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今ここからすべての場所へ 茂木健一郎 ★デュシャンの「泉」についての記述、そんなものかなと思う。要チェック 美文、麗文である。主観的文芸作品。20年ほど本を読んでいないので、いまどきの美文事情に疎くて、これがどの程度の美文なのかわからない。この人のプラド美術館名画めぐりの本を読んだような気がした・・・あれは伊集院静さんだった。 ゆらぐ脳 池谷祐二 木村俊介 ★★★木村さんというのは編集者。筆者が質問に答える形で話が進む。読みやすい。簡単に読める。好感の持てる本。分子生物学がどんなものか概要がわかったのは手間が省けてラッキー。もう一回読もうかなと思っていたら返すことになった。 I KNOW YOU 脳 養老孟司 今読んでいる ★★★★コンパクトに欲しい情報が出てくる。読みやすい。 どんどん適当に読んで図書館へ返すので、感想文のほうがたまってしまう。ああ、面白くないなと思ったら、ぽんと半ページほど飛ばして読む。そんなふうに読み捨ててる。
2011.01.25
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わが町の図書館の書名検索に「脳」を入れると、800何冊かでてくる。「精神」でも「意識」でもなく、手っ取り早いのは「脳」だろうと思ったけれど、800では多すぎて何も手っ取り早くない。そのうちの100冊あまりは茂木健一郎氏だ。いくらなんでもこれはちょっと・・・ 世間は知らぬ間に脳ブームだったんだろうな 私の目的も同じようなもので、英語をものにするにはどうも頭が悪すぎなので何とかならないかと思った。 茂木さんの本は読んだことがない。10年ほど前に茂木さんのメール通信を見ていたので、クオリア(だったっけ?)の人と思ってる。こんなに売れっ子になるとは思わなかった。テレビで時に見かけるけれど、そんなに惹かれないから、ちゃんと見たことがない。 今回は文章を読んで、その文章から「絵」を見ようとしている。どうすれば絵を見れるのか、どうやればいいのかはわかっていない。ただ、何を見てもいいし、正解も間違いもない。これは面白そうなのでやってみる。私の理解では、「人の声を色にたとえる、味にたとえる」のと同じことをやればいいんだろうと思ってる。これは苫米地英人さんが書いていた頭を活性化する発想方法。 茂木氏の100冊から適当に選んだのは、「今ここからすべての場所へ」
2011.01.23
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今年はここに読書感想文を書こうと思っていたけど、どんどんたまるばかりで、続かないかも。 星5つで「買ってもいい」評価 英文法の仕組みを解く 鈴木寛次 ★★★★★話すためのドイツ語入門 在間進 ★★★★この2冊は年末年始に読んだ。英文法のほうは最後のほうは時間切れ、それとこちらの知識が足らず、もう一回読み直さないと。在間さんはたくさんのドイツ語入門書を書いておられて、わが町の図書館ではこの一冊なので、借りてみた。薄くて、とてもコンパクトによくまとめられていてわかりやすく、2週間で最後まで読めるのは奇跡的。でもその分、自分で買うのだったらもう少し内容が欲しいので星一つ減。在間さんの他の本を買うことにする。 ラテン語のはなし 逸身 喜一郎 半分まで ★★★脳は何かと言い訳をする 池谷 裕二 四分の一ほどで挫折 ★この2冊は今回借りていた本。どちらもあまり進まず。「英文法の仕組みを解く」でラテン語の話が出ていたもので、ラテン語とはどういう言葉かと借りてみたもの。筆者は文章がうまい。文法説明を飛ばして読んでも、読み物として面白い。こちらの興味は、ラテン語には格が6つで、名詞も格変化し、なおかつ複数形まであることを知ったらもう納得したので、そこでおしまい。脳の本は、短いトピックがいっぱいあって、そのほうが普通は読みやすいんだろうけど、こちらの記憶力の悪い頭には逆に負担だった。「モルヒネは痛みを止めるには少量でよく効いて良い薬だ」とこう鬱剤をネズミに与えたら・・・のくだりは記憶に残った。 すぐわかるWindows7 XPパソコンから乗り換える本 間久保 恭子 眺めただけ 少しパソコン系の知識が欲しいと思って借りた。いざとなったら、この本を見ながらやれるかな?
