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大伴家持(おおとものやかもち)夏山の木末こぬれの繁しげに霍公鳥ほととぎす 鳴き響とよむなる声の遥けさ万葉集 1494夏山の梢の繁みにホトトギスたちの鳴き騒いでいる声の遥かさ。
2009.07.31
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水原紫苑(みずはら・しおん)滝の背後はつね鏡なるかなしみをニーチェのごとき人に告げたし歌集「客人まらうど」(平成9年・1997)註・・・だそうである。次々と難解な短歌を繰り出し続ける、脂が乗り切った現代短歌トップランナーの孤高の才女であるが、この歌の意味するところが那辺にあるのか、あえて若干の解析を試みるならば、なるほどね~、これはたぶん与謝野晶子の最高傑作「やは肌の熱き血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」の変奏曲(ヴァリアシオン)というか、似たような趣旨なのであろう。哲人ニーチェのごとき、アポロンのごとき、自信の塊のような、それでいて狂気を秘めている強い男性に対して、背後からかなしみを告げる女性の詩的な異議申し立てであろうか。滝の雄渾なイメージは、その表象なのだろうか。・・・というか、水原氏も短歌雑誌の対談などで、女流歌人の大先達に躊躇いもなく突っ掛かっていったりするところなどは、女ニーチェっぽい感じもする。この歌は、洗練されているが、その実は水原氏の体を張った自虐的ギャグかも知れないと思う。僕はどうも、鳥居みゆきとか水原氏とか、ややエキセントリックな女性が好きなんですよ~・・・妻となった女性にも、ちょっとそんなところがあるし(爆)なお、「背後」は「せ」と読めばいいのだろうか。
2009.07.29
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在原業平(ありわらのなりひら)こきちらす滝の白玉ひろひおきて 世の憂うき時の涙にぞかる古今和歌集 922滝が撒き散らす白玉のような水玉を拾っておいてこの世に生きているのがつらくなった時の涙にするために借りるのだ。註水玉を拾っておくとは、何ともシュールな発想である。
2009.07.29
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三枝昂之(さいぐさ・たかゆき)首都は驟雨 射手にならざる星々のさびしきながき伝令も零る歌集「水の覇権」(昭和52年・1977)註多少の難解・晦渋さは詩的表現の醍醐味のうちとは心得ているが、それにしてもいくら読んでも意味がよく分かんないんだけど(笑)、クールで深い秀作。雨の宵だから星々は隠され、人の心を撃つ射手にならず、伝えたい(無念の?)メッセージが、光の代わりに雨に託されて寂しく長々とこぼれて来る、みたいな意味だろうか?意味は何となく分かっても、意図がますます不明だ。ただ、名状し難いある種の感覚は伝わる。・・・いや、ビンビン伝わりまくる。これは、ほとんど純粋感性の歌だといって差し支えないだろう。作者も、論理的な意味の伝達はほぼ度外視しているだろう。驟雨というからには、季節としては夏の歌なのだろうか。首都というからには、場所としては東京の歌なのだろう。「射手」「伝令」、いずれも本来は軍事用語であり、その微かに物騒なニュアンスも、緊張感と不安感を醸し出している。なお、「射手」の訓みは「しゃしゅ」かも知れないし「いて」でもおかしくないが、この場合、どっちかというと前者かな。最後の「零る」は「こぼる」と読めばいいのだろうね。ちなみに三枝氏は、短歌雑誌の対談などでは、人一倍気が利くムードメイカーって感じで、いつも座談をリードする気さくで朗らかな方で、そのユーモア溢れる語り口も含めて密かに敬愛申し上げているが、歌境となると、かくのごとくに厳しく孤高である。その落差も面白い現代短歌の名匠。歌誌「りとむ」主宰。
2009.07.28
