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2005年03月23日
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半年ほど前から、噂に聞いていた「夜回り先生」=水谷修氏の講演を聴きに行った。長身痩躯の水谷先生は、家内から聞いていた以上にカッコウいい。

これからどんな話が始まるんだろうと、ワクワクしていると、低音のよく通る声で「みなさん、こんにちわ」という第一声が響いた。氏は唯の一言で満席の二百三十人といきなり、ラポールを築いてしまった。

ウワッ凄い。

ノックアウトされたような気がしたが、そのあと出てくる話、どれもこれも衝撃的で参ってしまった。「私が殺した二十人の子供たちと四人の親」という言葉に度肝を抜かれた。ふつうなら、私はこういう表現の中に偽善を感じて不快に陥ってしまっただろう。しかし、その言葉になんのイヤラシサも無いのだ。何故なんだ、何故なんだ、私の頭の中はほとんど思考停止状態。

夜回り先生は定時制高校の教師になったときから、夜の世界に沈んでいく子供たちを救おうと、必死に活動してこられた。
いや、友人との喧嘩が元になって、定時制高校を希望する事になったときから、その覚悟は出来ておられたのだろう。

その喧嘩は、友人と久しぶりに会ってすし屋でジョッキをあげるところからだった。肴に出てきた刺身を前に、「なあ、水谷。腐った魚じゃ旨いすしは握れねえよな。」その友人は定時制高校の教師、水谷氏は神奈川県内きっての優秀校で評判の高い教師だった。

しかし、友人が定時制高校の生徒を「腐った魚」に喩えたのが許せなかった。
「魚には腐ったのがあるかも知れないが、生徒は腐ったんじゃねえ。腐らされたんだ。俺が行く。お前は生徒を「腐った」と言ったからには教師の資格はない。辞めろ。」威勢の良い啖呵をきった。友人は教師を辞めた。そして水谷氏は勤務先の校長を脅して、定時制に移籍した。三十五歳の時だったと言う。


ともかくこの子達と、対等に付き合いたい、そのために始めた夜回りだったという。

夜回りの活動を始めてから知り合った子供たちの話が繰り広げられた。

母親が逃げ去り、父親と二人で暮らした少年は、六月から九月まで毎年学校を休んだ。背中から尻ににかけて一面についたたばこの火傷を友達に見せたくなかったのだ。幼い頃から続いた父親の折檻の痕だった。
暴走族になった少年は、自分のバイクが欲しくて、引ったくりを働いた。彼に七メートル引きずられたおばあさんは、ガードレールに激突し、四日後に脳挫傷で亡くなった。
水谷先生に罪を告白した少年は、警察に同行して欲しい、と頼んだ。
しかし、先生は「その前にやることがあるだろう」と言った。

必死で考えた少年は、まずおばあさんに謝りに行くべきだ、と気がついた。
集中治療室の前にいた、おばあさんの連れ合いに、身を投げ出して謝ったが、おじいさんは口もきいてくれなかった。

やがて少年院を出て、まじめに働いた少年は給料から生活の最低必要分を除いて、あとはおじいさんに送金し始めた。おじいさんからは葉書一枚来なかったが、許してもらえなくて当然だ、と受け止めた。

職場で盗難があり、犯人呼ばわりされた。

そこで少年は水谷先生を殺そうと考えた。「水谷、お前はおれを二倍不幸にした。おれを助けてくれたが、受け容れる社会を変えてくれなかったから、おれは二倍不幸になった。だからお前を殺す」これが少年の言葉だった。



次から次へと淀みなくあいだあいだに笑いをまじえながら、夜回り先生の言葉は続く。でも、先生が心の中で泣いているのはよくわかる。客席に居る私がハンカチを放せなくなってしまった。涙があふれて止まらない。

私はなんと気楽な生き方しか知らなかったのだろうか。自分への怒りが頂点に達しようとした時、先生はこう言われた。

今日、この西東京市のホールに来てくださった大人の皆さん、私は皆さんに、夜回りをしなさい、等と言いません。私は私のやりかたでやっているだけです。
ただ、こどもたちを愛して見守ってやってください。

何もかも見通しておられる水谷先生は、神父になろうと思ったほどの敬虔なカトリックだ。先生はリンパ腫で、もう永くはないと自覚しておられる。だのに治療を受けようともなさらない。生きるか死ぬかは、人間の決めることではない。神様にお任せします、という。



雨の中、二十分ほどの道のりが、来るときとはまったく違った、どこか知らない遠い国のように思いながら帰宅した。

私はしばらく、この日記が書けないかも知れない。再び筆を執る様になったとしても、今日のショックは生涯続くだろう。水谷先生には決してかなわない。
せめてその告白だけして、しばらく筆をおこう。今まで読んで下さった方への最低限の礼儀として。

そう覚悟してPCに向かったとき、ふと思い出したのが、「活きながら黄泉に陥つ」という語だった。これは道元が五十四歳の生涯を終えるにあたって、遺した言葉だ。なぜか水谷先生と道元が重なってならない。





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最終更新日  2005年03月24日 03時58分54秒
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