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2010.08.11
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~新潮社、2010年~

 島田荘司さんの、待望の新刊です。680頁強という分厚い本書はノンシリーズで、歴史上の謎に迫るという意味では御手洗シリーズの 『ロシア幽霊軍艦事件』 と同じような性格があるといえます。ただし本書は、研究の過程(試行錯誤や、専門家の意見をあおぎにいく旅など)のわくわく感が味わえます。

 主人公の佐藤貞三さんは、大学受験まではトップクラスで東京大学に入学するのですが、その後あまり冴えなくなってしまいます。葛飾北斎研究で業績も残しているのですが、ひょんな縁から傲慢社長の娘と結婚し、さらに悲劇に巻き込まれることになります。
 ある人物からの紹介で手に入れた江戸時代の絵が、これまでの研究を覆すほどの大きな発見かもしれない…。と、興奮状態にあった貞三さんは、息子にせがまれ、車で出かけます。しかし東京都内のこと、やっと見つけたパーキングもすぐに時間切れになり、車を入れ直そうとしているうちに、息子は走って出かけてしまい…。そして息子は、回転ドアの犠牲になるのでした。
   *
 妻からののしられ、絶望の淵にある貞三さんは、ドア事件の検討会に呼ばれます。その帰り、例の絵をなくしてしまい、さらなる絶望におそわれ死を選ぶ彼は、検討会で知り合った片桐教授に救われます。
 さらに、回転ドア事件の訴訟をめぐり、対立者は貞三さんの過去の研究業績を大々的に批判する記事を週刊誌に載せます。貞三さんの研究を刊行した出版社の編集者も、対立者たちに報いてやりたいという思いから、貞三さんにあらたな研究の成果を発表するよう働きかけます。


 …と、大きな流れはこんな感じです。
 私はなにぶん日本史に疎いのですが、写楽はとても謎に包まれた人物なのですね。活動期間も1年ほどで、同時代人は彼の正体について口をとざしています。誰かが、自分が写楽だと名乗っていても良いのに、そういう記録もなければ、写楽がどういう人物だったかという記録もありません(厳密には、写楽に言及する史料はありますが、しかしそれは信憑性に乏しいようです)。
 本書はあくまで小説のかたちをとっていますが、こと写楽については、実際の史料や従来の研究成果をふまえた内容になっているようで、そこから導き出される真相はとても興味深いです。
 また本書は、写楽の謎を追う現代編と、江戸時代編からなるのですが、江戸時代編もとても良かったです。それは彼らの洒落心であったり、江戸時代編の主人公というべき出版社の蔦屋重三郎の素敵な考え方であったり…。

 そして本書を読んでいて写楽問題以外に興味深かったのは、田沼意次の位置づけです。彼は日本史を学ぶかぎり、賄賂にまみれた悪い政治家のような印象を受けますが、しかし一方では、その政策は松平定信による節制押しつけなどよりも、ずっと日本のことを考えていたのだ、ということがうかがえました。

 私は写楽の謎についてなんの予備知識もありませんでしたが、読み進める中で何が問題なのかが分かりやすく提示されますし、従来の説のかかえる問題点なども的確に指摘されるなど、どんどんその謎の中に引き込まれていった感じです。
 研究の醍醐味が味わえる興味深い一冊でした。

 しかし、物語としては謎が完全にとかれていないところもありますし、後書きで島田荘司さんがほのめかしている続編にも期待が高まります。

(2010/07/18読了)





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Last updated  2010.08.11 07:09:50
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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