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くまんパパ 菠薐草の缶詰有楽町ステーションより徒歩かち二分きらめくラヂオステーションあり *1ほろ苦きサンバのリズム流れゐて午前一時の碧きときめき *2 ぬばたまの小夜は振幅変調の孤心のこゑの交はすこもごも *3逢びきは根岸子規庵尋とめ行きて静物画スティル・ライフとして笹乃雪 *4高々と韮を掲げて駆けてくるスーパー内のわが子の雄姿姫小松すくすく育ちダイエットしなくちやなんて時にのたまふ整然とサインカーブを象りて平均気温上り坂ゆく天空の点となりぬる揚雲雀地上の雌のまなざし受けりあくがれし菠薐草の缶詰はあきれるほどに旨からずけり *5晩酌は五合ほどにて牧水の半分ばかりけふも嗜む酒飲みの思考実験。究極の肴は塩と飯粒なると孤独感漂ふうちが花だつたビュフェにのらくろ、石田純一ふと語る芸談風の分析は紳助阿弥の風姿花伝か *6文学は冗長性にほかならず無駄な言葉をどう磨くかだ本文、旧かなづかひ。*1 ニッポン放送。/「短歌人」誌上には「煌く」の形で掲載されましたが、その後「煌」の字は「きらめく」と読めないことが判明しましたので、この場を借りまして表記を訂正し、こちらを最終決定稿といたします。*2 ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス「ビタースィート・サンバ」*3 「オールナイト・ニッポン」/振幅変調(アンプリチュード・モデュレーション、AM)。周波数変調(フレケンシー・モデュレーション、FM)と並び、ラジオ放送の一方式。 *4 ノエル・カワードの戯曲「静物画」/(その映画化の)デイヴィッド・リーン監督「逢びき」(1945)、ウール・グロスバード監督「恋におちて」(1984)/笹乃雪:東京・台東区根岸の豆腐料理の名店。*5 「ポパイ」*6 世阿弥「風姿花伝(花伝書)」〔今月の自註〕ご覧の通り、なんか分かったような分からんような、ちょっとハズしたようなハズしすぎないような、割と微妙な当落線上の出来になったような気がしている。実は内心、もうちょっと歌人・斉藤斎藤さん(「短歌人」所属)みたいな軽妙洒脱な感じを目指しているんだけど、打ち出の小槌の才覚乏しく、日暮れて道遠しの憾に堪えず、であります~著作権を有します。© 2009 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.
2009.07.27
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くまんパパ 「短歌人」8月号掲載作品有楽町ステーションより徒歩二分きらめくラヂオステーションあり *1逢びきは根岸子規庵尋とめ行きて静物画スティル・ライフとして笹乃雪 *2あくがれし菠薐草の缶詰はあきれるほどに旨からずけり *3孤独感漂ふうちが花だつたビュフェにのらくろ、石田純一ふと語る芸談風の分析は紳助阿弥の風姿花伝か *4文学は冗長性にほかならず無駄な言葉をどう磨くかだ*1 ニッポン放送。/「短歌人」誌上には「煌く」の形で掲載されましたが、その後「煌」の字は「きらめく」と読めないことが判明しましたので、この場を借りまして表記を訂正し、こちらを最終決定稿といたします。*2 ノエル・カワードの戯曲「静物画」/(その映画化の)デイヴィッド・リーン監督「逢びき」(1945)、ウール・グロスバード監督「恋におちて」(1984)/笹乃雪:東京・台東区根岸の豆腐料理の名店。*3 「ポパイ」*4 世阿弥「風姿花伝(花伝書)」──なお、6月号掲載の拙作「休日は栃木県立図書館で『短歌研究』読む桃源郷シャングリラ」が、8月号「作品月評」欄に選出されました。【選者、歌人・西勝洋一氏評】日常生活の一端を具体的に歌っているが、押しつけるような感じがしないのは、マイナーなものを読んでいるせいか。結句については賛否両論が出そうである。著作権を有します。© 2009 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.
