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コイユールが、自分の小屋のある集落はずれに戻ってくる頃には、すっかり日も傾きかけていた。
前方の空にはそろそろ寝座(ねぐら)に戻るのだろうか、黒い影のような一羽のコンドルが、山脈の方へと滑るように飛び去っていくのが見える。
その瞬間、彼女の脳裏に、あの広場で見たトゥパク・アマルの姿が、その声が、その言葉が、ありありと甦ってきた。
『誇り高き、気高き魂が、今も、そなたたち一人一人の中に生きていることに、目覚めよ!!
今こそ、眠れる魂を呼び覚まそうではないか!!
そして、我々自身の手で、このインカの地を、この地の民を、己(おのれ)自身を解放するのだ!!』
コイユールは、再び胸の前で両手を祈るように硬く結び合わせた。
「トゥパク・アマル様…。」
彼方へ飛び去るコンドルを見つめる彼女の瞳の中にも、静かな炎が燃え上がる。
『たとえ皇帝陛下が生きていたとしても、スペイン人から闘って勝ち取らなければ、この国はインカの人々の手には決して戻ってこない!』
ずっと昔、アンドレスがそう語った言葉通り、今、まさにそれが動き出そうとしているのだ。
涼やかで清い、そのくっきりとした目元に、澄んだ光が宿りはじめる。
(私たち自身で、私たちを解放する…!!)
胸が熱くなり、鼓動が速くなる。
明日、進軍と…、明朝、結集と、言っていた。
コイユールは夜の帳がおりはじめた農道の片隅で、立ち止まったまま空を見つめ続ける。
しかし、その目には、もはや空の風景は映っていなかった。
彼女は、ただ、じっと自分の心の中を見つめていた。
自らの中に静かに燃え続けてきた炎。
その炎が、今、さらに激しく、強く、燃え上がっている。
そう、この日が来るのをずっと待っていたのかもしれない。
アンドレスに出会い、そして、トゥパク・アマル様に出会った時から。
きっと、もう何年も前に、あのビラコチャの神殿で、偶然にもトゥパク・アマル様を垣間見たあの日から…――!
私たち自身で、私たちを解放するのだと、トゥパク・アマル様は言っていた。
そのために、私たち一人一人の力が必要なのだ、と。
コイユールは思いつめたような眼差しで、再び空を見た。
既に、あたりは闇に包まれ、晩春の涼風が吹きぬけていく。
風の揺らす新緑の草木が、ざわめく音がする。
長大なコルディエラ山脈に囲まれた空には、次第に初夏の星座が瞬きはじめる。
そして、それを見上げるコイユールの瞳にも、煌く星々がくっきりと映し出されていた。
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