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BLの苦手な方は読まないでください。 18禁です。 苦情は受け付けません。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m あれは8歳の夏休みだった。小学校2年生の僕は伊藤君と 蝉を捕る約束をして、神社の公園の林に出かけて行った。 だけど、伊藤君は来なかった。僕が一人で蝉を捕まえて 遊んでいると、近所のマンションに住んでいる大学生の お兄さんがお菓子をあげるって寄って来た。僕は近所の お兄さんと一緒に遊びながら、伊藤君を待つ事にした。 でも、5時になっても6時になっても伊藤君は来なかった。 僕が帰ろうとすると、お兄さんは 「もう少し待とうよ。」 と言って、引き止めた。日が落ちる頃、お兄さんは突然 僕を抱きしめてキスをした。びっくりした僕はお兄さんを 突き飛ばして逃げようとしたけど、お兄さんは僕の腕を 掴んで押し倒し、僕の服を脱がそうとした。僕が悲鳴をあげ ようとしたら、口にハンカチを押し込まれて、窒息するかと 思うくらい手で口を押さえつけられた。ズボンを脱がされて 足を抱え上げられたかと思うと、激痛が走った。痛くて痛くて 死にそうだった。僕はもう何が何だか分からなくて、泣きながら お兄さんに殺されるんだと思った。優しかったお兄さんが何故 豹変したのか今でも分からない。終わった後、僕のお尻は ナイフで刺されたみたいに血だらけだった。ぐったりした僕を 見て、死んだと思ったのかお兄さんは逃げて行った。自力で 僕は泣きながらパンツとズボンを穿いて、下半身から血を 流しながら、家に帰ると、母さんは慌てて警察に通報した。 その後の事はよく覚えていないけど、僕を犯したお兄さんは 合意の上で抱いたと嘘をついた。仲良く遊んでいる姿も 目撃されていて、お兄さんは犯罪者にはならなかった。 僕が犯されている時の目撃者は一人もいなくて、長引くと、 余計に恥をかくから、示談にしたと母さんが言っていた。 100万円持ってきたらしい。相手の親が息子の不始末を 詫びて、土下座したらしい。母さんは金を受け取って、 告訴を取り下げたって言っていた。大学生のお兄さんは 引っ越して、僕の前から姿を消した。本気で好きだったって、 何で手を出してしまったのか分からないって、弁護士に ずっと言ってたらしい。反省してるから、許してあげてって 言われて、許してあげたけど、その後、学校でいじめられる って知ってたら、僕はあの時、許さなかった。厳密にいうと、 2年生の時は可哀想な被害者で、3年生になってから、人に 興味本位でいろいろ聞かれたり、ホモってからかわれたり、 落書きされたりするようになった。段々とエスカレートして、 いじめに発展していったけど、僕が登校拒否になるくらいに いじめられたのは4年生の時だった。それにしても伊藤君は いつからあんなに喧嘩が強くなったんだろう。昔はあんまり 強くなかったのにと僕は思った。明日の朝、伊藤君に何て 言おうかと考えて、僕は眠りについた。僕は明日、学校で 伊藤君に会うのが楽しみだった。 (続く)
2011年11月30日
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BLの苦手な方は読まないでください。 苦情は受け付けません。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 家に帰ると、母さんと妹の麻美が楽しそうに夕食のカレーを 食べていた。僕が帰ってきた事に気付いた母さんは 「あらっ?!どうしたの?また転んだの?」 と、怪訝そうに聞いてきた。 「うん。」 と、僕は答えて、リビングの救急箱を持ち出そうとした時、 「そんな汚い手で救急箱に触らないで。ちゃんと手を 洗いなさい。服も脱いで洗濯カゴに入れて、パジャマに もう着替えなさいよ。」 と、言われた。 「はい。」 僕は小さな声で返事をして、洗面台に行って、泥と血で 汚れた手を洗った。服を脱ぐと、腹と背中にいくつもの アザがついていた。足から血を流したまま自分の部屋に パジャマを取りに行って着替えると、リビングに戻って、 消毒液とバンドエードで手当てをした。その間、母さんは 麻美とダイニングルームでカレーを食べていた。僕が ダイニングテーブルに着くと、嫌そうな顔でお皿にご飯と カレーをよそって、僕の前に置いた。僕は黙ってカレーを 食べた。母さんは食事中、僕と一言も会話しなかった。 母さんは僕の事が嫌いだった。女の子が欲しかったから と言って、昔から4つ歳下の妹ばかり可愛がっていて、 いつも僕はいないものと思いたいような素振りをみせる。 昔は優しかった父さんも今では僕にどう接していいのか 分からないみたいに僕を避けるようになった。僕を見てると イライラするって母さんに言われた事もあった。父さんは 毎日残業で夜遅く帰ってくる。千葉県に30年ローンで家を 建てたのは約6年前。毎日片道2時間電車に揺られて 通勤する父さんは朝早く僕が起きる前に家を出て、妹が 寝る時間に帰ってくる。僕は家では食事以外常に一人で 自分の部屋に閉じこもっている。家族は僕が嫌いだった。 多分みんな僕の事が許せないのだろう。あの夏の日以来、 誰も僕と会話したがらない。 (続く)
2011年11月29日
