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衛門の督は、大殿のお顔を拝見するにつけても恐ろしく、まばゆく、
『このような気持ちになってよいものであろうか。
いつも人に咎めを受けるような道に外れたことはすまいと思っているのに、
ましてこれは身の程知らずの恋ではないか』
と思い悩んだ末、
『そうだ、せめてあの猫だけでも手に入れよう。猫に話しかけても仕方がないが、
寂しい独り身の慰めにでも手なずけたいものだ』
『しかし、どうしたら猫を盗み出せようか』
と、それさえ困難なことですのに、もの狂おしくひたすら考えているのでした。
そこで気晴らしをしようと、妹君でいらっしゃる弘徽殿女御のお部屋にいらして、
世間話など申し上げます。
弘徽殿女御は慎み深く気の置ける御態度でいらして、
兄君とはいえ直接ご対面なさることはありません。衛門の督もさすがに、
『こうした兄妹の間柄であっても隔てを置くのだもの、
思いがけず宮様のお姿をじかに拝見したというのは、
やはり不思議な体験だったのだろうな』
とは思うのですが、一旦思い込んだら分別がつかなくなりますので、
女三宮の軽率さには思い至らないのです。
次に春宮の御前に参上なさいました。
春宮は女三宮と御兄妹でいらっしゃいますので、
『似ているところがきっとあるに違いない』
と、目を凝らしてお顔を拝見します。
春宮は、華やかなご容貌ではいらっしゃらないのですが、
尊いご身分の方はやはり格別で、
気品があり優美であらせられます。
内裏で飼っていらしたおん猫がたくさんの子猫を生みまして、
それがあちらこちらにもらわれていき、春宮の御殿にも参りました。
たいそうかわいらしげに歩く様子を見るにつけても、
先ず女三宮が思い出でられますので、
「六条院の姫宮のおん方におります猫こそ、
他では見られないような顔をしていて、ほんとうに可愛らしゅうございました。
ちらと拝見しただけでございますが」
と言上なさいます。
春宮は格別な猫好きでいらっしゃいますので、詳しくお尋ねになります。
「唐猫でございまして、日本のとは違った姿をしておりました。
猫はどれも同じようなものではございますが、
その唐猫のように性質が可愛らしくて人に慣れているのは、
不思議に懐かしいものでございます」
と、春宮が欲しいとお思いになるようにお話し申し上げます。