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2010.06.16
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学校給食の裏面史 「アメリカ小麦戦略 No.4」(後編) 鈴木猛夫

明治時代中頃になると電気による精米機の登場で米は更に白く精白され糠と胚芽がまったく無い状態で食べることが一般化したため脚気は全国的な広がりを見せ、脚気と結核が二大国民病と言われたほど患者が多かった。年間の脚気病死者が1~2万人となり、明治政府も対策に苦慮した。
明治の末になるまで原因が分からず従って一度かかると適切な治療法が無く死を覚悟するほどの難病であった。明治期の栄養学者、農学者等によって脚気の原因追求の研究、論争が繰り返されまさに百家争鳴であったがやっと鈴木梅太郎等の努力で胚芽に含まれるビタミンB1不足によって発病するのだと分かり脚気論争にケリがついた。
となると今度はでは米をどういう状態で食べたら脚気は防げるのかという主食論争が巻き起こった。七分づき米がいい、胚芽米だ、いや玄米で食べるべきだという三つ巴の大論争の末、昭和14年 七分づき米が法定米 になった。
ところが戦後は法定米が白米となり、脚気の流行が心配されてきた。戦前の主食論争で白米が良いと主張した栄養学者はいなかったにも関わらず、戦後の法定米が白米になった理由は次回に述べるが、戦前白米常食で脚気に悩まされた経験から、 日本人には米よりもパン食のほうが合っているのではと栄養学者や厚生省は考え、粉食奨励が国策として強く推進された 。学校給食でパン食が勧められたのもこういう理由もあった。
しかしこれはとんでもない問題を招くことになった。





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最終更新日  2010.06.18 09:53:42
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