の動きにズームインしたときはそうなんだけどビーチ全体を、ズームアウトして眺めるとバラバラに動いているように見えた、サーファー達はみんな大きな潮の流れに乗っていることに気づく!どんなにサーファー達が ちょこまか動いても大きな流れは 一定の方向へ全てを運んでいき誰もその流れに逆らうことはできない・・・。・・・・・・・・・・・そんな流れに乗りながら、楽しく遊んでいられるのがサーファーであり 生きているということなのだろう。海は随分秋らしい空に。今日は肩くらいのいい波だった! でも9月の平日なのに混んでたなぁ・・・。
September 19, 2007
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今日の畑は すごく暑くてでもカメムシから大豆を守るために 午後から草を刈りに出かけた。大豆を掻き分け 草を刈り すごく汗をかきお茶を飲んでは 草を刈り またすごく汗をかく。そんな作業を3時間ばかり続けると畑は散髪したてのように こざっぱりした。ポットで育てていた白菜を植え、今日の作業を終了する頃にはあっという間に陽は傾いて 彼岸花にキラキラ映え刈り上げたばかりの草の匂いを運んで いい風が吹き始めた。あたりを見回しても そこには誰もいなくて僕と畑がそこにあるだけでほんとうに静かな静かな時間が流れていく。「この世のものとは思えない」という言葉があるけど身震いしそうになるほどの、そんな夕暮れの畑。
September 17, 2007
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夜風涼しくなる頃。なんだか心地よくて、いつものTVを消して 虫の声に耳を澄ませてみた。僕の家は山の上の方にあり一言で虫の声といっても、その音量は都会では想像もつかないほどの凄まじいボリュームになる。きっと トラックが通り過ぎるくらいの音量だろうか?りんりん・るるるる・じゃかじゃか・・・。 なのに その音色を、トラックの音のように一切うるさいとは感じず聴いているだけで 深く静かな心になれるのはなぜだろう?そして、その虫たちの誰もが 誰かに指揮されているでもなくてんでばらばらに 思い思いの 自らの生を主張しているだけなのに総体として奏でられる 見事なまでの交響曲が出来上がるのはなぜだろう?まるでそれは完璧に計算されているようででも、計算では決してなしえないゆらぎがあり・・・。そんな自然の不思議を感じる、静かな時間のしあわせ。それが unplug.
September 15, 2007
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学生時代、剣道部の仲間たちからは「夢見がちなやつ」と評されていた。確かにそうだったかも知れない。今はどうだろう? そうでもないかな。ぽやぽやと、根拠のない夢をいつまでも見ているんじゃなくて「きっとそうなる!」という確信を持てるようになったと思う。・・・・・・・・・・でも、今日書くのはその「夢」ではなくて、夜寝ているときに見る夢の話。僕は、あまり見ないタイプだ。ベッドに入る → 1分で眠りに落ちる → 気がつく → 朝と、こんな感じ・・・少しつまらない。逆に、かみさんはよく夢を見るタイプで、しかも鮮明に覚えているという。僕は現実的な人間なのかなぁ・・・と思っていたら、最近あることに気づいた。「僕は 日中に 夢を見ているんだ!」もちろんこれは、居眠りしているとか言うわけじゃなく普通に会話したり、PCに向かったり、歩いたりしているときに夢を見ていることに気づいた。すごくクリアーな意識と共に、ふと何か思い出したりしたことが映像となってストーリーを作っていたり スライドのようになっていたり。そこでは、現実世界の時空の流れと 別の流れがあるように感じる。自分でも上手く説明付かないけど海に入ったり 風呂に入ったり すこしぼ~っとした時に よく夢の中にいることがわかってびっくりした。それは今に始まったことではないのだろうけどプロセス志向心理学のアーノルド・ミンデルの本を読んでから自分の意識状態を客観視して、初めてそんなことに気づいた。リアルな意識状態と 夢を見ている意識状態が境界をなくし入り混じっているような感じ。 これって、きっと僕だけじゃなくて みんなそうでそこに気づいてないだけなんじゃないだろうか?・・・・・・・・・・ミンデルはいう。~ わたしたちは このリアルワールドに存在しているのと同時に<夢の世界>にも並行して存在している。そして <夢の世界>とは リアルワールドの元型なのだと ~彼は心理学者であり D・ボームの影響を受けた物理学者であるが故にこのような発想ができたのだろうけど最初に本を読んだときは「ふ~ん」としか思わなかった。でも最近の自らの体験に照らして「これってほんとだ!」と 力強く断言できる。昨日のファンウェーブ。こんな波で肩の力を抜いて遊んでいるときは、いっぱい夢を見ているのかも知れない。
September 14, 2007
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畑、無事でした!たくさんの花をつけていた大豆も3年目のこんにゃく芋もささげまめもみんな、ビュービュー風に揺らいでいたけど しっかり頑張っていました。台風の過ぎ去った畑は 何事も無かったかのように 静かな調和を保っていました。にらも 白い花を咲かせています。化成肥料によるひょろっこい育ち方ではなくゆっくりゆっくり育つことで、足腰がしっかりしていたのかもしれません。何よりも、周りの草たちが野菜たちを風から守り、支えてくれたからこそ 立っていられる、そんな不思議。とにかくよかった!
