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数日後、鬼族の頭領を務める鴾和家の御曹司・香と、その分家である常磐家の末娘・蓮華の結婚式が、神社で行われた。巫女や宮司の後に続き、白無垢に身を包んだ蓮華がしゃなりしゃなりと境内を歩く姿は、この日の為に集まった鬼族達の目を惹きつけ、皆その美しさに溜息を吐いた。その手をひく黒紋付の羽織と袴姿の香も凛々しくも艶やかな妖気を纏っていた。巫女舞が終わり、神殿の前で香と蓮華は三三九度の酌を酌み交わし、夫婦となった。「香様、この度はおめでとうございます!」「ありがとう。」邸に戻り、2人の結婚を祝う酒宴の中、香は一族の者達から祝福の言葉を受けると頬を弛めて笑った。その隣に座る白無垢姿の蓮華も、恥ずかしそうにしていた。「蓮華さん、この度はおめでとう。」「ありがとう、ユーリさん。あなたも、ご懐妊おめでとう。」蓮華はそう言うと、ユーリと匡惟を見た。「まだ実感が湧かなくて・・それに、わたしは親から愛された記憶がないものだから、いい母親になれるかどうか不安で・・」「わたしも同じです。でもあなたはもうお独りではないでしょう?」蓮華はユーリの手を握ると、優しく彼女に微笑んだ。寝殿で酒宴が行われている中、西の対屋ではアベルが香と蓮華の双子の世話を鴾和家の女房達としていた。「アベルさん、ここはもう良いですから寝殿へお行きになってくださいませ。」「いいんです。わたしがあそこに居ても邪魔になるだけですし、こうして子ども達と触れ合う方がいいですし。」「そうですか・・」寝殿には行きたくなかったし、行ってもみじめで暗澹とした思いを抱くだけだとアベルは思っていた。香と蓮華は突然この邸を訪ねに来た自分に良くしてくれているが、アベルは仲睦まじいユーリと匡惟の様子を見るたびに、心が痛んだ。 ユーリと初めて出逢った時からユーリに惹かれ、恋心を抱くようになったが、その心は永遠に相手には届かない。届かぬ思いをいつまでも抱いていては、自分自身が幸せになる事ができない。今自分に出来る事を全力でするのみだ。「アベル、久しぶりだね。」不意に御簾が少し捲られたかと思うと、産後の肥立ちが悪く長らく床に臥せっている筈の摩於が部屋に入って来た。「マオ様、体調の方はもうよろしいのですか?」「うん。槙野が世話をしてくれたお蔭だよ。それよりもごめんね、迷惑をかけちゃって。」「何をおっしゃいます、わたしは自分の意志でここにいるのですから。」「ねぇアベル、無理してない?」摩於はそう言うと、黒真珠のような瞳でアベルを見つめた。「わたしが、無理を?」「なんだか、必死に本心を隠して笑顔を作っているような気がする。ユーリ様のことを表面上は祝福しながらも、心では泣いているように見えるよ。」核心を突いた摩於の言葉に、アベルは心を揺さ振られた。「そうでしょうか?」「大人って、素直になれないんだね。槙野が昔よく言っていたんだ、“純粋な心は子どもだけが持っている”って。」摩於はそう言って溜息を吐くと、アベルの隣に腰を下ろした。初めて摩於と出逢った時、まだ穢れを知らぬ子どもだとアベルは思っていたが、様々な経験を経て彼は徐々に大人へと近づいてゆく。彼が麗真国の王となる日は、そう遠くはないだろう。「アベル、僕ね、一つ叶えたいことがあるんだ。」「叶えたいこと、ですか?」摩於はそっと、アベルの耳元で何かを囁いた。 寝殿では、酒宴の主役である香と蓮華が笑顔で上座に座っていた。宴が終わろうとしていた頃、突然突風が部屋を襲い、2人の背後に掛けられていた金屏風ががたがたと揺れ出した。「一体何事だ!?」ごうっという音とともに、黒い影が揺らめいたかと思うと、不知火が2人の前に姿を現した。「不知火兄様・・」「久しぶりだね、蓮華。我が妹よ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月29日
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「ユーリ様、薬師が来ましたよ。」匡惟の声を聞き、ユーリはゆっくりと御帳台から起き上がった。「あら、早かったのね。」ユーリは蒼褪めた顔で夫を見た。「すぐに済みますからね。」「そう・・」匡惟は几帳の陰に隠れ、ユーリの診察が終わるのをじっと待った。「どうですか?」「おめでたです、おめでとうございます。」匡惟がユーリの元へと行くと、ユーリは何故か浮かない顔をしていた。「どうなさったのですか?」「どうしてかしら? ここに、新しい命が居るのに嬉しくないの。」ユーリはそう言うと、そっと下腹を撫でた。「妊娠に戸惑うのはあなただけではありませんよ。それよりも寒さが厳しくなりますから、なるべく腰を冷やさないようにしませんと。」「ええ、そうね・・」ユーリは溜息を吐きながら、自分に衣を掛ける匡惟を見た。 一方、香と蓮華は、蜜妃の事を話し合っていた。「近い内に不知火がこちらに来るぞ。その時は刺し違えても奴を殺す。蓮華、お前はどうする?」「わたしは香様と運命を共にいたします。」蓮華はそう言うと、内袴を捌いて香の隣に座った。「これを、憶えておいでですか?」蓮華は髪に挿している柘榴石の簪を外し、香に見せた。「蜜妃の形見か。彼女の亡き骸を埋めた時、お前に渡したものだな。」「ええ。あなたが姉に贈った最初で最後の贈り物でしたわね。許婚としての。」蓮華の言葉に、香は昔の事を思い出していた。羅姫(らひ)と香は親同士で決められた許婚だった。金髪紅眼の美貌の持ち主で、気立ての良い羅姫は、里の者達から慕われ、愛されていた。香も、羅姫の人柄に惹かれていった。蓮華も香を幼い頃から憧憬の目で見ており、彼と家族になる日を心待ちにしていた。だが、2人の結婚を快く思わなかったのは、蓮華の兄であり、羅姫の弟である不知火であった。肉親でありながらも、不知火は密かに羅姫のことを想っていた。だが、彼女はそんな弟の気持ちに気づかず、香との婚礼を控えた数日前の夜、不知火を自分の部屋へと呼んだ。「お話とはなんでしょう、姉上?」「不知火、わたしと香様が祝言を明日挙げることは知っているわよね? そこにあなたの席を設けるから、必ず来て頂戴。」「嫌です、僕は・・」不知火は姉が誰かのものに―あの男のものになってしまうのが嫌だった。だから彼は暴走し、姉諸共自分の一族を滅ぼした。やがてその姉への強過ぎる想いゆえに、精神を壊していった。「不知火兄様はどうして、あんな風になってしまったのでしょう? 昔はよく3人で仲良く遊んでいたのに・・」「純真無垢な子ども時代は、何も考えずにいても良かった。だが異性を意識し始める頃、純真な心は世間を知ることによって、徐々に穢れてゆく。」香はそう言うと、螺鈿細工を施した箱の中から、懐剣を取り出した。「これは?」「婚礼の夜にお前の姉に渡そうと思っていたものだ。鴾和家の正妻の証だ。」「本当に、良いのですか? そのような大切なものを、わたくしに?」「俺の子を産んだのなら、誰も文句は言えまい。」蓮華はそっと、香の手から鴾和家の懐剣を受け取った。正妻の証は、ずしりと重たかった。それは代々この地と家を守って来た女達の歴史をあらわしているかのようだった。「いずれ戦いの場に出る前に、祝言を挙げよう。」「ええ・・」(この方の、妻となる・・)蓮華は香に笑顔を浮かべると、そっと彼の肩に自分の身体を預けた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月29日
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アベルに助けを求めた村人・静歌は、ゆっくりと自分の“罪”を語り始めた。 1年前の夏、静歌は村の領主が住む館で給仕女として働き、そこで領主の息子と恋に落ちた。だが彼には妻子がおり、彼の子を身籠った静歌が彼に妊娠を告げると、領主の息子は静歌をふしだらな女と決め付け、村から追放した。両親を亡くし、金の蓄えが尽いた彼女は中絶する金もなく、病院へ行く金も子を育てる金もないままに、崩れ落ちた家の中でただ1人、子を産んだ。静歌を取りあげ、何かと彼女に親切にしてくれた産婆も、彼女に背を向けた。彼女は陣痛に呻きながら、妻帯者に恋をしたからこんなに苦しむのだと思い、自分の運命を受け入れた。「子どもは可愛いのですが、育てる自信がありません。それに、わたしのような母親に育てられた子は差別を受けるに違いありません。どうか、この子を助けてくださいませんか、司祭様?」静歌はそう言うと、アベルを見た。「あなたがそうしたいのなら、わたしは何も言いません。子は母親の元で育てられるべきですが、あなたの抱えていらっしゃる複雑な事情に理解を示しましょう。」「ありがとうございます。」泣き叫ぶ赤ん坊を抱き、アベルは静歌の家から出て行った。「司祭様、それはあの女の子ですか?」村を歩いていると、1人の村人がアベルに話しかけてきた。「ええ。それが何か?」「悪い事は言わねぇ、その子は井戸へ投げ落とした方がいい。でないと呪われちまいますよ。」村人はそう言って赤ん坊に唾を吐くと、家の中へと入っていった。アベルは赤ん坊の濡れた頬をそっとハンカチで拭うと、鬼族の邸へと戻った。「アベルさん、お帰りなさいませ。あら、その子は?」蓮華はアベルが腕に抱いている赤ん坊を見た。「村の女が自分では育てられないからといって、わたしにこの子を託したのです。」「そう・・この子、酷い熱があるわね。薬師を呼んで点滴を打たせましょう。」アベルから赤ん坊を受け取った蓮華は、そう言うと廊下を歩いた。「お前が、アベルか。」アベルが香の部屋に入ると、香はアベルを見て咳き込んだ。「俺が不在の間、息子達の世話をしてくれてありがとう。」「いいえ、礼など要りません。それよりも突然こちらに押し掛けてきてしまって申し訳ありません。お顔の色が優れないようですが・・」「ああ、少しトラブルに巻き込まれてな。お前はユーリに会いに来たのだろう? 彼女なら東の対屋にいる。」「ありがとうございます。」アベルがユーリと匡惟が滞在している東の対屋では、ユーリが突然の吐き気に襲われて衣の袖口で口元を覆っていた。「ユーリ様、どうなされましたか!?」「いいえ・・突然気分が悪くなって・・」「ユーリ様、もしかして・・」ユーリが妊娠していると匡惟が思った時、アベルが部屋に入って来た。「お久しぶりです、ユーリ様。」「あら、アベル。久しぶりね。」ユーリはちらりとアベルを見ると、御帳台の中へと入っていった。「ユーリ様は御気分が優れないのですか?」「ええ。どうやら子が出来たみたいで、先ほどの吐き気はつわりではないかと。」匡惟はそう言うと、薬師を呼ぶ為部屋から出て行った。「ユーリ様、匡惟さんの子を妊娠されているって本当ですか?」「さぁね。“向こう側”の世界で慣れないことばかりだったから、ストレスで胃炎を起こしているんじゃないのかしら?」「そうですか・・」もしユーリが匡惟の子を妊娠していると判ったら、静かに身を引こうとアベルは思った。もうユーリは匡惟という人を見つけたのだ。2人の間に割り込むことは、誰にも出来ない。「では、わたしは失礼致します。」涙を堪えながら、アベルはユーリに背を向けると、部屋から出て行った。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月27日
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不知火から式神返しを受けた香は、ゆっくりと目を開いた。「香様、やっと気がつかれましたか!」周囲を見渡すと、隣には自分の手を握り締めている蓮華がそう言って涙を流した。「蓮華、済まないな・・心配を掛けてしまって。」香がゆっくりと上半身を起こした時、彼は激しく咳き込んだ。「香様、大丈夫ですか!?」「ああ、大丈夫だ。それよりも蓮華、お前に話したい事がある・・羅姫の事で。」「羅姫姉様の事で?」香はゆっくりと、蓮華に残酷な事実を告げた。 一方、鬼族の邸から少し離れた村の教会で、アベルは祭壇に向かって静かに祈りを捧げていた。(主よ、どうか我らをお守りください・・)ロザリオを握り締めながら、アベルは目を閉じた。ステンドグラスが冬の陽光を受け、美しい極彩色の煌めきを教会内に放った。アベルが祈りを終えてゆっくりと立ち上がろうとすると、教会の扉が軋みながら開いた。長い金髪が太陽の光を受けて美しく輝き、紅い瞳が清らかな光を放ちながらアベルを見つめた。「あなたは、どなたですか?」「やっと、見つけたわ。」長い金髪を揺らしながら、白いドレスを纏った少女はそう言ってアベルを抱き締めた。アベルの耳元で、少女は何かを呟くと全身から白い光を発しながら消えていった。(今のは一体・・)額に甘い疼きが走り、アベルは少しよろめきながら教会を出た。「司祭様、お助け下さい!」鬼族の邸へと戻ろうとした時、彼は1人の村人に声を掛けられた。彼女は腕に、赤ん坊を抱いていた。「どうしました?」「この子が突然吐くようになって・・どうか、お助けを!」アベルは村人の話を詳しく聞く為に、彼女の家へと向かった。「こちらです。」村人とともにアベルが村を歩いていると、ひそひそと女達が彼らの方を見ながら何かを話していた。「またあの子、男を誑し込んで・・」「ふしだらな女・・」「一体何人の男に股開いてんだか・・」女達に罵声を浴びせられ、アベルの隣を歩いていた村人の顔が強張った。彼女には何か深い事情を抱えているようだが、アベルはそれを知るつもりはなかった。 彼女が住んでいる家は、今にも崩れ落ちそうな小さな家だった。「どうぞ。」赤ん坊をあやしながら、彼女はゆっくりと家の中へと入り、アベルも後に続いた。「どうしてこのような所に住んでいらっしゃるのですか?」「わたしは、咎人なのです。妻帯者と不貞を働いたふしだらな女・・その罰として、わたしはこの家に住んでいるのです。」彼女がそう言った時、赤ん坊が激しく泣き出した。彼女が椅子に座り、赤ん坊に乳を飲ませようとすると、赤ん坊は首を反らして泣き続けた。「ちょっと失礼。」アベルが赤ん坊の額を掌で触ると、そこは焼けるように熱かった。「熱がありますね。医者には見せましたか?」「ええ。ですが薬は出して貰えませんでした。“忌み子には出す薬はない”と。」「そんな・・」「仕方ないのです。わたしがこの村の秩序を乱したのですから。」憂いを帯びた紅い瞳で我が子を見ながら、彼女はゆっくりと話し始めた。何故、自分が村八分に遭ったのかを。「羅姫姉様が、復活した?」「ああ。不知火が反魂をした。不穏な“気”がこちらにも伝わってくる。」「不知火兄様は一体何を考えていらっしゃるのでしょう?」薄紅色の瞳を不安で曇らせながら、蓮華はそう言って夫を見た。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月27日
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「くそ・・」ウチダはゆらりと立ち上がると、匡惟を睨んだ。「あなたは妖以下です。己の欲の為に人を平気で傷つけるとは。」匡惟はウチダを睨み返すと、彼の首を絞め始めた。「う・・」「どうです、苦しいでしょう? じわじわと真綿で首を絞められるような苦しみを、あなたが愛した女性達に与えていたのですよ。」匡惟がそっとウチダから離れると、彼は激しく咳き込んだ。「大丈夫ですか、ユーリ様?」「うん・・」ブラウスが引き裂かれ、豊満な胸が露わになっているのを見た匡惟は、咄嗟に妖狐界から持ってきた衣をユーリに掛けた。「ここから離れましょう。」「ええ。」匡惟とユーリはウチダの部屋から出て行った。「ねぇ、どうしてここに来たの?」「あなたがわたしを呼んだからです。それよりもユーリ様、アベルさんがあなたを追って鬼族の邸に来ました。」「そう・・あの子が・・」「このまま妖狐界に一旦戻った方が良さそうです。」ユーリは香の携帯にかけた。「もしもし、香? 今匡惟と居るんだけど、一旦妖狐界に戻った方がいいって・・」“そうか。不知火の動きが読めない以上、長居は無用だな。”「そうね。それよりも・・」ユーリが次の言葉を継ごうとした時、裏の路地から凄まじい悲鳴が聞こえた。「今のは、一体!?」「ユーリ様、こちらです!」匡惟とともに悲鳴が聞こえた路地へと向かったユーリは、そこで腸を引き裂かれた女の遺体が転がっているのを見た。「何、これ・・」ユーリが後ずさりすると、遺体の傍には臍の緒が付いた胎児の遺体が転がっていた。「一体何が・・」ユーリと匡惟が呆然としていると、風に乗ってサイレンの音が徐々にこちらの方へと近づいてくるのが聞こえた。「もうここを離れた方がいいですね。」「ええ。」匡惟は次元通路を開き、ユーリを連れて妖狐界へと戻った。「ユーリ、無事だったか?」鬼族の邸前でユーリ達と合流した香は、全身傷だらけだった。「その傷はどうした?」「不知火にやられた。あいつは羅姫を反魂させ、それを蜜妃の身体に定着させた。」香はそう言うと、ぐらりと地面に倒れた。 バタバタと慌ただしい足音が聞こえて、アベルはゆっくりと目を開けた。「アベルさん、起きて頂戴!」そう言ってアベルを見た蓮華の顔は、強張っていた。「どうしました、蓮華さん?」「香様が、式神返しを受けたのよ!」蓮華とともに香が寝かされている部屋へと行くと、彼は御帳台に寝かされており、時折苦しそうに呻いていた。「何だか苦しそうですが・・」「式神返しを受けると、術者達は命を奪われるか、廃人になったりするのよ。香様は辛うじて一命を取り留めたけど、まだ予断が許さないわ。」夫の手を握りながら、蓮華は溜息を吐いた。 一方、“向こう”の世界では、数人の少年達が1人の少女を取り囲んで暴行しようとしていた。その時、長い金髪をなびかせながら、1人の少女が彼らの前に現れた。「ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ。」「あなた達、邪魔!」少女はそう叫ぶと、少年の腹に風穴を開けた。仲間が逃げようとした時、不知火が彼らの身体を日本刀で真っ二つに裂いた。「行きなさい。もう悪い人に捕まっては駄目よ。」少女は真紅の瞳を煌めかせながら、草むらにへたり込んでいる少女に微笑んだ。「もう行こうか、羅姫姉さん。」「ええ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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不知火は、蜜妃の葬儀に参列していた。彼女の葬儀は、カトリック教会で行われ、学校の同級生達などは参列していなかった。親族席には年老いた祖母が1人、居るだけだった。「あら、佐藤君。」「この度はお悔やみ申し上げます。」不知火がそう言って頭を下げると、蜜妃の祖母は目元を潤ませた。「なんであの子がこんな目に遭わないといけないのかねぇ・・しかも、妊娠してたなんて・・」「蜜妃さんのご両親は?」「少し事情があってね。」蜜妃の祖母は口を噤むと、親族席へと戻っていった。 