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今朝、母から電話がありました。 「鶴舞の家が旦那さんが死んで女の人が一人で 住んでいるから賃貸契約書が死んだ人の名前だと 何かあった時に困るといけないから、契約書を 作り直してって頼んだのに、まだ?早くやって。」 7、8年前からうちの借家を借りていて、5、6年前に 旦那さんが死んでからも奥さん一人で住んでいて、 4、5年前に保険金5千万円入ったから家を売って 欲しいと言われて断ったのに、ずっと借りていてくれて いる人のことで、母がまた文句を言ってきました。 「契約書に添える住民票が旦那さん一人の名前で 奥さんの名前がなかったから、今住んでいる人の 名前も生年月日も分からないし、仕事も何してる人か わかったもんじゃないから、契約書を書き直すか出てって って1年前から言ってるのに、何で何にもしないの?」 「住民票は契約書にはさんでなかったから知らないけど、 奥さんの名前と生年月日は契約書に書いてあったし、 家賃の振り込みも奥さんの名前で、家賃も滞納しないし、 契約し直す必要ないんじゃない?エイブルに相談したら 契約書のまきなおしの手数料は取らない事になってるから うちではやりませんって言われて、契約書の作り方が私は 分からないから、そのままになってたけど、お母さんが 全部やってた頃に旦那さんが死んでいて、問題がないから 契約し直さなかったんじゃないの?それなのに1年前から 何回も言ってくる。他にもやることがいろいろあるから、 どうでもいいことは後回しにして何が悪いの?それとも お姉さんが旦那さんと別居したいから、借家が空いたら、 家賃タダで住まわせて欲しいって頼まれたから、因縁 つけて追い出したいの?そうすると、毎月8万5千円。 1年で約100万。10年で約1000万円損するよ。 お姉さんは旦那さんと別居してもお母さんとお父さんの 介護はしないって言ってるからね。」 「そんな、図々しいことさせない。私は聞いてないよ。」 「前にお姉さんが言ってたって話したけど、私的には 今住んでる人が引っ越したら、また別の人に貸すつもり だけどね。築23年でしょ。守山みたいに苦労するよ。 お母さんは1年前~3年前に鶴舞の隣の家が家賃滞納 して困ってたから、一人暮らしの目の悪いおじいさんと 間違えてるんじゃない?」 「間違えてないよ。」 「何で家賃滞納する男の人は追い出せって言わなくて、 家賃滞納しない女の人の悪口を言うの?同じ鶴舞の家 って言うから間違えたんじゃない?おかしいでしょ? 私が不動産の大家の仕事を引き継ぐ2年前まで、毎月 家賃が振り込まれているかお母さんが確認しなかった せいで滞納されて、家賃の取り立てに苦労したから、 私は家賃払う人に失礼な態度をとって、出て行かれたく ないの。分かる?」 「分かった。」 母を説得したら、分かってくれました。 アルツハイマーの人に黙って従っていたら、 とんでもないことになります。 「はいはい」なんて言って、聞き流していたら、 何回も何十回も早くやれって、言った事をきちんと やらない怠け者を叱るみたいに言ってきますからね。 私はもうケアマネージャーさんが何と言っても 母の言う事には従いません。
2011年11月27日
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月曜日、実家に行くと、玄関にストッキングが落ちていて、 玄関ポーチに30センチくらいに切った竹が20本くらい ばら撒かれていました。ケアマネージャーさんは帰る時、 「玄関に落ちているのは何ですか?玄関はヘルパーさんの 掃除区域じゃないですよ。」と私に言いました。 「はい。後で片づけておきます。片づけても片づけても 父と母が散らかすものですから、すみません。今日は ありがとうございました。」と私が言うと、 「お父様もどこかお悪いのですか?見た事ないですけど、 ま、別にいいです。今日はありがとうございました。」 と言って、帰って行きました。 介護する側は介護される側に何も文句を言わずに、黙って 掃除するように言われた後だったので、私は母に何も 言いませんでしたが、昔から庭は父の掃除担当区域です。 切った庭の竹をばら撒くのはやめて欲しいものです。 身も心も尽くすなら、介護させてあげるって態度だと 私もストレスがたまって、どうにかなりそうです。 とりあえず、私にできることを考えてみました。 これからはケアマネージャーさんの言うことは聞きません。 すべて医師に相談して医師の指示通りに行動します。 医師も母の主治医なので、母の味方なのですが、善悪が はっきりとした態度の人なので、信頼できます。 ケアマネージャーさんは私にまるで『すべての人に謝り、 すべての人に感謝して暮らしなさい』と言いたいのかと 思うほどの説教をしたので、もう信頼できません。 どこかの宗教団体に洗脳された人みたいに自信を失い、 間違った道を歩むところでした。危ない。危ない。
2011年11月26日
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BLの苦手な方は読まないでください。 苦情は受け付けません。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 悔しさと痛みで訳が分からなくなって、僕がうずくまって 泣いていると、 「おいっ!!コラァ!!てめぇら、何してやがる!!」 と、怒鳴り声がした。びっくりして、一斉に振り向くと、 同じクラスの伊藤君が立っていた。伊藤君は小2の時まで 僕と親友だった。小3から4年間クラスが別々で、あんまり 口も利かなくなっていたけど、ずっと僕には優しかった。 僕をいじめた事は一度もなかった。 「何だよ!伊藤!お前には関係ねぇだろ?それとも何か? お前も神崎と同じかぁ?」 坂田が粋がって伊藤君につっかかった。伊藤君はギッと 睨んで、拳を握りしめたかと思うと、坂田の顔を殴った。 坂田はよろけて倒れそうになり、 「何すんだ!!」 と自分の顔を押さえて、睨むと、伊藤君は迷うことなく、 もう一発坂田の顔面にパンチをくらわせた。 「ヒィッ!」 と悲鳴を上げて、竹内と一之木が逃げ出した。 一人残された坂田もビビって、 「おいっ!待てよ!」 と言って、二人の後を追うようにして逃げて行った。 「伊藤君、ありがとう。」 僕は助けてくれた伊藤君にお礼を言った。 「礼なんか言わなくていいよ。それより、大丈夫か? 麻里緒。最近またあいつらにいじめられてるって 聞いたけど、本当だったんだな。どうして俺に内緒に してた?今度からあいつらに何かされたら俺に言えよ。 俺、昔と違って、ケンカ強くなったんだ。これからは 俺が麻里緒を守ってやるよ。ずっと気になってたんだ。 麻里緒のこと・・・」 心配そうに聞いてくる伊藤君が僕には白馬に乗った 王子様に見えた。 (続く)
