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妙心寺の側に、NHK大河ドラマ「平清盛」で当初よく演出された
「鳥羽天皇」 の中宮(皇后)でありながら、権威を持った
「白河上皇」 に
寵愛され、女性としての生き方に不本意のままに過ごされ
待賢門院
夫たる鳥羽天皇には、美福門院に片寄られ、白河上皇崩御後は
何の権威も持てず、出家されて建てられた、法金剛院とされています。
一つの哀話とも考えられます。偲びつつ誰も訪れないひっそりした
御陵を訪問しました。
鳥羽天皇との間で、 【後白河天皇】 の母君でもあり、
平清盛との葛藤が平家物語で登場します。
【法金剛院】 【右京区】奈良の宗派 「律宗」
開基 待賢門院 (たいけんもんいん) 山号 五位山
JR「花園駅」駅前に有ります。昨日の「妙心寺」の観光の際には、
近くですから是非ともご訪問をお勧めします。過日お知らせしました
「特別名勝指定」国宝級の庭園 の一つです。
極めて小規模ですが、
入口の門
庭園入口
阿弥陀如来坐像
当寺では、礼堂の西側裏に「仏殿」が有り、平等院の阿弥陀さんを
彫った、 「定朝様式」
(じょうちょうようしき)の
【阿弥陀如来坐像】
が
私たちの礼拝する、目の間近前に拝する事が出来ます。
阿弥陀さんは、「東向」で極楽浄土をイメージして造られた、
【待賢門院】の蓮池と共に現代も活き活きした状況を感じ
取りました。横には着飾った
平安時代前期、右大臣 藤原夏野の別荘から「双丘寺」
(ならびがおかじ)として建てられましたが、その後奈良の
唐招提寺の僧によって再建され、「律宗」となっています。
寺の荒廃により、「待賢門院」が出家され再建されました。
京都の北方に目立つ、「ラクダのこぶが二つ並んだ丘」を
「双ヶ丘」 (ならびがおか)と言いますが徒然草で有名です。
その南麓に 「五位山」 がありそこに法金剛院が建っています。
庭園
阿弥陀如来坐像の仏堂が見えます。
背景が【五位山】
五位山の右手裏手に御陵があり
待賢門院さんが静かに眠っておられます。
【待賢門院】 お父上藤原公実とは、若くして死別 【藤原璋子】
(ふじわらのしょうしたまこ)として、74代鳥羽天皇の中宮(皇后)・
75代崇徳天皇・76代後白河天皇の母君後に「女院号」
【待賢門院】と呼ぶようになりました。大変美貌でお父上無き後.
白河院の加護を受けて居られる内は、良かったようですが、
保護者の崩御後、旦那の鳥羽天皇が「得子」後の「美福門院」に
心を寄せられ、待賢門院は、信仰も厚く、出家して
「法金剛院」で、
生涯を送られましたとか。五位山の北麓に【花園西陵】として
御陵が有りました。とても静かな場所に眠って居られました。
【妙心寺】のほんの側でした。近所の人も関心を持たないほどでした。
御陵の前の豆腐屋さんに聞いても「さぁ~」
と関心のないことに驚きです。
やっと手探りで見つけました。感動でした。
参道
花園西陵
待賢門院さんの皇后陵
【青女の滝】 (せいじょのたき)石組みは平安時代で、日本最古の
人造滝石組みと言われています。
【歌碑】 待賢門院の 侍女 【待賢門院 堀河 】 の百人一首。
尚 【西行法師】 も訪れたということです。法師は、源氏の武士で
詩歌の精通で恋慕するも、出家して地方を行脚したと云います。
美しい待賢門院さんに武士のころから慕っていたようです。
「長からむ心も知らず黒髪の
乱れて今朝は物をこそ思へ」
待賢門院堀河
歌碑
次回は近くの仁和寺に参ります