2009.07.27
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)早稲わせの香かや分け入る右は有磯海ありそうみ奥の細道早稲の香の漂う一面の稲田を分け入ってゆく右手は、紺碧に耀(かがよ)う有磯海。註元禄2年(1689)旧暦7月15日(現在の8月末~9月初め頃)、越中(富山)・加賀(石川)国境の砺波(となみ)山・倶利伽羅(くりから)峠付近で、富山湾を遠望して詠んだ。有磯海ありそうみ:現・富山湾伏木港付近の海。「有磯」の語源は「荒磯」であろうか。
2009.07.26
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)一家ひとつやに遊女もねたり萩と月奥の細道旅寓の一軒宿で、伊勢参りの遊女と隣り合わせの部屋で寝た。あわれ楚々たる萩と月。註親不知(おやしらず)、子不知、犬戻り、駒返しなど、当時北国街道随一の難所を越えて来て疲れ切ったという、越後・市振の宿での一夜の出来事。お伊勢参りに行くという新潟の遊女二人とたまたま出会って語らい、身分社会の底辺の苦界で喘ぎ、明日をも知れぬ彼女たちの不幸な境涯を一晩とっくりと聞いた芭蕉と河合曽良(かわい・そら)。翌朝になって、芭蕉たちを旅の高僧と思い込んだ娼婦二人は、今後の随行を望んだが、当時すでに引く手あまたの著名人であった多忙な芭蕉らは、それを泣く泣く振り切って別れてきたというのである。「萩と月」の形象には、おそらく風狂の世捨て人・芭蕉自身の自己イメージも含まれている。この一連の件(くだり)は、芭蕉の半ば創作ではないかと考えられているが、「哀(あはれ)さ、しばらくやまざりけらし(哀れさが、自分の中でしばらくやまなかったようだなあ)」で結ばれる詞書きも併せて、余韻嫋々たる名文といえる。
2009.07.25
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)荒海や佐渡によこたふ天河あまのがは奥の細道日本海の荒海の彼方にほの見える佐渡の上空に横たわる雄大な天の川のきらめき。註「古池や蛙飛び込む水の音」「閑かさや岩にしみ入蝉の声」などと並ぶ、芭蕉の代表作。詠んだ場所については諸説あるが、出雲崎付近と思われ、元禄2年(1689)旧暦7月7日(七夕)の夜、越後(新潟)直江津の句会で披露された。芭蕉46歳。ちなみに、直江津は今年の大河ドラマの主人公・直江兼続公が開いた港で、地名にその名を冠している。当時、まだ清新な気風の町だったろう。*本文表記は、岩波文庫版「おくのほそ道」「芭蕉俳句集」に依拠しています。 ■俳聖・松尾芭蕉 生涯データベース■奥の細道 全文(詳細註釈・地図リンク付き)
2009.07.24
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)暑き日を海にいれたり最上川もがみがは奥の細道真夏の灼熱の太陽の一日を軽々と包容する無辺の日本海に注ぐ最上川の広大な河口。註山形・酒田、「安種亭から袖の浦を見渡して」と詞書(ことばがき)にある。この「日」が、「太陽」の意味か、はたまた「一日」の意味なのかは、大きく解釈が分かれているところだが、たぶん芭蕉自身が、ある程度両義性を意図しているのではないかと思う。
2009.07.22
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)語られぬ湯殿ゆどのにぬらす袂たもとかな奥の細道陸奥・湯殿山の門外不出の秘密、それは、御神体が男女のまぐわいを示しているということ。決して他言を許されぬこの禁忌に思いを馳せながらありがたさに涙を滴らせる袂なのである。註一読しただけでは、何のこっちゃ(僕も)さっぱりワケが分からず、どうしても註釈が要るだろうが、これはなかなかエロティックな一句なのだといわれる。国語の教科書にもよく載っている芭蕉ではあるが、謹厳実直一辺倒の石部金吉だったと思うのはどっこい勘違いであり、けっこうこうした艶っぽい句も詠んでいる。伊賀の武家出身であるが、そこはそれ、やはり江戸の俳諧師の群れから身を起こした人である。湯殿山の御神体は、深い谷間の熱湯の噴き出る褐色の巨岩で、男女の性器を象徴するという。「湯殿」の名も、それを示唆しているのだろう。古代アニミズムの系譜も汲む日本の神道・修験道は、男女の性的エネルギーと豊穣を聖なるものとして崇めてきた。例えば、日光・金精神社の御神体も、その名の示すとおり、男性器を象(かたど)った物体であるという。各地に残る「道祖神」を含め、こういう例は、枚挙にいとまがないだろう。
2009.07.22