2011年11月25日
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月曜日にケアマネージャーさんとお会いした時に 不審に思う事が多々ありました。 「〇内さんから聞きました。座談会の印象が悪くて 皆あなたのことを悪く思っていますよ。」 最初、ヘルパーさんが〇村さん(〇は同じ漢字) なので、名前を間違えているのかと思って、私が 〇村さんと言い直すと、ケアマネージャーさんは 「いえ、うちの〇内です。」と言いました。 私はヘルパーさんの事業所に〇内という人がいて、 一度お会いした人かもしれないので、その時は 黙って聞いていたのですが、よく考えたら、「うちの」 ってヘルパーさんとケアマネージャーさんとで事業所が 違うのに言わないですよね?しかも、この5ヶ月間で 〇内って名前を何度も聞いたんです。〇内って誰? 前の担当のケアマネージャーさんの名前は一度も 出たことがありません。部署が変わったから、話が 引き継ぎ以来聞けなくて、別の人から聞いたと言った かもしれませんけど、会った事のない人が私の悪口を 言っているってどういうことなのでしょう? おまけに、「母が目が見えなくて、歩行困難だと 聞いたのに、違うんですか?」って言ってました。 ひょっとしたら、誰かと間違えているのかも・・・ 私の事を同居人って普通言わないですよね? 同じ家に住んでいない私を皆が同居人と言ってると ケアマネージャーさんは言うのですが、変ですよね? 「お互いにいがみ合っていると憎しみがミルフィーユ のように積み重なっていくから、我慢して何も言わず、 床が糞尿で汚れていても黙って片づけるようにして、 下着も洗ってあげて、尿漏れパッドを使う事は諦める ようにしましょう。常に敬語で優しく語りかければ、 いつしか憎しみも消えて、いがみ合いがなくなります。 尿漏れパッドを使う金がもったいない。面倒くさいと 言う人に何を言っても無駄です。服装も部屋着で病院や コンビニに買い物に行くたびにあなたがちゃんとした 服を着せてあげないからいけないと世間の人は思うけど 文句を言ってはいけません。全てにおいてあなたが 謝ることで上手くいく事もあるのです。これからは そうすることで、今までにあなたがしたことをいつしか 許してもらえると願って、待ちましょう。」 ケアマネージャーさんに説教をされました。 一体、私が何故そこまでしなくちゃいけないのか 何故、恨まれてるのか訳が分からないです。 「母に怒鳴り散らされて、いじめられているのは 私なんですけど・・・」 「人間注意する時は顔が恐い顔になってますよ。 笑顔で優しくあなたは言ってないでしょう。だから 喧嘩になるんです。」 それで、「最初の〇内さんから聞きました」に話が 戻るのですけど・・・ 私、もう今のケアマネージャーさんは嫌です。
2011年11月24日
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オリジナルBL小説『落日』のブログのフリーページに飾る 表紙絵をMARISSA様が描いてくださいました。 蝶のように美しく儚い美少年麻里緒を私の妄想通りの イメージで描いてくださいました。 素晴らしい絵をどうもありがとうございます。 そして、どうもすみませんでしたぁっ!!!m(_ _)m 実は日記記入欄が中央で左右サイド欄があるブログ 設定の為、私のブログにUPする際、大きなイラストを 400以下の横幅のサイズに背景をカットしてトリミング していいですか?ってコメント書いたら・・・それがまた、 失礼のないように丁寧に何度もコメントを書いたせいで、 逆に私が困っていると思ったのか・・・後ろに飛んでいる 蝶を肩に持ってきて、描き直してくれました。 すみません。そんなつもりじゃなかったんですけど、 申し訳ないことをしました。m(_ _)m 実は月曜日からずっと母のケアマネージャーさんのせいで 気が弱くなっていまして、以前にというか、昔、人様から 頂いたイラストをトリミングしてブログにUPしたら、 私は了承を得ていたのですが、全く知らない人から、勝手に トリミングしたり縮小したら失礼ですよとお叱りを受けた事を ふと思い出して、長々と3年前に遡って説明してしまい、 MARISSA様にはご迷惑をおかけしました。 ちなみに、元絵をトリミングしたイラストはこちらです。 私ってホント人間関係が苦手なのかコメントが苦手なのか 誤解を生む発言ばかりしてしまうので、MARISSA様や ブログ仲間の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。 本当にすみませんでした。m(_ _)m
2011年11月24日