蜜妃の遺体は棺に入れられ、墓地に埋葬された。その夜、不知火はこっそりと墓地に忍び込むと、蜜妃の墓を暴いて彼女の遺体を盗んだ足で廃屋へと向かった。その中には反魂の儀式に使う道具が並び、中央には印が血で描かれていた。「これでやっと、姉さんに会える・・」そっと蜜妃の遺体を印の上に横たえると、不知火は呪を唱え始めた。(姉さん・・僕は・・)蜜妃の遺体が紅い光に包まれたかと思うと、蒼褪めていた彼女の頬に血液が通い、薔薇色へと戻った。そしてゆっくりと、彼女の目が開いた。「姉さん、やっと会えた。」不知火がそう言って蜜妃を抱き締めると、彼女は掠れた声でこう言った。「しら・・ぬい・・?」反魂の儀式は成功した。後は彼女に自分の子を産ませるだけだ。「愛してるよ、姉さん。この世の誰よりも。」紫紺の瞳を妖しく煌めかせながら、不知火はそう言って笑った。「そうですか・・あなたが蜜妃の・・」「ええ。それにしても、明るかった彼女が突然自殺だなんて。信じられません。」ウチダの元を訪ねたユーリは、こたつに座りながらコーヒーを飲むと、溜息を吐いた。「僕だって信じられませんよ。でも何故かホッとしています。彼女は僕の子を妊娠してましたし。」「え・・?」何故自分の子を宿した女が死んで安心するのだろうか。「実はね、蜜妃とは不毛な関係を続けていたんですよ。妻との関係が冷え切っていて、心が乾いている時に蜜妃と会いました。互いに惹かれあい、男女の関係になりました。ですが、もう疲れてしまったんです。」ウチダはそう言うと、ユーリを見た。「もしかして、あなたが蜜妃さんを・・」ざわりと、ユーリは鳥肌が立つのを感じた。「ええ。人を雇って彼女を殺し、自殺に見せかけるように頼みました。妻は僕達のことを知っていますし、彼女は僕の子を妊娠してますが、離婚しました。」「身勝手な方ですね。自分可愛さ故に2人の女性を犠牲にして!」ユーリの罵声に、ウチダは寂しげな笑みを浮かべた。「結局人間なんてものは自分が可愛いだけです。そうでしょう?」ユーリは玄関へと向かおうとしたが、ウチダにそれを阻まれた。ウチダはあっという間にユーリを畳の上に押し倒すと、制服のスカートを胸の位置まで捲り上げ、パンティを脱がした。「いや、やめて! いやぁ!」ウチダの手がユーリのブラウスを引き裂き、豊満な胸を露わにし、ベルトを外した。(匡惟、助けて!)次元の向こうに居る夫に助けを呼んだ途端、部屋に翠の光が満ちた。「ユーリ様、大丈夫ですか!」自分を圧迫していたウチダの重みがなくなったかと思うと、匡惟が自分の前に現れた。「匡惟・・どうしてここに?」「あなたを守る為に決まっているじゃありませんか。」匡惟の腕の中で、ユーリは涙を流した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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「ねぇ、知ってる?」「橘さんが・・」「●●さんが殺されたっていうのに、うちのクラスの子ばかりじゃない、殺されるのって・・」名門お嬢様学校と巷では呼ばれているS女学院高等部の教室で、生徒達はひそひそと蜜妃の事件を話しながら、ちらちらと後ろの席を見ていた。そこには半年前、通り魔事件の被害者から執拗かつ陰湿ないじめを受け、不登校になってしまった生徒の席だった。「ねぇ、あの子が呪ってるんじゃないの? 橘さん、●●さんとよくつるんでたし。」「きっとあの子が呪ったのよ、きっと。」 一方、その生徒は部屋でパソコンの画面をじっと見つめていた。そこに映し出されていたのは、自分をいじめていた主犯格の女が書いていたブログだった。“お前なんか死んで当然だ。”“死んでも人をいじめんなよ!”“お前がいなくなって良かった。”コメント欄には女への罵倒コメントが幾つか並んでいた。あの女が死んだ時、ざまぁみろと思った。自分に対してある事ない事をネット上で言いふらし、恐喝し、精神崩壊寸前まで追い詰めたあの女に天誅が下ったのだ。“煉獄通信”にアクセスして良かった―少女は満足気に画面に向かって微笑みながら、女のブログを閉じた。「あの子が死んだって、本当?」『ああ。 不知火が手を下したのかどうかは知らないが・・ウチダって奴に会ってみようかと思う。』「そう、気を付けてね。」ユーリはそう言うと、携帯を閉じた。(匡惟、どうしてるかな・・あの子も・・)「君のお兄さんが“向こう側”に居るって? それは、本当なのかい?」一方鬼族の邸では、ユーリ達を追ってきたアベルが不在の香に変わって蓮華の双子の片割れにミルクをやっていた。「ええ。香様によると、どうやらお兄様は何か目的があるみたい。それよりもごめんなさいねアベルさん、長旅でお疲れなのに双子の世話までしていただいて。」蓮華は娘に母乳をやりながらアベルの腕に抱かれている息子を見た。「いいえ、孤児院で暮らしていたので、こういうの慣れているんです。マオ様も出産なされていたと聞いて驚きました。」「あの子はわたくしの代わりに香様との子を産んでくれたのです。感謝してもしきれませんわ。産後の肥立ちが悪くてなかなか床上げできないようですけれど・・」息子の隣で摩於が産んだ姫君が乳を吸っているのを見ながら、蓮華はそう言って溜息を吐いた。「双子を育てるのは大変でしょう? 余り無理なさらないでくださいね。」「ありがとう。」香に似た蓮華の娘にげっぷさせる為に彼女の小さな背中を叩くと、彼女はぎゅっとアベルの服を掴んだ。「可愛い娘さんですね、もう名前は決められたんですか?」「ええ。姉の名を付けました。羅姫という名を。美しい娘に育って欲しいと思って。」「そうですか。」隣の部屋では、女児を出産した摩於が未だに床に臥せっていた。男子でありながら十ヶ月間も腹で子を育て、出産という大仕事を成し遂げた未成熟な彼の身体は相当なダメージを受けていた。「摩於様、大丈夫ですか?」「うん・・寝たきりで汗をかいて気持ち悪いから、身体を拭いてくれる?」「わかりました。」女房達に湯を持ってくるように命じた槙野は、そっと摩於の手を握った。隣からは蓮華とアベルの楽しそうな話し声が聞こえた。「蓮華さんに迷惑かけてばかりだね、僕。」「何をおっしゃいます、摩於様。あなたは大仕事を成し遂げたのですから、ゆっくりと休んでくださいませ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月25日
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「どうしたの?」蜜妃はそう言って、怪訝そうに香を見た。「いや・・何でもない。それよりも、彼とはいつ知り合ったんだ?」「半年前に、ネカフェで財布忘れちゃって、彼が届けてくれたんだ。」それから蜜妃は一方的に、ウチダさんとの思い出を語った。蜜妃の言葉に、ウチダさんは笑っていた。その笑顔を見ながら、香は何処かうすら寒いものを感じていた。彼が浮かべている笑顔は偽物なのかどうか。ただ一つだけわかるのは、ウチダさんに関わっていたら碌な事がないというだけだ。「じゃぁ、またね!」蜜妃はそう言うと、ウチダさんと腕を組みながら香に手を振って階段を降りていった。 昼食を済ませ、暇潰しに読書をしていると、あっという間に約束の時間になった。「お待たせしました。」そう言って香の前に座ったのは、不知火だった。「やはり貴様だったか、不知火。“煉獄通信”の管理人は?」「やっぱりバレたか。君には全てお見通しだね。」不知火は紫の瞳を煌めかせながら香を見た。「お前の目的は何だ? 彼女をどうするつもりだ?」「僕は羅姫姉さんをこの世に甦らせたいんだよ。その為には魂を入れる器が必要だ。」不知火はコーヒーを飲みながらのんびりとした口調で言った。「羅姫の魂はもうない。だから反魂なんて馬鹿な事を止めろ!」「馬鹿な事? 僕は羅姫姉さんを愛しているからこそするんだ。それに彼女はもうじき死ぬよ、愛する男の手にかかってね。」「なんだって・・」やはりあの男から感じたウチダの邪悪な“気”は、嘘ではなかったのだ。立ち上がろうとした香の手首を、不知火は掴んだ。「邪魔をしないでね。僕の計画は彼女の死によって始まるんだ。」 一方、蜜妃はウチダさんが住むマンションの部屋で夕食を作っていた。今日は彼の好きなハンバーグだ。ウチダさんはさっき急な用事があると言って出かけていった。(ウチダさん、喜んでくれるかなぁ・・)ハンバーグをコネながら、蜜妃は美味しそうにそれを頬張るウチダさんの顔を思い浮かべていた。その時、ドアが開いて人が入って来る気配がした。「ウチダさん、お帰りなさい・・」くるりと振り向いた蜜妃の顔が、恐怖に凍りついた。そこに立っていたのは、見知らぬ男だった。「ごめんよ、蜜妃。僕の為に死んでくれないか?」男の背後には、怖い顔をしたウチダさんが立っていた。「ウチダさん・・どうして・・?」「もう君とのままごとは疲れたんだよ。永遠にさよならだ、蜜妃。」ウチダさんはそう言うと、蜜妃に背を向けて部屋から出て行った。「待って、ウチダさん、待って!」彼の後を追おうとする蜜妃は、男が持っているナイフで首を刺された。頸動脈から血が噴き出し、白い壁を汚しながら、蜜妃は床にあおむけに倒れた。恐怖に見開いた赤い瞳は、ただ虚ろな光を放っていた。男はそっとナイフを蜜妃に握らせると、部屋から出て行った。 その数時間後、警察のパトカーがマンションの前に到着し、刑事達が部屋の中で蜜妃の遺体を発見した。テーブルの上にはパソコンで書かれた遺書がプリントアウトされて置かれてあった。“わたしは大罪を犯しました。命をもって償います。”「これからだ、やっと・・やっと会えるね、羅姫姉さん。」野次馬の中から、不知火はマンションの中から運び出される蜜妃の遺体を見てほくそ笑んだ。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月23日
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(かかったか。)香は“煉獄通信”の管理人からメールの返事が来たのを知り、にやりと画面の向こうでほくそ笑んだ。ちょっと嘘話を書いて送っただけなのに、数時間も経たぬうちに返事が来るとは、この管理人はよほど暇を持て余しているらしい。“わたしもあなたに会ってちゃんとお話しがしたいです。明日●●駅のファストフード店に3時はどうですか?”香がそう返事を書くと、管理人からOKの返事が返ってきた。どんな人物なのか楽しみだ―香はパソコンの電源を切るとベッドに入って眠った。 翌日、学校が休みだったので香は約束の時間まで家でごろごろと過ごしていた。テレビのワイドショーはどれもあの事件の事ばかり報道していたので、暇潰しに本棚にあった文庫本を読みながらコーヒーを飲んでいた。壁時計が正午を指す頃、香は急いで身支度をして家を出た。約束の時間までに腹ごしらえをしておこうと、通い慣れたバス亭までの道を歩き、香はバスを待つ間文庫本を読んだ。バスが向こうからやってくるのが見えた時、バッグの中に入れていた携帯が鳴った。「もしもし?」『カオル、今何処?』「サイトの管理人に会いに、駅前に向かってる。お前は?」『被害者の友達に会ってきた。彼女の話によると、あの子相当酷い事してたみたい。 ネット上に悪い噂流してたり、ある事ない事自分のブログで書いてたみたい。今そのブログが炎上してる。』「そうか。わざわざありがとう。俺は管理人に会ってくる。」『気をつけてね。』「ああ。」携帯を閉じ、バッグにしまった香は、自分達が住んでいる世界よりも文明利器が発達しているこの世界に住んでいる人間の方が、妖よりも恐ろしいと思い始めていた。千年以上前から、妖狐族や鬼族をはじめとする妖達と人間達との間には争いが絶えず、人間によって滅ぼされた妖達も少なくはないが、人間達は己の正義の為に妖を討っていた。謂わば、正当な理由の下妖達を虐殺しているのだ。だが、こちらの世界では同じ人間同士が単なる鬱憤晴らしの為だけに1人の者を自殺に追いやるまで精神的・肉体的に迫害し、逃げ場をなくさせるまで徹底的に叩きのめす。それは大人でも子どもでも同じことであるし、彼らには罪悪感や良心の阿責といったものなど微塵も感じない。己の不満への捌け口を他人にぶつけることでしかできない。妖達から見れば、そんな人間は格好の餌食であり、最も軽蔑する存在であった。 バスに揺られて45分くらいして、香は駅前のファストフード店へと入り、カウンターで並ぶ長蛇の列に加わった。カウンターでは揃いの制服を着た店員達が慌ただしく客の注文を捌いている。やっと自分の順番が来た香は、この前頼んで美味しかった甘辛チキンバーガーセットを頼むと、トレイを持って二階席へと向かった。彼がポテトを摘んでいると、再びバッグに中にある携帯が鳴った。液晶を見ると、そこにはメール着信のマークが表示されていた。メールを見ると、送り主は数日前この店のトイレで知り合った蜜妃からだった。“今後ろの席にいる。”香が振り向くと、そこには蜜妃が笑顔で彼に向かって手を振っていた。「今日学校休みだろ、どうしてこんなところに?」「うん、ちょっと人と会う約束があるんだ。あ、来た。」蜜妃が椅子から立ち上がると、そう言って二階席へとやって来た青年に抱きついた。「紹介するね、香。これあたしの彼氏で、ウチダさんっていうんだ。」「初めまして。」どこからどう見ても好青年に見えるウチダから、香は邪悪な“気”を感じて思わず身構えた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただければ嬉しいです。
2010年11月23日
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翌日、香が教室に入ると、クラスメイト達が何やら週刊誌を広げながら話をしていた。「何かあったのか?」ユーリに話しかけると、彼女はちらりとクラスメイト達の方を見た。「何でも昨夜、通り魔事件があったらしいよ。塾帰りの子が誰かに喉笛を掻き切られて殺されたって。」「そうか。」やがて担任教師が入って来て、同級生達が慌ててそれぞれの席に戻った。「それ、見せてくれない?」週刊誌を持っていた生徒は、じっと香を見た。「いいよ。あたしもう全部読んじゃったから。はい。」「ありがとう。」生徒から週刊誌を受け取った香は、先ほど彼女達が熱心に読んでいたページを見た。そこには「いじめへの制裁か!? 通り魔事件から見える名門お嬢様学校の闇!」という見出しの下に、被害者と思われる少女の写真が映っていた。担任がHRを進めているのを傍で聞きながら香が記事を読み進めてゆくと、被害者の少女は同じクラスの女子生徒をいじめていたらしい。いじめの加害者が何者かに殺されたこの事件に、香は不知火の影がちらついて見えた。「ユーリ、これを見ろ。」昼休み、香はユーリの前に週刊誌の記事を見せた。「昨夜起きた事件ね。この事件がどうかした?」「この事件の陰に、不知火が居るような気がしてならない。調べる価値がありそうだ。」昼食を終えた2人はPC室へと向かい、事件の事を調べたが、どれも事件の感想を述べているサイトやブログばかりで、めぼしいものは見当たらなかった。「そっちはどうだった? 何か見つかった?」「いいや。」香は凝り固まった首の筋肉をほぐす為に首を回しながら、マウスで画面をスクロールさせた。その時、彼の目に“煉獄通信”の文字が飛び込んで来た。その文字をクリックすると、何やら不気味な壁紙に飾られたサイトが画面上に映った。「それ、何?」「さっき見つけたサイトだ。“煉獄通信”っていう名前だ。どうやら復讐請負人サイトのようだな。」「今朝テレビでやってたわ。確か自分に代わって復讐をしてくれる人のサイトよね?」香がサイトの案内を見ると、サイトの左下に「連絡板」と書かれているページを見つけ、素早くクリックしてそのページを開いた。するとそこには、事件当夜に書かれた依頼内容が表示されていた。「被害者は、このサイトの管理人に殺されたようだな。ここに被害者の名前が書かれてある。」「そう・・」(このサイトの管理人って、もしかして不知火さんだったりして・・)「連絡用のメールアドレスに今夜、連絡して管理人に接触してみる。」「そう、気をつけてね。」「ああ。」 その夜、香は自分の部屋にあるノートパソコンを開いて“煉獄通信”の管理人にメールを書いた。“わたしは元恋人に暴力を振るわれた挙句、彼との子を流産してしまいました。赤ちゃんの命を殺した癖にのうのうと生きている元恋人に復讐してください、お願いいたします。”「これでよし、と・・」香はそう呟くと、「送信」ボタンをクリックした。「ふぅん・・面白い内容だね。」画面の向こうで、不知火はそう言って笑った。彼はキーボードを叩き始め、メールの返事を書いた。“あなたのお話を詳しく聞きたいです。”にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月23日
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香が個室から出ると、洗面台には女子高生が立っていた。彼女は先ほどの話を聞いたのだろうかと香は思いながら、トイレから出ようとした。「ちょっとあんた。」女子高生が鏡越しに香に向かって手招きした。「なんだ?」「あのさぁ、何であんたはあたしの事見てたわけ?」「ちょっと知り合いに似ててね。気を悪くしたのなら謝る。」「別にいいけどね。もう慣れっこだからさ。あたし蜜妃(みつき)、あんたは?」「香だ。宜しく。」女子高生―蜜妃は香が差し出した手を握った。「ねぇ、どうしたの? 随分長かったわね?」店内に戻ると、ユーリがバッグの中から長方形の箱を弄っていた。「それは?」「こっちの世界で使われてる通信機器みたいよ。小さくて便利だわ。」ユーリはまるでそれの使い方を知っていたかのように、指先を器用に動かした。「何をしている?」「ちょっと、情報収集をね。そしたらこんなページを見つけたわ。」ユーリは香に画面を見せた。そこには黒い壁紙に赤字で“煉獄通信”と書かれてあった。「このページは?」「何でもこの世で殺したい奴を始末しますっていう闇のページよ。わたし達の世界では妖術や魔術が使えるけど、こっちではどうなのかしらねぇ。」「闇のページ、か・・」香はじっと、そのページを見た。 同じ頃、住宅街の一角に立っている民家の一室で、1人の少女がパソコンの前で必死にキーボードを叩いていた。彼女の前には、“煉獄通信 請負板”という文字が画面に映し出されていた。少女は「送信」ボタンをクリックすると、口端を歪めて笑った。「また新しい依頼か・・“わたしをいじめた●●に地獄の苦しみを”か・・面白そうだね。」同じページを見ていた不知火は、ニヤリと笑いながら、パソコンの電源を切った。 放課後、ユーリと香はそれぞれの“家”に戻った。「ただいま。」「お帰りなさい、香。お風呂まだでしょう?」“家”に香が入ると、そこには母親らしい女性が立って香に微笑んだ。「う、うん・・」香は脱衣所に入ると、制服を脱いで浴室へと入った。シャワーを浴びていると、ふと鏡に映る自分の姿を見た。そこには、丸みを帯びた身体と、くびれた腰と豊満な胸が映っていた。「え・・」香はそっと、股間にある筈のものを見たが、そこには何もなかった。「父上、居ますか!?」柘榴石のペンダントが赤く光り、自室で寛いでいる父の姿が浴室の鏡に映った。“どうした、香。いい身体をしておるな。”「父上、何を考えているんですか!? ちゃんと妖狐界に戻った時は身体を戻してくださるんですよね?」“ああ。それにしてもお前の双子達は可愛いのう、わしがミルクをやる度にじっとわしを見てくる。”「父上、不知火が誰を探しているのかが判りました。奴が探しているのは羅姫です。」“羅姫じゃと? あやつは死んだ筈じゃ。何故不知火は・・”「それが判り次第、また連絡いたします。」 塾を出た1人の少女は、携帯を弄りながら夜道を歩いていた。「これであいつ、もう学校来なくなるね。」彼女は画面に映っているメールを見ながらほくそ笑んだ。その時、彼女の背後に迫る黒い影が電灯の下で揺らめいたかと思うと、それは少年の形となって彼女の前に現れた。「●●さん、だね?」「そうだけどぉ?」「君には、消えて貰うよ。」少年はそう言うと、少女の前に呪文を唱えた。彼女は悲鳴を上げ、地面に倒れた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月21日