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先ほど、午前11時ごろの前後1時間半ぐらいにわたって、北関東の当地・栃木県宇都宮でも、部分日食が肉眼で観測できました。気象庁の「梅雨明け宣言」は勇み足じゃなかったのか~?という疑惑さえある、このところの関東地方の空模様(・・・気象庁には「戻り梅雨」という便利な用語もあるらしいが)。きょうも朝から空一面にむら雲が掛かっていましたが、雲が風に流されて、ちらほらと雲の切れ間から日が射し、くっきりと三日月形に欠けた太陽を見ることが出来ました。月並ですが、すごく神秘的な光景でした。薄雲越しで、かえって見やすかったぐらいです~しろうとなりに、写真の1枚も撮っておけば良かったのですが、ご近所のオバさんたちと一緒に興奮してはしゃいでしまい、そこまで気が回らず、あいにく画像はありません。鮮明画像は、新聞・テレビ・ネット上などでご覧下さいませ~さて、次回は3年後の2012年5月21日に、金環食が本州を含む広範囲で見られるそうです(下段リンク参照)。3年なんてあっという間ですね。これまた楽しみだよ~ん。そして、26年後の2035年9月2日には再び皆既日食(トータル・ソラー・エクリプス)があり、今度は能登・富山など北陸から、なんと当地・北関東にかけて見られるということです。おわ~、うれしいけど、考えてみると、その時僕はもう70代。たぶんまだ生きてるとは思うけど、出来る限り健康で元気に生きて、地元でぜひ見たいもんだな~と切望しますだよ~。・・・なんか、今後の人生の一つの目標が出来たみたいな気もする、かも~?■日本でこれから見られる日食(部分日食を除く中心食)■日食各地予報■日食(ウィキペディア)
2009.07.22
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大野城市 井出多佳子「そうですね」と答えるほかはなき会話 林檎も赤とは限らないのに【選者・小池光氏評】同感しているのではなくほかに言いようがないからそう言っている。話者と聞き手のおそろしいまでの深い断絶。リンゴは赤いとだけ思っている人。誰にも身に覚えがある。読売新聞7月20日付「読売歌壇」註日常生活でよくあることを捉えた、いわゆる「あるある」系の歌である。多少理屈っぽくはあるが、林檎の喩えが面白く、見事に決まっている。ちなみに、僕は青いまま成熟するリンゴの品種が大好きである。
2009.07.21
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山形市 柏屋敏秋碁敵が石音もなく打った手は目から火の出る大逆転打【選者・小池光氏評】何事も決定的な一打はこのようにさりげなく、むしろ柔和な表情で成されるもの。大上段に振りかぶって渾身の力で振り下ろしたりするのは存外こわくない。読売新聞7月20日付「読売歌壇」註1句・2句目は「ごがたき」「せきおん」と読ませるのであろう。僕も囲碁を嗜むので、この愕然、憮然、顔面蒼白な気持ちは痛いほどよく分かる。また、その逆の「してやったり~」の有頂天も知っている。・・・これだから、碁は一度ハマったらやめられないと言われるのかもね~。作品自体もなかなか上手いが、歌人・小池光氏の選評が流石に的確で、身に沁みまくりです~
2009.07.20
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このところ、生業に加え、地元神社の夏祭りの設営、町内会、さらには夏休みに入った子供たちを花火大会に連れて行くなど、家族サービスにも寧日なき有様ですので、ブログ更新の方は、しばらく減速すると思います。ご寛恕の上、ご了承下さいませ~松尾芭蕉(まつお・ばしょう)涼しさやほの三日月の羽黒山奥の細道出羽三山の羽黒山を登り竟(お)え、月山(がっさん)の頂(いただき)まで息絶え身凍える心地で臻(いた)り下って来た今、ふと振り返れば涼しげな三日月のほのかな光に浮かんだ夜の羽黒山の威容。註出羽国(現・山形県)羽黒山にて。「ほの三日月」の身にまとう女性性と「羽黒山」の体現する男性性の対比という評もある。
2009.07.19
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)五月雨さみだれをあつめて早し最上川もがみがは奥の細道梅雨に降り続いた雨を集めて陸奥(みちのく)の渓流から庄内の大地へと奔放に流れ来る夏のはじめの最上川。
2009.07.18
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当地、栃木・宇都宮市内にて、けさ写す。
2009.07.18
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)閑しづかさや岩にしみ入いる蝉の声奥の細道陸奥(みちのく)の深山(みやま)の奥にこのような閑寂なまほろばがあったのか。岩に染み入る蝉の声を聞いている私はいつしか「無」になっていた。註芭蕉の代表作で、日本古典文学の最高傑作の一つ。元禄2年(1689)夏、出羽国(でわのくに、現・山形県)立石寺(山寺)にて、芭蕉46歳の作品。なお、立石寺の読み方は、現在「りっしゃくじ」と呼ぶのが一般的だが、古くは「りゅうしゃくじ」と呼んだという。「建立」などと同じ呉音であろう。*本文表記は、岩波文庫版「おくのほそ道」「芭蕉俳句集」に依拠しています。 ■俳聖・松尾芭蕉 生涯データベース■奥の細道 全文(詳細註釈・地図リンク付き)
