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使者をおやりになって
「こちらへいらっしゃい。篝火の、たいそう涼しげな影に引き留められています」
と仰せになりますと、中将、頭中将、辨の少将の三人がやって参りました。
源氏の大殿は、
「秋風楽の笛の音が聞こえましたので、じっとしていられなくなったのですよ」
と和琴を引き出して、奥ゆかしい程度にお弾きになります。
ご子息・源中将は盤渉調(ばんしきじょう)に、たいそうおもしろく笛を吹きました。
頭中将は姫君を意識して硬くなり、謡い出しにくい様子です。源氏の大殿が、
「遅いぞ」
と仰せですので、辨の少将が扇で拍子を打ち出して忍びやかに謡いだします。
その声は、まるで鈴虫に紛うほどです。
二返りほど謡わせ給いて、御琴を頭中将にお譲りになりました。
ほんに、名手でいらっしゃる内大臣のおん爪音にも劣らず
華やかな演奏でおもしろいのです。
「御簾のうちにも音楽をよく聞きわける人がいらっしゃるようですから、
今宵は酒にも注意してくださいよ。
年よりの私は酔い泣きに紛れて、余計な事を言うといけませんから」
と仰せになります。
御簾の内で姫君も感慨無量の思いで聞いていらっしゃいます。
兄妹のご宿縁は切っても切れないものだからでしょうか、
姫君は人知れずこのご兄弟を目にも耳にも留めようとなさるのですが、
妹とは思いもよらないのです。
中でも頭中将は日ごろから姫君に夢中でいらっしゃいますので、
こういう機会には堪らない気持になるのですが、そこをよく自制なさり、
なかなか寛いではお弾きになれません。