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「これからどうするの? 無理に蓮華のお兄さんを連れて行く訳にはいかないし。」「そうだな、まずは・・」そう言って香がふと階段の方を見ると、ちょうど1人の女子高生がトレイを持って上がってきた所だった。長い金髪をポニーテールにし、疲労の色を滲ませた真紅の瞳を持った彼女を見た香は絶句した。「どうしたの?」「羅姫(らひ)・・」香はじっとその女子高生を見つめていた。ユーリはちらりと香の視線の先を追った。そこには、金髪の女子高生がコーヒーを飲んでいた。「ねぇ、あの子知ってるの?」「いいや・・だが少し、知り合いに似ていた。」香は溜息を吐くと、コーヒーを飲んだ。「知り合い?」「ああ。彼女の名は羅姫。今は亡き蓮華の姉だ。」香がそう言った時、柘榴石のペンダントが赤く光り始めた。“香様・・”ペンダントの中から苦しげな声が聞こえた。「蓮華と話をしてくる。」香は席を立ち、トイレの個室に籠った。彼がペンダントを取り出すと、個室の壁に蓮華が陣痛に苦しんでいる様子が映し出されていた。「どうした、蓮華? 予定日はまだ先じゃないのか?」“ええ・・でも急にお腹が張ったかと思うと破水して・・うう!”蓮華の美しい顔が苦痛に歪むと、彼女の股間から赤ん坊の頭が覗いた。「しっかりしろ、蓮華! 今から帰るから!」香は呪文を唱え次元通路を開こうとしたが、反応しなかった。“痛い、痛ぁい!”目の前で妻が白目を剥き、陣痛に呻いているというのに何もできない自分が歯痒くて仕方なかった。(蓮華が一番傍に居て欲しい時に戻れないなんて・・)“オギャァ、オギャァ!”蓮華の股間から出て来た赤ん坊が板張りの床に落ちると同時に、産声を上げた。赤ん坊の股間には立派なモノがついていた。“香様、あなたの息子ですよ。”蓮華がそう言って香に微笑むと、また痛みに顔を歪めた。「どうした、蓮華!?」“もう1人、頑張って産みますから・・”この時蓮華から初めて腹の子が双子であることを知った香は、為す術もなく蓮華が2人目の赤ん坊を出産するところを見ていた。 2人目の赤ん坊は女だった。“香様、こんな時に先に産んでしまって、申し訳ありません・・”「何を言う、蓮華。お前が大変な時に傍に居られなくて済まない。こんな時にお前に聞くのはなんだが・・羅姫は本当に死んだのか?」香の問いに、蓮華は静かに頷いた。“わたしは姉様が目の前で死んでゆくのを見ました。もしかしてそちらに姉様とそっくりなお方を見つけたのですか?”「ああ。恐らくお前の兄が探していた者というのは、羅姫の生まれ変わりだろう。心配するな、蓮華。お前の兄の事が済んだらお前と子どもの元に戻るからな。」“お待ちしております、香様。”蓮華はそう言うと、香ににっこりと微笑んで消えた。「香様とお話をされていたのですか、蓮華様?」赤ん坊の産声を聞いた女房達が慌てて蓮華の部屋に駆けつけて来た。「ええ。それよりもこの子達をお願い。何だか2度も出産して疲れてしまったの。」「まぁ、元気なお子達ですこと。わたくし達にお任せ下さいませ。」女房達は泣きわめく男女の双子を布にくるんで抱くと、部屋から出て行った。2人分の胎盤を胎内から排出した蓮華は、安産でありながらも2人分の陣痛に苦しんでいたのですっかり疲れ果ててしまい、横になるとすぐに昏々と眠ってしまった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただくと嬉しいです。
2010年11月21日
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蓮華は暫く横になって休んでいたら、部屋に薬師が入って来た。「大丈夫ですか、蓮華様?」「ええ・・少し胎動が激しくて。ちゃんと育っていることは判るんだけど、こんなにも動いていると辛くて・・」「少し診察いたしますので、じっとしておいてくださいね。」薬師は蓮華の脈を取った後、下腹にそっと触れた。すると、さっきまで大人しくしていた腹の子が再び動き始めた。「どうやらお腹に居るのは、1人ではないようですね?」「というと?」「双子のようです。詳しくは病院で診察を受けないと判りませんが・・」「そうですか・・」初めての妊娠の上に、双子の出産に育児と、蓮華は夫が不在の時に心配事が多くなった。「先生、初産で双子を産めるんでしょうか? なるべくお腹を切らないで産みたいんです・・」「大丈夫ですよ。ご主人は今何処に?」「仕事で出張しております。」「そうですか。病院にいらっしゃるときはご主人もご一緒にいらしてくださいね。」薬師が去った後、蓮華は溜息を吐いた。「どうなさったのですか、蓮華様?」つい先ほどまで嬉しそうに産着を縫っていた蓮華が深刻そうな表情を浮かべているのを見て、女房が彼女に話しかけた。「さっきお医者様がいらしてね・・お腹の赤ちゃんが双子だって言われたの。初めての妊娠・出産なのに今度は双子だなんて・・育てる自信がないわ。」「何をおっしゃられますか、蓮華様。あれほど望んでいた香様とのお子ではございませぬか。今から落ち込んでしまわれてはどうします?」「でも・・」女房は蓮華が不安がる気持ちがよくわかった。彼女は頼みの綱である夫が仕事で不在な上に、双子を出産し育てた者が周囲におらず、相談できない状況に置かれている。「蓮華様、余り気に病まずとも、ちゃんと健康に産まれて来ますわ。それに、香様だってお仕事が済みましたら帰ってくるのでしょう?」「ええ。それまで頑張らなくちゃ・・」女房に励まされた蓮華は、そう言うと針仕事を再開した。 一方、ユーリと香は駅前のファストフード店で今後の事を話していた。「まさかこっちの世界に迷い込んで来たのが蓮華さんのお兄さんだったとはね。 しかもわたし達と一緒に戻らないって言うんじゃ、長引くわね、これ。」「ああ。何だってこんな時期にあいつがこっちに来たのか判らん。蓮華が向こうで俺の帰りを待っているというのに・・」香はコーヒーを飲みながら溜息を吐いた。「奥さん妊娠中だもんね。でもさぁ、あいつを連れ戻さないと向こうにも帰れないしねぇ・・」「奴が誰かを探しているのかが判ったらな。式神を使って調べるとするか。」香は呪文を唱えると通学用のバッグから紙人形を取り出した。するとそれは小鳥に姿を変えた。「不知火を監視しろ。」“わかりました。”小鳥は鳴くと空へと向かって飛び立っていった。 同じ頃、蓮華の兄・不知火は駅前のコーヒーショップに座り、交差点を渡ってゆく人々を眺めていた。彼はいつもこの時間にこの交差点を渡る“誰か”を待っていた。不知火はコーヒーをゆっくりと飲みながら、その“瞬間”をじっと待っていた。 やがて交差点の向こう側に1人の少女が歩いてくるのが見えた。白いセーラー服に、蒼いリボンを揺らしながら交差点を渡って来る少女の長い金髪が、太陽に照らされて美しく輝いた。彼女はじっと不知火が自分を見ている事に全く気付かない。「やっと見つけたよ、姉さん・・」紫紺の瞳を煌めかせながら、不知火はすっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲むと、店内から出て行った。少女は真紅の瞳を疲労で滲ませながら、ファストフード店の中へと入った。コーヒーを注文して2階席に上がると、2人の女子高生がじっと自分を見ていた。(何あれ、カンジ悪ぃ。)にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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少年―不知火はそう言うと、紫紺の瞳を輝かせながら香を見た。「弟・・いや、妹の蓮華がお世話になっております。」少年は香に優雅に礼をすると、腰に帯びていた洋剣を鞘から抜いて香に斬りかかった。「何故、こちら側に来た?」「わたしはある者を探しに、こちらにやって参りました。詳しくは言えませんがね。」不知火は香の攻撃をかわすと、身体を反転させて彼の肩を刺した。「痛っ・・」ひりひりと右肩に焼けつくような痛みが走り、香は顔を顰めた。「良くも僕の可愛い妹の処女を奪い、傷物にさせた上に妊娠させましたね。妹の処女は僕が頂く予定でしたのに・・」「何を言っている、貴様頭がおかしいのか?」香はそう言って不知火を睨み付けると、彼も睨み返してきた。「僕は真っ当なことを言っているだけですよ。可愛い妹の処女を何処の馬の骨とも知れぬ男になぞやれますか? それに妖の世界では親子間でも兄妹間でも子を作るのは当たり前です。自然の摂理に眉をしかめるあなたの方がおかしいのでは?」「俺はこれでも常識のある人間社会の中で育ってきたのでな。お前のようなシスコンには解らんだろうが。」「何とでも言いなさい、香様。僕はこの世界に暫く留まるつもりです。あなたと共にあちらへ戻るつもりはありませんから。」不知火はにやりと笑うと、香の前から姿を消した。(頭は間違った報告をしたようだな・・)鬼族の頭である父はこちらの世界に妖が“迷い込んだ”と香に言ったが、正確には“自ら乗り込んで来た”の方が正しい。連絡事項のミスはせぬようにと常日頃煩く部下に命令している癖に、肝心な事を息子に伝えないまま人間界へ来させ、息子に女装させる父を香は心底怒りを通して呆れかえっていた。(あの馬鹿親父、帰ったら締めてやろうか・・)日本刀を掌に納めると、香は提げている柘榴石のペンダントを取り出して呪を唱えた。その瞬間、ポウっと赤い光が周囲を包み、見慣れた自分の部屋に文机で蓮華が何かしている姿が映し出された。「蓮華、聞こえるか?」香の声に反応した蓮華が、さっと顔を上げた。“香様、そちらのご様子はいかがですか?”「余り変わりないな。それよりもこちらに迷い込んだ奴が判ったぞ。」“どなたですの?”「お前の兄だ。」香の言葉を聞いた途端、蓮華の顔が強張った。“不知火兄様が、そちらの世界に? 一体どうして・・”「ある者を探すと言っていた。それよりもお前、身体の方は大丈夫か?」香が話題を変えると、蓮華の顔に笑顔が戻った。“つわりはもう治まりました。安定期を過ぎた頃ですし。”蓮華の下腹に目をやると、そこはぽっこりと膨らみ始めていた。「成長が早いな。ついこの間妊娠が判ったというのに。」“義父君様がおっしゃるには、子宿し薬の効果によるものなのですって。それと、わたしが香様のお子を望む心が強かったので、腹の子の成長が早いと。”「そうか。出産までには戻るからな。」“ええ。お待ちしておりますわ。”もう少し蓮華と話したかったが、屋上に誰かが上がって来る気配がしたので、香はペンダントを服の中にしまった。「こんなところに居たの。あちこち探したわよ。」ユーリはそう言うと、香の右肩に血が滲んでいるのを見た。「これは・・」「さっき同族にやられた。どうやらこの件、長引きそうだぞ。」 一方、鬼族の邸では蓮華が生まれてくる子どもの産着を縫っていた。時折針の手を休めては、下腹を優しく撫ぜると、母親が判るのか、腹の赤子が蹴ってきた。「元気な子だこと。」蓮華がそう言って笑みを浮かべた時、赤子が腹の中を動き回る感触がした。激しい胎動に、蓮華は暫く横になって休んだ。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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「幼馴染だと? あいにくだが、俺とお前は初対面の筈だが?」香がそう言ってじろりと少年を睨むと、彼はボリボリと金メッシュを入れた茶髪を掻いた。「あれぇ、そうだったけ?」「まぁそんなことはどうでもいい。今はお前に構っている暇はない。」香は少年を廊下に置き去りにすると、妖を探し始めた。先ほど感じていた気配は完全に消えてしまい、今は何処に居るのかさえわからなくなってしまった。この世界に迷い込んだのは低級(レベル)のものかと思っていたが、自分から意識的に妖気を消すことが出来るとなると、自分と同じくらいの者だ。早くその妖を自分達の世界に戻さなければ―香がそう思いながら階段を上っていると、風もないのに背後の窓硝子がガタガタと鳴り始めたかと思うと、派手な音を立てて割れた。“消えろ、消え失せろ!” 悪意ある声が香の脳内に響いたかと思うと、鋭い刃が一斉に香に向かって飛んできた。香は素早く呪を唱えると、掌から日本刀を取り出して鯉口を切り、風圧で硝子の破片を薙ぎ払った。割れた窓の向こうから彼が外を見ると、屋上に1人の少年が立っていた。その瞳はまっすぐに香を見つめていた。(逃がすか!) 一方教室では、ユーリが香の帰りを待っていた。(遅いなぁ・・やっぱりわたしも行った方がいいわね。)ユーリがそう思いながら椅子から立ち上がろうとした時、肩を誰かに叩かれた。「ねぇ、ちょっと話があるんだけど。」振り向くと、そこには厚化粧をした数人の女子生徒が立っていた。厄介な事に巻き込まれそうだ―ユーリは溜息を吐きながらも、彼女達の後をついて教室から出て行った。彼女達に連れられた先は女子トイレだった。「話ってなに?」「あんたさぁ、三組の吉沢と仲良いんだって?」「それ、誰? ていうか、知らないんだけど。」「はぁ、とぼけてんじゃねぇし!」女子生徒の1人がそう言ってユーリに詰め寄ったかと思うと、彼女の身体を突き飛ばした。ユーリはリノリウムの床に尻餅をついた。「何すんの!」「あたしらの吉沢に手ぇ出すんじゃねぇよ!」女子生徒の仲間がトイレの倉庫からモップを取り出すと、その先端でユーリを突いた。「何言ってんのか良くわかんないけど、丸腰相手に武器は卑怯じゃないの!」ユーリはそう叫ぶなり女子生徒の手からモップを奪い取ると、彼女に鳩尾に強烈な膝蹴りを喰らわした。「てめぇ、ムカつくんだよ!」仲間が床に叩きつけられる様子を見た女子生徒がバタフライナイフを取り出し、ユーリに襲い掛かった。だがその刃がユーリの顔に届く前に、彼女が持っていたモップの柄が女子生徒の腹に当たった。「あんたとあたしとではレベルが違うの。判ったら金輪際あたしに喧嘩売らないでくれる?」「畜生、覚えてろよ!」女子生徒達はバタバタと女子トイレから出て行った。「一体どうなってんのよ、この世界は。」 同じ頃屋上では、香が1人の少年と対峙していた。「誰かと思ったら、鬼族の御曹司が女装してわざわざこちらにおいでいただくとは嬉しいですね。」少年は落ち着いた口調でそう言うと口元に笑みを浮かべるが、その目は笑っていなかった。「お前の目的は何だ、不知火。」香は長い間口にすることを避けていた名を、少年にぶつけた。「やっと、僕の名を呼んでくれましたね。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月20日
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「ねぇ、ここがお頭様がおっしゃっていた、“向こう側”の世界なの?」「ああ。」ユーリは香の通力を使い、“向こう側”の世界へとやって来た。今彼らが居るのは、『白鳳高等学校』と書かれた校門の前である。「こんな所に、妖が迷い込んでいるのかしら?」「さぁな。お頭様の言う事には間違いがなかったが・・取り敢えず、この学校に潜入調査した方がいい。」香はそう言って校門の中へと入った。「ちょ、ちょっと待ってよ!」ユーリも慌てて香の後を追った。香は途中で下足箱辺りに映っている鏡で己の姿を見た。今彼が纏っているのはホストのような男物のスーツではなく、胸にリボンがついたブレザーとチェック柄のスカートという女物の制服だった。いくら潜入調査とはいえ、女装してこの学校の生徒としてやるとは頭は一言も言わなかった。まぁ、長くはかからないからいいだろう。「ちょっと、足早いわよ!」「済まん。それにしてもユーリ、良く似合ってるぞ。」「何か変な感じなのよねぇ。足がスースーして気持ち悪いったらないわよ。こっちの女達はよくこんな短い丈のスカート穿いてて平気ねぇ。」ぶつぶつと言いながら、ユーリは香とともに校舎内へと入った。授業中なのだろうか、廊下には2人以外誰もいなかった。暫く2人が廊下を歩いていると、向こうから人の気配がした。「あなた達、もう授業始まってるわよ。」女性教師がそう言って香とユーリを見た。「あの、教室が何処か解らなくて・・」「2階の廊下の突き当たりにあるわよ。」教師に礼を言った香とユーリは、教室へと向かった。「ねぇ、あっちの世界とは繋がっているんでしょうね?」「ああ。蓮華がこれを渡してくれたからな。」香は首に提げていたペンダントをユーリに見せた。それは2匹のイルカが柘榴石の周りを泳いでいるモチーフのものだった。「このペンダントは向こうで蓮華が持っている簪と繋がっている。」「そう。わたしも匡惟にあんたと同じようなものを貰ったのよ。」ユーリは長方形の中央にエメラルドが嵌めこまれたネックレスを香に見せた。「立ち話はこれくらいにして入るか。」香は教室の扉をがらがらと引いて中へと入った。するとそこには、教壇の前で板書をしている男性教師と、数十人の少年少女達がポカンとした表情を浮かべながら香とユーリを見ていた。「すいません、遅くなりました。」「お前ら、今度からは遅刻するなよ。」「はぁ~い!」2人は空いている席へと向かい、さっさとそれに腰を下ろした。 授業が終わり、休み時間を告げるチャイムが鳴った瞬間、香は溜息を吐いた。「頭は一体ここで俺達に何をさせようとしてんだよ。こんなピラピラしたもん着せられて堪るかっての。」「仕方ないじゃん、仕事なんだからさ。これからどうするの?」「授業受けてから何もやる気が起きん。」香がそう言って机の上でぐったりとしていると、彼は不意に視線を感じて顔を上げた。「どうしたの?」「いや、今誰かに見られているような気がしてな。ちょっと外に出てくる。」さっと椅子から立ち上がり、香は教室を出て廊下を歩き始めた。先ほど確かに何者かの視線を感じた。頭が言っていた妖のものなら、早く見つけ出さなければ―そう香が思って歩いていると、不意に背後から何者かに抱きつかれた。「曲者!」香はそう叫ぶと、不審者の鳩尾に強烈な肘鉄を食らわせ肩ごとそいつを投げ飛ばした。「痛てて、挨拶代りのハグに何怒ってんだよ!」香によって地面にねじ伏せられた男は、そう言って痛そうに呻いた。「煩い、黙れ。お前は一体何者だ?」「俺は吉人。ったく、自分の幼馴染の顔も忘れちまったの?」男はじろりと香を見た。(頭・・一体こっちの世界で何をやらせようと言うんですか!?)にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月18日
