私訳・源氏物語

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佐久耶此花4989

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February 14, 2006
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カテゴリ: 雑感
私たちが生きる上で受ける様々な苦難は、不当なものではなく、


ただ、私たちの力が弱いうちは、その重荷に耐えられず「私ばか
りが・・・」「なぜ私だけが・・・」と不平の声を上げます。
苦難の重さは、受ける人の力量によって、重くも軽くもなるので
はないでしょうか。

N子さんは「なぜ弱く生きてはいけないのか」と私に問いました。

その問いかけには、その問い方には、少し問題があるような気が
します。


難(病気、災い、離別、事故、死・・・)を、私たちが正当なも
のとして受け止め、担うだけの「力」や「覚悟」が養われ培われ
ているかどうか・・・それが強く生きることの、或いは「信仰」
というものの本質ではないか、と私は思います。

けれど自分の重荷を担いきれない弱い人は、自分が不幸から抜け
出せないだけでなく、まわりの人々をも傷つけ、不幸にします。

N子さんは、そういった意味での「重荷」の本質を理解していない
ように思うのです。

さらに私は「なぜ弱く生きてはいけないのか」と、問う心の根底
に「開き直り」を感じるのです。
開き直ることは、自分を正当化することになります。


いでしょうか。
生きるとはどういうことなのか、或いは強く生きることの本質的
な意味を「原点」で考える必要があることを、私は強く感じてい
ます。





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最終更新日  March 8, 2017 06:45:18 PM
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