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代官が監禁された部屋の中では、かのアンドレスが見張り役をつとめていた。
ドアの隣に置かれた椅子に座る彼の傍らには、己の武術指導の師、アパサが授けた厳かなサーベルが光る。
アンドレスは、数本の蝋燭が辛うじて灯る薄暗い部屋の中に、縛られたまま蹲(うずくま)る代官にじっと視線を注いでいた。
アリアガは、今や、もはやショック状態のように、焦点の定まらぬ目でただ呆然と壁を見ている。
この代官のために、どれほどの貧しい領民が苦しめられ、命を奪われてきたことか。
今となっては哀れにさえ見える代官に向けられるアンドレスの瞳には、怒りと共に、悲しみの色が浮んでいた。
たとえこの代官を殺しても、失われたものは戻ってこない。
彼は、揺れる蝋燭の炎を見つめた。
否、そもそも今回の目的は、代官を殺すことではない。
その先にあることなのだ…――!
トゥパク・アマルの計画を知るアンドレスの眼差しが、再び、思いつめたように険しくなる。
この代官の死は、いわばそのための道具にすぎない。
彼は、再び、惨めに頭を垂れている代官に視線を戻す。
思えば、この代官も哀れな運命かもしれない…。
そんなアンドレスの心を見透かすように、突如、その代官が彼の傍に擦り寄ってきた。
あの強面のインディオたちの中では、確かに、アンドレスはやや趣の異なる印象を放っていた。
どれほど鍛え上げられていようとも、華やかで柔らかな雰囲気は失われていなかったのだ。
文字通り絶体絶命の危機に立たされたアリアガにとって、そのようなアンドレスの姿が天使のごとくに映っても不思議ではなかった。
アリアガは必死の面持ちで、目には涙を溜めてアンドレスを見上げた。
「わしが悪かった。
領民のことを、もっと大事にすべきだったのだ。
それは、もう、よく分かった。
二度と領民を苦しめるようなことはしないと誓う!
だから…だから、あの男に、トゥパク・アマルに取り成してはくれまいか。
せめて、命だけは、助けてほしいと…!」
アンドレスを喰い入るように見つめる代官の目から、涙が落ちる。
アンドレスの心がずきんと疼く。
しかし、彼は静かに首を振った。
「頼む!
この通りだ!!」
代官は、アンドレスの足元の床に額を押し付けるように平伏(ひれふ)した。
アンドレスは、しかし、再び、静かに首を振る。
アリアガは、床に頭を押し付けたまま、泣きながら呻き続ける。
「本国スペインには、家族もいる!
こんなところで…、こんな最果ての地で…命を落とすわけにはいかぬのだ!!」
もはや、それは一人の素の人間の、生の叫びだった。
アンドレスの瞳が揺れはじめる。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
本日もお読みくださり、誠にありがとうございます。
真魚子様
が新たに描いてくださいました。
【鷲とトゥパク・アマル】【馬上のトゥパク・アマル<代官襲撃の夜>】を、フリーページ( 登場人物イメージ画
)に追加いたしました。
真魚子様に心から深く御礼申し上げますと共に、お読みくださり、また支えてくださっているすべての皆様に、改めまして厚く御礼申し上げます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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