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「あぁ、香様ぁ・・」香は自分の上で喘いで腰を振っている恋人の姿を見ていた。彼女が腰を振る度に、乳房が激しく上下に揺れ、香の性欲を煽りたててゆく。「あ~、あ~!」香が下から突き上げると、蓮華は白目を剥いて失神した。彼女が失神するのは何度目だろう。あの薬を飲んで女になってから、蓮華は積極的に自分を求めてくるようになった。香も彼女に流されるがままに、激しく彼女と毎晩のように交わっていた。「香様、宜しいですか?」摩於君が姫君を産んで数ヶ月後、香が彼の元を訪れようとした時、伽藍から呼び止められた。「どうした?」「蓮華様のことで、お話しがあります。」そう言った伽藍の表情はどこか深刻そうで、香は彼と共に人気のない厩へと向かった。「蓮華がどうかしたのか?」「はい。蓮華様に子宿し薬を飲ませたのは香様ですか?」「ああ。蓮華は薬を飲んでから積極的に俺を誘ってくる。以前は俺が誘うと恥ずかしげに俯いていたのに、大した変わりようだ。」「あの薬を飲んだ者は気分が高揚する作用が起きるのです。余り薬を服用すると命の危険に晒されることがあります。」「そうか。」鬼族達が開発した子宿し薬は、子を望んでいる者にとっては救いの光となったが、その副作用は大きい。「蓮華様は、まだ香様の子を宿しておられませんか?」「それは解らない。ただ、最近あいつの体調が優れなくてな。今朝は突然わたしの前で吐いたよ。」「薬師を呼んだ方がいいかもしれません。」「頼む。」香が部屋に戻った時、蓮華が蒼褪めていた。「どうした、蓮華?」「香様・・さっきから気分が悪くて・・」「心配するな、伽藍がさっき医者を呼びに行ったから。」「そう・・ですか。」 数分後、伽藍が連れて来た医者の診察を受けた蓮華は、香の子を宿していることが判った。「当分夜はお預けですね、香様。」蓮華はそう言いながら、香にしなだれかかった。「余り無理をするなよ、蓮華。安定期を迎えるまでは。」「わかっております。」蓮華は愛おしそうに下腹を撫でた。「香様、大殿様がお呼びです。」御簾の向こうから、女房の声がした。「お呼びでしょうか、父上?」「香、そこへ座れ。」父の前に敷かれている茵の上に腰を下ろした香は、蓮華の妊娠を伝えた。「蓮華がお前の子を宿したか。早い内に祝言を上げねばな。」「はい。」「マオ様はどうだ?」「大丈夫のようです。それよりも最近、人間界で不穏な動きがあると聞きました。」「麗真国とダブリス王国は今のところ情勢が安定しておるが、不穏な動きがあるのは“向こう側”の方だ。」「“向こう側”といいますと・・」「これを見よ。」そう言って鬼族の頭が水晶玉を香に見せた。香がその中を覗き込むと、そこには見慣れぬ建物が並んだ街が映し出されていた。「どうもあちらの世界に、こちらの世界の者が迷い込んだらしい。あの妖狐とともに向かってくれまいか?」「わかりました。」自分の子を身籠った蓮華を置いてユーリとともに人間界へと向かうのは気がひけるが、父の命令は絶対である。「お気をつけて行ってらっしゃいまし。後のことはこのわたくしにお任せを。」蓮華はそう言うと、人間界へと向かう夫を快く送り出した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックいただけると嬉しいです。
2010年11月18日
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FBI捜査官・マギー=オデールを主人公にしたシリーズ第7弾です。今回はアメリカ最大のショッピングモールで起きた爆破事件の謎をマギーが追っていくとともに、衝撃的な事実がラストに明かされるという、最後までページをめくる手が止まらないほど面白かったです。このシリーズは大学時代に出逢い、3作目から読み始めてましたが、活字が映像になって脳裏に浮かび上がるほどの情景描写が上手いし、マギーをはじめとする登場人物たちの心理描写も巧みに描いており、アレックス・カーヴァさんが書かれるこのシリーズは続きがいつ出るのか楽しみにしております。
2010年11月18日
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「産まれたか?」「はい。元気な女の子が生まれました。今度はわたしが香様のお子を産んでさしあげます。」蓮華はそう言うと、そっと下腹を撫でた。「もしかして、お前・・」「まだ妊娠しておりません。ですが、お頭様がわたしの子宮が身体に入ったと。」「そうか・・」香は自分にしなだれかかる蓮華の髪を梳いた。「これでやっと香様のお子が産めます。長年の夢がやっと実現できますわ。」「蓮華、そんなにお前は俺のことを・・」蓮華の言葉の端々に、自分への深い想いを感じた香は、彼女を抱き締めた。土蔵の方から火の手があがったのは、その時だった。「火事だ、土蔵が燃えているぞ!」「水だ、水を持て!」香が部屋から出て御簾を捲ると、邸の外れにある土蔵が黒い煙と赤い炎を噴き出しながら燃えていた。「蓮華、お前は何を・・」「何もしておりませんわ。」蓮華はそう言って、香とともに燃える土蔵を見た。 土蔵の中では、蓮華に半月間拷問され発狂した麗華が、燃え広がる炎から逃げようと走り回っていたが、やがて炎は彼女が纏っていたワンピースの裾に燃え移った。「ぎゃぁぁ、熱い!」上等なシフォンで作られたワンピースは瞬く間に原形を留めずに炎で溶け、その下にある麗華の両足の皮膚を焼いた。炎は麗華の長い金髪にも燃え移り、麗華は火を消そうと頭を振ったが、火は消えるどころかますます燃え広がった。家人達が土蔵を消火しようと井戸から水を汲んできては土蔵にかけたが、炎の勢いが凄まじくもはや消火は無理だった。中から柱や梁が崩れ落ちる派手な音がしたかと思うと、頑丈な土蔵はぐしゃりと歪み、巨人に踏みつけられたようにぐしゃぐしゃに崩れ落ちた。家人達は土蔵の瓦礫と焼けた木片を集め、それらを木桶の中へと入れた。やがて彼らは、黒焦げになった麗華の遺体を発見した。生前の美しい姿はそこにはなく、全身を生きながら炎に焼かれた彼女は泥人形のように瓦礫の中に転がっていた。「うげぇぇ~!」遺体を最初に発見した青年は地面に盛大に嘔吐した。「殿にご報告申し上げろ。」頭の腹心である伽藍(がらん)は、そう言うと家人に命じると、麗華の遺体を見た。「哀れな女よ・・強欲と傲慢の炎に焼かれたか・・」薄紫の瞳を細めながら、伽藍は頑強な長身を揺らしながら土蔵を後にした。「伽藍、あの女は?」「土蔵の中で死んでおりました。蓮華様、これで本当に良かったのですか?」欄干へと伽藍が向かうと、そこには蓮華が彼を待ち伏せていた。「良いに決まっているではありませんか。あの女は我が一族の恥曝しだったのですから。今ごろあの男は、麗華の死を嘆いておられるでしょうねぇ。」蓮華は薄紅色の瞳を光らせると、笑った。「蓮華様、あの妖狐はいかがいたしましょう?」「放っておきなさい。ユーリ様は香様には興味はないようですから。さてと、赤子が生まれたからこれから色々と忙しくなるわねぇ。」蓮華は伽藍に背を向けると、香が待つ部屋の中へと入っていった。「香様、麗華が死にましたわ。」「そうか。」蓮華は香の下腹をまさぐり始めた。香は蓮華の大胆な行動に驚いたが、蓮華の小ぶりだが豊満な乳房を揉むと、彼女の唇を塞いだ。蓮華は香の上に跨ると、激しく腰を振った。「ああ、いい~!」「蓮華、もう駄目だ。」「出してくださいませ、早うわたしの中に出してくださいませ!」蓮華は自分の子宮内にどくどくと香のものが熱く迸り、注ぎ込まれるのを感じて失神した。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月17日
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摩於は破水し、全身を襲う激痛に髪を振り乱しながら叫んでいた。「余り息まないでください、摩於様。息むと腹の子が窒息してしまいますぞ。」隣で槙野がそう言って摩於に出産時の呼吸法を教えたが、当の本人はそれどころではなかった。「痛い、痛いぃ!」破水はしたが、胎児が出てくるまでには後数十時間かかる。発育途上であり、本来出産の為に股関節や骨盤が柔らかくなっている女子とは違い、男子の摩於にとってそれは苦痛以外のなにものではなかった。だが、ここで痛みに摩於が負けてしまったら、腹の子もろとも死んでしまう。その為に、槙野は必死に摩於の額に滲む汗を拭い、手を握り、腰を擦りながら彼を励ました。(お松の方様、どうか摩於様をお救いくださいませ!)槙野は空いた手でロザリオを握り締めながら、黄泉の国に住まうお松の方へと呼びかけた。「まだ時間がかかるようですね、香様。」「ああ。あの者は初産である上に男子だからな。」隣の部屋に控えていた蓮華と香は、聞こえてくる悲鳴にちらちらと隣の方を見ながら囲碁を打っていた。「わたしは香様のお子を産みたいと何度も思っておりましたが、あんなにも出産が痛いものだとは解りませんでした。」「新しい命を生みだすのは、いつも苦痛と危険が伴うものだ。それは腹を子に宿した時からその危険に晒されるのだから。」「そうですか・・香様、わたくし隣の様子を少し見てきます。」蓮華はそう言って内袴の裾を捌くと、隣の部屋へと向かった。彼女が部屋に入ると、そこには必死で命を産みだそうとしている摩於の姿があった。(わたしの所為で、この子は苦しんでいる。)蓮華はそっと、摩於の腰を擦ると、摩於が苦痛に歪んだ顔で蓮華を見た。「助けて・・」「わたしの所為で、あなたはこんなに苦しんでしまって・・わたしを許してね・・」摩於の苦痛が和らぐようにと、蓮華は自分の“気”を少し彼に分けた。「あぁぁぁ!」摩於の叫び声が高くなり、メリメリと胎児が産道から降りてくる気配がした。「後少しでございますよ、摩於様!」槙野は摩於の産道を見ると、その入り口からは赤子の頭が覗いていた。「今です、思い切り息んでください!」摩於は獣が唸るような声を上げ、全身を強張らせた。 槙野は赤子が羊水と血とともにズルリと肩まで産道から出てくるのを受け止め、胎盤に繋がっている臍の緒を脇差で斬ると、女房達が湧かした湯で赤子の身体を洗った。湯に浸けられた瞬間、赤子は酸素を吸い込むと大きな声で泣き始めた。「産まれましたぞ、摩於様。元気な姫君様であらせられますぞ。」槙野は赤子を白い布でくるむと、摩於の元へと向かった。「可愛い・・」摩於は荒い息を吐きながらも、産まれたての娘に向かって微笑んだ。「良かったこと。良く頑張りましたね、マオさん。」槙野から赤子を受け取った蓮華は、腕全体に伝わる赤子の体温と重みを感じ、感激の涙を流した。「ううっ!」「摩於様!」突然摩於が苦しみだし、彼の股間から大量に出血し始めた。「一体何が・・」「その者が子を産み落とし、そなたの子宮が外へ出て行ったのじゃ、蓮華よ。」御簾が捲られ、鬼族の頭が入って来た。「ではお頭様、わたしは・・」「そなたは香の子を宿せる。その者から出た子宮はそなたの体内にある。」蓮華は下腹部に急激な痛みが走って顔をしかめたが、やがてその痛みがなくなった。「香様に報告せねば。」蓮華は嬉々とした様子で部屋を出て行った。「摩於様は、これからどうなるのだ?」「安心いたせ、この者は無事じゃ。」頭は槙野の腕の中で泣きじゃくっている赤子を見つめた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月17日
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ユーリ達が鬼族の邸に滞在してからあっという間に半月が経ち、摩於の下腹はぱんぱんに膨れていた。「摩於様、お身体は大丈夫ですか?」「うん。最近お腹の張りが強くて眠れないことがあるけど・・ねぇ槙野、触ってみて。」摩於はそう言うと、槙野の手を掴んで自分の下腹へと導いた。そこには、新しい命が早く出たいと言うように、腹に手足の形を浮き上がらせながら力強く蹴っていた。「本当に、他人の子を産むのですか?」「うん。」摩於は、半月前のことを思い出していた。半月前、摩於は妊娠を知ると、出産するとユーリ達に伝えた。「いけません、そんな事をなさったら、摩於様のお命が・・」摩於の決断に猛反対したのは父親として彼に接してきた槙野だった。彼はまだ幼い摩於に出産は無理だと考えていた。だが摩於が出産を決意したのは、香と蓮華のことを女房から聞いていた。「ねぇ、聞いた?」「ええ。何でも蓮華様が麗華様を・・」悪阻が酷くてやっと粥を食べた摩於が部屋でうとうとしていると、屏風で仕切られた隣の部屋から縫い物をしていた女房達が世間話をしながら手を動かしていた。「蓮華様は麗華様にいじめられていたからねぇ、積年の恨みが積りに積もったんでしょうね。」「土蔵の天井に麗華様を吊るして何度も腹を棒で殴ったり蹴ったりして流産させた挙句に、死んだ子の肉を無理矢理食べさせたんだから・・」女房の1人が発した言葉に、摩於は必死に吐き気を堪えた。「その所為で麗華様は発狂なされて、蓮華様がお世話をなさっておられるとか。」「蓮華様がなさった事には共感できないけど、麗華様も麗華様よね。子どもの頃から香様と親しい所為で、蓮華様は麗華様を目の敵にされていたものね。」「まぁ、そのツケが全て返ってきたのよね。」彼女達の会話を聞いて、摩於は蓮華と少し話をしてみたいと思った。「蓮華さん、少しお話いいですか?」数日後、摩於は蓮華と話す機会を得た。「麗華様のことですけど・・」「わたしはあの人を一生許しません。マオさん、あなたはいいわねぇ、優しい人達に囲まれて。わたしには香様しかいないの。あなたにもきっと解るわよ、愛する人が出来たら。」蓮華はそう言って摩於に微笑んだが、その笑みはどこかぞっとするようなものだった。自分は蓮華が抱えている孤独の深さを一生理解することはできないだろう。彼女の言う通り、摩於は今まで深い孤独を抱えたことがない。いつも自分の傍には母や姉達、そして槙野が居た。深い愛情に包まれて育った自分は、今まで人を心から憎んだことはなかった。(愛する人かぁ・・)摩於が色々と考えていると、不意に尿意を感じて彼は厠へと向かおうと立ち上がった。その時、下腹に激痛が走り、摩於は低く呻いて床に蹲った。「痛い・・」ふと衣を見ると、股の部分が赤黒い血で染まっており、太腿には赤い血が滴り落ちていた。「うぐぅ・・痛い!」「摩於様、どうなさいました!」槙野が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。「お腹・・痛い・・助けて・・」「しっかりなさってください、わたくしがついておりますから!」摩於は余りの激痛に、握り締めた槙野の手に爪を立ててしまった。「摩於様!」脂汗を額に浮かべながら、摩於は自分の内部から何かが出てくるのを感じた。「そう、あの子が・・わかったわ。」摩於の陣痛を知らせた式神にそう言うと、蓮華は土蔵から出た。そこには、虚ろな目をした麗華の姿があった。「一生其処で苦しみなさい。」蓮華は鼻歌を歌いながら、土蔵に錠をかけた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月16日
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「槙野・・」「目を覚まされましたか、摩於様。」摩於がうっすらと目を開けると、そこには槙野が自分の手を握り締めながら座っていた。「ねぇ、あの人は? あの香って人の後ろにいた・・」「ああ、その方でしたら・・」槙野がそう言って御簾の向こう側を見ようとした時、女房の悲鳴が聞こえた。「今のはなんだ?」「邸の外からだ!」男達が慌ただしく邸の外から出て行く気配がした。「摩於様、わたくしも様子を見て参ります。すぐに戻りますから。」「わかった・・」摩於はそう言うと、再び目を閉じた。 香は家人達とともに邸の外へと向かうと、そこは吐瀉物の酸っぱい臭いと血の臭いがあわさり、凄まじい悪臭が漂っていた。「香様。」にっこりと自分に微笑んだ香の顔は、返り血を浴びて緋に染まっていた。「お前、一体何を・・」「あぁぁ、れ、麗華様ぁ!」青年が上げた叫び声に気づき、香がふと蓮華が踏みつけているものを見ると、それはぴくぴくと痙攣し、苦しそうに呼吸をしていた。長い金色の髪は血に汚れ、いつも自信満々な顔は自らが吐いた汚物に塗れており、香の婚約者候補である麗華は白目を剥いていた。「蓮華、お前彼女に何をした?」「何も。この女が余りにも無礼なことを言ったものだから、制裁を加えてやっただけですわ。ほら、このようにしてね。」蓮華は笑顔を浮かべたまま、すっと左足をひいて麗華の腹部を勢いよく蹴った。「ぐぁぁ!」苦しげな呻き声が麗華から上がり、蓮華はそれを見てほくそ笑んだ。「この女、わたしを半端者と罵り、お前は薬を飲んでも子が出来ぬと嘲ったのです。そしてこの女は得意気に香様のお子を宿していると自慢して・・」蓮華の美しい顔が、麗華の憎悪で醜く歪んでゆく。幼い頃から人と鬼の混血として生まれ、麗華達純血の鬼達からは半端者と罵られいじめられてきた蓮華にとって、他の誰よりも麗華に妊娠できないことを馬鹿にされた事が許せなかったのだ。「何故、わたしが香様のお子を産めない! 半妖に生まれたから何が悪い! 口惜しや、口惜しや!」蓮華はそう叫びながら狂ったように麗華の腹を蹴り続けた。「いやぁ・・赤ちゃんがぁ・・」麗華は必死に腹の子を守ろうとしたが、怒り狂った蓮華を止めることはできなかった。やがて彼女は獣のような声を上げ、全身を強張らせて口端から泡を吹いた。蓮華は狂ったように笑いながら、呆然と突っ立っている青年が腰に帯びている剣を奪った。「止めろ、蓮華!」「この女の肩を持つのですか、香様?」怒り狂った蓮華の全身から、蒼い妖気が溢れ出た。「お前の気持ちはわかった。だからもうこれ以上は・・」「香様・・」蓮華はにっこりと香に笑うと、彼に抱きついた。「香様、もう浮気はしないでくださいませ。わたしだけのものになってくださいませ。」「解った、解ったから・・」「そこのあなた、麗華を土蔵に閉じ込めておいて下さいな。後でわたしが彼女に仕置きをしますから。」「ですが麗華様は・・」青年が反論しようとした時、蓮華がじろりと彼を睨んで黙らせた。(恐ろしい女子だ。女は恋をすれば鬼でも蛇にもなるというが、まさに言葉通りだな・・)狂気によって蓮華の妖気がますます強くなり、香はその“気”に圧倒されそうになった。 一方、ユーリと匡惟は、用意された部屋で今後の事を話し合っていた。「子どもは無理ね。匡惟、わたしはこれから女として生きていくことになるのね・・」「ええ。でもわたしはユーリ様を愛しております。」「ありがとう、その言葉だけで嬉しいわ。」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月16日