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BLの苦手な方は読まないでください。 青少年育成条例に違反してるとかの 苦情は受け付けません。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 「ひょっとして、お前、また神崎と会ってたのか?中学に なってもまだ先生って甘い声出してまとわりついてんのか? キモいなぁ。」 「ホモってキモ~!」 「エイズになるぞ~!ハハハ・・・」 竹内と一之木が坂田に続いて、はやしたてた。 「なあ、知ってるか?神崎が生徒に手を出したって。今度は 小4だってさ。俺の妹が神崎のクラスになっちまってよ。 なんかやたらとひいきするからムカつくって思ってたら、 ひいきしてる男子に手を出したらしいぜ。今、学校中で噂に なってるってさ。一昨日、男子生徒を居残りさせて、教室で 二人っきりになった時に体中をベタベタ触ってきたらしいぜ。 ケツまで撫でられたって、泣きながら教室を飛び出して、 大騒ぎになったってさ。神崎はスキンシップだって言い訳 してるけど、服の上からでも触った事には変わりないから、 教育委員会に訴えるって、そいつの母親が怒ってるってさ。 前から神崎は怪しいってみんな思ってたからな。お前の事を ホモって言うと、あいつはいつも怒ってたけど、あいつが ホモだったんだろ?どうせ陰で隠れてヤッてたんだろ? 絶対に違うって言ってたけど、嘘なんだろ?正直に言えよ。 キスくらいはしてたんじゃないのか?」 興味津々といった感じで聞いてきた坂田に、僕はこれだから 童貞は嫌なんだ。質問のレベルが低すぎる。キスなんか 小5の1学期に済ませたよ。先生とは夏休みからずっとH してたって言ってやりたかったけど、僕はバカじゃないから 黙ってた。坂田は 「何とか言えよ。ホモ!ホモのくせに生意気だぞ~!ホモは 人間のクズだからな。クズはクズらしく俺の質問に答えろよ。 『先生とホモってました。すみません。』って謝れ!」 と言って、僕を突き飛ばした。僕は道端に転んでしまい、 手と足を擦り剥いた。痛くて悔しかったけど、何か言うと、 殴られるから、黙っていた。すると、坂田はいい気になって、 「土下座して謝れ!」 と言ってきた。でも、さすがに土下座は僕のプライドが 許さなかった。小4の頃は殴られるのが恐くて、何度も 土下座してたけど、こんなバカな連中に土下座するのは もう真っ平だと思った。僕は怒りを込めて、坂田を睨んだ。 しかし、坂田は憎たらしい顔をして、僕の腹を蹴った。 続いて竹内と一之木も僕を蹴りつけた。小4の時よりも 蹴る力が強くなっていて、僕は痛みに耐えられなくなって、 泣いてしまった。 (続く)
2011年11月23日
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「同居された事ありますか?」 昨日、ケアマネージャーさんに聞かれました。 「私は同居していませんし、同居した事もありません。 同居の約束もしていませんし、同居する気もありません。」 と、私は答えました。 「最初に同居人が悪いと聞いて、あなたの事だと思った のですが、最近どうも違うような気がして・・・同居人って 誰ですか?」 「父です。」 「お父様の事を同居人って呼びますか?」 「さぁ?知りませんけど、私は同居人ではありません。 結婚してからは姉も同居した事は一度もないし、母と 同居している人は母の夫である父以外いません。」 ケアマネージャーさんの担当が変わったのは7月です。 この人は5ヶ月間、何を見ていたのでしょう? 「私が約束の時間より10分早く来たものですから、さっき 娘さんがこの家にいた頃の話をされたものですから。」 「嫁に行く前はこの家に住んでましたよ。」 「お姉様に連絡とってもいいですか?」 「いいですけど、姉は父と母を嫌っていて、親の介護は しないと言っています。この家とは関係なく生きていくと 言っている姉に介護を手伝ってもらうつもりはありません。 私は子供の頃の事を考えると、姉が介護をしないと言っても 当たり前なので、私一人で介護する事にしました。姉には 幸せに暮らしていて欲しいものですから。」 「では、連絡を取るのはやめます。えっと、実のお子さんは お姉様で、あなたはお母様とは血がつながっているけど お父様は血がつながっていないんでしたよね?」 「私の実の父ですけど?」 「今までのお話を聞いて勘違いしました。」 この人は受け持ちの家族構成を覚えていないのでしょうか? ケアマネージャーさんが帰った後、母が言いました。 「最近、お父さんがあんたのことを認めてきたよ。」 一瞬、キレそうになったのを我慢して、黙りました。 認めてきたってどういうこと? 6年前からずっと感謝してもらって当たり前の事を してきたのに、今まで感謝してなかったってこと? ようやく、最近になって、財産管理と不動産管理と 確定申告等の書類を書く事を任せて、家の掃除と 母の介護をさせてもいいと思えてきたってこと? さんざん世話になっておいて、上から目線過ぎて 腹が立ちました。心の中で思っただけで、私は 一言も母に言いませんでしたけどね。
2011年11月22日
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BLの苦手な方は読まないでください。 青少年育成条例に違反してるとかの 苦情は受け付けません。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 太陽が沈む頃、僕は泣きながら公園を出た。歩きながら 涙が溢れて止まらなかった。僕はどうして先生の目の前で 泣かなかったんだろうって後悔した。僕があと1分早く 泣いたら、先生も少しは態度を変えたかもしれないのに、 僕はいつだって、少しズレている。いつも独りで泣くくせが ついているから、後から涙が出てきてしまう。きっと誰かに 見られたら、また苛められたんだろうなって思われるかも しれない。僕は小学校3年生の頃から、あの事が原因で いじめられ始め、4年生は地獄だった。登校拒否になった 僕を助けてくれたのが5年で担任になった神崎先生だった。 先生は毎日、僕の家に学校のプリントを届けてくれて、 学校に来るように説得してくれた。僕が恐る恐る学校に行くと、 僕をいじめる子たちを叱って、僕がいじめられないように 傍でいつも見張っていてくれた。3ヶ月間学校を休んで、 勉強が遅れているのが心配だって、授業後も勉強を僕にだけ 教えてくれた。6年生になっても担任は神崎先生で、僕は 誰からもいじめられない幸せな1年間を過ごす事ができた。 