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次に左方の伊勢物語に対して右方は正三位を合せましたが、まだ勝負がつきません。
これも右の方が賑やかで活気がありおもしろく、内裏あたりの様子に始まり
今の世の風俗を書いたところが興味深く見どころとしては勝っています。
左方の平内侍が、
「伊勢の海の ふかき心をたどらずて ふりにしあとと 波や消つべき
(伊勢物語の深い意味を理解せず、古めかしい物語だと軽んずることはできませんわよ)
世にありふれた浮気事で飾り立てた軽薄な正三位に圧されて、
業平の名を潰してなるものですか」
と言うのですが、どうも旗色が悪いのです。右方の大貮の内侍のすけが、
「雲の上に 思ひのぼれるこゝろには 千尋の底も はるかにぞ見る
(帝に召されて宮中に上った正三位の高い志に比べますと、
伊勢物語の深い意味など、はるかに劣ってみえますわ)」
と言います。藤壺中宮が、
「兵衛の大君の気高さは、ほんに捨て難くはありますけれど、
業平の名を潰してはならぬでしょうね。
みるめこそ うらふりぬらめ年へにし 伊勢をの海士の 名をや沈めむ
(見た目こそ年を経て古めかしくはありましょうとも、
いにしえからの伊勢物語の名声を沈めてしまってよいものでしょうか)」
と仰せになります。
こうして女ばかりで激しく論争しあいますので、
一巻ごとに言葉を尽して言い争っても勝負がつきません。
浅はかな若い女房たちは必死になって絵を見たがるのですが、
藤壺の宮がひどく秘密にしていらっしゃいますので、
帝の女房たちも宮の女房たちも見る事ができません。
そこへ源氏の大臣(おとど)が参内なさいました。
ちょうどみなが思い思いに言い争い、騒いでいたところですので、
その言い分をおかしくお思いになって、「同じことなら、お上の御前でこの勝負を着けよう」
ということになってしまいました。
源氏の大臣はかねてから『このようなこともあろうか』とお思いでしたので、
絵巻の中でも特別すばらしい絵は選び残してお置きになったのですが、
あの須磨や明石の二巻は思う所があってその中に取り交ぜてありました。
権中納言も絵では引けを取りません。
このごろではひたすらおもしろい草子や絵巻物を集めることを天下の営みとしています。
源氏の大臣は、
「絵合わせのために今あらためて絵を描くのはつまらないことです。
持てるすべてを出してこそ」
と仰せになるのですが、権中納言は人にも見せず
秘密の部屋を設けて絵師に描かせていらっしゃいます。
朱雀院でもこの絵合わせのことをお耳になさって、斎宮の女御の御元へ、
たくさんの御絵をさしあげるのでした。