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意識不明に陥った摩於を御簾越しに見つめながら、槙野は鬼族の頭の方へと向き直った。「これは一体どういう・・」「恐らく、摩於君の中には子が宿っており、その子が流産しかけたのじゃ。」「流産だと!? 馬鹿を申すでない、摩於様はれっきとした男子であらせられる!」槙野がそう吼えると、頭はちらりと香の背後に控えている蓮華を見た。「蓮華よ、あの者が宿しているのはそなたの子じゃ。」「わたくしの子・・?」蓮華は驚愕の表情を浮かべながら御簾の奥を見つめた。「お前が薬によって性別を捻じ曲げた故に、子はそなたの子宮には宿らず、あの者に子宮ごと宿ったのじゃ。」「そんな・・どうして・・」失望の色を滲ませた蓮華の美しい顔が歪んだ。「蓮華よ、そなたが香に対して抱いている強い想いには気づいていた。じゃが、そなたは何度香と交わっても子は出来ぬ。」「何故です、何故子が出来ぬのです!? あの薬さえ飲めば子を宿し、産んでいる妖が山ほどいるではないですか? なのにわたくしだけが、何故!」蓮華はそう叫ぶなり、頭の首を細い両手で万力のように締めあげた。たちまち頭は口端から泡を吹き、酸素を求めて喘いだ。「やめろ、蓮華! やめぬか!」頭の傍に控えていた男が蓮華から頭を引き離した。「何故じゃ、何故わたくしだけ子が産めぬのじゃ!」優しい光を湛えていた薄紅色の瞳は失望に滲み、長い黒髪を振り乱しながら蓮華はそう絶叫すると気絶した。「蓮華・・」香は蓮華の身体を抱きあげると、女房達とともに用意された部屋へと向かった。「大殿様、しっかりなされませ!」男が頭の頬を数回たたくと、彼はうっすらと目を開けた。「一体どういうことなのですか? あの人は何故・・」「あやつは・・蓮華は半妖なのじゃ。そなたと同じように。」頭の蒼い瞳が、ひたとユーリを捉えた。「子宿し薬を飲んだ者は性別を変え、伴侶との間に子を為せることができる。それはあくまでも純血・・完全なる妖のみに出来る事。人との混血である半妖には、出来ぬのじゃ。」「それでは、わたしは・・」「酷な事を言うようじゃが、子は諦めた方がよかろう。」ユーリは目の前に突き付けられた残酷な真実を前に、絶句した。「匡惟・・」ふと隣に座っている匡惟を見てみると、彼は溜息を吐いていた。「半妖でも子を為せることはできるのですか?」「ある。じゃが禁忌とされている方法じゃ・・同族の生き血を飲むというのは。」ユーリと匡惟は、頭の言葉に驚愕の表情を浮かべた。「少しでも人間の血を薄め、妖の血を濃くする為には、それしかあるまい。しかしのう、摩於君が蓮華の子を宿してしまったなど、予想外の事じゃ。」「これから、どうなさるおつもりですか? マオはまだ幼く、出産に耐えられる身体では・・」ユーリの問いに、鬼族の頭は更に驚くべき言葉を発した。 一方、頭をくびり殺そうとして気絶した蓮華は部屋を抜け出し、邸の外を歩いていた。(何故じゃ、何故わたくしだけが・・)男として生まれ、時折姉が語ってくれた彼女の許婚に、いつの間にか恋をしてしまっていた。どんなに素敵な方なのだろうかと期待を胸に膨らませていた矢先に、姉を目の前で殺され、その許婚と出逢った蓮華は、もう彼なしでは生きていけぬようになった。だからこそ、許婚の、香の子を欲しているというのに。「誰かと思えば、出来そこないの蓮華じゃない。」石をぶつけられ、蓮華が振り向くと、そこには迎賓館の夜会で香の婚約者と称していた金髪の少女が立っていた。「あんた、薬飲んで香様の子を産もうとしたけど、出来なかったんだってね? あんたみたいな半端者が出来る訳ないじゃない、馬鹿よねぇ。」少女の言葉は、蓮華の逆鱗に触れた。蓮華は近くに転がっていた太い丸太を握り締めると、それを少女の頭に振り下ろした。頬を濡らす彼女の鮮血を、蓮華は美味そうに舐めた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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鴉はぎゃぁぎゃぁと姦しく鳴きながら、香と蓮華の方へと一直線に飛んできたかと思うと、香の前で羽根を羽ばたかせた。その足には、文のようなものが括りつけられていた。香が文を取ると、鴉は空へと戻って行った。「父上の呼び出しだ。どうやら何か不味いことが起きたらしい。」「不味いこと、ですか?」香はそっと蓮華を抱き締めた。「大丈夫だ、お前は俺が絶対に守ってやる。」 一方迎賓館では、ユーリと匡惟の元に一通の文が届いていた。「これは・・」文には血文字で“今宵戌の刻にて下記の場所に来られたし”と書かれていた。「そこ、知っているの?」「ええ。鬼族の一族が住まう地域です。ユーリ様は行かれない方が・・」「一緒に行くわ。」その文は、摩於と槙野の元にも届いた。「鬼族の人が、一体僕達に何の用だろう?」「さぁ、わかりませんね。取り敢えず、行くしかないでしょう。」こうしてユーリと摩於達は、鬼族達が住まう地域―北東へと向かった。 迎賓館の周囲には賑やかな歓楽街が広がり、不夜城と化したそこは光が絶えぬところであったが、北東へと近づくにつれ、周囲からは光のネオンと、人々のざわめきが消え、後には荒涼とした風景が広がるばかりだった。「もうすぐ着きますから、降りる準備を。」匡惟の肩にもたれかかり、うたたねをしていたユーリは、低く呻いてゆっくりと目を開けた。「わかったわ。」華奢な身体を揺すると、ユーリはそっと上の網棚から荷物を下ろした。「摩於様、大丈夫ですか? 顔色が余り良くないようですが?」「大丈夫・・」北東行きの汽車へと乗ってから、摩於の顔が蒼褪めていることに気づいた槙野は、懐から薬を取り出し、それを彼に飲ませた。「何かここ、嫌な感じがする・・」汽車の中からでも、外の凄まじい妖気が感じられた。ユーリ達と香達は、ゆっくりと汽車からプラットホームへと降りた。辺りには濃い霧がたちこめていた。「香様・・」蓮華が恐怖で顔をひきつらせながら香を不安そうに見た。「ようこそ鬼族の里へ。こちらにお車をご用意しておりますので、どうぞ。」駅から出ると、黒い着物に袴姿の数人の男達が彼らに向かって頭を下げた。ユーリ達は鬼族達と用意した車に乗り込むと、それはゆっくりと駅から離れ、里の中へと入っていた。 濃い霧の中、ユーリがちらりと窓の外を見ると、民家の軒先には車を見つめる村人たちと思われる女や子ども達が立っていた。数分後、彼らを乗せた車は寝殿造りの邸の前で止まった。「お帰りなさいませ、香様。」邸の中へと入ると、数十人の女房達がずらりと並び、ユーリ達と香達を出迎えた。「大殿が寝殿にてお待ちです。こちらへどうぞ。」寝殿へと通された香、蓮華、ユーリ、匡惟、そして摩於と槙野の前には、朽葉色の直衣を纏った老人が脇息にもたれかかっていた。「父上、香と蓮華が参りました。」「そうか。香よ、後ろに控えておるのが摩於君か?」「はい。」香はそう言って、ちらりと今にも吐きそうにしている摩於を見た。「摩於君よ、こちらへ来い。」「はい・・」摩於はゆっくりと立ち上がろうとした時、激しく咳き込んで板張りの床に蹲った。「摩於様、しっかりなさってください!」槙野が摩於に駆け寄り、彼を仰向けに寝かせると、蒼褪めた摩於が纏っている水干が血で汚れていることに気づいた。「一体何が・・」「誰か薬師をここへ!」女房達の悲鳴と、男達の怒号を聞きながら、槙野はただ蒼褪めている幼き主の手を握ることしかできなかった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしてくださると嬉しいです。
2010年11月15日
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「何やら隣の部屋が賑やかじゃな。」アベルが部屋に入ると、鶯蘭が紅茶を飲みながらそう言って彼を見た。「ええ・・」「おや、暗い顔をしておるな。もしやユーリにでも振られたかえ?」図星だったので、アベルは鶯蘭の問いには沈黙を返した。「可哀想に。妾がおるから安心いたせ。」「申し訳ありませんが、お年の差が・・」「何を言う、熟女もいいぞ。年の差など気にするでない。最近人間界では親子ほど年の差が違わぬ者同士が夫婦となったということが話題になったではないか。」からかっているのか本気で言っているのかどうかわからないが、鶯蘭はそう言うと鈴の音を転がすような声で笑った。「昨夜、ユーリ様に童貞と言われ、今朝は役立たずと罵られました。」ベッドの端に腰を下ろすと、アベルは溜息を吐いた。「目の前に女の裸があるというのに、それに食いつかぬ男などそなたくらいじゃ。そなたは童貞なのか?」「修道院附属の孤児院で暮らし、神学校で聖職者としての修行や勉学に励んで来たのです。男ばかりの閉ざされた世界で異性と知り合うなど、余りありませんでした。」「男同士は男同士でよいぞ? まぁそなたは男には興味はないのは分かっておるがの。」「今まで異性と知り合う機会がない所為か、何を話せばいいのかどうかと言う前に、話しかける勇気すらありません。」アベルは溜息を吐くと、俯いた。「まぁそう気を落とすでない。妾はユーリの顔を見てくるかのう。」鶯蘭はそう言って部屋から出て行った。 一方、隣の部屋では蓮華の爆弾発言によって香が顔を赤く染めながら蓮華を怒鳴っていた。「蓮華、お願いだから昨夜の事を余り言いふらさないでくれ!」「いいではありませぬか、隠す程の事ではないでしょう?」「それはそうだけどなぁ・・男と女の事を公に話すのはマナー違反だぞ?」「あら、そうでしたの。わたくし長い間外の世界と接触していなかったので、そういったことが解りませんでしたわ。」朗らかな笑い声を上げながら、蓮華はそう言って香を見た。「あなた、彼の事好きなのねぇ。」「ええ、誰にも渡しませんわ!」蓮華は香の腕にしがみついた。「ユーリ、母が会いに来たぞ。」「あら、お母様。」鶯蘭は女性化したユーリを見て目を丸くした。「アベルから聞いたが、そなたが本当に女になるとはのう。胸があって良かった。」「胸が大きくても垂れちゃ元も子もないわ。」「ほほ、そうじゃのう。」鶯蘭とユーリの会話を香と匡惟は隣で黙って聞いていた。「ユーリ様、以前は余り饒舌ではなかったのですが・・あの変わり様は薬の副作用かなにかですか?」「さぁね・・でももう尻に敷かれてそうだね。」香はそう言いながら、溜息を吐いた。「お幸せそうでしたね、あの方達。もうすぐややこが出来そうな予感が致します。」香の腕を組みながら―正確にはしがみ付きながら、蓮華はそう言って彼を見た。「お前、何か性格変わったか?」物静かで控えめだった蓮華は、薬で女になってから大胆でわがままで、饒舌になっていた。「ええ。愛の力ですわ。」笑顔でそう自信満々に言い切った蓮華を、香は溜息を吐きながら見た。「全く、困ったものだな・・」香が溜息を吐いた時、彼の耳元で羽音が聞こえた。振り向くと、一羽の黒い鴉がこちらに向かって飛んでくるところだった。「あ、あれは・・」先ほどまで浮かれていた蓮華の顔が、突然強張った。あの鴉が飛んできた意味を、彼女も知っていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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「もう、行かれるのですか?」蓮華と激しい情交を何度も交わし、腰の疼痛に耐えながら香が散らばったスーツのズボンを穿こうとした時、蓮華の白い腕が彼の上半身に絡みついた。「ああ。また来るから・・」「いやです、まだあれでは足りませぬ。もっともっと、あなた様の種が欲しいのです。」蓮華はそう言うと、ゆっくりと香の下腹をまさぐった。「お前の気持ちは判るが、俺は暇じゃないんだ。お願いだから、我慢してくれないか?」蓮華は香の言葉に失望しながらも、破瓜血と香の体液で汚れた箇所をそっと懐紙で拭った。「今から何処へ行かれるのです?」「迎賓館にね。そこにはちょっと興味深い人達が泊まっているから、改めて挨拶しにね。」「わたくしも、参ります。」蓮華の頼みは昔から嫌だと、香は言った事がなかったし、今回もそれは変わらなかった。それに何よりも、自分を見つめてくる薄紅色の瞳から逃れられないことが判っていたからだった。「ユーリ様、お身体の方は辛くはないですか?」「ええ。少し腰が痛くなったけど。」ユーリはそう言うと、浴室に入ってシャワーを浴びた。ベッドの中で匡惟は酷使した腰を擦りながら、昨夜の余韻に浸っていた。気つけ薬と称し、子宿し薬をユーリに飲ませ、彼が女性化してしまったことは予想外の出来事だったが、ユーリを心から愛していたし、子どもも欲しかった。だからあの鬼族の御曹司・香から罵られても何も言い返せなかったのだ。(皮肉なものだな・・同族とは交わらぬと決めていたのに、よりによって・・)匡惟がそう思いながら口元に冷笑を浮かべていた時、ドアが躊躇いがちにノックされた。「誰だ?」「あの・・アベルです・・」「少し待っていてください。」いくらなんでも、全裸のままアベルの前に出る訳にはいかないので、匡惟は素早く床に散らばっている服を拾い集めながらそれに着替えた。「どうぞ。」「し、失礼します・・」ドアを開けて、アベルが入って来たが、彼はドアを閉めなかった。「どうしました? 他に誰か・・」「また会ったね、色男さん。」神経を逆撫でするような声がしたかと思うと、黒髪の少女を従えたあの鬼族が部屋に入って来た。「お前、何か用か?」「別にぃ。それよりも奥さんとは昨夜、燃えた? 」香はそう言って口端を歪めて笑った。「あら、お客さん?」浴室から声がしたかと思うと、胸に白いタオルを巻いたユーリが匡惟の隣に立っていた。「ユーリ様、服を・・」「その様子じゃぁ、昨夜楽しんだようだね。」香の言葉を聞いたアベルが、困惑した表情を浮かべた。「ユーリ様・・」「あら、誰かと思ったら昨夜の役立たず君じゃないの。用がないなら出て行ってよ。」ユーリが放つ言葉の刃が、ひとつひとつアベルの胸に深く突き刺さる。「ユーリ様、そのようなおっしゃり方は・・」「失礼します。」アベルはくるりとユーリに背を向けると、部屋から出て行った。「香様、そちらの方は?」黒髪の少女が嫉妬を隠さずにユーリの方を見た。「この方はダブリス王国皇太子・・いや、正確には皇女と言ったほうがいいかもね。ユーリ様だよ。」「初めましてユーリ様、わたくしは蓮華と申します。香様とは昨夜同衾した仲ですの。」蓮華の爆弾発言に、香は顔を赤く染めた。「蓮華、そんな事を言うことないだろう!」「あら、どうしてですの?」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月15日
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一部性描写が含まれております。 苦手な方は閲覧をご遠慮ください。 その日は、一週間も降り続けていた雪が突然止み、紅い月が空に浮かんでいた。「姉様、鎧姿の武士がこっちに向かってるよ。」まだ幼かった蓮華が御簾越しに外を見ると、紅い月光に反射して人間達が纏う鎧が異様な輝きを放っていた。「蓮華、父様を呼んできて。」「わかった・・」姉の美しい顔が恐怖にひきつっていたのを、蓮華は未だに憶えている。「鬼族狩りだ、逃げろ!」誰かが邸の外から叫んだのと同時に、村の方から獣のような咆哮が風に乗って聞こえた。姉は幼い弟を連れ、馬に跨り村を出ようとした。「蓮華、しっかりつかまっているのよ!」「はい、姉様!」蓮華はこれから自分達が何処へと向かうのかが判らぬまま、姉の腰に手を回してそれにしがみついていた。「もうすぐよ、もうすぐだからね・・」姉の声がしたかと思うと、不意に彼女の身体が大きく揺れた。「姉様・・?」バランスを失った彼女は落馬し、地面に力無く落ちた。その時、蓮華は美しい姉の顔に血が飛び散っていることに初めて気づいた。彼女の胸が、深く抉られていることにも。「こんな所に、餓鬼が一匹残ってたぜ。」「さっさと始末してしまえ。あの女鬼はまだ使えたのに、勿体ねぇな。」鎧を纏った人間達は、恐怖に震える蓮華を見下ろしながらにやにやと笑っていた。彼らは蓮華を馬から降ろすと、小さい身体を地面に押し倒した。「今から仕込めば売り物にでもなるだろ。」がちゃがちゃと騒がしい音が耳元で響き、蓮華は姉の血に滲んだ金髪が広がっているのを見て、この場で辱しめを受けずに死ねたらいいのにと思い始めていた。 その時、風を切ったような音がして、人間達が次々と地面に倒れていった。「下衆共が。」紅い月に照らされ、熱風になびくのは、姉と同じ長い金髪だった。紺色の着物に白袴姿の少年は、じっと蒼い瞳で蓮華を見た。「お前、名は?」「れんげ、と申します。」「れんげ? どんな字を書くんだ?」「蓮の華、と書きます。」「そうか。俺は香。」少年はそう言ってにっこりと笑った。「あれはお前の姉さんか?」少年は地面に横たわっている姉の遺体を指した。蓮華は静かに頷いた。少年と共に、蓮華は姉の遺体を一族の墓地に葬った。「これはお前が持っていろ。」少年は姉が髪に挿していた簪を抜くと、それを蓮華の黒髪に挿した。それが、蓮華と香の出逢いだった。「あれからもう千年・・あなた様のお蔭で、あなた様を愛せます。」蓮華はそう言うと、香に抱きついた。香は蓮華の唇を塞ぐと、蓮華の秘所をまさぐった。「ああん・・」そこは香の愛撫によって熱を持ち、卑猥な水音が室内に響いた。「蓮華、挿れるぞ。」香はそっと、己の欲望を突き入れた。「はぁっ・・」ゆっくりと奥まで腰を進めると、香はそれを動かし始めた。蓮華の中が、香を締め付けてきて、それと比例して秘所からは大量の愛液が溢れだしていた。「もっと突いてくださいませ・・」長い黒髪を振り乱しながら、蓮華はそう言って香の短い金髪を撫でた。香はふっと笑うと、腰の動きを速めた。「ひぃぃ、ああ~!」蓮華の喘ぎが高くなるにつれて、蓮華の内部が香を一層締め付けた。香の先端が子宮口に当たった時、そこから己が待ち望んでいたものがゆっくりと自分の胎内に注ぎ込まれるのを感じながら、蓮華は気を失った。「愛しい・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月13日