中学校に入学するまでは・・・ 「おいっ!麻里緒じゃないか。こんなとこで何してるんだぁ?」 突然いじめっ子の坂田たちに声をかけられて、僕はビビって 立ち止まってしまった。逃げようかとも思ったけど、迷ってる うちに、道の向こうから駆け寄ってきた3人にあっという間に 囲まれてしまった。 「何だよ!お前、もうビビって泣いてんのか?」 まるでチンピラのように僕の顔を覗き込んできた3人は 小学生の頃に僕をいじめていた3人だった。6年生は 違うクラスで大人しくしていたのに、中学に入ってから、 同じクラスになって、また僕をいじめるようになった。 「何とか言えよ!コラァ!」 坂田が僕の頭をげんこつで殴った。 「痛っ!」 僕は思わず、睨んでしまった。すると、 「何だぁ!その眼は!!」 と言って、坂田の仲間の竹内と一之木がポカポカと強く 僕の頭を殴った。僕は今度は我慢して黙って俯いた。 こいつらは昔、僕をサンドバッグだって言って、ボコボコに 殴ってた連中だから、庇ってくれる先生がいなくなった今、 何を言ってもムダだった。 (続く)
2011年11月21日
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BLの苦手な方は読まないでください。 主人公の少年の目線で書いていますので、 中二病全開です。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 「麻里緒、待たせたな。」 ハッとして顔をあげると、息を切らして走り寄ってきた先生が 僕の目の前にいた。 「先生。」 僕は蝶に気を取られて、先生が来た事に気付かなかった。 僕は靴の裏についた蝶の残骸をこっそりと地面に 擦り付けて、体裁が悪そうに笑った。でも、先生は僕が 蝶を殺した事には全く気づいていないようだった。 僕の恋人である先生と会うのは久しぶりだ。僕が 小学生の頃には担任だったから、毎日、学校で会えたし、 放課後も先生のアパートにしょっちゅう通ってた。ところが、 僕が小学校を卒業して、中学生になってからは週に2回 この公園で待ち合わせをして、先生の家に行くだけに なってしまった。しかも、昨日は急用が出来たと言われて、 キャンセルされたから、中学生になった僕が先生に会うのは まだ4回目だ。先生のいない学校生活は毎日辛くて、 2週間しか経ってないのに、もう2ヶ月くらいに感じる。 部活も入るか入らないか先生に相談したいし、何よりも Hがしたい。もう5日も先生とHしてないから、早く先生と したくて身体が疼いちゃう。僕がウキウキとベンチから 立ち上がると、先生は何故か困ったような顔をして、 物凄く真剣な声で、こう言った。 「麻里緒。話があるんだ。」 「話って何?」 「しばらく会うのをやめようと思うんだ。」 「えっ?!」 僕は突然の先生の言葉に絶句した。 「しばらくって言っても、1ヶ月。いや、2、3週間でいいんだ。 すまないが、今日はこのまま帰ってくれ。今は理由は 言えないが、後で説明するから。」 「何だよ。それっ!」 僕は語尾を荒らげて、ふくれっ面をしてみせた。 いつも先生は僕が怒ると、ごめんって謝ってくるから、 今日も当然謝ると思ったのに、何故か今日は違っていた。 先生は目を細めて、僕をじっと見た後、酷く冷たい感じで、 「じゃ、そういうことだから。2週間後にまた電話するよ。」 と言った。僕はショックで何も言えなかった。ただ黙って 俯いていると、先生も黙って去って行った。 さよならも言わないなんて・・・そう思うと、涙が出てきた。 僕は手の甲で目を擦ると、恨みがましく、先生の後姿を 睨みつけてやった。 (続く)
2011年11月20日
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BLの苦手な方は読まないでください。 私のブログ初のオリジナル小説です。 主人公の少年の目線で主観的に書いてますので、 中二病全開です。 何卒お許しくださいませ。m(_ _)m 僕は羽を?がれた蝶を見ていた。夕暮れの公園で独り ベンチに座りながら地べたを這っている蝶を眺めていた。 誰が羽を?いだのだろう。羽さえあれば美しく空を飛べる 蝶が他愛のない悪意による悪戯で傷つき、醜く変貌した 身体を引き摺って、みすぼらしく這いつくばって生きている。 ヨタヨタと地面を這う蝶はまるで僕の人生のようだ。 身体を引き裂かれるような痛みを味わい、人から奇異の 目を向けられ、虫ケラのように踏み躙られ、自尊心を 無くすほどに苛められ、死にたいと願いながら死ぬことも できないまま、地を這う思いで生き続け、早く死ねと 人に嘲笑われ、それでも、惨めに生に固執している自分に そっくりだと僕は思った。似た者同士仲良くしたいのか 蝶が僕の足元に寄ってきた。僕のスニーカーに這い上ろう とする蝶を、僕はそっと指で摘まんで、優しく引き剥がし、 手の平に乗せてみた。蝶は何か言いたそうに触角と前足を 動かしながら、僕を見つめていた。ほんの少しの間だけ 見つめ合った後、僕は蝶を地面に戻し、ゆっくりと足を 踏み下ろし、僕の足元から去ろうとしない蝶をぎゅっと 踏み潰して殺してあげた。 (続く)
2011年11月19日