2011.01.21
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こんなことを書いて何になるのかと思うけれど、今年はここにそういうことを書いて行こうと決めたので。 前述の彦坂さんのブログに揉め事が起こっている。よくあることだけど、やっぱり誰だってエキサイトしてしまうから、当事者にとっては大嵐だ。で、もめると、2チャン的な物言いになる人と、すごく難解な長文を書き連ねる人がでてくる。難解な長文はいつも読まないし、読んでも何が言いたいのかあまりわからないのだけど、今回、「象徴界の言葉」をキーワードに眺めてみた。「大方の人はイメージの世界だけに生きていて、言葉(概念)の世界を持っていない」のを前提に眺める。 イメージだけの世界の人の言葉は、ゴザとかダンボールとかビニールシートを地面に広げてる感じ・・・いろんなものを複雑に広げはするけれど、どうしても地面から離れられない。言葉が浮揚しない。柱が立てられない。 言葉の世界を持つということは、柱を立てて3次元の高さを持つということに思える。地面から離れた世界に、新しい水平面が出来る。柱は建物になる。言葉の世界のもう一つ上の科学の世界は想像するのが難しいけど、その建物を建てた地面が実は大きな球体で太陽の周りを回っている星だと認識することかな?そうすれば、人は飛行機を作れるしロケットも飛ばせる。 何でこんなことを思ったかというと、今、鬼塚幹彦さんの英語のネット講座を聞いている(去年の3月までネットで見ることが出来たけど、今はもうなくて、私が見ているのはそれを自分のパソコンに保存したもの)この人の言葉が立ち上がってくるのよ。地面(我々の見たもの、聞いたもの、感じたものの土着)から離れる…ああ、この人には言葉の世界があるなと実感した。 そうすると、自分も含めて大方の人は言葉の世界なんか持っていないということがすごくわかってきてしまった。 大体、どうやって柱を立てるのよ??普通の人には立てられない(と思う)柱を立てる必要性を知る人もほとんどいなければ、自分は言葉を使えているからすでに柱を立てていると錯覚している人もいる。ほとんどの人は柱なんて見たことがないんじゃないかな。あるけれど、認識していないから見えない。 柱というか、空飛ぶじゅうたんというか、言葉を抽象概念で構築して操れる頭脳。 私、なんかすごい発見をしてしまったと思って、生きてると見つけることもあるんだなと晴れ晴れとする。
2011.01.18
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最近、新しいパソコンが欲しいなと思い始めて、そもそも何も知らないから、あちこちのサイトを見ている。今使っているパソコンも結局、わけわからないまま使われて、自分が作った変なファイルや使わないフリーソフトが残骸のように入っている。この中で本当に欲しいものってあるのかな?無いような気がするけど、膨大なお気に入りが消えてなくなったら不便は不便だ。でも、この膨大なお気に入りには見ていないものもいっぱいある・・・どっちにせよ、少し整理しなくちゃ。
2011.01.17
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スズランさんのコメントを日記のほうに移します。 無鉄砲なんです アゾスさん・チェリーさん・ぴょんじさんm(__)mありがとうございます。私思った事は一度は実行してみないときかすまない性格なんです。失敗した時の事なんて考えたら何にも出来ないという考え何で、周囲の人には迷惑のかかけっぱなしだと思います。あの時会えなかったら迎えが来ると言ってたのを(一人で大丈夫絶対に帰るから)の言葉を信じてくれた。係の人達にいまさらだけど感謝してます。今新しい車椅子になり使い慣れるまでは前回みたいな事はできません。なんて言いながらいつ発作を起こすか?父は気が小さく行ったのは知りません。母は「あそ」終わり。又行くよと言うと「どーぞどーぞ」(^^♪性格を知ってるから止めると逆効果と分かってくれてます。(2011/01/15 11:01:40 AM) お父さんは気が小さいというところが笑えるというか、「いやいや、誰だってすごいと思うよ!(自分の娘が心配だよ)」といいたくなります。新しい車椅子なんですね。