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「そうよ、お前が悪いのよ、匡惟。だから責任をお取りなさい。」ユーリはそう言うと、ベッドに寝転がった。「ユーリ様?」「わたしを抱きなさい。こんな薬を飲ませたのは、わたしにあなたの子を産ませたいからでしょう?」匡惟はユーリの蓮っ葉な口調に戸惑いながらも、彼女の豊満な乳房を揉み始めた。「ああんっ!」豊満な乳房を上下左右に揉まれ、指先で両乳首を弾かれたユーリは思わず喘いでしまった。「ユーリ様・・」「もう我慢できないわ!」ユーリはそう叫ぶと、おもむろに匡惟の上に跨り腰を激しく振った。「うう・・ユーリ様!」「匡惟ぁ!」匡惟とユーリは同時に果てた。「ん・・」ユーリがゆっくりと身体を動かすと、匡惟がユーリの腰を抱いた。「どうしたの?」「ユーリ様、どうして裸になっていたのですか?」「解らないわ、自分でも。それよりも、隣の部屋に泊まっている子が来たわ。あの子、わたしを見て顔を赤くしてた。迫ったら、何もしないから腹が立って部屋から追い出しちゃった。」「そう・・ですか・・」アベルがこの部屋に来た事を知った匡惟は、少し複雑な気持ちになった。「ねぇ匡惟、お前はわたしが女になって嬉しいの?」「あの薬が性転換の為の薬だとは全く知りませんでしたので・・正直言って今は嬉しいのかどうかさえ解りません。」「そう・・でもお前がわたしを愛している、という事実は変わらないのね?」ユーリの言葉に、匡惟は静かに頷いた。 一方香は、鬼族のとある村へと来ていた。そこはかつて人間達によって“退治”され、一度は消滅した村だった。「ここはいつも閑散としているね・・」「香様。」背後から声がして、香がゆっくりと振り向くと、そこには黒い着物と袴を纏った少年が立っていた。「誰かと思ったら、蓮華じゃないか?」香はそう言うと、少年に向かって微笑んだ。「お久しぶりです、香様。」「元気そうだね、蓮華。逢いたかった・・」香は少年を抱き締めると、彼の唇を塞いだ。冬空の下、クチュクチュという卑猥な水音が響いた。「か・・お・・る・・様・・」「続きはお前の家でしよう。いいね?」「はい・・」少年は薄紅色の瞳を潤ませながら、香を上目遣いで見た。 彼の家は、村はずれにある寝殿造りの邸であった。千年以上前に建てられたというのに、内装も外観も何も変わっていない。変わったのは、人と時の流れだけだ。「香様、例の薬を。」少年は香の前で服を脱ぐと、そう言って彼を見た。「薬は使わない。俺は、お前を・・」「何故です? そんなあなた様の優しい想いが、わたしを傷つけていることはご存知の筈でしょう?」「蓮華・・」思い詰めた表情を浮かべている少年を前に、香は溜息を吐いた。「本当に、いいのか? 薬を飲んだからもう後戻りはできないぞ?」「覚悟しておりました、この時を・・あなた様とお逢いした時から。」「そうか・・」香はそっと目を閉じ、蓮華と初めて出逢った時の事を思い出した。あの日―千年以上前、人間達がこの村に住む鬼族達を“退治”しに来た冬の日のことを。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月11日
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「ユーリ様、何をおっしゃられておられるのですか?」アベルはそう言うと、全裸で自分の前に立っているユーリを見た。「抱いてって言ってるの。」ユーリはアベルの方に行くと、豊満な胸を彼に押し付けた。「いけません、ユーリ様。早く服を・・」アベルは必死に意識を他のことから逸らそうとしたが、下半身が反応してしまっていることに気づいてしまった。「こっちの方は抱く気満々じゃない。」ユーリは布地を張り裂けんばかりに飛び出ているアベルの分身を見ると、そう言って笑みを浮かべた。「ねぇ、抱きたくないの?」「わたしは・・」「じれったいな。」ユーリは舌打ちすると、アベルをベッドに押し倒し、服を乱暴に剥ぎ取った。「ユーリ様、おやめください!」「ねぇあなた、こんな状況でまだそんな事言ってるの? 空気読めないわねぇ。」(これはユーリ様じゃない・・こんな蓮っ葉な女は、ユーリ様じゃない!)「さぁ早く、わたしを壊してよ。」「出来ません。お願いだから離れて下さい。」アベルはベッドから起き上がろうとしたが、ユーリがそれを阻んだ。「駄目よ、行かせないわ。」 一方、匡惟は迎賓館を出て香を歓楽街近くの飲食店で見かけ、挨拶もせずに彼を拳で殴り飛ばした。「痛いなぁ。」口端から血が滲み、香はぺっと折れた歯を地面に吐きだすと匡惟を見た。「貴様、ユーリ様を元に戻せ!」「薬、飲ませたんだ? 元には戻せないよ。」香はそう言ってにやりと笑った。「よくもわたしを騙したな!」「騙すぅ? 馬鹿言ってんじゃないよ、薬受け取ったのはあんただろ。あんたの奥さんに何て言って薬飲ませたの?」「気つけ薬だと言って飲ませたんだ、あれをユーリ様に! そしたら突然ユーリ様の身体が男から女へと変わって・・」匡惟の脳裡に、女となったユーリの裸が浮かんだ。「俺は子宿しの薬って言ったけど、男のまま子作りできる薬だってことは言ってないよ? 人間の女はあれを飲んだらすぐに妊娠できる身体になるんだけどね。」「妖はあれを飲んだらどうなる?」香は茶で口を濯ぐと、匡惟を見た。「最近俺達妖―鬼とか妖狐とかは、雄ばかりで雌が全然居ないのね。男女の比率がえらく偏ってて、童貞ばっか居るんだよ。薬の力借りないと子孫繁栄できないんだよ。」「ユーリ様は男だ、女には・・」「同性同士で結婚して仲睦まじく暮らすうちに、子どもが欲しいって思ったことがある“夫婦”が俺達に薬を貰って子作りするんだよ。あんた奥さんを愛してるから、奥さんに薬飲ませたんだろう、違う?」的を得た香の言葉に、匡惟は返す言葉もなかった。「お前は、何を企んでいる?」「別にぃ、俺は絶滅寸前の妖達を救いたいだけ。親父、勘定お願いね。」香はそう言うと、カウンターにお札を1枚置いて店から颯爽と出て行った。 同じ頃、ユーリは溜息を吐いてベッドに寝転がったまま何もしてこないアベルに苛立っていた。「ねぇ、女の裸を前にしてどうして何もしないの? 普通なら押し倒すわよ?」「わたしはそんな事はしたくないんです、ユーリ様。」「ったく、つまんない男ね。もういいわ、服を着て出てってちょうだい。」アベルはそそくさと服を着ると、部屋から出て行った。ドアが閉まると同時に、ユーリは鏡に映る己の裸を見た。(こんなの、わたしじゃない。)「ユーリ様?」匡惟が部屋に入ると、全裸のユーリが鏡に向かって椅子を投げつけようとしていた。「おやめください!」「離して、離してよ!」「全てわたしが悪いのです、ユーリ様!」匡惟はそう言うと、ユーリを抱き締めた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月11日
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「ユーリ様?」匡惟は薬をベッドのサイドテーブルに置くと、浴室のドアをノックした。中からはユーリが苦しげに嘔吐する音が聞こえてくる。「大丈夫ですか?」ドアを開けると、そこには便器に顔を埋めて嘔吐するユーリの姿があった。「さっきから気持ち悪くて・・でももう大丈夫だから。」「ここに居ると冷えますから、ゆっくり身体を休めてください。」「わかった。」ユーリはゆっくりと立ち上がると、匡惟とともに浴室から出て力無くベッドに横たわった。「気つけ薬です。」「ありがとう。」ユーリは子宿し薬を口に放り込むと、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。その直後、ユーリは全身に甘い疼きが走るのを感じた。「匡惟、何を飲ませたの?」「ユーリ様、申し訳ありません。」匡惟はそう言うと、ユーリに土下座した。「あなた様が先ほど呑まれたお薬は、鬼族から貰ったものです。」「鬼族って・・あの、香とかいう奴に? 全身が疼いて仕方ないんだが・・もしかして媚薬か?」「いいえ、それ以上のものです。」匡惟の言葉に意味が判らず、ユーリは急に自分の身体に違和感を覚え、服の上から下腹部を触った。するとそこには、男として生まれてからついていたものがなかった。「匡惟・・わたし・・」「ユーリ様?」匡惟はユーリの様子がおかしいことに気づき、顔を上げた。「胸がある・・男なのに・・」ユーリは突然豊かになった胸を揉み始めた。(あの紙に書かれていたことは、そういうことだったのか。)匡惟の脳裡に、薬とともに入っていた紙に書かれた文章が浮かんだ。「どうしよう、匡惟。」「暫く休んでいてください。わたしは香と話をつけに行ってきます。」一度は香を信じた自分の愚かさを呪いながら、匡惟は部屋を飛び出して廊下を駆けていった。「何やら騒がしいのう。」隣の部屋では、鶯蘭が珈琲を飲みながら欠伸をしていた。「鶯蘭様、最近市場で妙な薬が出回っているようです。」アベルはそう言うと、濡れた髪をタオルで拭いた。「妙な薬? もしや鬼族が開発した性転換薬のことかえ?」「ええ。それを一度でも飲んだ者は、別の性別のまま生涯を送らねばならないらしいです。」「鬼族の考えることはようわからぬ。我ら妖は人間との戦いで絶滅の危機に瀕しておるからのう。それに雌が少なくて雄が有り余っておるから薬の力を借りてでも子孫繁栄させようという気はわからぬでもないが・・」「生々しいことをおっしゃらないでください。それよりもユーリ様が心配なので、少し見てきます。」アベルはさっさと服を着ると、隣の部屋のドアをノックした。「ユーリ様、おられますか?」中から返事がせず、アベルがドアノブを回して中に入ると、ベッドには全裸のユーリが眠っていた。 丸みを帯びた腰と豊満な乳房を持ったユーリの身体は、どこからどうみても女性のものだった。ユーリは男性だった筈なのだが、何故女性になってしまったのだろうか。(もしかして、あの薬を・・)「ユーリ様、そのような格好ではお風邪を召されます。起きて服を・・」アベルがユーリを揺り起こすと、彼はゆっくりと目を開けて真紅の瞳で彼を見つめた。「ユーリ様?」ユーリはアベルの腕を掴んで自分の方へと引き寄せると、彼の唇を塞いだ。「な、なにを!」ユーリはアベルから離れると、ゆっくりとベッドから立ち上がった。「ねぇ、抱いて。」薬の所為でユーリはおかしくなってしまったのかと、アベルは困惑の表情を浮かべながら女となったユーリの裸を見つめていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけたら嬉しいです。
2010年11月11日
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迎賓館の夜会で起きた騒動は、その場に居合わせた客達によって瞬く間に妖狐界中に広まった。ユーリと匡惟は、気晴らしに近くの市場へと買い物に来ていた。「匡惟、何だかみんながわたしを見ているような気がするんだが。」布を頭から被り、伏し目がちに歩いてるにも関わらず、ユーリは市場を歩く度に人々の視線を感じていた。「あの騒動からまだ数日しか経っていませんからね。」匡惟はそう言うと、ユーリが被っていた布を剥ぎ取った。「急に何するんだ!」「別にあなたの美しい髪を隠すことはないでしょう。それにそんな姿でいたらかえって目立ちますよ。」「そうだけど・・」ユーリは匡惟を見た。「それよりもユーリ様、彼とはどうなっているんですか?」「彼というと?」「アベルさんの事ですよ。まだ彼の事を思い出しませんか?」匡惟の問いに、ユーリは静かに頷いた。「そうですか。」「余り彼の事は思い出したくないんだ。何故だか解らないけど・・」ユーリの脳裡に再び、あの部屋が浮かんできた。昔、父によって幽閉されたあの部屋が。小さな窓と、ベッドしかない殺風景なあの部屋が。あの部屋でユーリは、3年間も外の世界を渇望していた。「ユーリ様?」「わたしは・・二度とあんな所に閉じ込められたくない!」ユーリはそう叫ぶと、両手の爪で頭を引っ掻き始めた。みるみる銀髪に血が滲んできた。「ユーリ様、おやめください!」「嫌だ、もう嫌!」ユーリは絶叫するとゆっくりと地面に倒れた。「ユーリ様、しっかりなさってください!」匡惟はジロジロと怪訝そうな顔をして自分達の方を見つめる人々をねめつけながら、ユーリの華奢な身体を横抱きにすると、迎賓館へと戻った。「おや、またお会いいたしましたね。」ロビーに匡惟が入ると、そこにはあの夜会で摩於と踊っていた鬼族の青年・香が立っていた。「奥方様、どうかされましたか?」香はそう言ってちらりと匡惟の腕の中で気絶しているユーリを見た。「あなたには関係のない事でしょう、そこを退いていただけますか?」「あ、あなたに渡すものがあって来たんだった。」香はスーツの胸ポケットから1枚の封筒を取り出した。「この中に、我が一族に伝わる秘薬が入っております。今夜、奥方様にそれを飲ませてはいかがです?」「得体の知れない薬など、受け取れません。」「警戒心が強い方でいらっしゃいますね。中に入っている秘薬の名は、“鸛(こうのとり)の巣”。子宿し薬ですよ。」匡惟は香が嘘を吐いているのではないかと思ったが、彼の目はまっすぐに自分を見ている。ユーリとはまだ結婚してひと月も経っていないが、いずれは子どもを作ろうと匡惟は考えていた。「有り難く、頂いておこう。」「有難うございます。これは妖狐族や人間にもよく効く薬なんですよ。」香はそう言うと、匡惟ににっこりと微笑んだ。 部屋に入った匡惟は、ゆっくりとユーリをベッドに寝かせた。「ユーリ様?」そっと彼が手を握ると、ユーリは呻きながら握り返してきた。「わたしは・・どうして・・」「市場でさっき倒れたのですよ。一体どうなさったんですか?」「胸が苦しい・・」ユーリはゆっくりと身体を起こすと、口元を押さえて浴室へと入っていった。匡惟は、香から渡された封筒の中身を取り出した。するとそこには一粒のカプセルと、一枚の紙が入っていた。“相手に薬を飲ませると、劇的な効果が得られる。”にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月11日
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「ば、化け物め!」 恐怖で顔をひきつらせながら、鬼族の若者はユーリによって真っ二つに折られたサーベルを見た。「化け物? 一国の皇子相手に、失礼だな。」ユーリはそう言うと、穴が開いたドレスを摘んだ。「このドレス、高かったのにな。弁償はしてくれるんだろうね?」ユーリがにっこりと笑うと、若者は悲鳴を上げて床にへたり込んだ。「そこまでにしておけ。彼らを本気で怒らせたらどうなるか、君達はもう解っているだろう?」摩於と踊っていた青年―香は、そう言って冷ややかな目で若者を見た。「香様、しかし・・」「お前達、周りに迷惑をかけて申し訳ないと思わないのかい?」香が若者達をねめつけると、彼らは一斉に黙った。「うちの者達が、ご迷惑をおかけしてすいませんね。俺に免じて許してくださいますか?」彼はユーリに向き直ってそう言うと、そっと彼の手の甲に接吻した。「解った。」「ドレスは後で弁償いたしますし、この騒動で損傷を受けた建物の修理代は全てこちらで受け持ちますから。それでいいですよね、支配人?」「は、はい!」迎賓館の支配人は、そう言って愛想笑いを香に浮かべた。「摩於様、参りましょう。怪我の手当てをしなくては・・」「う、うん・・」槙野に連れられ、摩於が大広間から出ようとした時、視線の端で雲華亭の妓生達がひそひそと自分の方を見て囁きを交わしているのを見た。「すいません、女将さん・・衣装、汚してしまって・・」「いいさ。こんなもん、大した値段じゃないからね。」女将はそう言うと、にっこりと摩於に微笑んだ。「ありがとう・・ございます。」槙野とともに部屋に入ると、摩於は溜息を吐きながらベッドの端に腰を下ろした。「摩於様、怪我のお手当をいたします。」「わかった。ちょっと待ってね。」摩於はそう言うと、チョゴリの胸紐を解いて下着姿になった。「酷いですね・・あいつら、摩於様のお身体に傷を・・」鬼族の若者によって深く抉られた肩の傷を見ながら、槙野は顔をしかめながらその傷を消毒し始めた。 すると、その傷はみるみる再生し、みみず腫れ程度のものとなった。「摩於様・・」「あれ、酷い怪我してるのに・・どうして・・」摩於は驚愕の表情を浮かべながら、肩の傷を見た。「ユーリ様とマオ様、大丈夫でしょうか?」「2人は大丈夫じゃ。妖狐として覚醒めたからのう。」鶯蘭はそう言うと、煙管をくわえた。「もはや彼らは人間ではない。妖は人間よりも生命力もあるし、傷の治りが早い。」「そうですか・・では、もうあの方は人間に戻ることは・・」「ない。そなたがユーリを想っていることは知っておる、アベルよ。じゃがユーリは妖狐として生きる事を望んだのじゃ。そなたは静かにそれを受け入れなければの。」「ええ・・わかっております・・」アベルはそう言うと、首に提げているロザリオを握り締めた。 一方、迎賓館から遠く離れた場所に、鬼族達の邸があった。「香よ、今回の件は見事であった。よく若い者達を諌めてくれたな。」「いいえ、このような事、俺にとっては朝飯前です。」香はそう言って愛想笑いを上座に座る者に浮かべた。「して、迎賓館で見かけた妖狐というのは?」「それが、麗真国の皇子、摩於君でした。彼は仲間を助ける為に、果敢に戦いました。」「そうか・・摩於君が、妖狐として覚醒めたか・・」上座に座る者は、にやりと笑った。「どうなさいますか、父上?」「摩於君のことは、そなたに任せるぞ。」「はい・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月09日