2009.07.17
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)蚤虱のみしらみ馬の尿しとする枕もと奥の細道ノミやシラミに悩まされ、傍らでは容赦なく馬がおしっこをする夏の雨宿りの寄寓の一夜。註芭蕉の研ぎ澄まされた感性で、一つの「リアル」が表現された名句。しかも、この境遇をどこか楽しんでいるような風情さえ感じられて楽しい。
2009.07.17
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)五月雨さみだれの降ふりのこしてや光堂ひかりだう奥の細道〔通説的解釈〕もの皆すべてを朽ちさせるという梅雨の雨が何百年も降り続いたというのにここだけは避けて降り残したというのか。その名の通り、燦然たる光堂。〔一般的ではないが、個人的に捨て難い解釈〕梅雨はとうに明けたはずだが、降り残したというがごとくに雨がそぼ降る森閑たる中尊寺金色堂の荘厳。
2009.07.17
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)夏草や兵つはものどもが夢の跡奥の細道その昔、唐の詩聖・杜甫は、「国破れて山河あり、城春にして草木深し」と詠んだ。そんなことを思いながら衣川を眺め、夏草が生い茂るこの奥州・平泉の地に佇んでいると、源頼朝公に滅ぼされた藤原三代の栄耀栄華と悲劇の貴公子・義経の見た夢の跡の哀れさがしんしんと胸に迫って来るのだった。■俳聖・松尾芭蕉 生涯データベース■奥の細道 全文(詳細註釈・地図リンク付き)言葉遊びの歌詠み処方箋 奥の細道
2009.07.16
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)風流の初はじめやおくの田植うた奥の細道会津磐梯山を遥かに望む奥州・須賀川の田園に早乙女たちの田植え歌が朗らかに谺(こだま)する。まことに、文学や音楽・舞踊の起源を辿れば等しくこのような歓喜の歌が原初だったのだろう。
2009.07.16
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)田一枚植うゑて立去る柳かな奥の細道柳の樹蔭でしばし休んでいると、いつのまにか田植えが一枚分終わり、早乙女たちの声が消え、独りぽつんと取り残されてしまった。それでは、私もここを立ち去って旅を続けるとしよう。註歌聖・西行を崇敬し、その漂泊の生き方を身を以って再現したほどの俳聖・芭蕉が、昨日エントリーの歌などへのオマージュ(讃美)を込めて詠んだ名句。■遊行柳・遊行庵
2009.07.16
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栃木県大田原市・雲巌寺* 写真:「日本列島お国自慢」ウェブサイトより。この画像は著作権者の許諾に基づき転載しました。松尾芭蕉(まつお・ばしょう)木啄きつつきも庵いほはやぶらず夏木立奥の細道およそもののあわれを解しない禽獣のキツツキでさえこの風雅な庵(いおり)は毀(こぼ)たぬと見える。深山幽谷の夏木立。■雲巌寺画像リンク■雲巌寺観光リンク
2009.07.15
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)しばらくは瀧に籠こもるや夏げの始はじめ奥の細道しばらくの間、滝に籠もろうか。夏のはじめ、夏行(げぎょう)のはじめだ。註下野の国(現・栃木県)日光の「裏見の滝」にて。夏(げ):夏の意味と、「夏行(げぎょう)」(夏の修行)の意味を掛けている。全体として軽い諧謔(ユーモア)が感じられる作品である。
2009.07.15
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)あらたふと青葉若葉の日の光奥の細道ああ、尊く神々しい。青葉若葉や万物を育む、燦々たる日光よ。註下野国(しもつけのくに、現・栃木県)日光にて。
2009.07.15
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与謝野晶子(よさの・あきこ)夏の風山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり歌集「舞姫」(明治39年・1906)夏の風が山から降りて来て数限りない牧場(まきば)の若馬たちの耳が爽やかに吹かれているなあ。
2009.07.14
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よみ人知らず去年こぞの夏鳴きふるしてし郭公ほととぎすそれかあらぬかこゑのかはらぬ古今和歌集 159去年の夏に盛んに鳴いて、その鳴き声を聞き慣れさせたホトトギスよ、そのせいか、そうでないのか知らないがいつ聞いても声が変わらないなあ。註鳴き古るす:(聞く者を)鳴き声に慣れさせる、馴染ませる。
