徒然日記と自分に克ために

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2011年06月05日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

「喜寿の悩み」人間七十七歳にもなって、未だわが道に迷う。

もうすぐ七十八歳に なろうとしているが、

人間として、親として、家族として、自分の人となりはこれで良いのかと

疑問に思うことが多い。

最近の自分の生き様を見ていると、協調性、同調性、対話力、融通性、

があまりなく、何時も、批判、不満、不愉快、無口、

逃避と、全く可愛さのない、老人である。これでは、誰もが近寄らない

のは当たり前である。

ただ、本人はそれで良いとは考えず、前向きになりたいと、努力は

しているが、老醜といえる年齢は

怨讐とも思える、戦中の貧しい時代を忘れることが出来ず、

無駄のない節約、規律のある行動、

「不言実行」の精神などを、いまだに尊重していることが、時代の

錯誤に繋がっているのかも知れない。

それに、この歳になって何故と思えるほど、毎日の家事全般を

こなしているのも、心底には、「やることは、やっている」

の気持ちが強いのも否定できない、

しかし、これも、出来る体力があり、気持ちがあることは、自分が

恵まれていると思えば、他人には

言えないことである。それもこれも、含めて、自分自身がもっと

楽しめないのかが判らない。

自他共に喜ぶ、七十七歳の「喜寿」とは思えないのは、心が貧弱

なのか、向けばのない気持ちを

ブログにぶつけているようで恥ずかしい思いです。






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最終更新日  2011年06月06日 21時47分02秒
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