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摩於の全身から、凄まじい妖気が溢れ出た。「ま、摩於様・・」槙野はただ、呆然としながらも摩於へと近寄ろうとしたが、摩於まであと数メートルといった所で、彼が発する強い妖気に押され、引き返すしかなかった。「一体、マオ様に何が・・」「ほほほ、やっとあの子は真の変幻を遂げたのであろうよ。」緊迫した空気の中でただ1人、そう言って鶯蘭は鈴を転がすような声で笑いながら扇子を優雅に扇いだ。「真の変幻、ですか?」「そうじゃ。あの子はユーリの元へ来てから変幻したが、それはほんの小さなものに過ぎなかったのじゃ。我ら妖狐族はの、己や仲間の危機に瀕した時以外には、真の姿を見せぬものじゃ。恐らく、ユーリの危機を感じ取り、真の姿を見せたのであろう。」鶯蘭は嬉しそうに目を細めると、摩於の方を見た。今や彼は妖狐としての真の力が覚醒めようとしていた。「曲者を討て!」鬼族達が一斉にサーベルと日本刀を片手に摩於とユーリに向かって斬りかかった。紅い風が建物全体に吹き荒れ、周りにいた者達は目を開けるどころか、立っていられなくなり地面に蹲ってしまった。「美しい・・」そんな中、摩於とワルツを踊った青年だけがうっとりとした表情を浮かべながら立っていた。「化け物を殺してしまえ!」「殺せ!」鬼族達は紅い風に怯まず、摩於に突進していった。「守るんだ・・僕が、ユーリ様を!」摩於はそう叫ぶと、鬼族達の1人に向かって“気”を飛ばした。彼は悲鳴を上げ、全身を壁に打ちつけ、力無く床にのびた。彼から奪った日本刀を握ると、摩於は呼吸を整えて鬼族達へと突進してゆき、刀を振るい始めた。 今まで義理の母と姉2人に囲まれ、麗真国の後宮で平和に暮らし、未だ戦場というものを知らぬ摩於は、幾度となく修羅場を乗り越えてきた戦乙女のように、確実に鬼族達の急所を狙って刀を振るい、その返り血で美しい衣を汚していた。(摩於様・・)生まれた頃から我が子のように世話をしていた槙野にとって、狂気に彩られた紅い瞳を光らせ、艶やかな黒髪をなびかせ戦う摩於の姿が、信じられなかった。それは摩於ではなく、他の誰かが彼の身体に憑依し、意のままに操っているかのようだ。「血に濡れた姿が美しい・・ますます彼に惹かれましたよ。」背後で涼しい声がしたので槙野が振り向くと、そこにはあの青年が立っていた。「貴様、摩於様に何をする気だ?」「何もしませんよ。俺はただ、あの子に興味があるだけです。」蒼い瞳に細めながら、青年はそう言って槙野を見た。背後では、激しい剣戟の音が響いていた。「はぁ、はぁ・・」摩於は数人相手と互角に斬り結んでいたが、多勢に無勢で蒼のチョゴリと桃色のチマは無残に切り裂かれ、白い肌にはうっすらと血が滲んでいた。それでも、摩於はユーリを守る為に必死に戦っていた。(僕が守らないと、ユーリ様がこいつらに殺されちゃう!)誰に命じられた訳でも、頼まれた訳でもない、摩於はただ己の意志でひたすら刀を振るい、戦っていた。「摩於様、危ない!」槙野の声に気を取られた隙に、仲間を殺された鬼族の若者が摩於の右肩を切り裂いた。鮮血が右肩から滲み、蒼のチョゴリを赤黒く染めた。(ここで倒れる訳にはいかない・・ここで倒れる訳には・・)覚束ない足取りでありながらも、摩於は必死に敵と戦おうと体勢を立て直そうとした時、間髪入れずに敵が攻撃してきた。(駄目だ、間に合わない!)敵のサーベルが摩於の頬を掠めようとした時、ユーリが起き上がって素手で敵のサーベルを真っ二つに折った。「な・・」敵が唖然とした表情を浮かべたが、彼はユーリによって倒された。「大丈夫かい、マオ?」「え、ええ・・」そう言って摩於ににっこりと笑ったユーリの瞳は、禍々しい光を放っていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月08日
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「アベルの事を、どうして忘れてしまったの? あんなに仲良かったのに・・」摩於がそう言うと、ユーリは溜息を吐いた。「わからない・・わからないんだ、どうしても・・」最後に自分が覚えていたのは、紅蓮に包まれている邸と、夥しい死体の山だけ。自分を呼ぶ声が、誰のものなのかわからない。いや、わからなくなったのだ。思い出そうとすればするほど、大切な誰かの顔や声すらも忘れてしまいそうになる。恐らく“彼”に関するネガティブな記憶が呼び起こされるのを、無意識に防いでいるのだ。あの日から―父や母に化け物扱いされ、あの部屋に幽閉されている頃の記憶を、ずっと。「わたしは・・わたしは・・」ユーリの真紅の瞳が、大きく揺らいだ。「ユーリ様?」摩於がユーリに近づこうとすると、ユーリは瘧(おこり)にでもかかったかのように身を震わせながら荒い息を吐き始めた。「人を呼んでくるよ!」摩於はチマの裾を翻すと、それを摘んで部屋から出て行った。―殺せ脳内に、誰かの声が響き始めた。―お前は、ここにいる人間を全て殺せ。(嫌だ・・そんな事したくない・・)自分の両肩に爪を立てながら、ユーリは必死に声から逃れようとしたが、無駄だった。―殺さなければ、お前が殺される。(駄目だ・・そんな・・)―銃を取れ。ユーリは悲鳴を上げ、床に蹲った。(そうだ・・殺さないと・・みんな、殺さないと!)「槙野、ここに居たの! 今すぐユーリ様の所に来て!」「摩於様、どうしましたか?」「ユーリ様の様子がおかしいの。もしかしたら・・」摩於が次の言葉を継ごうとした時、大広間から銃声がした。「今の音は・・」摩於達が大広間に駆け込むと、そこには眉間に銃弾を撃ち込まれた人間の男がゆっくりと大理石の床に倒れるところだった。「ユーリ様・・どうして・・?」銃を向け、微笑んでいるユーリの姿を、摩於は呆然とした表情を浮かべながら見ていた。「ユーリ様、銃をこちらに渡してください。」ユーリはくるりと匡惟に振り向くと、彼の腹に銃弾を撃ち込んだ。「みんな殺さないと・・わたしが殺されちゃう・・」そう言った彼の瞳は、狂気に彩られていた。夜会に集まった人々は、悲鳴を上げて出口へと殺到した。「あの者を殺せ!」迎賓館を警備していた鬼族達は、一斉にユーリに銃口を向け、躊躇いなく引き金を引いた。「やめて~!」ユーリは銃弾を全身に浴び、床に崩れ落ちた。「ユーリ様、しっかりして!」摩於はユーリの身体を何度も揺さ振ったが、彼はびくりともしなかった。彼はユーリを安全な場所へと運ぼうとしたが、鬼族達に囲まれてしまった。「死ね!」鬼族の1人が、腰に帯びたサーベルで摩於に斬りかかろうとすると、彼の結っていた黒髪がばらばらと解けた。「なんだ・・」「いけません、摩於様!」摩於はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、ユーリと同じように真紅に染まっていた。「僕が、ユーリ様を守るんだ!」凄まじい“気”が、摩於の全身から溢れ出た。「これは・・美しい・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月08日
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「話というのは、我が娘・槙のことか?」槙野の言葉に、匡惟は静かに頷いた。「あの女を、わたしは殺しました。」「そうか。さぞや槙は愛する男に殺されて嬉しかったろうな。」「ええ。菩薩のように微笑みながら逝きました。」匡惟はそう言うと、掌を見た。そこにはまだ、槙を手にかけた感触が、まだ残っている。「お松のお方様の死を、摩於様には暫く伏せておいた方が良いだろう。」「ええ。美津姫様が今では後宮で采配を振るっていると聞きます。彼女は母を亡くしたばかりだというのに、悲しみを面に出さずに懸命に上様を支えようとしております。」「そうか・・」槙野は溜息を吐き、一面に広がる銀世界を見た。 脳裡に浮かぶのは、後宮で采配を振るい、一国の王を意のままに操っていた娘の姿だった。いつから彼女はあんな風に変わってしまったのだろうか。その原因は自分にあると、槙野は解っていた。幼い頃、仕事が忙しく職場に泊まる事は何度もあり、娘の事は全て妻任せにしていたし、それに血のつながりがある我が子よりも、槙野は血が繋がらぬ皇子の育児に熱心になっていた。 子どもは素直で、残酷である。実の父に蔑ろにされ、自分の父を奪った摩於に対して槙が憎しみを募らせることは、想像には難くない。その憎しみは彼女自身が制御できぬ程深くなり、やがては彼女の魂を食ってしまったのだろう。「わたしが悪いのです、あの女がわたしを想っていることを知りながら、わたしはお松のお方様に想いを寄せていたのですから・・決して結ばれぬ女を、愛してしまったわたしが・・」「何を言う、匡惟殿。悪いのはわたしだ。最期の最期まで娘が抱える孤独と向き合わず、理解しなかったわたしが悪いのだ。」槙野はそう言うと、首に提げていたロザリオを指先で摘んだ。「ユーリ様とそなたは夫婦になったのか?」「はい。ユーリ様はわたしのことを愛してくれますし、わたしも彼の事を心から愛しています。」「そうか。だがアベル殿が可哀想だ。ユーリ様が“妖狐”として覚醒め、あの方はアベル殿に関する記憶を失ってしまわれた。それでもなお、アベル殿はユーリ様のことを一途に想い続けているというのに・・」「それはやがて時が解決してくれることでしょう。わたしはもう、ユーリ様ななしでは生きていけません。あなたが摩於様を必要としているように、わたしにはユーリ様が必要なのです。」匡惟の切れ長の黒い瞳が、槙野の戸惑った顔を捉えた。「そうか・・そなたはそれほどまでに、ユーリ様のことを・・」愛しているのだな。槙野は目の前に立っている青年が、純粋に愛する人を想い、通じ合っている姿を羨ましく思った。血を分けた我が娘にも一度たりとも彼女を抱き締めたり、愛していると言う言葉すらかけられなかった愚かな父親だと、彼は思った。もし時を逆回しに出来たなら、娘を心から愛せただろうに。(槙・・すまぬ・・)初めて彼は、心の中で亡き娘にこれまでのことを詫びた。“今更何をおっしゃいます、父上。妾はもう解っておりました、父上には摩於しかおらぬと。”何処かで娘の声が風に乗って聞こえてきたような気がした。槙野がゆっくりと振り向くと、そこには笑顔を浮かべている娘の姿があった。「槙・・」“摩於をお守りくださいませ、父上。どんな事があっても・・”槙野が消えゆく娘の手を握ろうとした時、娘は粉雪と化して空へと舞った。「槙野殿・・」地面に蹲り、涙を流す槙野の姿を、匡惟は何も言わずに見ていた。 一方、ユーリと再会した摩於は、大広間からユーリが泊まっている部屋に場所を移して彼と向かい合って話をしていた。「ユーリ様、アベルのことはもう忘れてしまったの?」「わからない・・あの人が誰なのか、もうわたしにはわからなくなってしまったんだ・・」「ユーリ様・・」にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをくりっくしていただけると嬉しいです。
2010年11月08日
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槙野の視線をものともせず、青年は摩於と踊り続けた。やがて音楽が終わり、彼はそっと摩於の手を離した。「お上手でしたよ、初めてにしては。」「そう・・でしたか?」そう言った摩於の頬は、心なしか紅く染まっていた。「あの、あなたのお名前は?」「ああ、俺は・・」「香様!」2人の間に、1人の令嬢が割って入って来た。「なんだ、君か。」青年はそう言って、鬱陶しそうに令嬢を見た。「なんだではありませんわ! この方は一体どなたなの?」令嬢の視線が、青年から摩於へと移った。「この子は俺の婚約者だ。」青年は摩於の華奢な腰を掴むと、自分の方へと引き寄せた。「婚約者、ですって? あなたの婚約者はわたくしでしょう!?」「それは君の勘違いだろう? 俺はあんたみたいな女と結婚するつもりはない。」「なっ・・」令嬢は頬を怒りで赤く染めると、青年を睨んだ。「あなたにはもう用はありません。ではこれで失礼。」(ちょっと、僕をこの人と置いていかないでよ~!)突然の事で訳が解らない上に、勝手に婚約者にされた摩於は、混乱の中自分を睨みつけている令嬢から一歩後ずさった。「摩於様!」令嬢が手を振り上げ、摩於を殴ろうとした時、咄嗟に槙野が彼女を突き飛ばした。「お怪我はございませんか、摩於様!?」「大丈夫だよ、槙野。」「ちょっと、いきなり人を突き飛ばすなんて、無礼でしょう!」「黙れ、女。この方をどなたと心得ておる! 麗真国第一皇子・摩於君にあらせられるぞ!」槙野がじろりと令嬢に睨みをきかせると、彼女は恐怖に慄いて口を閉じた。「もう一度この方に傷をつけようと思ってみよ、この槙野がそなたを斬り捨てるぞ。」槙野は摩於の肩を抱くと、そのまま令嬢の前から去った。「大袈裟だよ、槙野。僕は何もされていないのに・・」「いいえ、あの時わたしが行かなければ、あの女は摩於様のお顔に傷をつけるつもりでおりました。」「もう・・」つくづく過保護になりがちな従者に対して、摩於は苦笑した。「素晴らしかったですよ、先ほどの行動は、まさしくサムライそのものですね。」乾いた音がしたと思い、槙野が背後を振り向くと、そこにはあの青年が立っていた。「そなた、何奴?」「そんなに警戒しないでくださいよ、俺は怪しい者ではありませんので。」青年はそう言うと、にっこりと摩於に微笑んだ。「自己紹介が遅れました、俺は香(かおる)、鴾和(ときわ)グループの者です。」「鴾和・・そなたがあの・・」槙野の表情が一層険しくなり、摩於は怪訝そうに彼を見た。「槙野、どうしたの?」「摩於様、あの男には近づいてはいけません。あの男は危険です。」「どうして?」「何故なら、この男は・・」「マオ、どうして君が此処に!?」槙野が次の言葉を継ごうと口を開こうとした時、ユーリがドレスの裾を摘みながら摩於達の方へと駆け寄って来た。「ユーリ様、やっとお会いできた!」摩於はそう叫ぶと、ユーリに勢いよく抱きついた。「お久しぶりです、槙野様。」「匡惟殿。」「少しお話があるのですが、宜しいでしょうか?」匡惟の言葉に、槙野は静かに頷き、彼とともに迎賓館の外へと出た。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月07日
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西洋風の宿屋―迎賓館の大広間で開かれている夜会には、妖狐族や鬼族・烏天狗(からすてんぐ)族の貴族や、名だたる名士達が出席し、女達は美しいドレスと宝石で着飾りながらおしゃべりに花を咲かせていた。 その中で一際目立っているのは、大広間の中央舞台で舞い踊る雲華亭の妓生達である。彼女らが髪飾りや色とりどりのチマを揺らし、天女のように優雅に舞っている姿は、夜会に集まっている者達を釘づけにした。中でも、蒼いチマを幾度も翻しながら舞う幼い妓生の姿に、彼らは注視していた。彼女が踊る度に、艶やかな黒髪がシャンデリアの下で輝いて美しい光を放っていた。「まぁ、可愛らしい妓生だこと。」「きっと初舞台なのね、緊張しているわ。」貴婦人達はそう言いながら、その幼い妓生を見た。匡惟と話していたユーリは、彼女達の話を聞いて、ふと舞台の方を見た。(あれは、マオ!?)蒼いチマを穿いた幼い妓生は、薄化粧を施してはいるが、ユーリには摩於だと解った。「どうしたのですか?」「あそこに・・わたしの友人が・・」ユーリがそう言って舞台を指すと、匡惟もそちらを見た。(摩於様、何故ここに?)何故一国の皇子である摩於が、女装してこのような場にいるのか、匡惟には解らなかった。妓生達の舞が終わると、客達は一斉に彼女達に向かって拍手を送った。チマの裾を摘み、舞台から降りた摩於が辺りを見渡すと、そこには黒髪の長身の男と並んで立っているユーリの姿があった。(ユーリ様!)摩於が彼らの元へと駆け寄ろうとした時、間が悪いことに楽団がワルツを奏で始め、踊る男女の輪に阻まれてなかなかユーリ達の元へと近づけない。(どうしよう・・ユーリ様が目の前にいるのに・・)踊りが終わるのを待った方が良いのだろうかと摩於が思い始めていた時、彼の肩が誰かに叩かれた。「可愛らしいおじょうさん、俺と踊って頂けますか?」摩於がゆっくりと振り向くと、そこには金髪蒼眼の青年が立っていた。彼は白いスーツに、サーモンピンクのシャツを着ており、何処からどう見てもそれらが既製服ではなく、一流の職人の手によって仕立てられたものだと摩於にはわかった。(どうすればいいんだろ?)ふと周りを見ると、令嬢達が好色な視線を青年に送っていた。「俺の手を握るだけでいいですから。」「そうですか。」摩於は青年が差し出した手を握ると、彼は摩於を連れて踊りの輪に加わった。「うわわ!」初めてのワルツで、しかも慣れない恰好をしている為に、チマの裾に足を取られた摩於が無様に転ぼうとしていた時、青年が寸での所で彼の身体を支えると体勢を整えて再び踊り始めた。自然に摩於は彼のリードに合わせてワルツのステップを踏んでいた。―あの子、さっきの・・―どうしてあの方は、あのような子と・・―悔しい・・可愛くない癖に・・(なんだか僕、不味い状況に置かれてる?)背後から感じる令嬢達の剣呑な視線に、摩於は恐怖で身を震わせたが、自分を踊りに誘った青年は終始笑顔を浮かべている。一体彼は何者なのだろうか―摩於がそう思いながら青年と踊っていると、青年はじっと彼を見つめた。「あの・・僕の顔に何か?」「いえ、昔君に良く似た子と会いましてね。俺の初恋の相手です。」「へぇ、そうなんですか。」そんな2人の様子を、槙野が苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべながら見ていた。(鬼族めが、気安く摩於様の腰に手を回しおって・・許せぬ!)槙野の視線に気づいたのか、青年がちらりと彼の方を見て笑った。それは、人を小馬鹿にするかのような笑みだった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月06日