2009.07.14
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紀貫之(きのつらゆき)夏の夜の臥ふすかとすれば時鳥ほととぎす鳴くひと声に明くるしののめ古今和歌集 156夏の夜は、床に臥したかと思えばホトトギスが鳴くひと声でもう明ける暁の東雲の輝き。
2009.07.14
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伊藤左千夫(いとう・さちお)蒼空あをぞらの真洞まほらにかかれる天漢あまのがはあらはに落ちて海に入る見ゆ左千夫歌集深い紺碧の穹窿にかかっている天の川が流れ落ちて海に注ぎ込んでいるのがまざまざと見える。
2009.07.14
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北原白秋(きたはら・はくしゅう)揺籃ゆりかごのうたゆりかごの うたをカナリヤが 歌うよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよゆりかごの うえにびわの実が ゆれるよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよゆりかごの つなを木ねずみが ゆするよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよゆりかごの 夢に黄色い月が かかるよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ雑誌「小学女生」(大正10年・1921)作曲:草川信註カナリヤ、枇杷の実、木ねずみ(リス)、黄色い月、いずれも黄色っぽいものでイメージが統一されているように思われる。皇后さま、難病の子に「揺籃のうた」披露──カナダ「小児病院」訪問【中日新聞7月10日付朝刊】 【トロント=森川清志】カナダをご訪問中の天皇、皇后両陛下は9日午前(日本時間9日深夜)、医療施設「小児病院(シックキッズ)」を訪問された。皇后さまは、難病の子どもがいる同病院の読書室で、北原白秋作詞、草川信作曲の子守歌「揺籃(ゆりかご)のうた」を歌われた。皇后さまが公の場で歌を披露するのは珍しい。 皇后さまは約10人の子どもがいた読書室で、天皇陛下とソファに座り、英語で「会えてとてもうれしい。私が子育てをしていた時の子守歌を披露します」と話した。 優しい表情で1、2、4番を歌い「Sleep well tonight(今夜はぐっすり眠ってください)」と笑いかけた。両陛下は子どもたちと懇談。子どもの一人は「よく眠れそうです」と話していた。 両陛下は、ピエロに扮(ふん)したセラピストが手品やゲームで子どもを和ませるプログラムも見学。天皇陛下はピエロに「何年やってるんですか」と話しかけていた。 同病院は18歳以下の子どもを対象に、最高水準の医療を提供する専門病院。理事長は日系人弁護士のコニー・スギヤマさんで、日本人医師も働く。心理カウンセリングにも力を入れている。
2009.07.11
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キバナコスモス(キク科)――近所で、けさ写す。
2009.07.10
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毎月上旬の恒例行事になってますが、歌誌「短歌人」の9月号詠草締切りが迫り、急性短歌ノイローゼ・空中浮遊状態になってますので、ブログの方はちょっとお休みしますだ~割と好調で、半月ほどで何となく100首ぐらいは詠めたのですが、毎度のことながら雑念が多く、方向性が定まらなくってね~。・・・けっこうオレって、器用貧乏体質~?とりあえず表現から、僕の悪い癖と自覚している、固有名詞とお笑い(戯笑)、そして、ともすればあらゆる表現行為に付きまといがちなナルシシズムと自己模倣の陥穽を、注意深く排除できればな~とか画策中。・・・使う固有名詞は、「マイケル・ジャクソン」と「斉藤斎藤」ぐらいにしとこうっとなお、今回の作品のブログでの発表は、掲載師9月号発刊後の8月下旬です。あわせてご了承くださいませ~
2009.07.08
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橘千蔭(たちばなのちかげ)鵲かささぎのつばさ重ねて安の河やすらに渡せそのともしづま歌集「うけらが花」(享和2年・1802)カササギたちが翼を重ねて天の川に架けるという橋を安心してお通り下さい、そのともしづまよ。註安の河:日本神話で、天上の高天原(たかまがはら)にあるという河。のちに天の川と混同された。ともしづま:前エントリー参照。「つま」はもと「偶(配偶者)」の意味で、和歌では「妻」にも「夫」にもいう。
2009.07.07