September 7, 2007
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現在 伊豆は暴風域真っ只中。進路予報によれば、夜半過ぎにはかなり近くに上陸するという。夕方頃から風がかなり強く吹き始め 家の周りの木も大きく揺れている。順調に育っていた大豆や ささげまめや こんにゃく芋たち・・・。これまで一生懸命お世話をしてきた野菜たちだけに、そりやぁすごく心配なんだけど今は、ただただ台風の通過を待つばかり。でも、いざ雨戸を閉めちゃうとビュービュー吹きまくる風音や、雨の激しい音がなんだか別世界のように思えるのが不思議だ。畑のこともあるのだけど、それはそれとして非日常なシュチュエーションに、何だかワクワクするような気もする。PCに向かいながら、この間ふと思い立って図書館で借りてきたジョン・コルトレーンの「至上の愛」を聴いてみた。随分昔、60年代ジャズの最高傑作という帯に惹かれて 聴いてみたことがあるんだけどその時には「まるで訳がわからん!」とがっかりしたのを覚えている。でもあれから年齢を重ね、いま、この台風を待つシュチュエーションで聴いてみると少しだけ理解できそうな気がする。そしていま、曲を聴きながら、ライナーノーツを読んでびっくりした。彼はこのアルバムを創り出すときアインシュタインや東洋哲学にのめりこみこの宇宙や世界について深く追求していたのだと!そして深い瞑想を経て、彼の中に音楽が充満するという不思議な体験を経て出来たアルバムなのだと!雨戸を閉めることと 瞑想することと。今は、今宵は そんなタイミングなのかも知れない。
September 6, 2007
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おとといは、存分に楽しませてもらった台風だけどこの分だと、明日には伊豆直撃かも・・・畑が心配だ。写真だけでは うまく伝わらないかもしれないけど近くで海を見たら、その凄まじい迫力にぶったまげる!とにかく「こいつには、どう頑張ってもかなわないなぁ」と思い知らされる圧倒的な強さ。もちろん僕も、こんな海で波乗りするだけの根性もフィジカルの強さも持っていないけど昔の人は、そんなことをもっともっと肌で感じていたのだろう。自然に打ちのめされ、疫病に翻弄され、運命にかき乱され、そこから得た自然観とは「人は自然にはかないっこない」「自然も・カラダも・運命もコントロールなんて出来っこない」というものだったに違いない。だからこそ自然を・カラダを・偶然をリスペクトしその流れに逆らわず乗っていく。東洋医学は、そんな立ち位置を持つ医学であり、それゆえに深遠な智恵を持っている。明日はみんな無事でありますように。
September 5, 2007
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9月最初の月曜日。台風9号のスウェルが伊豆に届きはじめた。僕のボードは10feetと、とても長く重い。そんなボードは、波の小さな時にも重宝するのだけどビッグウェーブの時にこそ、その持ち味が発揮される。そして、今日がその時!時折やってくる 特大サイズの強烈なやつを一番沖でキャッチして 切り立った波の斜面をすべり降りる。爆発的な波のパワーに、一気に持ってかれそうになるけどそのチカラと、ターンの遠心力と、自らのボードコントロールとのぎりぎりのやり取りが たまらんぜ。真剣勝負だ。今日は知らないうちに奇声を発していた・・・ho! ho!エンジンとか、ハイテク機器とかで対決を挑むのではなくボード一枚とカラダ1つだけで臨むからこそ海は100%の真剣勝負で応えてくれるんだと思う。だからこそ、味わえるこの一体感!夕方までやってたら、しぶきの向こうに虹が見えた。もう体中ヘトヘトだ。いやほんとに。家に戻って、さんま&ビールの夕食を済ませて、今日はあっという間に寝ちゃいそうだなぁ。
September 3, 2007
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