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21万アクセスありがとうございます! ブログを始めてから3年3ヶ月でやっと21万という 辺境の果てにあるようなブログに足を運んでくださる 皆様に感謝です。 21万HIT記念といたしまして、オリジナルBL小説 『落日』を今日か明日、UPいたしますので、皆様、 よろしければ、読んでやってくださいませ。 私がオリジナル小説を書くのは十数年ぶりでして、 ブログでは初めてになります。この3年間、二次創作 ばかり書いていまして、今更、オリジナルに戻るのは 恥ずかしい気も致します。あと、私は3人称でいつも 小説を書いているのですが、今回はあまり得意ではない 1人称で書いてみました。オリジナルは二次創作と違い、 設定の説明がいるので、主人公の心情と合わせて書ける 1人称を選択しました。でも、私はドS。攻めの目線で 18禁シーンをいつも書いていますので、今回、受けの 気持ちになってっていうと、非常に難しかったです。 正直に言うと、恥ずかしかったですwww 『落日』は不幸ないじめられっ子の美少年が主役です。 主役は中学1年生。身長145センチ。体重35キロ。 どんな性格かは読めば分かるので、今は書きません。 可哀相に思うか、ムカつくかは読む人の自由です。 かなりの長編になりますので、第1部、第2部、第3部・・・ というように分けて書く事にしました。 第1部は10話~15話完結を予定しています。 中二病全開でお恥ずかしいのですが、皆様、何卒、 よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m
2011年11月19日
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お医者様にチラッと言われた共依存って言葉が気になって いろいろとネットで調べてみました。 共依存かどうかを30の質問に答えてチェックするテストで 私は11項目当てはまり、共依存の可能性ありでした。 でも10未満は自己中で共依存の可能性なし。20以上は 共依存症なので、結局、私は普通なのかなって気がします。 共依存とは関係ない別の心理テストもやってみました。 Q1.「あなたは一人で知らない森にいます。あなたは空を 飛びます。どんな気持ちでどんなふうに飛びますか?」 Q2.「あなたはどこへ飛んで行きますか?」 Q3.「森の中に家があります。家の周りに塀があります。 その塀はどのくらいの高さですか?」 私の答えは「小鳥のようにパタパタ手を動かして、わくわく 楽しそうに飛んでいる。」「自分の娘」「10メートル」 Q1は「悩み事に対してどんなふうに悩み、どんな気持ち なのか?」Q2は「一番最終的に頼りにする人」Q3は 「自分のプライドの高さ」です。私ってプライド高過ぎwww しかも、ワクワク楽しそうに悩むドM?? 共依存症の人はMの人が多いので、気を付けなければwww プライドの高いドMって何なんでしょうね。
2011年11月18日
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母親への愛情が強すぎて、母親の愛情が薄い事を 私は認めたくなかっただけなのかもしれないです。 父も母も性格が悪く、人に迷惑をかけても平気な 自己中心的な性格で、利用できる者は利用するけど 感謝はしない性格で、どうしようもなくケチで、 少しの謝礼で他人が喜んで働くと思っています。 私と姉に対しては放任主義を宣言し、ママ友を 一人も作らず、子供に金も服もろくに与えない親 でした。ただ私と姉に暴力を振るわなかったので、 私はそれが虐待であることを知らなかったのです。 ネグレクトという言葉を知ったのは大人になってから でした。 昔から私は父親が嫌いで、母親だけはまともな人で あって欲しいと願うばかりに母の悪い所を見ようと していませんでした。姉がノイローゼになってから 母は金を子供に与えない事を反省したのか、普通の 暮らしを私にはさせてくれました。でも、きっと 図々しいと心の中では思っていたのかもしれません。 その頃からなのです。父が私にやたらと文句を言う ようになったのは・・・ そんな理由で、私が生まれた時からずっと気が向くと 猫を可愛がるように抱っこして可愛がってくれた母を 私は偏愛し、母がアルツハイマーになると、必死で 更生させようとする共依存に陥ってしまったのです。 認めたくはないけど、アルツハイマーの母に対して 私は悩み苦しみ、病気の本人は何も悩んでいない上に 私の事をウザいと思っているらしいのです。 これからは共依存症にならないように気を付けて、 少し距離を置いて、母と接したいと思います。
2011年11月17日
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今日、国立病院の先生に「ケアマネージャーさんに 母が自分は結婚しても定年まで働いて苦労したのに、 娘は4年制の大学を出て1年で仕事を辞めて結婚して、 結婚してから働きもせず、専業主婦で苦労せず遊んで 暮らしているのがくやしいって言ったんですけど、 アルツハイマーになると、人からどう思われるとか 気にならなくなって、善悪の区別がつかなくなって しまうんですか?2年前までは私に怒鳴り散らしたり、 子供の幸せをねたむような人ではなかったんですけど、 最初は人格が急に変わったんで、心の病気になった と思ったんですけど、どうなんでしょう。」と聞いたら、 お医者様は「実は人格が変わるということはなくて、 全て本心で喋っているんです。あまりの変わりように ご家族の愛情が薄れるケースが多いので、黙ってたん ですけど、相手の気持ちを考えることや他人からどう 思われるのかを計算できなくなっただけなんです。」 と言いました。「ここにいるのは私のお母さんじゃない って思うほど性格が違うのにですか?」と私が言うと、 「愛情の深いご家族ほど現実に耐えられなくて、親が 心の病気にかかったと思いたがるのですが、実際は 違うんです。薄々気づかれてきた頃かとは思うので、 はっきり言いますが・・・悲しくても真実です。」
2011年11月16日
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今日は娘の学芸会を観に行きました。 娘の役はうさぎです。 『金の斧』に出てくる森の動物達の一人で セリフも少なく、ずっと後ろで立っていたり、 座っている役でした。 真っ白な衣装にうさぎのしっぽをつけて ピョンピョン飛んで歩いたり、歌ったり、 可愛かったです。 ディズニーシーで買ったお土産を 写真に撮りました。 ダッフィーちゃん達だけで1万円も 買っちゃいましたwww ディズニーランドの旅費とパスポート代別で 2日間で5万5千円使っちゃいました。 お土産買い過ぎたかなwww