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作者未詳八千戈やちほこの神の御世みよより乏ともし妻人知りにけり継ぎてし思へば万葉集 2002大国主命(おおくにぬしのみこと)の昔から、なかなか逢えない恋しい妻のことを人は知っていたんだなあ。ずっと思い続けているから。註乏ともし妻:逢うことがほとんどない妻。のちには織姫の代名詞となった。「乏(とも)し」は、現代語「乏しい」の語源で、意味的なつながりもあるが、ニュアンスが若干違う。
2009.07.07
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作者未詳天の川あひ向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設まけな万葉集 1518天の川に相向いて立って、私の恋しいあなたがおいでになるのだわ。・・・着物の紐を解いて待ってようっと註このほか、万葉集には1500番台から2000番台にかけて、実に130首以上の七夕の歌がこれでもかと言うばかりに収録されているが、とても全部をご紹介している暇がないので、興味のある方は文庫本などで読んでみて下さい僕のオススメは、万葉研究家・中西進氏編著の講談社文庫版です。七夕の歌は、ほぼ全て第2巻に収められています。 この歌について言えば、古代日本人の露骨さというか、あっけらかんとしたエロさにタジタジおそらく、当時の戯笑的な民謡の類いであると思われる。設まけな:用意しよう。準備しよう。「設(ま)く」は、準備する意味の古語動詞で「まうく」を経て現代語「設ける」の語源。「な」は、自己の意思を示す終助詞。「・・・しよう」。
2009.07.07
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作者未詳ひさかたの天の川瀬に舟浮うけて今夜こよひか君が我がり来まさむ万葉集 1519永遠の天の川瀬に舟を浮かべて今宵あなたがわたしのもとにお出でになるのだろうか。註ひさかたの:「天」などに掛かる枕詞(まくらことば)。語源は「久堅」が有力とされるので、このように訳出してみた。浮うけ:古語動詞「浮く」の連用形。自動詞と他動詞が未分化な段階を示している。がり:「処在(かあり)」の転訛・連濁という。その人のいるところ。
2009.07.07
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作者未詳天の川霧立ちわたるけふけふと我が待つ君し舟出すらしも万葉集 1765天の川に霧が立ち渡る。今日か今日か、今か今かとわたしがお待ちしていたあなたさまが、今迎えの舟を出したらしいわ。
2009.07.07
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作者未詳この夕ゆふへ降りくる雨は彦星の早はや漕ぐ舟の櫂かひの散りかも万葉集 2052この夕べに降り来る雨は、天の川の彦星がいそいそ漕いでいる舟の櫂の雫が散っているのだなあ。
2009.07.07
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凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)我のみぞ悲しかりける彦星も逢わですぐせる年しなければ古今和歌集 612私だけが、こんなにも悲しい恋をしているのだろう。彦星も、織姫に一度も逢わずに過ごした年はないのだから。
2009.07.07
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与謝野晶子(よさの・あきこ)今宵こそハイネと二人わがぬると友いひしこしぬ星合ほしあひの夜に歌集「みだれ髪・拾遺」今宵こそは詩人ハイネと二人でわたしは寝るのよと友達が言ってきた。星合いの夜に。註ハイネ:ハインリヒ・ハイネ。ドイツの詩人。星合ほしあひの夜:七夕の夜。
2009.07.06
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山上憶良(やまのうえのおくら)牽牛ひこほしの嬬つま迎へ舟漕こぎ出づらし天の河原に霧の立てるは万葉集 1527彦星が妻を迎える舟を漕ぎ出したらしいよ。(その櫂の雫で)天の河原に霧が立っているのは。
2009.07.06