2011.01.16
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スズランさんからのメールです。少し私が文を短くしています。 去年、友達が故郷へ帰る事になり、最後に一緒に遊ぼうと言う事で、初めて1人バスに乗って市内に行くことにしました。バス会社には一週間前に2回連絡して車椅子からは降りれない事は伝えました。当日バスが来て運転手がそんな事聞いてないと言うし、逆切れして怒りながら会社へ電話をしてた。そのパスは行かないといけないから待ち合わせしてる人に「遅れると言うから名前は?」と言われ名前はいったけど携帯をよく忘れるし、待ち合わせもビックカメラだっの。彼女は私がバスへ乗ってなかったんで、何かあって行けれないと思ったらしいの。バスが悪いんで1時間遅れて乗れるバスを回してくれたの。友達が駅に居るはず無いし、ビックカメラへ行こうと話してたから行ってないかと入ったけど居なくて、買いたい物は買って施設へ電話してもらい「会えなかったけど、一人で大丈夫だから帰り4時半に着くので帰る」と言ってもらい、一人駅の周辺で遊んだよ。ただバッテリー余分は持って行ったけど、遠くへ行って足りなくなったと思って冒険は出来なかった。 いつもお腹空いたなんて思わないのに、すごく空いて、薬を飲みたいのと体制を直してもらおうと喫茶店に入って、訳を話して食事介助をしてもらったり、喉が渇いてローソンへ入って買ったのを飲ませてもらったり、通りかがりの方が『何かお手伝いする事ありませんか』って声をかけてくれたり、とっても楽しかったし良い経験が出来ました。もちろん彼女と一緒だったら、違う思い出になって楽しめたとは思うけど、どっちにしても彼女が居たから経験でき(勇気が出)たのは確かです。帰りは着いたら5時過ぎてました。バス停が多く帰る予定時間よりかなり遅れてしまいました。 この前、tamaさんのライブがあり行ってきました。6時半から3時間ほとんど休憩なしで、間にセッションして、又本格的に自分達のジャズに戻して寂しかった分音楽に入りこめたのか?ノリノリで時間はあっという間に過ぎてしまったの。私が行くと分かった時点でグループの皆は一番見やすい席を準備してくれてて、終ってからリーダ-の方に乗ってくれて、しやすかったと言われちゃった。帰りは甘えてtamaさんに乗せてと言ったら、もう仕方を忘れたと言いながらもちゃんと覚えてくれてたしね。 10月のtamaさんがリーダ-のライブはDVDにしてグループのTシャツも一緒にもらちゃいました。友達が居なくなってこれが何とか気持ちを落ち着かせてくれる私への薬でした。 離れても顔を見ながらカメラ付けたら話せるだけでもいいんで、彼女の気持ちが変わらない限り友達でいたいと思ってます。 今年は4月9日友達と秀樹のミュージカルを見に大阪へ行く予定なんです。2年行ってないから少し高かったけど。秀樹ファンの友達なんで、付き添いの分は買わないでいいと言ってくれたの。この一年どんな事があるのか?楽しみにしていましょう。
2011.01.09
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テレビを見ないので、さかなクンのことはクロマス発見のニュースで知った。検索してみたら、さかなクンの書いた文章があったので載せます。 これは昔、鈴虫を飼うのに、共食いするから注意しないといっていたことと同じなのかな?私たちが生きにくいのは狭い水槽の中でいるからかもしれないね。
2011.01.08