2011年11月11日
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雨の中、ジュビレーションを最前列で観ました。 15分待ちでパレードの最前列なんて運が良いです。 パレードが終わったら、ミッキーの家とミート・ミッキーへ すぐに駆け込みました。50分待ちでミッキーに会えました。 写真は家族と娘の2枚購入して、自分のカメラでミッキーと 娘のツーショットを何枚も撮ろうと思っていたのに、家族の 写真1枚しか撮っちゃダメなんですね。撮れてるか確認して くださいって言われて、確認してる間に娘の写真撮られて、 バイバ~イって部屋から出されてしまいました。 ドナルドのボート、チップとデールのツリーハウスを見て、 ファストパスの時間になって、バズ・ライトイヤーへ・・・ シューティングが下手な私と娘は何だか分からないうちに 終わってしまい、主人だけが普通の点数で満足顔でした。 モンスターズ・インクのほうが面白かったです。 ロジャーラビットのカートゥーンスピン、ガジェットの ゴーコースター、スタージェットに乗って、6時半に ディズニーランドを出ました。 疲れて足が痛くなったけど、とっても楽しかったです。 8時の新幹線に乗って、11時前に自宅に到着。 家に帰ると、娘はお風呂にも入らず、リビングの ソファーで眠ってしまいました。
2011年11月10日
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日曜日は8時にホテルをチェックアウトして荷物を預け、 8時半にディズニーランド到着。 スプラッシュ・マウンテン、ビックサンダー・マウンテン、 ジャングルクルーズを乗ったところで今日は昨日と違い 空いている事に気付き、急遽予定を変更。 スペース・マウンテン、モンスターズ・インクに乗り、 シンデレラのフェアリーテイル・ホールを見ました。 いろいろな仕掛けを見て、お姫様気分を味わい、 娘は喜んでいました。 昼食はクィーン・オブ・ハートのバンケットホールで ハートの形のハンバーグを食べました。 イッツ・ア・スモールワールド、ミニーの家を見た後、 3時のパレードを見ました。
2011年11月10日
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お昼を食べた後、160分待ちのレイジングスピリッツと インディ・ジョーンズをファストパスの時間で乗りました。 ジャスミンのフライングカーペット、キャラバンカルーセル フライングフィッシュコースター、スカットルのスクーター に乗った後、いよいよタワー・オブ・テラーへ・・・ でも、あまりの恐怖で娘が泣いちゃいました。 お化け屋敷のように怖くて、エレベーターが落ちる時の 私の悲鳴が幽霊の声だと思って泣いてしまったそうです。 10thアニバーサリーのショー『ファンタズミック』を 雨の降る中、ずぶ濡れで見て、クリスマスツリーなどの 夜景を楽しみながら、10時閉園までお土産を買って、 ホテルに着いたのは10時半でした。 ホテルの部屋番号は444!! 「死のナンバー。不吉。」って主人が笑ってました。 夕食はダッフィーのポップコーン(ミルクティ味)のみ、 私は夜中の2時に寝て、翌朝は6時半に起きました。
2011年11月09日
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土曜日朝8時半の新幹線でディズニーシーに行きました。 ディズニーリゾート・ウェルカムセンターで荷物を預け、 東京ベイ舞浜ホテルのチェックインを済ませ、ディズニー リゾートラインに乗って、11時50分ディズニーシーに 到着。真っ先にタワー・オブ・テラーのファストパスを 取って、シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジを 見た後、センター・オブ・ジ・アースに並びました。 100分後まさかの安全装置作動一時運行中止になり、 ファストパスと同じ待ち時間で乗れる優先券をもらって、 並んでいた場所から追い出されました。 昼食は1時間待ちでしたが、ミッキーと写真が撮りたくて、 ホライズンベイ・レストランで食べました。 ステーキとサラダ又はスープとデザートとドリンクの 2980円のセットを食べました。 美味しかったです。 ミッキーとミニーとプルートと写真が撮れて、 娘は喜んでました。
2011年11月08日
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20万HIT記念に連載した秘密二次創作小説「方舟」の 第1話を秘密仲間のえあこ様が漫画にしてくださいました。 えあこ様の秘密サイト 擒。はこちらです。 http://toritori1000air.web.fc2.com/top.html ツイッターから発生した夢のような企画に感謝感激です。 えあこ様の鈴薪に萌え過ぎて、死にそうです。 ↓ ↓ ↓ 18禁ですので、BLの苦手な方はご遠慮ください。 ↓ ↓ ↓ 私なんかの為にこんな素敵な漫画を描いてくださった えあこ様には百回お礼を言っても足りないくらいです。 本当にありがとうございました。m(_ _)m
2011年11月02日