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「あらぁ、可愛い子じゃない。」「きっとまだおぼこね。恥ずかしそうに俯いちゃって。」「こちらに来なさいな、取って食ったりはしないからさぁ。」化粧部屋に入ると、摩於を数人の女達が取り囲むなり、彼の髪をいじったり、頬を抓ったりした。「あんた達、さっさと支度おし。そんな格好でお客様の前に出る気かい?」「わかったわよ。それにしてもこの子は何処から拾って来たの?」「さぁね。土台がいいから、弄ればあんた達よりもっとマシになるだろうよ。」中年女は女達に憎まれ口を叩きながら、摩於の頭頂部で一括りにした黒髪を断りもなしに下ろした。「綺麗な髪だねぇ。少々ほつれているのはいただけないけど・・まぁいい。さ、そこに座りな。」摩於は中年女の言われるがままに、鏡台の前に腰を下ろした。「どうしようかねぇ、この髪は。簪を付けて余り仰々しくするのもどうかと思うし・・」「少し毛先を癖毛風にして、コテで巻いたらいいんじゃないかしら? その方が余り髪が傷まないでしょうし・・」「ま、それでいこうかね。誰かこの子に合う色のチョゴリとチマを持ってきておくれ。」ほどなくして彼女は桃色のチマと蒼のチョゴリを両手に持ち、笑みを浮かべていた。(摩於様・・)一方、摩於の身支度が終わるまで妓生達と花札をしながら暇潰しをしていた槙野は、ちらちらと奥にある化粧部屋の方を何度も見た。「まぁあんた、本当にあの子が気になるんだねぇ?」「摩於様はわたくしの実の子のような御方だ。一体どのような目に遭っているのか・・」「大丈夫さ。女将さんは悪いようにはしないよ。それよりも、あの子は幸せ者だねぇ、あんたみたいに片時も気に掛けてくれる男が居てさ。あたしなんかさっぱりさね。」槙野の近くに座っている女はそう言うと溜息を吐いた。「わたしにはお前と同じ年頃の娘がおったが、もう死んだ。」「そうかい。あたしは親父の借金のカタにされてここに売られてきたのさ。傍目から見りゃぁここは極楽だけども、一度暖簾をくぐって中に入れば二度と外に出てお天道様拝むこたぁできないのさ。苦界だからねぇ。」女は気だるそうに煙管をくわえた。「槙野、何処に居るの?」「摩於様!」その時、女達と同じような物を着せられ、薄化粧を施された摩於がチマの裾を摘みながら槙野の方へと駆け寄って来た。「余り走るんじゃないよ、折角のチマに皺が寄っちまうだろう?」「すいません・・」「摩於様、この格好はいかがなさったのですか?」「後で説明するから、槙野も一緒に来てくれる? いいですよね、女将さん?」中年女は摩於の言葉に頷いた。「好きにおし。さぁてと、夜会に行く者はさっさと外に出て馬に乗りな!」 数分後、着飾った女達が馬や輿に乗り、艶街を練り歩き始めた。その中に、まだ初々しい少女の姿があった。馬に乗った彼女の隣を、老人が厳めしい表情を浮かべながら警護していた。「ありゃぁ、何処の新入りだ?」「あの顔じゃぁ、将来は名妓になるだろうよ。」「水揚げの時が楽しみだ。」行列を眺めている男達は口々にそう言いながら、少女を品定めしていた。「ねぇ、何であの人達、僕の事見てるんだろう?」「摩於様がお気になさるようなことではありません。」行列はやがて艶街を出て、夜会が開かれている宿屋の前に着いた。「おやおや、誰かと思ったら。」宿屋の支配人と思しき男がそう言って、雲華亭の女将を見た。「今夜もたんまりと稼がせていただくよ。その為に可愛い娘を連れて来たんだからね。」「解ってるさ。」馬から降りた摩於は、槙野の手をひきながら、宿屋の中へと入った。そこには美しい盛りつけがされてある豪華な料理が並んでいた。「何をしているんだい、早くこっちに来な。」女将に呼ばれ、摩於は慌てて口端に垂れていた涎を拭くと、彼女達の元へと駆けていった。にほんブログ村
2010年11月04日
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「随分と遅かったではないかえ?」アベルが部屋に戻ると、そこには中華風の衣装ではなく、艶やかな紫のドレスへと着替えた鶯蘭が立っていた。「その恰好はどうなされたのです?」「これから夜会が1階の大広間である。そちは妾をエスコートするのじゃ。」「ですが、わたしのような者では・・」「何を言うておる。そなたは妾が見込んだ男じゃ、臆するでない。」鶯蘭は妖艶な笑みを浮かべながら、アデルの頬に唇を落とした。 隣の部屋では、夜会の為にユーリがドレスに着替える為、匡惟によってコルセットを締められていた。「苦しい・・」「後少しで終わりますから、我慢していてください。」匡惟はそう言うと、コルセットを締め終わった。「こんな鎧のようなものを姉上は毎日来ていたのか・・」ユーリはぐったりとした様子で、ベッドの端に腰を下ろした。「夜会がまだ始まっていないというのに、この位で疲れていてはどうします? さぁ、立ってください。」「わかった。」ぶすっとした顔をして、ユーリはゆっくりと立ち上がった。「まだ着替えておらぬのかえ、ユーリ?」ノックもなしに、彼らの部屋に鶯蘭が入って来た。「ノックくらいしてくださいよ。」「おやお前、直衣姿も良いが、洋装も決まっておるなぁ。」鶯蘭は好色な目で黒のタキシードに着替えた匡惟を見つめた。「兎に角、出ていって貰えませんか?」「無粋なことを申すでないぞ、匡惟よ。そなたにドレスの着付けが出来ると思うのかえ? ここは妾に任せるのじゃ。」彼女はそう言うと匡惟とアベルを部屋から追い出し、ユーリのドレスを着付けた。「やはり蒼はそなたに似合う色じゃ。銀髪がよう映える。」「そうですか?」「これから色々と忙しくなろうのう、そなたの祝言や披露宴で。」「披露宴なら匡惟の所で済ませましたから。」「そうはいかぬ。妾はそなたに一生のうちに最高の思い出を作りたいのじゃ。これまで長く生き別れておった母への罪滅ぼしと考えておくれ。」「解りました・・」ユーリはそっと、実母の手を握った。その時、彼はやっと自分の居場所を見つけたような気がした。「ねぇ、迎賓館って此処かなぁ?」「多分、方角が違うと思いますが・・」 一方、妖狐界へとやって来た摩於と槙野は、宿屋から遠く離れた艶街の中を歩いていた。店の紅格子には鮮やかな着物やチマ・チョゴリを着た女達がしなを作りながら道行く男達に色目を使っていた。「夜会までもう時間がないや・・」「あらあんた、此処で何してんだい?」摩於が後ろを振り向くと、そこには紫のチョゴリと藍色のチマを纏った中年女が立っていた。「あの・・迎賓館っていうところを探しているんですけれど・・」「ああ、あそこなら反対側さ。それよりもあんた、いい顔しているじゃないか? 丁度夜会に行く妓生の人手が足りなくて困っていたんだよ。」中年女はそう言うと、摩於の腕をぐいと掴んだ。「摩於様に触れるな!」「煩い爺だねぇ。なぁに、夜会が終わったらすぐに返してやるさ。あんたもついてきな。」中年女とともに紅格子の隣にある店の暖簾をくぐると、そこには紅格子に座っていた女達と同じような鮮やかなチマ・チョゴリを着た若い娘達が舞を踊っていたり、客に酌をしていたりしていた。「あの、ここは・・」「ここはあたしの城、雲華亭さ。これから身支度をするから、化粧部屋に来な。」「摩於様・・」「大丈夫、心配しないで。」心配そうな顔をして自分を見つめる槙野に微笑むと、摩於は中年女と共に化粧部屋へと向かった。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをくりっくしていただけると、嬉しいです。
2010年11月04日
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アベルは宿屋から出て、外の澄んだ空気を吸った。脳裡に繰り返し浮かんでは消えるのは、ユーリが自分に向ける笑顔だった。だが、その笑顔はもう自分には向けられることはない。ユーリには、もう大切な人がいるのだから。(わたしは一体、何をしているんだろう?)あの日―暴走したユーリを身を呈して止めようとした時、あの男に瀕死の重傷を負わされ、ただ病院の集中治療室で昏々と眠り続けていた時、不意に彼の脳内に女の声が聴こえたのだ。“ここから出たい?”脳裡に浮かんできたのは、ユーリと全く同じ顔をした銀髪紅眼の少女だった。豪華な金糸を使ったパフスリーブに、光沢のあるシフォンのパニエを使った水色のドレスを纏った少女は、ゆっくりとアベルの黒髪を撫でた。“可哀想に、こんな狭い所に機械で全身を繋がれて。わたしがあなたを自由にしてあげる。”少女はそう言うと、アベルの額に桜色の唇を落とした。その瞬間、アベルの全身に力が漲ってきた。「先生、早く来て下さい!」アベルの目が開くのを見た看護師が、慌てて医師を呼びに行こうと廊下を駆けていった。“さぁ、外に出て自由におなりなさい。”少女はにっこりとアベルに微笑むと、姿を消した。彼女が一体何者だったのか、未だに解らない。だが、自分を助けてくれた者だから、危害を加えない相手だろうとアベルは何故か解った。(ユーリ様・・)アベルはふと、ユーリがあの男と居る部屋の窓を見た。そこには灯りがついておらず、真っ黒だった。中で彼らが何をしているのか、想像するだけでも苦しい。(あなたは何故、わたしを忘れてしまったのですか?)ふと頬が何か濡れている感触がして、アベルがそれを指先で拭うと、自分がいつの間にか涙を流していることに気づいた。 一方、摩於は集中治療室のベッドで横たわっているユーリアを槙野と見つめていた。「肩の出血が酷く、一時期は容態が危なかったですが・・何とか一命を取り留められて良かったですね。」「うん・・ねぇ槙野、妖狐界に行こう。」摩於は、そう言うと従者を見た。「摩於様、妖狐界に行けばどうなるか、わかっておられるのですか?」「うん、わかってるよ。でも僕は、みんなを助けたいんだ。」「摩於様・・」槙野は、自分を見上げている主を見た。いつの間にか、摩於は大人への階段を上り始めている。ついこの前までは自分の膝の上に乗り、甘えていたというのに。「・・解りました。摩於様がそうおっしゃるのなら、わたくしもお供致しましょう。」槙野はそう言うと、摩於の前に跪いた。「ありがとう、槙野。」摩於は首に提げていた紅玉を摘むと、呪文を唱えて妖狐界への扉を開いた。「槙野、僕の傍をずっと離れないでね。」「ええ、わたしはずっとあなたのお傍におります。」自分に差し出された摩於の手を握ると、槙野は彼と共に扉の向こうへと歩き始めた。「ここが、妖狐界・・」槙野は一面に広がる銀世界に息を呑んだ。「あそこに街があるよ。きっとユーリ様はあそこに居る。」「そうですね・・」摩於と槙野が街の中へと入ると、近くの商店の軒先に張られてあるポスターに、彼らは釘付けになった。“今宵酉の刻、迎賓館にて夜会開催。”にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをくりっくしていただけると嬉しいです。
2010年11月03日
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「少し歩くから、足元には注意いたせ。」鶯蘭はそう言うと、ユーリと匡惟を見た。「はい・・」鶯蘭の言葉に頷いたユーリだったが、動きにくい長袴の上に裸足である彼にとって、雪の上を歩くのは困難だった。「ユーリ様、わたしにおぶさってください。」アベルはそう言って、ユーリの前で腰を屈めた。「そんな・・あなたに迷惑がかかる。」「ユーリ様、わたしが。」匡惟はアベルを睨みながら、ユーリの手をひいた。「ユーリ様はわたしがおぶいますので、あなたは引っ込んでいてください。」「いいえ、わたしはユーリ様の夫です。困っている妻をおぶうのは夫の役目です。」匡惟の言葉に、ユーリは激しく狼狽した。「アベルよ、気を落とすでないぞ。そなたにはこの妾がついておるゆえ。」落ち込むアベルの肩を、鶯蘭はポンと優しく叩いた。アベルは彼女に微笑んだが、それは少しひきつっていた。 雪の中をひたすら歩いていると、彼らの前に街が見えた。「宮城までは遠いから、この街に泊まるぞ。」鶯蘭は領巾を振り回しながら、嬉々とした様子で街の中へと入っていった。そこには見慣れない服を着た人々と、街並みが広がっていた。数軒の屋台からは美味しそうな食べ物が売っており、そこからは湯気が出ていた。「あの、さっきは・・」「何ですか、ユーリ様?」匡惟は、そう言ってユーリを見た。「さっきは、おぶってくれてありがとうございます。」「いえ、いいんです。当然の事をしたまでですから。」ユーリは匡惟の言葉を聞き、頬を赤く染めた。「着いたぞ。」中華風の街中に突然、場違いな西洋風の宿屋が建っていた。「あの・・ここですか?」「そうじゃ。それよりも、部屋割りはそなた達夫婦と、妾とアベルがそれぞれ隣の部屋を使うことになったからの。」鶯蘭はアベルの背中を押すと、さっさと隣の部屋へと入っていった。「取り敢えず、入りましょうか。」「ええ。」匡惟とユーリが静かに部屋に入ると、そこには天蓋付きのベッドと、二つの枕が置いてあった。ユーリは、枕を見るなり頬を赤らめて俯いた。「大丈夫、何もしませんよ。」匡惟はユーリの手を握るとそう言って笑った。その言葉が嘘だと解っていながらも、ユーリは嬉しかった。「ほんにあの2人は仲が良いようじゃ。」壁越しに2人の遣り取りを聞きながら、鶯蘭はくすくすと領巾を口元で覆った。「随分と楽しそうですね。」「当り前であろう。人の幸せ癪の種、人の不幸は蜜の味だと言うであろう? それよりもここでじっとしているものもなんだから、妾が今からそなたの運命を特別に占ってやろうぞ。」鶯蘭は懐からタロットを取り出した。「面白そうですね。」「妾の占いは当たるぞ。1枚タロットを選べ。」「では・・」アベルはそっと、テーブルに並べられたカードを1枚、引き抜いた。「余り良くないカードじゃ。そなたは焦るあまり闇に心を捉われ過ぎておる。そのうち、闇に食われてしまうぞ?」「それでも・・わたしはユーリ様を取り戻したいのです。」翠の瞳が、ゆらりと揺らめき、アベルが纏っていた黒い瘴気が少し和らいだかのように見えた。「外の空気を吸ってきます。」アベルが部屋から出て行った後、鶯蘭は煙管をくわえると、その中に火をつけた。「難儀な男じゃ・・」彼女は口端を歪めて笑った。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月02日
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「あなたは・・」ユーリはじっと、青年を見た。宝石のように美しく煌めく翠の双眸を、何処かで見た覚えがあったが、思い出せない。「わたしを思い出せませんか、ユーリ様?」青年は、そう言うとユーリの白くて華奢な手首を掴んだ。その瞬間、ユーリの脳裡に様々な映像が浮かんだ。幽閉された狭く寒い部屋。いつも扉越しに話しかけてくれた青年。熱風になびく銀髪。紅蓮の炎に包まれる邸宅。「ユーリ様、思い出してください。」青年が、優しい声でユーリに話しかけた。まるで、幼子を宥めるかのように。「あ・・」あの日から、全てが変わった。父を助けた、あの日から―「ユーリ様、気を確かに!」匡惟に抱き締められ、ユーリは我に返ると、青年の手を乱暴に振り払った。「お前は誰だ?」真紅の瞳で青年を睨むと、彼は冷たくユーリを見下ろした。「本当に、あなたはわたしのことをお忘れになられたのですね。」「可哀想にのう、アベル。心から愛しく想っているユーリに振られるとは。」青年の隣で、美女がそう言って愉快そうに笑った。(アベル・・)その名は、何処かで聞いた事がある。だがまだ思い出せない。「吾子よ。」美女が、ユーリの手を握った。「我らと共に参ろうぞ。一族の者がお前の帰りを待っておる。」「一族の・・者?」ユーリはじっと、美女を見つめた。「そうじゃ。そなたは妾が産んだ吾子じゃ。やっとお前を抱き締める事ができた。」美女は涙を流しながら、ユーリを見た。「ユーリ様、そやつの耳に言葉を貸してはいけません。」「そなた、同族か? ならばそなたも妾とともに来い。」美女はにっこりと笑うと、匡惟を見た。「もう人間界なぞ居るのはうんざりしているであろう? 妖狐界で自由気ままに妾と暮らすのじゃ。」「妖狐界・・」人間の父と恋に落ち、匡惟を産んで間もなく命を落とした妖狐の母が住んでいた世界。「そこには、わたしと同じような・・」「半妖の者など、今更おってもおかしくはない時代じゃ。純血に拘る愚か者は何処の世界にも居るが、そういう者は一部に過ぎぬ。」美女は結い上げた銀髪の後れ毛をなびかせながら、そう言うと笑った。(そこに行けば、わたしは・・)妖狐界にいけば、美女の言う通りに自由気ままに暮らせるのだろうか。「ユーリ様。」「匡惟、わたしはこの人とともに妖狐界に行きたい。」ユーリはそう言うと、夫を見た。「本当に、いいのですか?」匡惟の言葉に、ユーリは静かに頷いた。「では、行くか?」ユーリと匡惟は、美女と青年の元へと向かった。「連れて行ってください。」「解った。」美女の手を、ユーリはそっと握った。「後悔するでないぞ。」「解りました。」美女は呪文を唱えると、妖狐界への扉を開いた。ユーリと匡惟は、青年と共に妖狐界への扉の中へと向かった。そこには、一面の銀世界が広がっていた。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをクリックしていただけると嬉しいです。
2010年11月01日
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「ユーリ様の元へ案内いたしましょう、鶯蘭様。」アベルはそう言ってユーリの母・鶯蘭の前に跪くと、彼女にいつものような、優しい笑みを浮かべた。「そうかえ。そなたのような者に会えたこと、妾は嬉しく思うぞ。」「ありがたきお言葉、頂戴致します。」2人の様子を遠くから見ていた槙野は、アベルが闇の側についたことを確信した。彼の全身から漂う黒い瘴気が、その証拠だ。(一体アベルさんに何が? それに今になって、ユーリの母君がいらっしゃるとは・・)「そこな人間、何を妾を見ておるのじゃ?」槙野の視線に気づいた鶯蘭は、不快そうに鼻を鳴らすと彼を睨んだ。「そなた、何故此処に来た? 此処にはユーリ様はおられぬというのに・・」「妾は吾子に対して酷い仕打ちをした人間どもを罰する為にきたのじゃ。」「罰する?」「そうじゃ。」口元に嫣然とした笑みを浮かべながら、鶯蘭はゆっくりと槙野の方へと近づいた。「妾の愛しい吾子を、ここにおる者達は幽閉したのじゃ。その報いを受けさせねばならぬ。」「報い、だと・・」背筋に悪寒が走るのを、槙野は感じた。「そうじゃ。」鶯蘭は領巾で口元を覆いながら、アベルの方へと向き直った。「アベルよ、妾を吾子のところへ案内してたもれ。」「では、こちらに。」アベルはそう言うと、鶯蘭に手を差し伸べた。彼女がアベルの手を握ると、2人の全身は黒い瘴気に包まれた。「アベル、行っては駄目・・」ユーリアの叫びは、アベルに届く事はなかった。「変な天気ねぇ、さっきまで晴れていたというのに・・」「そうねぇ・・」一方、奉奠にある匡惟の邸では、女房達が縫い物をしながら空を覆い始めた黒雲を御簾越しに見上げながら不安そうにそう言い合った。そんな中、新婚夫婦の寝室では、白昼でありながらもユーリは匡惟に抱かれていた。「あ、ああっ!」匡惟の指で胸や下半身を愛撫される度に、ユーリは長い銀髪を振り乱しながら喘いだ。「もっと聞かせてください、あなたの声を。」匡惟はそう言うと、ユーリの髪に口付けた。「きゃぁ!」「魔物が、魔物が出たわ!」「誰かぁ!」女房達の悲鳴が聞こえたかと思うと、刀で肉と骨を断たれる嫌な音が隣室に響いた。「一体何事・・」匡惟が眉根を寄せると同時に御簾が捲られ、女房達の返り血で染まった領巾を振りながら、銀髪の美女が寝室に入って来た。「会いたかったぞ、我が吾子よ。」美女は紅の双眸で愛おしそうにユーリを見つめると、彼の方へとゆっくりと近づいていった。「あなたは、誰?」「妾はそなたを産んだ母じゃ。」にっこりとユーリに微笑む美女の背後には、剣を持った青年が続いて寝室に入って来た。「ユーリ様、やっと見つけましたよ。」青年は翠の瞳でユーリを見つめながら、彼に向かって手を差し伸べた。“ユーリ様”またユーリの脳内で、あの声が聴こえた。(まさか、あの声は・・)ユーリはじっと、自分に微笑んでいる青年を見た。にほんブログ村ランキングに参加しております。↑のバナーをくりっくしていただけると嬉しいです。
2010年11月01日
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