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口でかたい皮を割り、右手でその皮を握り、節の部分を越して剥ぎ取ろうと思いきり引っ張った。
何が起こったか分からなかった。右手の痛みに目をやると血まみれ。
すぐ母を呼ぶと、血相を変えた母は血の吹き出る私の中指がひしゃげるほど押さえつけ、そのまま私を引きずるように近くの村医者の屋敷へ連れて行った。
結局、右手中指の第一関節と第二関節の間の部分が深く切れていたらしく、3針縫う処置をしてくれた。
甘蔗を食べた経験のある方ならお分かりだろう。甘藷の皮は竹の皮のように固く、剥いだ側面は刃物の刃に近い。
まあ、普通なら握っても切れるはずはないが、握りしめて思いきり引いたものの、節のところで甘蔗の皮は剥けきらずに止まり、その分、指が甘藷の皮を滑り、刃物で引いたようになってしまったわけだ。
私の生まれて初めての大怪我?で、しかも縫ったということが忘れられない記憶として今に至るまで残っている。
その幼い私の生まれて初めての大怪我?を直してくれた恩人?の屋敷は今はもうない。
私が県外で会社勤めをし、Uターンして帰ってきてみると、その場所はいつの間にか更地になり、誰かの畑になっていた。そして今はもう雑草だらけの土地になっている。
そのお医者さんの家族のことは身近な人に聞いても分かる人はいない。子供さんがいた様な話を聞いたこともがあるが、屋敷を含めすべてを処分して県外に出て行ったようだ。
今は荒れ果てたその雑草地を通るたび「3針も縫ったんだぞ!」と小さい頃の遊び仲間への自慢の種?を作ってくれたあのお医者さんを思い出す。
その敷地跡の片隅に今、大きくなった木蓮がそびえている。現在、3階建の建物くらいの高さになって毎年こぼれんばかりの花をつける。
私があの怪我をして処置をしてもらった時、すでにこの木があったかどうか記憶にないが、この敷地と木蓮の木はいっしょになって懐かしさの対象になっている。
▼建物3階位の高さというと何メートル?大きくなりすぎて風情は今一つ。
▼近づくと画面に入りきらない
▼雨が多かったので開いた花は色褪せが早い
▼毎年、こうして思い出の地の片隅に咲く思い出?の花を撮る。