新 松磯山荘住人のつぶやき
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企業法務の世界でよく耳にする語として、「戦略法務」・「予防法務」・「臨床法務」という表現があります。世の中でよく言われているのが、「従来の日本の企業法務は臨床法務に終始していたが、これからは紛争予防と損害を回避するための予防法務や、積極的な経営戦略のための法務活動にシフトしていくべきである」という意見です。もちろん、健康管理と同じで、治療よりも予防の方がはるかに身体に与えるダメージは小さく、コスト・ミニマムですから、今さら予防法務・戦略法務の重要性に疑問符を付けるつもりはありません。契約締結時のリスク評価や取引開始前の秘密保持契約締結等は、企業活動の基本中の基本ですし、リスクマネジメントに関わる事項のマニュアル化も日常の経営の場面では不可避な事項といえるでしょう。今や企業統治におけるコンプライアンスは常識であり、コンプライアンスに基づく企業統治の失敗は、文字通り「命とり」になることは言うまでもありません。とはいえ、それでもあえて私が申し上げたいのは、「それでも臨床経験なくして企業法務はつとまらない」ということです。よく「契約書の雛型を作って下さい」とか、「マニュアル化して下さい」とかいった要請を受けることもあるのですが、その度に私は口を酸っぱくして「雛型は参考であって、万能ではないし、雛型の罠に陥ることは危険である」と強調するようにしています。例えば、次のような事例はどうでしょうか。営業担当者から契約書案をのチェック・添削依頼があったとしましょう。文面だけを見ていたらほぼ雛型通りだし、何の問題もなさそうな内容だったから、そのままOKの返事を出す、これは法務初心者のすることです。こういう場合よくあるのが、契約書案文面には登場していない厄介な問題が隠れている、というケースです。熟練の法務担当者なら、念のため担当者を呼んで、どういう理由でこの契約書を締結することになったのか、経緯や内容を確認するものです。そのうえで、本来条件交渉すべき事象が、全く不問のまま放置されていないか、契約書の内容が取引の事情上に即応しているか、この契約が締結されることによる経営へのインパクトはどの程度か、といったあたりを判断していくのです。ある外科医の方が、「手術で開腹してみてびっくり、などということは日常茶飯事、教科書通りに進むと思ったら大間違い」と仰っていたのを聞いたことがありますが、企業法務の世界でも全く同じことです。企業法務の現場で起こっていることは、さまざまな条件の複雑な組み合わせによって惹き起こされるものであり、型どおりの答えで済ませられない問題も非常に多いのです。ですから、「民法は得意だが、不正競争防止法は専門外」とか、「会社法は学習したが、いわゆる業法の類はわからない」とかいった態度は、臨床法務の現場ではご法度です。企業法務の現場では、刻一刻の判断が経営に大きな影響を与えることも多く、かつ、判断すべき事象は、単なる法的評価に止まらないことも多いです。会計・税務・労務、あらゆる要素を瞬時に判断していく力は、残念ながら経験を積まないと、一朝一夕では身につきません。資格人間・マニュアル人間が増えている昨今、私はあえて声を大きくして言いたいです。「臨床経験なくして語るべからず」と。
2014年02月09日