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January 25, 2011
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カテゴリ: 今日もいい日だ



 まあ、全体的に説教臭い本なんですけど、何度も読んだおかげで妙に頭に残っていましてね。子供にあんまり変なものを読ませてはいけない、ということなんでしょうが。

 で、その中に「ありがとうを言いに戻って来た人」みたいな話がありまして。医者が患者を治療するのだけども、病気が治った人はたいていそのこと自体に浮かれてしまって、わざわざ戻ってきて治してくれた医者に「ありがとう」と言う人がいないと。ところが、一人だけ、医者のもとに戻ってお礼を言った人がいた。

 ・・・という話で、要するに、「これを読んでいる良い子も、この『ただ一人戻って来た人』になりなさい」というようなお説教なんでしょう。しかし、こういうのも、子供の頭に叩き込むと、案外、影響が残るもので。


 さて、大学の授業も残り少なくなってきたのですが、私が担当している「アメリカ文学史」という授業題目の中で、少し前に「やってもやらなくてもいい宿題」というのを出したことがあったんです。それは、ヘンリー・ジェイムズという作家の「荒涼ベンチ」(岩波文庫『ヘンリー・ジェイムズ短編集』所収)という短編を読み、そしてこの作品に対する訳者の解説を読みなさい。そしてその解説に納得ができるかどうか考え、できるにせよ、できないにせよ、自分の意見が固まったら、私のところへ来てその意見を言ってみなさい。そうしたら、私自身のこの短編についての解釈を述べよう、というものでありまして。

 ま、こういうチャレンジングな宿題を出しても、たいていはやらないんだ、最近の学生は。

 ところが、今年度は一人いたんです。今日、一人の男子学生が私の研究室を訪れ、この短編についての自分の考えを述べ、私の解釈はどんなものかを聞きに来た。

 うーん。エライ! まさに「ただ一人、戻って来た男」ですな。別に私に「ありがとう」を言いに来たわけではないですが、しかし、私の講義に興味を持って耳を傾け、私の挑戦に応じたのですから、それは私に対する「ありがとう」と解釈してもいいのではないでしょうか?


 ちなみに、ヘンリー・ジェイムズの「荒涼のベンチ」というのは、こういう話です。



 ところが、膨大な額の(婚約破棄の)慰謝料をケイトに絞りとられる生活は厳しいもので、ハーバート一家の生活は次第に貧しくなり、その結果、子供は皆死に、奥さんのナンも死に、古書店も人手に渡り、無一物となったハーバートはしがないサラリーマンとなって世過ぎをすることになる羽目に。

 かくして一人ぼっちになったハーバートは、週末、仕事の帰りにある公園に立ち寄り、いつも決まったベンチでしばらく考え事をするのが、いつしか習いとなるんです。

 と、そんなある日、そのベンチに人影がある。よく見ると、自分をこんな目にあわせたケイト・クッカムではありませんか! 久方ぶりに見る彼女は、若かりし頃よりもさらに太りましたが、なにやら裕福な服に身を包み、いかにも豪勢な感じ。

 で、そのケイトからハーバートは意外なことを聞かされます。

 実は、婚約慰謝料をふんだくったのは、他でもない、ハーバートのためであったと。そのお金を元手にして、さらにお金を増やし、一生かかっても使いきれないくらいの額にした。私は、結婚してあなたの暮らしを支えようとしたが、その望みはあなたによって断たれてしまった。しかし、自分は別な形で自分の望みを叶えようと思い、あなたからお金をふんだくった。そのことであなたもつらい思いをしただろうが、私もそれを増やすために随分つらい思いもした。だから、そのことはお互い、水に流しましょう。とにかく、今、こうしてあなたにお金をお返しすれば、自分の望みは叶う。だから、お金を受け取ってくれと。

 そう言われたハーバートは悩みます。もしこのお金を受け取れば、そのために赤貧のうちに死んだ妻や子供に言い訳が立たない。しかし、このお金があれば、自分が失ったものを取り戻せる。

 悩みに悩んだハーバートは、結局一週間後、再会したケイトからそのお金を受け取ります。例のベンチの傍で。そして、お金を受け取ると同時に、ハーバートはガックリと膝から崩れ落ちます。そして倒れたハーバートをケイトが抱きとめ、沈む夕日の中、二人はまるで恋人同士のようなシルエットを作りだしたのでした。

 おしまい。

 というような話です。

 で、この短編について、訳者の方は、簡単に言えば「金を受け取ったことの罪の意識ゆえ、ハーバートは崩れ落ちたのだ」と解釈しているんですな。

 しかし、私はそうではないだろう、と思っているんです。そんな話ではないだろうと。ヘンリー・ジェイムズは、もっと別な次元の話をしているのではないかと。




 というわけで、今日は一人の学生の行動のおかげで、いい気分になれたワタクシだったのであります。


 え? じゃ、先の話に対するワタクシの解釈はどういうものなのか、ですって?

 そりゃあ、そう簡単には教えられませんよ! あっはっは!





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Last updated  January 25, 2011 06:32:35 PM
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釈迦楽@ Re[3]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  ああ、やっぱり。同世代…
丘の子@ Re[2]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 釈迦楽さんへ そのはしくれです。きれいな…
釈迦楽@ Re[1]:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 丘の子さんへ  その見栄を張るところが…
丘の子@ Re:『2001年宇宙の旅』を知らない世代(09/13) 知らなくても、わからなくても、無理して…
釈迦楽 @ Re[1]:京都を満喫! でも京都は終わっていた・・・(09/07) ゆりんいたりあさんへ  え、白内障手術…

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