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子供の脳の重量を測定すると、急速に重量の増加する時期が二回ある。第一回は五、六歳で、そのときから急に感性が磨かれ言葉を覚える。第二回は十二歳からで、その頃から前頭葉が発達し、理論的思考ができるようになる。
この回路のおかげで抽象化した観念が生まれ、犬をポチやシロなど個別にとらえるのではなく、総称して犬と呼ぶことができるようになる。さらに、時間の観念が発達すると、物事の順序が認識でき、先に起こった事件が原因で、後に起こった事件はその結果だろうと考えることができるようになる。
それが因果関係というもので、このように身辺の物事を因果律にしたがって考えることができるようになると、そこで初めて理性を備えた人間になる。落語では大家さんが「熊さんや、もう少し物事のあとさきを考えなさい」と説教する場面があるが、“事のあとさき”を考えるのが理性というものである。犬にも少しは前頭葉があるから躾がきく。条件反射があるので、それを利用して躾けるのである。
このようにして生まれたときは 300~400 グラムだった頭脳が、十五歳の頃には 1300 グラムに達してようやく一人前の人間になるが、まだその頃は設備だけできても内容が入力されていない状態である。
ハードだけは大型コンピュータでもソフトはまだできていないし、記憶回路にインプットさせたものも少ないから、いくらスイッチを入れても特別の答えは出てこないという状況が十六歳、十七歳である。つまり、自我意識は生じたが、自我にはまだ個性というほどの内容がない。
しかし、五、六歳から急速に発達してきた感性の回路は十分に完成し、かつ全力運転で周辺の社会、経済、友人から情報を吸収している。つまり、直感力の世界ではもはやいうことなしで、そこにはすでに何らかの個性が形成されはじめている。
つまり、好き嫌いの世界ではもう一人前の個性があるが、それを言うと世間の大人は「好き嫌いを言ってはいけない」と叱る。叱られて動揺するのはまだそれに反論するだけの理性の世界ができあがっていないからで、仮にできあがっていてもうまく言い返せるほどではないというのが、十七歳前後の悩みである。しかも名誉心は完成している。それ以外の自制心や向学心は発達が遅れているので、十七歳は名誉心だけが突出した人間になっている。
ティーンエイジャーに向けての教育や商品開発を、こんな方向から見てみるのも面白い。あるいは、昨今ティーンエイジャーの犯罪増加が問題となっているが、たんに「一人前の人間」扱いをすれば解決するわけではない、ということも自ずからわかろうというものである。
この話はいろいろ応用範囲が広い。知能指数を信仰して子供に理性的なことを早め早めに教える人がいるが、子供の頭脳にそれを受けとる回路がまだできていないのでは空振りである。記憶回路だけが増殖する時期は、「丸暗記教育」で何も悪くない。子供は喜んで覚える。覚えることを楽しんでいる。
そのうち考える回路が発達しはじめると、考えることが好きになる。それを待たずにムリヤリ考えさせようとすると、子供は考えることがキライになる。これでは何もかもがパーになるのである。
『すぐに未来予測ができるようになる 62 の法則』(日下公人氏著、 PHP 出版)より