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ほとんどの人は話せるし、読めるし、書ける。なのにどうして彦坂さんは多くの人が言葉の次元を獲得していない、イメージだけの世界で生きていると言われるのか、長くわからなかった。でも、悟りを言葉で表せないように、イメージと言葉の間には乗り越えなければならない断絶がある。言葉を獲得するというのは、ただ読める話せるということは違う。それはうっすらとわかる。 さて、私。書くのが嫌いだ。すごく時間がかかる。メールでも、はがきでも、すごく時間がかかってそれがむなしい作業に思えて、最近は特に嫌ってきた。でも、ここからまず一歩なんだろう。 リウマチになって本を読まなくなった。理由は首が痛くなるから。もう十何年、二十年近く、本からは遠ざかってる。絵を描きだして、絵の本は少しずつ見始めた。文字のぎっしりした本はとても読めないけど、軽い本ならすごく大雑把になら読んだりするようになった。わかっていることは、若い時に読めなかった難しい本は、年をとったらなおさら読めないということ。それでも、少し読んでみたいなと思うようになってきているのは、もうこれが最後の機会だと思っているから。勉強をするのも絵を描くのも、もう最後だと思ってる。
2011.01.06
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絵を書き始めて、何がよい絵なのだろうと考えだした。自分の好きな絵がよい絵と決めるのは簡単だけれど、それだけでは疑問は解けない。子供の絵は芸術なんだろうか?子供の絵が芸術でないなら、それの何に人は惹かれているんだろう?芸術とデザインの違いって何だろう?芸術と工芸の違いは何? 子供の絵が芸術ではないというのは、ある絵描きさんが「代わりのあるものは芸術ではない」と書いていて、納得した。ある子供が成長につれて絵が描けなくなっても、他の子供が描く。代わりはいくらでもある。 その後、絵の見方を教えてくれるブログを見つけた。彦坂さんの彦坂尚嘉の第41次元アートだ。すごく難解。正直、わからない。けれど美術評論はどれも怖ろしく難解なんだ。理解できない所は飛ばし、音楽についての記事も飛ばし、読んでもわからないけれど3年くらい読んでいる。彦坂さんの定義では、世界は想像界を底辺に、象徴界、現実界の3層に重層している。大人になったらこの3層を持っているはずになっている。想像界はイメージの世界。象徴界は言葉の世界。書き言葉の世界。現実界は科学の世界。けれど、多くの人は想像界だけで生きていると彦坂さんは言う。これは彦坂さんの定義のほんのしょっぱなの部分。けれど、私には何年も読んでいても、いまひとつ意味がわからなかった。 去年の秋、苫米地英人さんの本を立て続けに読んだ。きっかけはyou-tubeで彼がしゃべっているのを見たことから。その中で、「お釈迦さんは菩提樹のしたで、悟りを開いた。そのお釈迦さんが弟子たちにしゃべったことが書き残されてお経になった。でも、お釈迦さんの悟ったことと、話したことは同じですか?違うでしょ?お釈迦さんは悟りについて言葉で説明しようとしただろうけど、悟りは言葉で説明できるものじゃない。言葉を越えたものでしょ?」苫米地さんの解説で、3層の意味がようやくわかったと思った。続く
2011.01.04
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[山がモハメットのほうにやってこなければ、モハメットが山のほうに行く]If the hill will not come to Mahomet, Mahomet wii go to the hill. Francis BaconこれはNHKのビジネス英語のテキストからの引用この前からいいなと思っていた。フランシス・ベーコンって名前だけ知っているけど・・・どんな文脈で使ったのだろう?白々しくも当たり前すぎることだけど、山はやってこない、自分が行くだけ環境は変わらない、自分が変わるだけ何も変わらない、自分が変わるだけ もう一度自分のレベルを上げる努力をしよう 今年はこれでいこうと思う
2011.01.02
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少し考える所があって、今年はこちらをいじってみます。でも、いつも時間不足でなかなか更新できないかもしれません。少しずつ、どんなふうになるか、変更を加えていこうと思います。今年もどうぞよろしくお願いします
2011.01.01
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