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俵万智(たわら・まち)「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの第一歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註恋愛の歌として一世を風靡したといえるほどの作品だが、仔細に読むと、これはたぶん、父と娘の会話(のデフォルマシオン)であろう。普通、恋する若い男が、恋人に対して「嫁さんになれよ」といったぞんざいな言葉遣いをすることは考えにくいと思う。結社「心の花」の佐佐木幸綱門下の雌伏時代、すでに作者は恋愛歌の名手として知られはじめていた。そういったことを心配して、酒の勢いを借り、何かの機会に父親が諫言を試みたものと思われる。それをユーモアたっぷりに掬いとった俵万智の力量の凄さ。「カンチューハイ」の一字余りを除けば、ビシッと決まった575の韻律も見事。当時、狭い歌壇を超えて、広汎な一般読者を獲得した作者の第一歌集の名歌。【俵万智さん自らによる解題】作ったときは、正直言って、一連の中では地味な歌だと思っていた。揺れる乙女心を、結句のたゆたいに込めたつもりだった。が、作者の思惑をはるかに超えて、この歌はたくましく代表作になってくれた。(角川「短歌」7月号)
2009.07.06
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俵万智(たわら・まち)「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日第一歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註7月4日はアメリカ合衆国の「独立記念日(インディペンデンス・デイ)」、7月7日は言わずと知れた七夕。軽妙でおしゃれな言葉遊びを含む才気が当時世間を瞠目させた、現代短歌の記念碑的名作。【俵万智さん自らによる解題】サラダがおいしかったというような、ささやかなことが記念日になる。それが恋というものだし、それを記念日として刻印してくれるものが、自分にとっての短歌だ。(角川「短歌」7月号)サラダ記念日
2009.07.05
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ちょっと面白いと思ったので、ご参考までにリンクしときます~goo ランキング「父親でもモテる人」に必要な条件ランキング1家族を大切にしている2空気が読める3加齢臭がしない4実年齢よりも若く見える5ファッションセンスがいい→6位以降を見る(C) NTT Resonant Inc. All Rights Reserved.
2009.07.05
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goo ランキング見かけ以外に恋愛において勝負ができることランキング1優しい2知性がある3雑学が多い4空気を読むセンス5プラス思考→6位以降を見る(C) NTT Resonant Inc. All Rights Reserved.
2009.07.05
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正岡子規(まさおか・しき)ぬば玉の牛飼ひ星と白ゆふの機織姫とけふこひわたる歌集「竹の里歌」漆黒の天空の牛飼いの若者と白木綿のような織姫が今日恋い渡る。
2009.07.05
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よみ人知らずこひこひてあはむと思ふゆふぐれは たなばたつめもかくぞあるらし後撰和歌集 231恋して恋して、逢えると思うこの夕暮れは棚機津女(たなばたつめ)もこんな気持ちらしい。
2009.07.04
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在原業平(ありわらのなりひら)狩り暮らしたなばたつめに宿借らむ天あまの河原に我は来にけり古今和歌集 418日がな狩りをして夕暮れになったので、今夜は織姫に宿を借りよう。天の河原に私は来てしまったよ。
2009.07.04
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諏訪部仁(すわべ・ひとし)「決め科白」より子の幸せを願わぬ親などいるものか 決めて決まらぬこの決め科白「おとうさん」妻が寝言にすがりたる父なる人は我かも知れずツッコミとボケを演じて半世紀人は我等を夫婦めおととぞ呼ぶ歌誌「短歌人」7月号註結社「短歌人」の本年度「高瀬賞」選考で、僕は堂々落選の栄誉に浴することとなったが、選者の一人で歌人の諏訪部仁氏(「短歌人」編集委員)が、あわれとおぼし召したのであろう、7月号誌面において、明らかに僕の作品の本歌取り・ポスティーシュと見られる作品を掲載してくれた。先生のお情けが身に沁み、今後への叱咤激励と受け止めました。感謝感激雨あられです。ますます精進いたします。* 「短歌人」では、民主的結社運営の理念に基づき、「先生」という呼称は好ましくないとされているが、この文脈においては、僕の言語感覚では「先生」以外の呼び方はありえない。何卒ご寛恕をこいねがう。
2009.07.03
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