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最近、母が私を血の繋がった実の娘だということを忘れて、 嫁いびりをしているかのように思えます。 と、いっても、本当に忘れたわけではないのですけど・・・ お世話をしてるのに、世話なんかしてもらってないと言い、 尿漏れパッドを使ってと頼んでも、余計なお世話だと言い、 毎月生活費を渡しても受け取ってないと言い、掃除はいつも ヘルパーさんにやってもらっていて、私にはやってもらって いないと言い、私の事を憎んでるような態度をとります。 ケアマネージャーさんは「本気で言ってるように見える」と、 本気で私の事を嫌って、怒って、悪口を言っているように 思えるんですって。理由はどうあれ怒っているってことは 確かだから、家中、汚されても我慢して、あきらめる事と 「買ってきてあげた」「掃除してあげた」ではなくて、私に 「お世話させていただけて、お金の管理をさせてもらえて、 買って持ってきた物を使っていただけると嬉しいです」と 目上の人に対する礼儀を持って、言い方を変えて、母に 接する事が大事だと言うので、私はケアマネージャーさんに 「自分の実の母親に敬語を使えって言うんですか?あなたは 子供の頃から実の親に礼節を重んじて接していましたか? 私はお金をもらって働いてる他人でも嫁でもないんですよ。 世話してあげてるって言い方が気に入らないから通帳を 返せって言われたら、お世話させていただけて幸せです。 無料でこれからもずっと私にお世話させてください。なんて、 言わなきゃいけないなんて!それに、家中におしっ〇や う〇ちをまき散らしたり、オムツを取り替えてもらわなきゃ 生活できないようになったら介護施設に入るって約束を母は 守らないんですよ。このまま尿漏れパッドを使いたくない って言い続けるなら、約束通り介護施設に入ってもらうよ って私は言ってるんです。」と私が言うと、「では、しばらく 距離を置いて、接してみてはいかがですか?例えば、1ヶ月 放っておいて、その後、どうするか話し合うとかすれば、 世話してくれって言ってくるかもしれませんよ。その間に 倒れて救急車で運ばれても何の責任もとりませんけどね。」 とケアマネージャーさんが言うので、「毎週、世話しないと 心配で。そんな1ヶ月も放っておくなんてできません。」と 私は言いました。すると、ケアマネージャーさんは母に 「以前に私がこういうことを言って、実行された方もいました。 でも、娘さんは心配でできないと言う。それが嫁と実の娘の 違いです。昔は仲が良かったお二人ですから、お互いに 折り合いをつけて、仲良くしてください。」と言いました。
2011年11月01日
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月曜日、実家に行くと、母の部屋の洗面器の中におもらしで 汚れたパンツが2枚入っていて、その上にティッシュ箱が のっかってました。私がティッシュ箱をどかして、 「汚いから洗面器の上に載せちゃダメだよ。」と言うと、 物凄く怒った顔で、「いらん世話だがね。何もせんくせに 余計な事ばかり言って、あんたに迷惑なんてかけたことは 一度もないがね。黙っとれ!!」と言われました。 旅行から帰ってきたとたん、薬も飲み忘れ、尿漏れパッドも 使わなくなってしまって、う〇ちやおしっ〇で汚れたパンツを のせた新聞紙やビニールをゴミ箱に捨てて、部屋の物や床を ティッシュでみがいてあげているのは私なんですが・・・ 一応、何も母にやらせないのはあれなんで、パンツだけは 自分で洗うように言ってあるので、パンツを洗ってるのは 自分だから、誰にも迷惑かけてないって母は言うんです。 しかも、「ヘルパーに言うな!」って怒鳴られました。 ヘルパーさんに話したら、今日は部屋に入れてくれなくて、 掃除ができなかったと言うのです。どうやら、お漏らしした パンツが部屋にある日はヘルパーさんを部屋に入れない みたいなのです。ケアマネージャーさんが11時にやってきて、 「旅行はどうでしたか?」と聞くと「旅行は楽しかったけど、 娘の態度が気にくわない。月に一回来て、掃除もしないで 文句ばかり言ってくるから、そんな娘にお金の管理だけして もらわんでいいわ。通帳を預けているのが嫌になったから、 通帳を返すように言って。」と母が言いました。私は 「通帳は返しません。お医者様も私が持っているのが一番 安全だと言っていましたから。尿漏れパッドを使うように 言われるのが嫌だから、私に管理されるのが嫌だから返せ と言われても、そんな理由で返す必要ありません。旅行も 片道2時間以内でって言われているのに、最後にする約束で 行かせてあげたのに、今、母に甘い顔すると今度は沖縄や 北海道に旅行するから20万持って来いって言われますよ。」 と、困惑するケアマネージャーさんに言いました。 アルツハイマーで脳の委縮が酷くなる前に尿漏れパッドを 使うようにしないと、死ぬまで、家が糞尿で汚れるんです。 それで、母が5、6歳の幼児と同じになってしまったなら、 私もかわいそうで、口うるさくは言わないのですが、母は 大人と同じ、尿漏れパッドを使う能力はあるはずなんです。 1枚10円か20円の尿漏れパッドの金がもったいないから。 面倒くさいから。という理由で、尿漏れパッドを拒否して、 家を汚して、私に迷惑かけても、使いたくないと言うのです。 旅行では尿漏れパッドを使って、難を逃れたから、使って 良かったって、帰ってきた翌日に言っていたのに、いつも 旅行から帰ってきた数日後に私に態度が悪くなるのは何故 でしょう。きっと、旅行に行くと元気な頃に戻ったような 気がするとか、私の世話になってることを忘れてしまうとか いろいろなんでしょうね。 アルツハイマーになると裏表のある性格の人は隠していた 本性が現れてしまうから、本当は母は嘘つきで意地悪で 自分勝手な性格だったんです。母の性格が豹変したと 思ったのは私の勘違いだったんです。今頃、気付きました。
2011年11月01日
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